06.メアリー実家に帰る
「よく戻ってきたな、メアリー」
芋虫状態のままの私を出迎えたのは、山のような巨体を持つ私の父、モーガン・ジェイ侯爵だった。
「……お久しぶりです、お父様」
むっつりと応える私をまったく気にかけず、父は上機嫌で私を抱きしめた。
「ちゃんとご飯は食べているか? 辛いことはないか? おや、また筋肉が付いたのではないか?」
父の遠慮ない力で抱き締められると、本気で息ができない。私が命の危機を感じていると、後ろから執事のチェスターがそれとなく父に指摘した。
「旦那様、お嬢様の顔色が失くなっております」
「おお、すまんすまん。久しぶりにお前の顔を見て、つい溢れる気持ちが止まらなくなってな」
「……げほっ、いえ、それよりも、このロープを解いてくだい」
さすがに父を目の前にして逃亡できるほどの実力は私にはない。お願いする私に、初めて父はロープの存在に気付いたような顔をした。
「おや、なんだこのロープは」
「逃亡を図られたお嬢様を、ホーカー様が捕獲なさって下さいました」
余計なことは言わなくてもいいのに、案の定父の顔が険しくなる。
「なんだと、メアリー本当か?」
「い、いえ、少し降下訓練でもしようかと思いまして……」
私なりの精一杯の笑顔でそう答えるが、父は一層顔付きを険しくする。
「やはりジェームズが手紙で書いていた通りだったな。お前をチェスターに迎えに行かせて正解だった」
いったいジェームズ隊長は父になんと伝えたのだろう。少なくともこうして邸に連行されたということは、良い内容ではなかったのだろう。
「まだ朝まで時間もあることだ、少しでも休みなさい。お前も疲れていることだろう。今日からやるべきことが、沢山あるのだからな」
そう言うと父がチェスターに視線で合図する。長年ジェイ家に仕えてきたチェスターは、それだけで何を言わんとするかを理解しているらしく、芋虫のままの私を担ぎあげて父に一礼するとホールを後にした。
そうしてチェスターが私を連れてきたのは、軍に入るまで私が使っていた私室だった。
「それでは朝までごゆっくりなさいませ、お嬢様」
そっとベッドの上に転がされた私は、ようやく解放されるのかとじっとチェスターを見ていたのだけど、なぜか彼は一礼するとそのまま部屋を出ていこうとする。
「ちょ、ちょっと! このロープを外してよチェスター!」
私が慌てて引き止めると、チェスターが感情の伺えない笑みを浮かべて言った。
「おやすみなさいませ、メアリーお嬢様」
パタン、と扉が無情にも閉められた。私はベッドの上で呆然とした。
「な、なんなのこの扱いは……」
怒りと困惑に包まれる中、私はもがきながらベッドから降りようとした。だけど無謀だったらしく、受け身もうまく取れずに頭を思い切り床にぶつけてしまった。毛足の長い絨毯のおかげで思ったよりも痛くなかったけれど、それでも全く痛くないわけじゃない。呻きながらも私は必死に芋虫のように床を這いずりながら、扉へと向かった。
ようやく扉へと辿り着いた私は、そこで最難関の壁にぶつかった。
「どうやって開ければいいの……」
まさに手も足も出ないこの状態で、扉なんて開けられるはずもなく、私はうんうんと唸って扉を睨みつけた。大声を出して使用人を呼びつけてもいいけれど、時間が時間だけに、それも憚られる。
結局悩んでいる間に気づけば眠りについていたらしく、朝起こしに来たメイドが扉を開けた時に、盛大に頭を扉に打ち付けて目覚めるという、最悪の朝を迎えるのだった。