14.メアリーは踊る
一曲目はまず王太子陛下夫妻が踊られることになった。そして次の曲から各々がペアになって踊り始める。
「メアリー、こちらへ」
アルバーン様に促され、私たちは広間の中央へと進み出た。私はアルバーン様に気付かれない程度に、広間の中を見回した。だけどやはり目的の人物は見当たらなくて、私はがっかりする気持ちと安堵する気持ちを同時に味わった。
軽快な音楽と共に私はアルバーン様にリードされて踊り始めた。特訓の甲斐があったのか、ミスもなく無難に踊り切ることができそうだった。
そしてくるりと一回転してアルバーン様の元へと引き寄せられる直前、私の視界の端に見つけたかった――けれども見たくはなかった、あの人の黒髪が見えた。
どきりとして、思わず頭をそちらへと巡らせると、彼はダニー達のように深紅の軍服に身を包み、難しい顔をして佇んでいた。ただいつもと違ったのは、髪を綺麗に撫で付けてあり、精悍さに色気を彩っていた。
「メアリー?」
アルバーン様が私に呼びかけてきたので、慌てて意識をジェームズ隊長から逸らす。
「どうかされましたか?」
「い、いえ……なんでもありません」
踊りに集中しなければと思うのに、私の意識は既に少し離れた場所にいる、ジェームズ隊長へと向けられていた。
気もそぞろになり始めた頃、ようやく音楽が止んだ。アルバーン様は私の顔を覗き込み、伺うように聞いてくる。
「昨日の今日でお疲れなのでしょう。なにか飲み物を持ってきましょう」
「そんな……あの――」
「誰かと思えば、メアリーじゃねぇか」
低く少し篭った声。驚いて振り返ると、いつも以上に不機嫌な顔をしたジェームズ隊長が立っていた。
「ジェームズ隊長……」
いつもみたいに、軽口のように彼への愛の言葉を吐き出せばいい。そう思っているのに、私の口は鉛を飲み込んだように重く、思ったような言葉を出せなかった。
「なんだその格好は? 随分と気合が入ってんじゃねぇか」
言外に似合わないと言わんばかりの態度に、私は反発心と同じくらいに安らぎも感じてしまった。アルバーン様のように無闇に褒め称えられるより、こうして素直な反応をしてくれるジェームズ隊長の方が、やっぱり私は好ましいと感じてしまう。
「いきなりやって来て、レディに対して不躾な言葉を吐くのが、リオン隊の隊長のやり方なのかい?」
アルバーン様が珍しく怒気を孕んだ声で言う。私と接する時とは違う、棘のある言い方に驚いた。対してジェームズ隊長の眉間の皺が、より一層深くなった。
しかし直ぐに皮肉げな笑みを浮かべると、大袈裟に声を張り上げた。
「おぉ、これはこれは書記官長補佐殿! 今日はウチの部下のお相手でも? 大変だな、普通のご令嬢と違って、コイツは気も強いしダンスの相手としても些か不釣り合いじゃないか? なにせコイツは着飾って淑やかに踊るよりも、剣を握って暴れ回るほうが得意だからな」
全くの事実に思わず私は苦笑する。だけどアルバーン様は嘲笑の含んだ声音で言った。
「メアリーが淑女として振る舞えないのは、ひとえに君の上司としての配慮が欠けているからでは? それに彼女はダンスのパートナーとして、これ以上ないくらいの相手だと思うのだけどね」
意外な返しにアルバーン様を見上げると、彼はジェームズ隊長を馬鹿にするような顔付きで笑っていた。なぜだかそれが無性に腹立たしく思えた。
しかしアルバーン様は、尚もジェームズ隊長を口撃する。
「君のような無作法な者には彼女の良さが分からないのだろう。だが私は違う。彼女とのダンスは実に楽しく優雅な時間だった。まぁ、君は私や彼女のように踊ることは無理だろう。それこそ剣を握るくらいしか出来ないようだし」
私にとっては少々苦痛な時間だったなんて言えるはずもなく、恐る恐るジェームズ隊長の方を見上げると、彼のこめかみに青筋が立っていた。これは良くない傾向だわ。
「ほう、俺が踊れないと。おい、メアリー」
「はいっ!」
低い有無を言わせない声音で呼ばれると、条件反射のように背筋を伸ばして両足を揃えてしまう。まだ敬礼をしなかった分ましだろう。
「俺が踊れないかどうか、そこのお坊ちゃんに見せてやるから付き合え」
「えっ! で、でも……」
「ぐだぐだ言ってねぇで、さっさと来い」
「はい、分かりましたジェームズ隊長」
きびきびと私を置いて歩き出すジェームズ隊長に呆気に取られていると、アルバーン様が気遣うように私の肩に手を置いてきた。
「上官だからといって、何でも言うことを聞く必要はないのですよメアリー。それに今、貴女は休暇中でジェイ侯爵の名代としてここにいるのですから、彼の言いなりになる必要はないのです」
確かにそうなのだけど、私はアルバーン様に向かってゆるく首を振った。
「大丈夫ですアルバーン様。ジェームズ隊長は物言いこそ荒々しいですが、部下に対して過度な無理強いを致しませんから」
いつも厳しく無茶を言いつけている様に見えるジェームズ隊長だけど、彼は部下一人ひとりの力量をきちんと見定めた上で、命令を下してくれている。
「しかし……」
「少しの間、失礼致しますアルバーン様」
ドレスを摘んで膝を折り、礼をしてからその場を私は離れた。
そしてジェームズ隊長の元へとたどり着くと、彼は大層苛立たしげな表情で「遅い」と言った。なんだかいつものジェームズ隊長すぎて、思わず笑みが零れる。
「また何か妄想してんじゃねぇだろうな」
「していたら駄目ですか?」
いたずらっぽく聞き返すと、ジェームズ隊長は目を細めて胡乱げに私を見下ろした。
「当たり前だろうが、お前の脳みそはとんでもねぇ妄想を生み出すからな」
「だったら私に命令して下さい。色々と想像するのを止めろと」
私が些か真面目に訴えると、ジェームズ隊長は何も言い返さずに黙って溜息を吐いた。彼は本当に嫌いなものに対しては容赦がない。もし彼が本当に嫌がっていて、止めろというのなら私は喜んで従う。だけど、ジェームズ隊長は口では嫌がっているのに、決して私が彼への想いを訴えることを止めるように強制しないのだ。
だからだろうか――私はほんの僅かでも、彼に期待を抱いてしまうのは。
「おい」
考えに耽ってしまった私の目の前に、ジェームズ隊長の手が差し出される。きょとんと彼の手を見返していると、苛立ったようにジェームズ隊長が乱暴に、手袋に包まれた私の手を引いたのだった。




