13.ジェームズの苛立ち
「舞踏会だと?」
副官のチャックからもたらされた報せに、俺は唸るように聞き返した。
「あぁ、おまけにお前に正式に参加しろとの、司令官からのお達しも出ている」
ソファに座りながらチャックが俺に、なんでもない事のように言い放つ。その表情には僅かに面白がるような色さえ浮かんでいた。
「何考えてんだ、あのオッサンは。そもそもこんな時に舞踏会なんぞ、馬鹿か上の奴らは」
「まぁ落ち着けよジミー。これは国王陛下が提案なさったことだ。それに上手くいけば、公国側を引っ張りだす良い機会になるかもしれない」
優雅に微笑むチャックと正反対に、俺の顔はますます顰め面になっていく。
「いかにも文官共が考えそうなことだな。どうせ書記官長辺りが陛下に吹き込んだんだろうよ。”舞踏会を開催することによって、我が王国が度重なる戦でも常と変わりない様子を内外にアピールできますぞ、陛下!”とかなんとか言ってな。阿呆共めが!」
あの禿げ上がった書記官長の真似をしながら言うと、チャックがおかしそうに笑った。
「お前に意外な才能があるとは知らなかったな。外務大臣の真似もしてみてくれよ」
「うるせぇ。それより俺も参加しろとはどういうことだ」
チャックを一蹴すると、奴はわざとらしく肩をすくめた。
「長引く戦争のせいで、軍に注ぎ込まれる予算が財政を圧迫すると喚く連中を、牽制するためだとさ。ここはかのリオン隊の隊長が直々に参加して、貴族連中に支持を得た方が手っ取り早いだろうとのことさ」
「主に喚いてんのは書記官長と外務大臣辺りだろうが! クソが! あの馬鹿共の頭を捩じ切ってやる!」
持っていた書類を机に叩きつけると、チャックが俺を宥めにかかった。
「だから落ち着けジミー。俺だって思うところはあるさ。だが今は我慢しろ。それに癪にさわるが、実際舞踏会が公国を動かす機会に成りうるんだぞ?」
「その為には俺が我慢して貴族どもに頭を下げて回れと? 誰が行くか! お前が行け、俺よりも余程適任だろうが」
俺の副官を努めてはいるが、チャックも貴族の子息である。同じ貴族の扱いは俺よりも向いている。
「そうしてやりたいのは山々だが、今回は隊長であるお前が行かなければ意味が無い。それにメアリーも舞踏会に参加すると決まっている」
「メアリーが?」
思わず聞き返すと、したり顔でチャックが頷いた。
「あぁ。ジェイ侯爵の名代として参加するとの旨が伝えられている」
「何考えてんだ、あの人は……」
俺の恩人であり元司令官でもあるジェイ侯爵。引退してもなお、その伝説の数々は今も人の口に上るほどだ。
「リオン隊の隊長と、”あの”メアリーが参加するとなれば、貴族たちにアピールする最高の場にもなるだろうさ。彼らからの援助が引き出せるよう、頑張ってこいよジミー」
腹の読めない笑顔で飄々と告げるチャックが、いまは酷く腹立たしい。副官としてはコイツほど適任の男はいないが、チャックのこういう所が俺は嫌いだった。
舞踏会のことを考えると、頭を掻き毟りながら暴れ回りたくなる。そんな衝動を必死に抑えながら、俺は一向に減る気配のない書類の山を乱雑に崩す作業に取り掛かるのだった。
舞踏会当日、衛兵隊と警備計画についての摺り合わせを終えた俺は、チャックに急かされて正装用の軍服へと着替えてから大広間へと向かった。広間は既に招待客でごった返しており、体臭と香水と酒の匂いが人の熱気によって、さらに強烈になって俺に襲いかかってきた。すぐにでも踵を返したくなる気持ちを抑え、なんとか人混みの中へと足を踏み入れる。
すれ違うたびに俺を見た者は、驚愕か恐れの表情を見せる。こんな状態でどうやって軍のことをアピールしろってんだ、チャックの奴め!
苛立ちが顔に出ないよう、俺が表現できる最大の笑みを浮かべつつ、人の波をかき分けて行く。いや、かき分けずとも、俺の姿を認めた途端、自然と道が開けていくのだ。
しかし無闇に彷徨くのもどうかと思い、その場で立ち止まって俺は辺りを見回した。既に楽団は二曲目を演奏しており、招待客たちが踊り始めている。目に痛いほどの色彩豊かなドレスの海の中に、俺は見慣れた胡桃色の頭を見つけた。
「メアリー……」
酷く違和感を感じるのは何故だと思ったら、なるほど、やけに着飾っているせいだと分かった。薄い水色のドレスは大胆にも胸元が大きく開いており、そこに濃い青色の石が輝いている。くるくると軽やかに踊るメアリーの腰に手を回すのは、あのアルバーンだった。
メアリーはカフェで見た時よりも一層、美しく着飾っていて――美しい? アイツが美しいだと?
わけの分からない怒りに突き動かされた俺は、無意識に歩き出していた。向かう先は当然、メアリーの元だった。