心に聞いてみる
なにやら今日は騒々しかった。1限の講義が終わり2限の講義が始まる5分前。教団に立っている明らかに先生ではない人がその場に立っていた。
「えぇ、今日17時半に2講義棟2階で演奏会やります! 来てください」
人前で話すのに慣れていないのか拙い感じで紹介されたのは吹奏楽の演奏会。人前に出るからなのか服装も髪型もしっかりとされている女性はゆるふわ系だった。
それだけならいいが、お昼に入るとひとりひとりにビラを配るチャラそうな人たちが教室中を徘徊していた。
「今日2教室3階でライブやるんで来てください」
馴れ馴れしさに少し引いてしまう。配られたビラにはやはり新歓コンパのことが書かれていた。
「なんか凄いね!」
一通り収まった時に斉木さんがそう言った。
「文化祭みたい!」
「たしかに! 客引きだねこれ」
遥香ちゃんも同意する。私からしたらこんなものだと思うのだけど。
「まぁ、茉子ちゃん決まってるっしょ?」
「うん! 吹奏楽に」
「私もどっちか行こうかなぁ」
机にもたれる彼女の背中を押したのは斉木さんだった。
「吹奏楽に是非」
ガッツポーズとキラキラした瞳に有無を言わせない雰囲気を漂わせた。
「吹奏楽ねぇ」
少し悩む素振りを見せる。その視線が私に移ってきて堪らず身構える。
「友梨が行くなら行こうかなぁ」
斉木さんの狙いが私に変わる。
「下山さん! もうこの際用事をドタキャンしましょう!」
この子はたまにとんでもないことを言う。とりあえず、苦笑いを返した。
正直まだ決めてなかった。行ってもいいし、行かなくてもいい。行って入部してもいいし、しなくてもいい。
優柔不断な気持ちが揺れれば揺れるほど本心がわからなくなっていた。
「少し……考えとくね」
明らかに残念そうな顔をした斉木さん。申し訳なさに少し視線を落とすと、私の目を真っ直ぐ見る遥香ちゃんがいた。
実践の授業。ひたすら高校のレベルの数学を解く。ルートの計算。微分積分。人は言った。数学なんて生きているうちに使わないじゃん。私は使う。人生を進むために。
そんなこんなで午後も5時になった。ようやく決めなければならなくなったようだ。
「あー疲れた。ロッカー行こう」
「うん」
荷物を持って廊下を進む。人混みは明らかに2分された。急ぐ人と急がない人。
「こういうの興味なくても行くもんだと思ってるんだけどなぁ」
そういう人を見て愚痴を零す遥香ちゃん。私は無言を返した。
ロッカーにものを入れて廊下で遥香ちゃんを待った。
もう私は決めていた。
「お待たせー」
「うん。遥香ちゃんはどっち行くの?」
「あー。もちろん吹奏楽だよ」
「へぇ」
意外だった。吹奏楽なんて興味無さそうなのに。まだ軽音とかの方が楽しいと思う。
「あんたは行かない気でしょ」
「……。バレてたか」
遥香ちゃんは大きく溜め息を吐いた。そして私の隣で壁に背をもたれる。
「いい加減さ、自分に嘘つくのやめなよ」
「そんなこと……」
「あるね。私、友梨とずっと一緒にいるけどさ、吹奏楽の話しになった途端、急に避けるよね。でもさ、吹奏楽好きだよね。ずっと追っかけてさ」
私はなにも言い返せなかった。間違いない。現に避け続けてる。
「この際だからさ、」
「えっ!?」
強く手を握られると、そのまま引っ張られる。
「私はあんたの心に聞いてみることにする。演奏聞いて、やりたいと思うならやればいい。やりたくないと思うならやらなきゃいい。それだけ」
「ちょっと待ってよ!」
歩を緩めない。足早な彼女に着いていくだけで精一杯。振りほどくとか逃げるとかやれば出来たのかもしれないけど、やらなかった。それが私の答えだったのかもしれない。
狭い階段を上がるとそこには歓迎しているように扉は開け放たれ、その前には立派とは言いがたい受付があった。
「吹奏楽です! まもなく始まります!」
「あっ! 2人入れますか?」
「はい! むしろ入ってください! これ、パンフレットです」
そう言って手渡されたのは半分に折られたA4の紙と鉛筆だった。折られた紙の表紙には新入生歓迎会コンサートと書かれていた。
遥香ちゃんに手を引かれ中に入ると、既に結構な人数が集まっていた。よく見ると座る場所はもう無かった。
「あちゃー、遅れたね」
「仕方ないね……」
立ち見。私がうじうじしてたのが悪いけど遥香ちゃんに悪いことをした。
「あっ、ここいいですよ!」
そう言って席を立ったのは女性2人だった。
「いやいや! そんな!」
「大丈夫! サクラだから」
遥香ちゃんは頭を傾げた。意味がわからないのだろうか。
「じゃぁお言葉に甘えます」
私が率先して座ると遥香ちゃんもなんとなく座った。
「なに? サクラって席譲らなきゃいけない人なの?」
苦笑い。本当に知らないのかもしれない。
「あれ? 斉木さん?」
前を向く。遥香ちゃんの指さす先、吹奏楽団の中にいるのは銀に輝くユーフォを持った斉木さんだった。それだけじゃない。西条もいた。
「え? 演奏するの? 凄いね」
そう言って手を振ると斉木さんも気づいたのか手を振り返してくれた。それでもなんとなく伝わる緊張。これが本番の恐怖。
扉が閉められた。指揮者が指揮台の横に立ちこちらを向く。それはサークル紹介の時に話したサックスの女性の人だった。
「これより、新入生歓迎会コンサートを開始いたします。皆様起こしいただいてありがとうございます。最後まで聞いていってください」
そう言って深くお辞儀をする。私は条件反射で拍手をすると遥香ちゃんも見様見真似で拍手した。
女性は頭を上げると指揮台に立つ。
私は急いでパンフレットと言われた紙を開いた。1曲目は……。
「《風之舞》!?」
静かに驚き、顔をあげる。こんなの、出来るはずない。そう思っている私とは裏腹に、指揮者はタクトを振り上げた。
これが、この人たちの本気の雰囲気。まるで、コンクールのような緊張感。
固唾を呑む。
タクトが白い線を描く。
1、2、3。
息の吸う音。私もそれに合わせて息を吸った。




