04.メアリーの憂鬱
ジェームズ隊長が、とんでもない事を朝一番に仰った。
「というわけで、第一班から第三班まで、順次休暇を取るように」
他の隊員たちが喜ぶ中、私だけは悲壮感に打ちひしがれていた。
「い、今なんと……いえ、私の聞き間違いですね、ジェームズ隊長」
ふるふると頭を振ってジェームズ隊長に笑顔を見せると、彼は無情にも現実を叩きつけてきた。
「お前は先に休暇を取れ。なんなら今すぐ休みでもいい」
「どうしてですかぁ! なぜ私にそのような無体なことを仰るのですかぁ!」
私が取り乱してジェームズ隊長に詰め寄ろうとした時、ダニーが後ろから私を羽交い締めにしてきた。
「落ち着いて、落ち着いて下さいッス! メアリー班長、このところずっと休暇なしだったじゃないッスか。いい休息を取ることは、強い兵士には必要不可欠ッスよ! 多分!」
「私が強くいられるのは、ジェームズ隊長のお側にいてこそです! 嫌よ、私ジェームズ隊長から何日も離れるなんて無理です! 死んでしまいます!」
私が必死に訴えても、ジェームズ隊長は面倒くさそうな顔で見下ろすだけだった。そんな冷たい態度も格好いい――いえいえ、今は見惚れている場合じゃなかったわ。
「お願いします、私だけはどうか、どうかお側に! なんなら後数年、休暇なしでも平気ですから!」
「……俺の命令が聞けねぇってのか、メアリー」
冷え冷えとした声で言われて、私はぐっと言葉に詰まる。こう言われると、私が逆らえないと知っていて、わざと彼は言うのだ。なんたる飴と鞭。飴がどこにあるのかですって? ジェームズ隊長を間近で毎日拝見できるだけで、私にとっては飴なのです!
「お前には明日から四日間の休暇を与える。分かったら下がれ」
零れそうになる涙をこらえつつ、私は自分の班へと戻る。ダニーがホッとしたように私を押さえつけていた手を緩めたのを見計らい、思いきり鳩尾に肘を叩き込んであげておいた。
「うぐっ、ひっ、酷いッス……八つ当たりッス」
「言いがかりはよして。レディの体に気安く触れる、貴方が悪いのよダニー」
「誰がレディッスか、誰が……」
その場に蹲るダニーを置いて、私は明日から続く地獄の四日間を思って溜息を零した。
「メアリー班長は、なんか趣味とかないんスか?」
夕食の後の自由時間、私とダニーは自室にいた。ベッドの上で寝転がり寛いでいたダニーが尋ねてきた。
「私の趣味は、ジェームズ隊長を毎日観察することです」
「いや、そういうのじゃなくって、世のご令嬢方がやるような趣味ッスよ。例えば、刺繍とか編み物とか」
ランプの灯りを頼りに読んでいた本を捲る手が止まる。
「……刺繍やレースなら、何度も挑戦したことがあるわ」
「挑戦……いやいや、分かったッス。それ以上は言わなくても良いッス」
同情するような目で私を見ないで頂戴ダニー。人にはね、向き不向きというものがあるのよ。私はあの小さな針を握って布に刺すよりも、剣を握って人を刺すほうが得意だっただけの話なの。
「まぁ、とにかく、折角の休暇なんスから、思いきり羽伸ばして、普段できないことをすりゃいいんじゃないッスかね。ご実家に戻られるんでしょ?」
「……それが嫌だから、私は休暇なんていらないのよ」
邸に戻ることを考えただけで憂鬱になる。これなら四日間、山にこもって山岳演習していたほうが、何百倍もマシだわ。
「なに言ってんスか。たしかメアリー班長のとこは、子供はメアリー班長だけなんスよね? だったら父君も顔を見られたら喜ぶんじゃないッスか」
「貴方は何も分かっていないのね……いえ、分からなくて当然なのだけど」
沈む私を怪訝に思ったのか、ダニーがなにやら話しかけてくるけれど、もう私の意識は来るべき明日からの試練へと思いが飛んでいた。
「……なんとかして、帰らなくてもいいようにしなくちゃ」
ポツリと呟いた私は、ひっそりとある計画を建てたのだった。