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15.メアリーの反抗




「曲が始まる。さっさと準備しろ」

 情緒も何もない物言いなのに、私の胸は先程よりもずっと高鳴っていた。

 曲が始まる。ジェームズ隊長が完璧な紳士の礼を見せた。私は震えそうになる体を叱咤し、同じように淑女の礼を返した。

 先ほどの曲よりも速めの調子の曲は、難易度の高いものだった。この曲を完璧に踊り切るのは、相当な力量が必要とされる。だからこそ、舞踏会でこれを踊ることができる男女は、羨望の的として見られるのだ。

 軽快なステップを刻むジェームズ隊長に遅れを取らないように、必死に私は彼に付いて行く。私の腰に回されたジェームズ隊長の手はゴツゴツと無骨で大きい。繊細さの欠片もない彼の手は、けれどもアルバーン様よりも私の鼓動を高鳴らせる事が出来る唯一の手。

 ジェームズ隊長の顔を見ようと顔を上げると、彼も私をジッと見下ろしていた。

「ダンスなんざ、ガキの頃以来じゃねぇのかメアリー」

 他のペアにぶつからないように、器用に私の体を回しながらジェームズ隊長が言う。

「ジェームズ隊長こそ、ダンスの仕方をすっかりお忘れになっていたと思っていましたよ」

 珍しく反撃した私に、ジェームズ隊長が瞠目する。そして直ぐに意地の悪い顔付きになった。

「ステップが上手くできないって泣いてたガキは、どこのどいつだったかなぁ」

「ジェ、ジェームズ隊長こそ、初めの時は私より下手だったではないですか!」

 幼少の頃、初めてジェームズ隊長の相手をしたとき、散々な目に合ったのを今でもはっきりと覚えている。ジェームズ隊長もその時を思い出したのか、今日見たなかで一番の顰め面を披露した。

「だが俺は直ぐに、お前よりも完璧なステップをマスターした」

 そうなのだ、腹立たしいことに、ジェームズ隊長は最初のダンスのことが余程屈辱だったようで、二回目に私と踊った時は、こちらが付いて行くのが大変なほどに上達していた。後で執事のチェスターに聞いたら、私のいない場所で寝る間も惜しんでダンスの練習をしていたらしい。恐ろしいほどの負けず嫌いである。

 そんな会話を交わしている間にも、この曲の中で最も難関な場面へと差し掛かる。男性にとっては自分の力強さをアピールできる機会であり、女性にとっては可憐さを表現できる機会なのだ。

「上手く飛べよ、メアリー」

「ジェームズ隊長が上手く持ち上げてくだされば、問題ないですよ」

 挑戦的な視線で言い返せば、ジェームズ隊長も同じような瞳で見返してくる。まるで打ち合い訓練の時のような張り詰めた――けれども心地の良い緊張感が私たちの間に流れた。

 ジェームズ隊長の大きな手が私の脇腹に掬うように差し込まれ、そのまま勢いをつけて宙へと放り出される。浮遊感を感じる間もなく落下する体を捻り、一回転してからジェームズ隊長の腕の中へと舞い戻った。会場内がにわかにざわめく気配がした。それもそうだろう、本来は普通に軽く飛ぶだけのシーンなのだから。

「どうしたメアリー。今日は随分と反抗的じゃねぇか」

 ジェームズ隊長は腕の中に戻った私の背を支えつつ、大胆なステップで床を滑るように移動する。

「ジェームズ隊長こそ、どうして私の相手をなさるのですか? 警備任務の方はどうなさったのです」

「警備の方はチャックが上手くやってるはずだ。それに今日は、上からリオン隊の隊長として参加しろとの命令が下ってる。予算をこれ以上減らされたくなかったら、という脅し文句付きでな」

 吐き捨てるように言うジェームズ隊長に、なるほどと納得する。前々から軍部に掛かる費用を削りたがっている連中がいるのは把握していたからだ。

「それよりアイツは何だ」

 軍人の性なのか、はたまた彼の性質なのか、ジェームズ隊長は言葉を簡潔にやり取りするのを好む傾向にある。

「アルバーン様は……私をエスコートするために参加なさっています。そういうジェームズ隊長こそ、どなたかお相手がいらっしゃるのでしょう?」

 尋ねる自分の声が強張るのを感じる。カフェで見た、あの黒髪の女性がチラチラと脳裏を横切る。

 しかしジェームズ隊長は素っ気なく言い放った。

「そんなもんいねぇよ。急な話しだったうえに、俺の相手をしてぇなんて奇特な女なんていやしねぇ」

 自嘲するわけでもなく、まるで馬鹿にするようにジェームズ隊長が吐き捨てる。彼の中にある貴族への、嘲笑と嫌悪が含まれているのを感じた。相手がいないという事に安堵する気持ちと、自分が彼が嫌う貴族の一人であるという事実が胸を刺す。

 曲がラストスパートに向かって、一層激しくなる。私の体を私よりも器用にジェームズ隊長が操り、そして最後の音に合わせて彼の手がしっかりと私の腰を支えるのに合わせて、私は大きく仰け反った。

「メアリー……」

 仰け反る私の首元にジェームズ隊長の顔が近づき、私の名前を呼んだ。低く掠れた声に、ゾクリと背中が粟立った。心なしか、ジェームズ隊長の吐息が熱く感じる。

「……ジェームズ隊長」

 私が弱々しく彼の名を呼ぶと、ハッとしたように顔を上げ、私の上半身を持ち上げて元に戻してくれた。ジェームズ隊長が少し気不味そうな顔をしている様に見えるのは、私がそう思いたいからなのかしら。

 なんとなく彼の顔を見ていられなくて俯くと、私たちの周りから拍手が起こった。

「いやはや、なんと素晴らしい!」

 驚いて顔を上げると、いつの間にか私とジェームズ隊長を囲むようにして、人々が押し寄せていた。




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