18.メアリーの叱咤
王都からイヴィタル山までは、馬車で約半日掛かる。各隊の隊長が同じ馬車で作戦の確認などをしている。私は第一班の隊員たちと同じ馬車に乗っていた。
馬車に乗る隊員たちは、私も含めて皆が軽装備である。斥候や散兵としての働きを主とする第一班は、第二班や第三班のような重装備ではない。
「公国は今回も、嫌がらせみたいな侵攻を繰り返すつもりですかね」
トニーが些か緊張した面持ちで話しかけてくる。中隊で鍛えられていたと言っても、リオン隊での任務はこれが初めてなのだ、仕方のないことかもしれない。
「そうとも言い切れないわ。報告によれば、大規模な兵の投入準備もしているという情報もあるようだし」
「でも山岳地帯に大量に兵を投入するのは難しいんじゃないんですか。あの辺りは結構起伏が多いですし、地元の人間でも慣れてない者は迷うこともありますから」
トニーの言い方に引っ掛かりを覚えた私は、彼に聞き返した。
「トニー、あなたイヴィタル山に詳しいの?」
「えぇ、まあ少し……」
「はっきりと答えなさい」
ぴしゃりと遮ると、トニーは慌てて言い直した。
「はい。俺の父の領地がイヴィタル山近辺にあったので、幼少の頃によくあの山で麓の子どもたちと遊んでいました」
「あった? どういうことなの?」
尋ね返すと、いささかバツの悪そうな表情をトニーは浮かべた。
「お恥ずかしい話しなんですが、公国側との戦争が激しくなり始めた頃、父はあの辺りの領地を王国へと返上してしまったんです」
なるほど、自分の命かわいさに、領民を放り出して自分だけ逃げ出したということなのね。リオン隊に入隊するだけの根性があるのだからトニーのことは信用しているけれど、彼の父親は領主としても貴族としてもあまり信用の出来ない人物だと思えた。
「顔をお上げなさいトニー。貴方は名誉あるリオン隊の一員なのよ、もしも貴方のお父様のしたことを恥だと思っているのなら、公国からその地を守るためにも全力で戦いなさい」
ハッとしたようにトニーが私を見つめ返してきた。そして表情を引き締めると、力強く頷いた。その顔には先程までの不安も緊張もなかった。
「それに貴方の経験は、この戦いで役に立つかもしれないわ。来なさいトニー」
私は馬車の御者に合図し、速度を緩めてもらってから飛び降りた。トニーもそれに倣って付いてくる。そのままジェームズ隊長たちが乗る馬車へと駆け寄った。
「ジェームズ隊長! お話しがあります!」
ジェームズ隊長たちの馬車が速度を落とすと、私たちは中へと乗り込んだ。
「なんだメアリー」
入り込んできた私に、ジェームズ隊長が短く問いかける。彼は黒っぽい鎧を着込んでおり、胸元にはリオン隊の象徴である獅子の紋章が装飾されていた。隊服の時でさえ大柄な彼が重装備に身を包むと、その威圧感は否が応にも増していた。
「私の班のトニーが、イヴィタル山について詳しいようなのです。彼の情報も作戦に反映させれば、より確実なものになるかと思いまして」
後ろでトニーがたじろぐ気配がする。しかしここは踏ん張って貰わなければならない。
「本当かトニー?」
ジェームズ隊長が問いかけると、トニーが狼狽える。彼の気持ちも分からなくはない。なにせここには他隊の隊長や副隊長が勢揃いしているのだから。
「トニー、分かる範囲で良いから答えなさい」
私が彼の背中を押すと、意を決したように頷いた。トニーは私の言ったとおり、自分が知るかぎりのことを極力正確に、ジェームズ隊長たちへと説明し始めた。地図と照らし合わせながら、オルカ隊からもたらされた情報と共にに精査していく。
そうしている間にも、私たちは着々とイヴィタル山へと近づいて行った。




