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27.メアリーの日常



 私、メアリー・ジェイは、恋をしている。

「ジェームズ隊長、おはようございます! 今日もやっぱり素敵ですね! もう左腕は治ったのですね、おめでとうございます! そして、その額に出来た新たな傷痕が、とってもセクシーですね! 愛してます! 結婚して下さい!」

 訓練所に現れた愛しの人に駆け寄りながら、今日も私は誰よりも先に声をかける。すると彼は、嫌そうな顔――をなぜかせずに、無表情のまま私にこう言った。あら、どういうことかしら?

「おう、今日も変わらず変態だなメアリー、じゃあ訓練の前に城壁沿い五周走りこみしてこい。あぁ、それと俺も愛してる」

 ガツンと頭を後ろから殴られたかのような衝撃が走る。そんな私をニヤリと意地悪く笑いながら、ジェームズ隊長が言ってくる。

「どうした、早く行けよ」

「はっ、はい! いや、いえいえ、あの、二十周ではなく五周で良いのですか?」

 そこに来てようやくジェームズ隊長の顔が顰め面になる。あぁ、これだわ、この反応を待っていたのよ。

「お前なぁ、ようやく訓練に参加してもいいと医師から許可が出たといっても、まだ軽い運動程度だって言われただろうが。腹に穴開けときながら、何言ってんだてめぇは」

 後ろですかさずダニーが「いや、そもそも病み上がりで、いきなり城壁沿い五周走りこみってのがおかしいでしょ」と言っているが、私の頑丈さを舐めないで欲しい。というよりも、そろそろ体を動かさないと、本気で発狂する寸前まできていた私に、五周なんて走ったうちにも入らない。

 だけどここで反論したところで、逆に訓練参加を禁止されかねないので黙っておく。

「分かりました! では、走ってきます!」

「おう、どっか少しでも痛んだら、直ぐに戻ってこいよ」

 割りと真剣な口調で言うジェームズ隊長に、私はどう反応すれば良いのか分からなくて、操り人形のようにぎくしゃくとした動きをしながら、訓練所を飛び出したのだった。




 城門へと向かう途中、いつも通りかかる中庭に差し掛かった。今日も園丁のパーカーおじさんが、庭の手入れを丹精込めてしている。

「おはようございます、パーカーおじさん。今日もお庭が綺麗ですね!」

「おや、可愛い英雄さん、もう訓練に参加してるのかい。体は大丈夫かね?」

 そうなのである。じつは先の戦争での私の行動が、どうやら上層部に都合よく伝わっているらしく、恐れ多くも国王陛下に勲章を授けてもらったのである。勿論、ジェームズ隊長も一緒にだ。しかもそのお陰か、王宮内で知り合いは勿論、見知らぬ人にまで声を掛けられるようになったのだ。

 別にそれは良いのだけど、問題なのは、皆一様に私のことを「可愛い英雄さん」と言ってくるのが困るのだ。

「体はもうだいぶ良くなりました。あっ、お花わざわざ贈っていただいてありがとうございました!」

 胸に手を当てて礼をすると、パーカーおじさんが慌てて遮ってくる。

「よしてくれ! 俺はただいつも世話してる花をちょいと摘んで贈っただけだ。それよりも顔も見せにいけなくてすまなかったな。どうにも城のお偉いさん方は苦手でなぁ」

「とんでもないです。パーカーおじさんの下さったお花のおかげで、殺風景な治療室が一気に華やぎましたよ。本当にありがとうございました」

 私が本心で伝えているのが分かったのか、パーカーおじさんが照れ臭そうにしながらも、誇らしそうな笑みを見せてくれた。

「そいつは良かった。それよりも無理するなよ、せっかく良くなったばっかりなんだからな」

「大丈夫です、これもジェームズ隊長の愛のご命令ですので平気です!」

「はっ、はっ、はっ! 久しぶりに聞いたなぁ、それも。そうかそうか、愛なら仕方ない」

 しきりに頷き返す私に、パーカーおじさんが手近にあった花を一輪摘むと、私に差し出した。

「快気祝いだ。嬢ちゃんにやるよ」

「まぁ! これはゼラニウムですね。可愛らしい花びらですね」

 小さな花びらが重なり、その身は真っ赤に染まっている。可愛らしいゼラニウムだった。私はいつかそうしたように、そっと訓練服の胸ポケットにゼラニウムを差し入れ、パーカーおじさんに一礼するとその場をあとにした。

 そのまま中庭を通り抜けて走っていると、渡り廊下に差し掛かる。そこへ朝の支度に忙しい女官の方々と遭遇した。

「おはようございます、ヴェロニカさん」

 今日も凛と背筋を伸ばして、他の女官の方々の先頭に立つヴェロニカさんに声をかけると、彼女はまぁ! と珍しく大きな声を出して驚いた。

「もう訓練に参加してるのメアリーちゃん? まだ安静にしていなきゃ駄目だって、リーザ先生に聞いたような気がするのだけど」

「大丈夫です! これ以上じっとしていると、逆に体に障ってしまいますので」

 と言うのは方便で、本当はもう一時足りともベッドの上で何もせずにいることに、耐え切れなくなっただけなのだけど。

「そういうものなの? でも無理はしないでね、貴方は私たち王国民にとっての可愛い英雄さんなんだから」

 またもや出てきた単語に、私は苦笑するしか無い。英雄と可愛いという相反するものが合体しているのも違和感があるのだけど、私が可愛いと言われるのも英雄と言われるのも、なんだかおこがましい気がするのだ。

「それにしてもジェームズ隊長も酷いわね。動けるようになった途端、メアリーちゃんを走り回らせるなんて」

 ヴェロニカさんが憤慨すると、後ろに控えていた他の女官の方々も同意するように頷くので、私は慌てて首を振った。

「ジェームズ隊長には私から無理を言って訓練に参加させて貰っているのです。それにこうして私にだけ指示を出してくださるのも、全て愛のなせる業ですから!」

「愛ねぇ、それなら仕方ないわ。くれぐれも、無理はしないようにね、可愛い英雄さん」

「ありがとうございます! では失礼します!」

 私が一礼すると、ヴェロニカさんを始めとした女官の方々が、いってらっしゃいと送り出してくれた。

 そして意気揚々と再び走り始めたが、暫くするとまた声を掛けられた。

「あらまっ! 可愛い英雄さんじゃないのさ!」

 大きな張りのある声は、姿が見えなくても誰かなどすぐに分かる。私はその場で足踏みしつつ、声の主を探した。

「ここだよ、ここ!」

 そう言って厨房の窓から身を乗り出して手を振るのは、料理長のテスおばさんだ。

「おはようございます、テスおばさん」

「おはようじゃないよメアリーちゃん! あんた、もう走り回っても大丈夫なのかい? あんな大怪我しちまったあとなのに! あっ、さてはジミー坊が、また無茶な命令したんだね? なんならアタシが今すぐ行って、とっちめてきてやるよ!」

 窓から体を退くと、直ぐに勝手口から腕を捲って出てきたテスおばさんに吃驚した私は、急いで彼女を宥めた。

「ち、違います! 私から無理を言って訓練に参加をさせてもらっているのです! 決してジェームズ隊長に非はありません!」

「……本当かい?」

「ほ、本当に、本当です! ですから、どうか落ち着いって下さいテスおばさん!」

 私が必死に宥めすかした後、ようやく納得してくれたテスおばさんは腕を組みながら私を見返してきた。

「まぁ、あんたが納得してんなら良いんだよ」

「はい。納得も大納得です。なにせ愛ですからね!」

「愛なら仕方ないさね。まったく、可愛い英雄さんに対しても、ジミー坊は相変わらずだねぇ」

 苦笑しつつも慈愛に満ちたテスおばさんの表情に、私まで笑顔になってしまう。

「でも、これからまたテスおばさんのお料理が食べられると思うと、凄く楽しみなんですよ」

 なにせ怪我の治癒に重点を置いた食生活だったので、じつに味気のない食事ばかりだった。

「嬉しいこと言ってくれるじゃないか。こりゃあますます腕を磨かなきゃね。あ、そう言えば前に言ってたフルーツ、ようやくコーン地方から仕入れができたんだよ。これもメアリーちゃんたちが、あの公国を追い散らしてくれたお陰だよ。本当にありがとうね。今日は沢山デザートつけるから楽しみにしてなよ」

「はい! 楽しみにしてますね!」

 戦地から帰ってきて偉い人に褒め称えられるより、私はこうして親しくしてくれている人に喜んでもらえた時のほうが、心から戦って良かったと思えるのだ。この人達のために、また頑張ろうと思えるからだ。

 それから私はテスおばさんと別れ、城門へと走っていった。そこを今日もしっかり守っているのは、カーチスさんにアランさんだ。

「おはようございます、カーチスさん、アランさん!」

 私が声をかけると、凄く驚いた顔をされた。

「おいっ、メアリーじゃないか! なんだ、もう訓練に参加してるのか?」

 カーチスさんが目を丸くしながら私を見てきた。

「はい。これ以上じっとしているのも辛くて。ジェームズ隊長に無理を言って訓練に参加させてもらっています」

「ははっ、そうなのか。だけどくれぐれも、無理はするなよ。お前はこの国を救ってくれた可愛い英雄さんなんだからな」

 慈しみのこもった瞳でアランさんに言われ、なんだか照れくさくなった。

「それでは、走ってきます!」

「あぁ、気をつけてな」

 二人に見届けられ、私は城壁へと近づき、一度深く息を吸い込んでからゆっくりと吐き出した。久しぶりに体を自由に動かせるということに高揚感に包まれた私は、しっかりと足を踏み出したのだった。




 久々に城壁沿い走り込みを終えた私は、少々痛み始めた腹部を感じつつも、清々しい気持ちで訓練所へと戻ってきた。

「ご命令通り、城壁沿い五周走りこみ終えました! なのでご褒美に次の休暇に、私とデートしましょう!」

 私が笑顔で報告すると、ジェームズ隊長は渋い顔をしながら私に近づいて来た。そしてジッと私を見下ろしながら、低く這うような声で言う。

「お前、どこか少しでも痛んだら、直ぐに戻って来いと言っただろうが」

 怒りのこもった声で言われて、咄嗟に私は笑顔を取り繕った。

「な、何を仰っているのですか! 私はどこも痛くは――」

 その時、ジェームズ隊長がいきなり私の右手を持ち上げた。その衝撃で、怪我を負っていた腹部に痛みが走る。

「言わんこっちゃねぇ」

 溜息とともに吐き出された言葉に、私は縋るような思いでジェームズ隊長に懇願した。

「お願いしますジェームズ隊長! もう病室でじっと寝ているだけなんて耐えられないのです! 訓練の邪魔はしませんから、見ているだけでも良いので、どうか、どうか!」

 訴えながら、どさくさに紛れてジェームズ隊長の硬くて逞しい胸に手を寄せて縋り付く。あぁ、なんて素敵な感触……

「まぁ、見るだけなら許可してやれよジミー」

 この穏やかな物言いは、チャールズ副隊長だわ。ジェームズ隊長の胸に手を寄せたまま後ろを振り返ると、顔に苦笑を浮かべたチャールズ副隊長が立っていた。

「なんせメアリーの無茶のお陰で、お前が敵の指揮官を生け捕りにできたんだからな。少しくらい我が儘を聞いてやっても、罰は当たらないだろうさ」

 相変わらずお優しいわチャールズ副隊長ったら。でも優しすぎて、どことなく掴み所がない人なのよね。

「ったく、仕方ねぇ、少しだけだぞメアリー。その後直ぐに医者に診てもらうからな」

「は、はい!」

「それと、どさくさに紛れて人の体を触りまくってんじゃねぇぞ。てめぇ、今すぐここで襲われてぇのか、あぁ?」

 ぐっと顔を近づけられ、唇が触れるか触れないかの距離で言われた。突然のことに、反射的に彼から離れようと、私はジェームズ隊長の胸に置いていた手に力を込めて腕を突っ張った。

「わ、わわわわ私は、そんな、いえ、うっ、うあぁっ!」

 顔がこれ以上ないくらい熱くなっているのが分かり、余計に恥ずかしさと混乱で挙動不審になってしまう。

 もう、本当にジェームズ隊長ったらどうしたのよ! なんでこんなに急に態度が変わってしまったのよ。た、たしかに私の想いを受け入れてくれたのは、この上ない喜びだったけれども、まさかこんなにも私に対して甘い顔を見せてくれるようになるなんて、想像してなかったもの!

「またくだらねぇこと考えてやがるな?」

 ニヤニヤと意地悪そうな顔で私の瞳を覗き込んでくるのはやめて欲しい。心臓がおかしくなるほど、今激しく鼓動している。

「はい、そこまで。お前らも周りをよく見ような。今は訓練中なんだぞ?」

 チャールズ副隊長が私とジェームズ隊長の間に割って入ってくる。言われて私はハッとして、辺りを見回した。訓練所に居る私の班の隊員たちは勿論のこと、他の隊の隊員までもが私たちの方を生温かい表情で見ている。

 恥ずかしさのあまりに今すぐこの場に穴を掘って入りたくなった。塹壕を掘る訓練にもなるはずだ。

 現実逃避をしつつも、私は真っ赤になった頬を見られるのが嫌で、両手の甲で頬を抑えつつ、ジェームズ隊長をきつく睨みつけた。

「ジェームズ隊長の……ばかぁ」

 いつもどれだけ言っても華麗に受け流してくれたのに、こんなの反則だわ。卑怯だわ。

 心のなかで散々恨み言を言っていると、なぜかジェームズ隊長の頬が僅かに赤く染まるのが見えた。

「ジェームズ隊長?」

 私が問いかけると、ハッとしたように顔をしたあと、直ぐに背を向けた。よく見れば、耳の先も少し赤くなっている気がする。

「とにかく! 今日は見るだけだ! 分かったら行け!」

「はい!」

 いつもの習慣で、敬礼をしようと腕を勢い良く上げ、その拍子にまた腹部に痛みが走ったけれども、そんなことはおくびにも出さずに、私は自分の班の隊員たちがいる方へと駆け寄っていった。

 真っ先に出迎えてくれたのは、副官でもあるダニーだった。彼は奇妙な微笑みを浮かべながら、私を見ていた。いつか見た東方にあるという、宗教の像の笑みに似ていた。

「な、なによダニー」

「いやぁ、あのメアリー班長の成長が微笑ましくて」

 出てもいない涙を拭う仕草をするダニーに苛立ちを覚え、思わずいつもの様に蹴りを繰り出しそうになったが、理性でぐっと抑えこんだ。

「どういう意味なのかしら、ダニー?」

「だってあのメアリー班長がッスよ? 乙女のフリして平然と屈強な兵士たちをなぎ倒していき、恥じらうフリしてそこらの男よりも図太い神経を持ち、貞淑なフリをして変質者のごとくジェームズ隊長の尻を追い回していた、あのメアリー班長がッスよ? あんな本当の乙女のごとく恥じらいながら戸惑う姿を見られるなんて……あぁ、オレ無事に生きて帰ってこれられて良かった」

 これは殴って欲しいと、遠回しに言っているのかしら? そうなのよね、ダニー?

 私が拳を握りしめて振りかぶる準備をしている途中、トニーが私たちに駆け寄ってきた。

「メアリー班長! 俺たちみんな班長を待ってたんですよ! ダニー副班長って、やっぱり見かけどおりいい加減というか、メアリー班長は厳しいし、ちょっと変態ですけど、きちんと俺たちのこと見ててくれたんだなって、みんなと言ってたんですよ」

 うーん、私がいない間、私に喧嘩を売るのが隊員たちの間で流行っていたのかしら? そうだったら、また一人ずつ再教育が必要かもしれない。

 私が真剣に悩んでいると、トニーが私の胸元を飾るゼラニウムを見て笑った。

「また花を貰ったんですか? メアリー班長は性格に似合わず花が好きなんですね」

「トニー、せっかく訓練に出られるようになったのだから、私と久しぶりに打ち合い訓練でもどうかしら?」

 にこりと満面の笑みで持ちかけると、途端にトニーの顔が青くなる。あらあら、どこか具合でも悪いのかしら?

「いやいや、まだ全快していないメアリー班長と打ち合いなんて……ねぇ、ダニー副班長!」

「オレに振るなよ!」

 既にその場から後退りして逃げる体勢に入っていたダニーの肩を、トニーが必死の形相で掴んで引き寄せている。

「なんなら二人同時でもいいのよ? ふふふっ」

 拳を作ってゆっくりと二人に近づくと、二人が引き攣った顔で後退していく。この際だから、療養中の鬱憤を晴らさせてもらおう。そうしよう。

「何を逃げているの二人共。リオン隊の隊員たるもの、戦いの場から逃げるなんて――あいった!」

 後頭部に衝撃が走って振り返ると、鬼の形相をしているジェームズ隊長がいた。なぜだか凄く既視感を覚えるわ。

「お前はついさっきまでの物事も覚えられねぇ鳥頭か? 俺は見るのはいいが、参加をしても良いとは言わなかったよな?」

 これよ、このきつく寄せられた眉根に、世界中の怒りをその身に溜め込んでいるかのような顔! うん、これでこそジェームズ隊長だわ。

「ダニー、トニー。お前らもコイツを煽るようなことを言うんじゃねぇ。走りこみしたいのか?」

「くっ、訓練に戻ります!」

「あー、俺もメアリー班長の代わりに、隊員たちの訓練の監督しなきゃなー」

 急いで背を向けて去ろうとする二人に向かって、ジェームズ隊長は非情にも言い放つ。

「よし、反省が足りねぇようだな。今すぐ城壁沿い二十周走りこみ行って来い」

「えええええ!」

「ちょ、そりゃあ、いくら何でも……」

 抗議の声を上げる二人に、ジェームズ隊長が首を傾げながら二人を見返す。その顔は全くの無表情で、それが逆に恐ろしさを引き出していた。

「なるほど、二十周じゃ足りないと。よしよし、じゃあ三十周してこい」

「いえ! 二十周で結構です! 行きます、行ってきます! ほら、ダニー副班長も行きましょう!」

 トニーが素早くダニーの背中を押して走りだした。ダニーはうんざりとした顔をしつつも、それでも走り始めたのだった。

 そんな二人を見送った後、ちらりとジェームズ隊長の方を見ると、彼も私の方を見ていたのか瞳がぶつかった。

 なんとなく気不味くて、視線を逸らそうとしたら、ジェームズ隊長がぼそりと言う。

「公国側と、停戦合意が結ばれることになるだろう」

「まぁ、それは本当ですか?」

「あぁ。まだ正式には発表されていないが、ほぼ確定していることだ」

 なるほど、と思う。私たちが捕らえた指揮官は、公国側にとっても相当重要な人物であったらしく、交渉では王国側にとって有利に進められているらしい。私としても、命を張った甲斐があるというものだ。

「暫くの間は公国も大人しいだろうが、おそらくはそう長くは続かんだろう」

「そうですね、あの大公が静かに停戦を受け入れ続けるとは思えませんからね」

「あぁ、だから俺たちはいつも通り気を抜くこと無く、日々己を高め続けていく必要がある」

 そこでジェームズ隊長は私の方に体を向き直し、穏やかなのにどこか激しさを秘める瞳で私を見つめる。

「だからお前も、とっとと体を万全の状態に戻せ。お前は自分が思う以上に、この国にとって重要な存在なんだからな」

 口角を上げつつ、そう言い切ったジェームズ隊長に、思わず瞠目した。

「私は……ジェームズ隊長に比べれば、まだまだ若輩者です」

 率直な意見を吐露すると、ジェームズ隊長は呆れたように鼻で笑った。

「俺に比べたら、誰だって弱い。だがお前は兵士としては、規格外に強い」

 ジェームズ隊長の、この傲慢なまでの自意識が、私にはとても眩しく映る。そして、そんな彼に認められると、体が震えるほどの歓喜を覚える。

「メアリー、今度は勝手に死のうとするな。お前の死に場所は、俺が決める」

 本当になんて傲慢な人。なのにそれが嬉しいなんて、私もどこか彼と似た所があるのかもしれない。だけどそれは、この上もなく幸せなこと。

「ジェームズ隊長も、私のいない所で勝手に死なないでくださいね。死ぬときは、私の側にしてください」

 切なる願いを込めて懇願すると、ジェームズ隊長はフッと目元を和らげる。

「俺は簡単には死んでやらねぇ。それにお前はいつだって俺の側にいるんだろう?」

 あぁ、どうしよう、鼻の奥がツンとするわ。

 私は深く息を吐き、そして心からの笑顔を浮かべた。

「えぇ、当然です。私は生涯ジェームズ隊長のお側にいると決めているのですから!」

 満足気なジェームズ隊長を見て、ますます私の彼への想いは高まっていく。そこへ私の班の隊員が冷やかすように騒ぎ出した。

「ジェームズ隊長もメアリー班長も見せつけないで下さいよー! 俺たちの目に毒ですよ!」

「そうですよ! やるなら二人きりの時にしてください!」

 囃し立てる隊員たちに、ジェームズ隊長のこめかみに、あの見慣れた青筋が浮かび上がる。

「おっし、お前ら今日の訓練は模擬戦に変更だ。二組に別れろ、負けた方は走りこみ三十周だ」

 一斉に隊員たちから抗議の声が上がる。だけどジェームズ隊長はそれらを一喝すると、自分も隊員たちの輪に入っていった。

「特別ルールだ、俺に一撃でも食らわせることが出来たやつは、走りこみを免除してやる」

 その一言で、皆の気持ちが一丸となるのが、傍目にも分かった。各々が戦略を立てるなか、私はその遣り取りを邪魔にならない場所で見ることにした。体がうずうずするのを我慢しながら、私も早くあの輪の中に入っていけるように、体を元通りに回復させなければならないと思った。

 訓練所は今日も熱気に包まれている。それぞれの想いを抱えながら、私たちは戦うために厳しい訓練を己に課す。

 そんな風景が、この私、メアリー・ジェイが所属するバレーディア王国軍リオン隊の、よくある風景なのである。




最後までお読み頂きありがとうございました。

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