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22.メアリーの幸福




 ミッテン川へ向かうべく山中を馬で駆ける私たちの耳に、人の争う声と音が聞こえてきた。

 馬を駆って近づけば、そこでは小規模な戦闘が発生していて、しかもダニーが率いる部隊と敵部隊との戦闘だった。

「ダニー!」

 私が声をかけると、目の前にいた敵兵士を切り捨ててから、振り返ってきた。

「なにしてんスか、こんな所で!」

「説明は後よ! とにかく最小限の人数を残して、後は全て私に付いてくるように言いなさい!」

 目を丸くしながらも、斬りかかってきた敵兵を蹴り飛ばしてダニーは応戦する。

「今そんな余裕があるように見えるッスか!?」

「あぁ、もう!」

 私は連れてきた部下たちに合図し、ダニーたちの応援に入った。敵兵は急に馬で現れた私たちに驚いたのか、隊形が乱れ始めていた。そこを馬上から剣で薙ぎ払っていく。イーグル隊の班員は、馬の操作は私の班員に任せ、弓を引き絞って次々と矢を放っていく。

 一気に数を増した私たちに、敵兵は抵抗する間もなく討ち取られていく。本当ならば捕虜になりそうな地位の敵兵を見つけて捕縛しておきたいけれど、今は一刻もミッテン川へと急ぎたいからその余裕が無い。

 不利と判断したのか、敵兵が次々とその場から蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。私は部下に後を追わないように命令し、急いでダニーに状況を説明した。

「ミッテン川だって!? くっそ、やられた……!」

「悔しがるのは後にしてちょうだいダニー。それより隊を二つに分けるわよ、ブラッドは隊員を率いて北東に向かいなさい。エドガーの隊がそこで哨戒任務をつづけているはずよ。いえ、もしかすると戦闘が始まっているかもしれないわ。とにかく、エドガーの部隊に合流し、敵部隊と遭遇したらぎりぎりまで応戦しなさい。後の隊員とイーグル隊員は、全員私に付いてきなさい!」

「はいっ!」

 ダニーを私の後ろに乗せ、他の隊員たちも馬に乗れるだけ乗せると、後は自分の足で付いて来させる。そして手綱を引いて、一気に馬を加速させた。

「しかしまさかミッテン川から進軍するなんて、奴ら自棄でもまわったんスかね」

「一か八かでしょうよ。ミッテン川の直ぐ南はラーチェン王国の領地、だからこそ夜の内に進軍を開始したのよ、恐らくね」

 昼ではさすがにラーチェン王国側の監視の目を掻い潜るのは難しい。けれども夜陰に紛れて進軍すれば発見されるまで時間がかかる。その間に私たちバレーディア王国軍を叩ければ、後はどうとでもなると思っているのだろう。まったく癪に障る連中だわ。

 私たちは幾つかの峠を越えて走り続けた。そして先頭を行くトニーが、馬の走る速度を落として合図を送ってきた。私たちは馬から降りて手綱を引いて、身を潜めながら木々の間から山裾を覗き込んだ。

「思ったより数が多いッスね。やっぱりこっちが本隊みたいッスよ」

 私たちの見下ろす先には、暗闇の中で悠然と流れるミッテン川を、ゆっくりと進軍する公国の隊列がいた。灯りは先頭を行く者しか点けておらず、それも小さな灯りだった。

 決して弱くはない流れの川を、隊列を崩さず密着するように進むのは、流されないようにするためだろう。

 私はちらりと空を見上げた。ここに来るまでに手間取ったせいか、東の空が白んでくるのは時間の問題だろう。先に伝令に遣わした隊員が、すでにこの事を知らせているとは思うけれど、ジェームズ隊長たちが来るまでには時間がかかるはず。いえ、下手をすると北東側からの進軍も開始しているはずだから、その相手をするせいでこっちにまで兵を回す余裕が無いかもしれない。

 あぁ、どうするのメアリー。考えなさい、メアリー!

 部下たちが私の指示をジッと辛抱強く待っている。私は目を閉じて暫し逡巡したあと、目を開けた。

「イーグル隊、予備の弓を渡しなさい。第一班の隊員も、弓を持って準備しなさい」

 イーグル隊第一班の隊員は、常に予備の弓を携帯している。弓が使い物にならなくなった時のためにだ。

「矢の数は限られているわ。だから無駄撃ちをしないよう、しっかりと狙いを定めてから矢を放ちなさい」

 私の部下たちがイーグル隊の隊員から弓を貸してもらい、それぞれ矢をつがえていく。イーグル隊程ではないにしろ、私たちリオン隊も様々な状況に対応できるように、日頃から弓の訓練はしている。

 私は部下たちを引き連れ、川上の方へと移動させた。そこは緩やかな傾斜になっており、弓で攻撃するにはもってこいの場所だった。応戦されても、こちらに来るまでに時間が稼げる。

「私が合図を出したら、一斉に矢を放ちなさい」

 手の中にある弓を構える。部下たちも一斉に弓を構えた。焦らず、ゆっくりと矢を引き絞っていく。敵の隊列は慎重に、しかし確実に川を渡りきろうとしている。

「放て!」

 限界まで引き絞った矢を解き放つ。一斉に解き放たれた矢は、放物線を描き、雨のように敵の頭上に降り注ぐ。突然どこからとも無く降って湧いた矢の雨に、敵部隊は混乱をきたし始めた――かのように見えた。

「落ち着けぇ! 隊列を乱すな!」

 第二撃を放とうと矢を引き絞る私たちの所にまで怒号が聞こえる。どうやら優秀な指揮官があちらにはいるようだった。

 私は第二撃を放った。闇夜で動く的に当てるのは、本職であるイーグル隊でさえ難しいようで、思ったほどに敵の数を減らせていなかった。だが時間が稼げればいい、とにかく相手を撹乱させることに集中しなければ。

 人の怒号と馬の嘶きが闇夜を裂くように響き渡る。その内隊列が分裂し、その片方がこちらに向かってくる。

「ぎりぎりまで引きつけて撃ちなさい! 敵との接近戦になったら、イーグル隊は後ろに下がって援護を頼みます!」

「了解しました!」

 そう言っている間にも、敵部隊は私たちの隠れる森の直ぐ側まで来ている。緩やかな斜面になっているそこを馬で登ってくる敵兵に向かい、私たちは弓矢で撃ち落としていく。しかしついに敵兵の先頭が私たちの直ぐ近くに到達した。敵兵が剣を私の下から振り上げるのを見て、私は弓を捨てて剣を抜いてそれを受け止めた。

「ぐっ!」

 大柄な重装備の敵兵士は、力で押し込もうとしてくる。一方私は軽装備だ、相手の攻撃を一撃でも受ければただでは済まない。

「うぉああっ!」

 雄叫びを上げながら足を踏ん張って体を捻り、相手の側頭部に思い切り蹴り込んだ。その隙に体を引き離し、反撃される前に相手の首元に剣を突き刺して沈黙させた。

 次々と押し寄せる敵兵を相手にしながら、私たちは後ろへ下がって体制を立て直そうとした。だが想像以上に敵兵の押し寄せてくる速度が早く、立て直す隙がない。

 しかし私たちよりも身重な重装兵ばかりの敵兵も、慣れない斜面での戦いに悪戦苦闘しているのが手に取るように感じられる。

 そんなとき、一瞬目を逸らした隙に、横から敵兵が斬りかかってきた。しまったと思って体勢を整える間もなく、敵兵の剣が私の目の前に迫る。しかし――

「ぐぁッ」

 襲ってきた敵兵が崩折れる。その後ろから、副班長のダニーが現れた。

「なにボサッとしてんスか! らしくないッスよ!」

 倒れこんだ敵兵の背中から剣を抜き取り、ダニーが息を切らして私を見ていた。そのダニーの右腕からは血が染み出していた。

「貴方もね、ダニー。大丈夫?」

 新たに迫ってきた敵兵を斬り捨てながら尋ねると、ダニーは何でもないように肩をすくめた。まったく、いつもながら強情っ張りだこと。

「このままではこちらが全滅しかねないわ。ダニー、私が指揮官を引きずり出してくるから、ここを任せたわ」

「はぁ!? 頭大丈夫ッスかメアリー班長!」

 戦闘による喧騒のなか、逃げ遅れている馬を見つけ出し、急いで駆け寄って騎乗した。ダニーが何か叫んでいるけれど、耳を貸す余裕が無い。

「はっ!」

 馬の横っ腹を蹴りつけ、暴れる馬を制しながら斜面を駆け下りていく。ダニーが怒声を上げる。

「やめろ! メアリー!」

 彼のそんな口調を久々に聞いた私は、そんな場合ではないのに思わず口元が緩む。でもごめんね、私はやらなければならないの。私が、少しでも足止めをしなければ――

 戦闘の輪から飛び出し、単騎で敵部隊に突撃する私は、無謀極まりないのだろう。だが相手側も突然隊列に突っ込んできた私に驚愕の表情で出迎えてくれた。私は勢いのまま、馬上から敵兵を突き飛ばすようにして斬りかかり、そのまま隊列の中を突き進んだ。

「そいつを止めろぉっ!」

 誰かが怒号を上げる。我に返った敵兵士たちが、次々と私に襲い掛かってくる。馬の蹄が川底に叩きつけられて水飛沫が上がる。足に敵兵の剣先がいくつも滑っていき、腕に矢が刺さる。それでも私は突き進む。敵の指揮官を仕留めれば、いえ、仕留められなくても足止めすることができれば。

 しかし槍に刺された馬が、戦慄きながら前足を高く持ち上げる。その勢いで私は振り落とされ、派手な水飛沫を上げながら川底に突き落とされた。けれども直ぐに体勢を立て直し、剣を構える。あっという間に敵に囲まれるが、怯んでいる暇など無い。戦わなければ、戦うのよメアリー。

「ああああっ!」

 咆哮を上げて剣を振りかざす。敵が一瞬怯んだ隙に、素早く辺りを見回した。指揮官はどこ? どこにいる!

 徐々に空が白んでくる。目に入った水と血を拭う手間も惜しくて、瞬きを繰り返しながら必死に指揮官を探す。

 歩兵の後ろに騎馬兵がいる。そしてその中央、川の中頃あたりにひときわ兵の数が多い場所がある。まるで何かを守るかのように、隊列中央のその場所だけ守りが堅い。

「そこかぁ!」

 私の前を阻む敵を薙ぎ倒しながら、一直線に指揮官のいるだろう場所へと走っていく。足が川の水に浚われそうになるのを必死に堪え、敵の剣を振り払いながら私は進む。あそこだ、あそこにたどり着かなければ。

 すると突然、背後から凄まじい衝撃を受けた――と思う暇もなく、背中から腹にかけて、燃えるような熱を感じる。

 何事かと腹部を見ると、槍の切っ先が飛び出していた。振り返ると、敵兵が鬼のような形相で、私の背中から槍を突き刺しているのが見えた。

「貴様が、あの血まみれメアリー(ブラッディメアリー)だな! この俺が、貴様を討ち取って――」

 敵が大声を張り上げるなか、私は腹から槍を無理やり引き抜き、振り向きざまに相手の槍を渾身の力で奪い取った。そしてたたらを踏む敵兵の首に剣を横から薙ぎ払おうとした。けれども、既に刀身が刃こぼれしていたそれは、首の半分ほどのところに食い込んだまま、抜けなくなった。

 私は仕方なく奪い取った槍を手に持ち直した。その間にも、また身体に衝撃が走る。右肩の辺りを見ると、矢が突き刺さっていた。あぁ、鬱陶しい。

 突き刺さった矢を引き抜き、槍を近くにいた敵兵に突き刺した。

血まみれメアリー(ブラッディメアリー)……」

 誰かが震える声で呟くのが聞こえる。

 槍で敵を倒しながら、私は先程よりも随分と動かしづらくなった身体を引きずって進んだ。

「私、その呼び名、大嫌いなのよね……」

 槍を敵に突き立てながら、私は笑った。本当に嫌い、この呼名。ちっとも可愛くないじゃないの。

 徐々に霞む視界に、太陽の光を感じた。私は敵を食い止めることができたかしら? 王国軍の本隊は無事かしら。あぁ、動きなさい、動くのよメアリー。

「その女を殺すな! そいつはあのジェイ侯爵の娘だ! 人質にするんだ!」

 敵兵の動きが一斉に止まる。馬鹿ねぇ、私が大人しく人質になるとでも思っているのかしら。

 私は震える膝を叱咤し、槍を構えて周囲にいる敵兵達を槍で一掃する。怒りと困惑の声が上がった。

「ぐっ! この女、化け物か……!」

 なんて失礼なことを言うのかしら、私ほどのレディを捕まえて。

 もうほとんど見えなくなってきた目で、見えるもの全てに槍を突き刺そうと身体を動かした。けれども、どうにも力が入らない。おかしいわ、どうしてかしら。

 その時、私の耳に遠くから聞き慣れた、愛おしい声が聞こえた気がした。

 立てなくなって、ついに跪く。川底の砂利が音を立てて擦れていく。川が真っ赤に染まっていくのが見えた。それにしても、この地鳴りのような音はなに?

「メアリー!」

 幻聴が聞こえた。こんな時にジェームズ隊長の声が聞こえるなんて。でも嬉しい、たとえ幻だとしても、最後に彼の声が聞けるなんて、幸せなことだわ。

 堪え切れずに私の上半身が傾いでいく。顔から川底に突っ込んだせいで、息ができない。なのにもう、苦しさを感じない。

「その女を連れて行け!」

 無理やり腕を引っ張って川底から引き上げられる。触らないで欲しい。私に触れていいのはジェームズ隊長だけなのよ。

 ずるずると川岸まで運ばれる身体を動かすこともできず、私は朦朧とする意識の中で、またジェームズ隊長の声を聞いた。

「その女に触れるなぁッ!」

 頭上で悲鳴が上がるのと同時に、私の体がその場に放り出される。見えづらくなった私の視界には、瑠璃色に染まり始める夜明けの空が映り込んだ。

 不意に体が浮き上がる。なんだろうと確認する間もなく、私の腹にゆるい衝撃が伝わった。

「トニー! そのまま本隊に戻れ!」

「了解!」

 ジェームズ隊長の声が聞こえる。

「ジェームズたい、ちょ……」

「メアリー! てめぇ何考えてんだ馬鹿野郎! くそっ!」

 あぁ、嘘だ、本当にジェームズ隊長だ。嬉しい、嬉しい。

「たいちょ……ジミー……」

「うるせぇ、黙れ!」

「ジミー、す、き。好きよ、あいし、てる……ジミー」

 どうせ最後なのだ、どうしても伝えたかった事を伝えても、罰は当たらないはず。

 そう思う私の唇に衝撃が走った。

「うるせぇつってんだ馬鹿が! いいか、絶対に生きろ! これは命令だ!」

 ふふっ、相変わらず口が悪いのねジェームズ隊長。どんな時でも、貴方が貴方らしいのが、私は好きだったの。

 ゆるりと瞼が落ちていく。もう目を開けることすら辛くて仕方ない。

 薄闇に包まれていく中、私は酷く幸福な気持ちで意識を手放した。




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