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二十歳

作者: 鈴蹴

 短編となっていますが、ちょっと長いです。ご覧になる際にはご注意下さい。


1−1.


 3年前の春。

 高校生3年生だった俺は、テニス部の一員だった。

俺自身は、たいした選手じゃなかったんだけど、一緒に組んだ奴がそれはもう上手い奴で、強豪の大学から推薦の話が何件も来るほどの選手だった。どうしてたいした選手でもない俺がそいつと組まされたかと言うと、当時3年生だったのは俺とそいつだけで、二人ともこれが最後の大会だからという顧問の先生の余計な配慮からだった。

 顧問の先生から組み合わせの発表があったとき、そいつはひどく嫌そうな顔をした。


 案の定、大会で俺とそいつのダブルスは準決勝で敗退。

 そいつはシングルスではあっさりと優勝を決めたんだけど、ダブルスを逃したことにひどく落ち込んだようで、その日からそいつは俺と口を利いてくれなくなってしまった。それどころか、腹いせからか同級生に俺の悪口を言いふらした。間の悪いことにそいつは同学年の不良たちとも仲が良かったため、俺が学年のつまはじき者になるのにそう時間はかからなかった。


 おかげで、俺は高校3年生の春から卒業の春まで、クラスメートに陰湿なイジメ・・・仲の良かったクラスメートにまで無視されたり、ちょっとしたことで暴力を受けたりと、散々な一年間を過ごす羽目になってしまった。


 それは、3年経った今でも消えないトラウマになっている。

 悪魔は一度訪れるとなかなか去ってゆかない。高校卒業を待たず、イジメの苦痛から対人恐怖症になり、当時、就職の面接は全滅。卒業して何もしていないのもどうかと思い仕方なく始めたアルバイト先でも、うまく他人と接することが出来なくて再びイジメの日々。

そして、お袋の死・・・。それでも3年間、頑張って生きてきた。それなのに・・・。


「お前の顔見てっと、未だにイライラすんだよな。」


 4日前、お袋が亡くなった3日後。アルバイト中に街で偶然会った『そいつ』は、俺にそう言った。俺の中の、何かが壊れる音がした。


 組みたくてお前と組んだわけじゃない!

 俺だって、俺だって迷惑だったんだ!お前と組まされたあの日から、どれだけ・・・。


 そうして俺は、復讐を決意したんだ。『そいつ』と、俺をイジメた全ての『二十歳』に。


1−2.


 実行 二週間前


 『そいつ』と会ったあの日。

 僕はアルバイトを辞め、部屋に引きこもった。

 アルバイトの同僚たちは、『やっと辞めるんだ、せいせいした。』といった表情で、俺が辞めることを迷惑がりもしなければ悲しみもしなかった。まぁ、こんなもんだろう。


 部屋に引きこもった僕は、部屋でパソコンにずっと向かっていた。

幸いパソコン・・・特にインターネットには詳しかったため、あちこちのサイトを巡りながら地下サイトを探した。目的は、爆弾の作成方法と改造モデルガンの作成方法。危険思想を持った人間というのはいくらでもいるもので、ある程度の知識を持ってインターネットを巡ればそういう情報を提供している人間はわんさかいる。


 俺は、色々な地下サイトにアクセスし、必要な情報を持っている人間を探した。地下サイトの管理人にメールをしたり、チャットに参加してそれとなくチャット相手に聞いてみたり・・・。


 引きこもってから三日目の早朝。

 改造モデルガンの作り方を、ある地下サイトのチャット相手から教わった。俺はそのチャット相手から教えてもらった材料と作成方法を紙切れに書きとめた。


 引きこもってから一週間目の昼間。

 改造モデルガンの作り方を教わってから4日ほど地下サイトを巡ってみたが、殺傷能力のある爆弾の作り方を知ることは出来なかった。分かったのは、花火程度の威力のある爆弾のみ。もっと時間があれば殺傷能力の高い爆弾の作り方もいずれ知ることが出来るのだろうが、あいにく俺には時間がなかった。そのため、自分なりにこの爆弾の威力を上げる方法を考えた。行き着くのは火薬の量だが、ただ単純に火薬の量を増やすだけでは威力があちこちに分散してしまうため、俺の望むような威力にはならないことが分かった。仕方がないので、火の回りの方に重点を置いて計画を練り直すことにした。


 引きこもってから一週間と1日目の朝。

 俺は引きこもってから初めて部屋の外へ出た。改造銃と爆弾の材料を買うためだ。

俺が部屋に引きこもっているうちに、どうも年が明けてしまったらしい。となると、いよいよ決行まで時間がない。早く改造銃と爆弾を作り、なおかつ計画のチェックと準備を進めなくては・・・。


 引きこもってから一週間と4日目の昼間。


 改造銃と15個の爆弾が出来上がった。しかし、決行までもう3日しかない。俺は市民文化会館へと向かう。目的は、実行日の下見と爆弾を隠せそうな場所などの確認。

この日、市民文化会館では『新春 市民親子の集い』と称してアニメ映画を放映していた。ラインナップのほぼ全てが2〜3年前の映画で、入場料は無料。俺は入場者を全く管理するつもりのない受付をあっさりと通り、市民文化会館の中へと歩いていく。

 中には、小さな子供とその親はもちろん、冬休みということもあって学生や社会人くらいの青年も何人かいる様子で、俺にとっては好都合だった。俺は、建物内のあちこちを歩き回りながら通気ダクトの場所を確認する。一般の来場者が歩いて行ける箇所のうち、俺が確認出来たのは西と東の端に男子トイレが一つずつで、その中にダクトが一つずつ。それから、長さ100mほどの1階の廊下にダクトが3つ。ほぼ同じ長さの2階の廊下にも3つ。

 爆弾の仕掛け場所は男子トイレに二つと、廊下に各階3つずつの計8箇所と・・・あとはホールと機械室でいいだろう。俺は館内ロビーに表示されている館内の地図をデジカメに写し、次は機械室の確認に向かう。この市民文化会館は比較的新しいせいか、ホールに通じる扉全てを機械室の機械を操作することで完全に封鎖出来るようになっているため、奴ら全員を完全に閉じ込めて孤立させるにはうってつけだ。

 機械室は東側のトイレのすぐ隣にあり、中は真っ暗になっていた。俺は周囲を伺いながら機械室に入り込み、明かりをつける。案の定、中には誰もいない。俺はまず、細長いロッカーのようになっている配電盤を開けて中を確認する。中には『ホール電源』と書かれたテープと、その上に一般家庭でもよく見る形のブレーカーが三つ。そして次に、機械室の真ん中にある大きなパソコンのような形をしている機械を確認。透明のプラスチックの蓋のようなものが被せられている中にボタンが二つあり、その下には『ホールロック』と書かれている。そして最後に、一番端に置かれている大きな観音開きのロッカーのような箱を開ける。中には、『空調制御』と書かれており、またブレーカーのようなものがいくつも並んでいる。俺はその全てをデジカメに写し、機械室を後にする。

 大方の下見が済んだ。俺は市民文化会館を再び受付のある正面入り口から堂々と歩いて外に出た。冬の乾いた日差しが、嫌味なほど燦燦と照りつける。


 引きこもってから一週間と4日目の夜


 俺は再び引きこもり、デジカメのデータをパソコンで読み取り、その画像全てを印刷しプリンターから取り出す。そして、市民文化会館内の地図に確認出来たダクトの場所を記し、その隣に空調制御版の内部を並べ、どう配置すれば火の回りが良いかを考えた。


引きこもってから一週間と5日目の昼間


 昨日はあれから朝方まで火の回りなどの計画の確認をしていたため、この日はすっかり寝過ごしてしまい、昼過ぎに起床。お陰でもうほとんど計画は出来上がっているため、この日はすることがない。

 それでも、準備しておくものは準備しておかなければと思い、着替えをすませて外に出る。まずはレンタカーを3日契約で借りるために、レンタカー業務も扱う車屋へ。積み込まなければいけないものがたくさんあるため、大きなワンボックスの車がいいと、グランドハイエースを借りることに。

 借りた車を運転し、今度はワークショップへ。許容量20Lのポリタンクを20個購入する。そして、次にガソリンスタンドへ行き、先ほど購入したポリタンクの全てにガソリンを入れてもらう。危険物取扱の資格が要ると言われたが、幸い丙種の資格を高校時代に取得していたので、ここでも特に問題はなかった。


1−3.


引きこもってから一週間と5日目の夜


 俺は準備したガソリンと車を有料駐車場へ置き、バスと徒歩で家に帰ることにした。ガソリンの入ったポリタンクには大きなブルーシートを被せ、その上にカーペットをひき、100円ショップで買ったぬいぐるみを山ほど置いておいたため、怪しいと思う人は少ないだろう。ブルーシートだけでも大丈夫だろうと思ったが、決行を2日前に控えたこの状況で余計なことで時間と神経を割くのはちょっと勘弁なので、念には念を入れた。

 駅前でバスを待っていると、背後から俺を呼ぶ声がした。


「あれぇ?佐古田じゃねぇか?」


 振り返ると、そこには・・・。


「い、岩崎・・・。」


 俺は、『そいつ』と目を合わせることが出来ず、俯いたまま小さな声で呟いた。

岩崎恭矢、俺の人生を狂わせることになったイジメの主犯格であり、俺に復讐を決意させた張本人。噂によると、現在は大学に通っているが、テニスはもう続けていない。ニットキャップからのぞく金色の長髪と、耳にぶら下がったピアスがどうにもチャラい。


「こないだは悪かったな。お袋さんが亡くなったんだっけ?」


 岩崎の言葉に、俺は驚き顔を上げた。まともに岩崎の顔を見ることは出来なかったため、岩崎がその言葉をどんな顔で言ったのかは分からなかったが、少しだけ、ほんの少しだけ俺の心は楽になった。岩崎でさえもお袋の死に心を痛めてくれているのかと思うと、お袋の存在が誰かの胸に残っていると実感でき、うれしかったのだ。

 だが、岩崎は俺の思惑とは違った意味で俺のお袋の死を受け止めているようだった。


「俺のせいじゃないよな?お前のお袋さんが死んだの。

今更、俺のせいだって騒ぎ出さないでくれよ?色々面倒だし。」


 安心した心が、再び怒りに包まれる。

俺の気持ちなど露知らず、岩崎は自分勝手な言葉を次々と紡ぎだす。


「仮にそうだとしても、俺が直接手を出したわけじゃねぇし。

 お前が苦労かけただけだろう?イジメ受けたくらいでおかしくなりやがってさ。」


 何を言っているんだ?こいつは。

 自分のせいじゃない?自分は手を下してない?面倒?イジメくらいで・・・?

 頭の中が真っ白になった。岩崎の言葉に気を許した自分がとても恥ずかしかった。俺は再び俯き、無言のままただ拳を震わせていた。


「ごめんごめん、ちょっとトイレ混んでてさ〜。」


 岩崎の後ろから、カツカツとパンプスの踵の音とともに、女性の声が聞こえた。聞き覚えのある声の主は、月山瑞希だった。

 月山瑞希、高校時代の同級生にして俺の初恋の人。高校時代、俺がイジメに遭う前は俺と仲が良く、周りからは付き合っているのかと勘違いされるほどだったのだが、俺がイジメに遭い始めてからは月山も岩崎たちと一緒になってイジメに参加するようになった。そして皮肉なことに、俺のイジメがきっかけとなって岩崎と仲良くなったようだ。高校卒業後は岩崎と同じ大学に通っているということは知っていたが・・・。


「おせーよ、ミズキ。」

「ごめん、キョウヤ。で、あれ・・・?」


 月山は岩崎に両手で『ゴメン』とジェスチャーをした後、俺の方をチラッと横目で一瞥し、岩崎に小声で話しかけた。小声で話しているつもりなのだろうが、俺に丸聞こえだよ。


「ねぇ、そこにいるの佐古田じゃない?」

「ああ、グーゼン見つけてさ。」

「最悪〜。そんな偶然いらないっての。」

「ホントだよな。」


 好き放題言ってやがる。月島に至っては、さきほど横目で一瞥した後は俺の方を見ようともしない。何が最悪だ。第一、会いたくなかったのは俺も同じだ。

 そうこうしているうちにバスがやってきた。岩崎と月島が腕を組んだまま、バスの広い乗車口へと歩いてゆく。そして、岩崎がふっと思い出したかのように振り向き、俺に言う。


「あ、佐古田。

 オメー、別のバス乗れよな。オメー見てるとイライラすっからよ。」


 岩崎と月島がバスへ乗り込むと、バスの乗車口が閉まる。

 その場に一人取り残された俺は、雪でも降るんじゃないかと思えるほどの寒さの中、俯いたまま、その場に立ち尽くしていた。そして、岩崎への怒りと憎しみを再確認した俺は高校生だったあの頃の自分と岩崎と、お袋の事を思い出していた。


 高校3年生の夏。

 放課後、教室で調べ物をしていた俺に、岩崎と数人のクラスメートが近づいてきた。

岩崎たちは俺に散々嫌味を言った後、俺の机を蹴るわ俺のカバンを窓から放り投げるわの嫌がらせを始めた。これくらいは日常茶飯事だったため、こういった陰湿なイジメにもそろそろ慣れてきていた俺は、岩崎たちを無視し、立ち上がって机を直し、教室から出ようと教室のドアに向かって歩き出す。

 すると岩崎は、背後から俺の学生服の襟を掴み、引き止めた。俺には分かっていた。あぁ、次は殴られるんだろうなって。


 だが、この日は違った。


 岩崎と数人は俺を殴り始めた。そして次に、殴られ続けて倒れた俺に対して蹴りを入れ始めた。ここまでは、いつものこと。

 あきらめ顔の俺が気に食わなかったのだろうか。この日に限っては岩崎の気が収まらなかったらしく、俺の学生服を剥ぎ取り、ワイシャツを引っ張って破き、俺を上半身裸の状態にした。そして、岩崎は自分のカバンからカッターナイフを取り出す。



 岩崎がカッターナイフを取り出すと、一緒になって暴力を振るっていた数人が俺をうつ伏せに寝かせ、肩と足を押さえた。

 むき出しになった背中、そしてカッターナイフ。岩崎が何をしようとしているのか、俺にはすぐに分かった。涙目になりながら、なりふりかまわず大声で『やめろ!』と何度も叫ぶ俺を、クラスメートは笑って見ているだけだった。その中には、月山瑞希もいた。


 岩崎は笑いながら、俺に馬乗りになった。次の瞬間、背中に激痛が走る。先の尖ったカッターナイフが、俺の背中の皮と肉を裂き始めたのだ。カッターナイフは俺の背中の皮から5mmほど差し込まれ、すーっと厚い紙でも切るかのように俺の背中を傷つけてゆく。俺は痛みのあまり言葉にならない悲鳴を上げる。その様子を見ていたクラスメートたちは、何故か声を上げて笑っていた。


 ようやくカッターナイフが背中から離された頃、俺はもはやぐったりとしていた。岩崎は笑いながら俺の背中を携帯電話のカメラで撮っている。周りのクラスメートの反応もおかしなもので、大声で笑うやつ、岩崎のように携帯電話で写真を撮るやつ、気持ち悪いものを見るかのような表情で俺を見るやつ・・・。


 その後のことはよく覚えていない。確か、自力で帰ったような気がする。

 家に着くなり、母親が驚きの声を上げた。どうやら血があちこちについていたようで、学校で何かがあったことは一目で分かったのだろう。


 事情を説明すると、お袋は俺を強く抱きしめ、声を上げてわんわんと泣いた。そして、この日からお袋は、学校へイジメの存在を報告するようになった。


 しかし、学校側は実質、何もしなかった。お袋から報告があるたび、岩崎たちにちょっとした注意指導があっただけだ。


 高校3年生の夏休み。


 自宅の居間の窓ガラスが4枚割られた。紙にくるまれた石が投げ込まれたようだった。

石は全部で5個。拳ほどある大きな石だった。俺は道路に面していない自室にいて無事だったのだが、居間で洗濯物を畳んでいたお袋がその石の一つとガラスの破片に当たり、右肩を打撲し、頬と右腕の数箇所を浅く切る怪我をした。石をくるんでいた紙をはがしてみると、内側に殴り書きのような文字が書いてあった。


『おまえら超ウザイ。』

『死ね。』

『親子そろってキモいんだよ。』


 紙には、そう書かれていた。

 俺に対する嫌がらせだけではなく、お袋にも被害が及ぶようになった。おそらくそれは、イジメの告げ口に対する腹いせなのだろう。


 心配する俺に向かって、お袋は気丈に笑いかけた。その表情は、今でも忘れられない。


 高校3年生の冬。


 エスカレートするイジメに、俺はとうとう心を折られてしまっていた。

 学校に居れば暴言や暴行。さすがにナイフで・・・などはなくなったが、その分だけ暴行が酷くなった。そして当然のごとく教師は見て見ぬふり。自宅に居ればいたずら電話やFAX、イジメの告げ口の後には投石。それから、庭の木が燃やされるなんてこともあった。幸い早めに気づき、事なきを得たのだが。


 俺はノイローゼから対人恐怖症となり、人と目を合わせることや、人とまともに会話することが出来なくなってしまっていた。そのため、就職試験は全滅。さらに学校も休みがちになり、家でインターネットを使って勉強するようになっていた。


 そんな俺を気遣ってか、お袋は俺に『お前一人くらい、お母さんが何とかするから』と言い、昼間のスーパーマーケットのパートに加えアルバイトで深夜の清掃にも出かけるようになった。うちは早くに父親を亡くしていたため、お袋はそうせざるを得なかったのだ。


 高校を卒業した年の春。


 ノイローゼは治まったものの、対人恐怖症は結局治らなかった。だけど、お袋にだけ負担をかけるのは良くないと自分なりに考え、運送業者でアルバイトを始めた。面接はおっかなかったが、しどろもどろになりながらも事情を話したところ何とか採用され、集配物の仕分けに回された。俺はこんな状態だから、周囲からはいい顔をされなかったが、辛いときには頑張っているお袋のことを考え、必死に耐えてきた。


 そして、2週間前、お袋が亡くなった。


 医者が言うには、心労と過労による衰弱だった。


「最後まで面倒見てやれなくて、ごめんね。」


 亡くなる前の晩、お袋はそう言いながらすっかり痩せ細った手で俺の手を握った。お袋は、自分がもう駄目だということを悟ったのだろう。この日は、俺に謝ってばかりいた。


 違う、面倒かけたのは俺のほうだ。俺がこんな風になってしまったから、お袋にばかり負担をかけて・・・。

 俺は俯いたまま、お袋の手を握り返した。『死なないで』って言いたかったけど、うまく言葉に出来なかった。そして、謝ってばかりいるお袋に合わせるように『ごめん』と繰り返した。そのうち、涙が溢れて止まらなくなった。

 お袋は俺が背中に傷を作って帰ってきた日から今日までの間に、驚くほど痩せてしまっていた。俺のことで心を痛め、自宅への嫌がらせに心を痛め、昼も夜も働いて体を酷使して・・・。そして、ついに力尽き、倒れてしまったのだ。


 今日ほど、自分自身を憎んだ日はなかった。お袋をこんな目に遭わせたのは俺だ。そう思うと、やりきれない気持ちで胸がいっぱいだった。涙が止まらなかった。


「ごめんね・・・。」


 知らず知らずのうちに、お袋の手を握っている手に力が入っていたのだろうか。お袋はベッドに横になったまま、首を動かして心配そうに俺の顔を覗き込んだ。


「ううん、母さん・・・ごめん、ごめん・・・ごめん。」


 俺はその場に崩れ落ち、すがるように額をお袋の手の甲に擦りつけ、声を上げて泣いた。そのとき、お袋はどんな顔をしてたんだろう。あのときのように気丈に笑っていたのだろうか。それとも、泣いていたのだろうか。


 そして、お袋が亡くなった。

 俺は結局、お袋に『ありがとう』と言ってあげることが出来なかった。

 遠くで『ジングルベル』が聞こえていた。それが、とても恨めしかった。


 そして、今に至る。


 結局、次のバスが来たのは1時間半後だった。

夜はかなりの寒さだったのだが、あまり寒さは気にならなかった。色々な事を思い出し、もう一度、『復讐』について考えていたからだ。


 お袋を殺したのは俺だろう。だが、岩崎たちも同罪だ。

俺が弱いから?確かにそれもあるが、だったら逆に聞きたい。岩崎たちは同じ仕打ちを受けても、俺のようにはならないで強く生きていけるというのだろうか。未だに俺の背中に残っている『バカ』と書かれた傷。黒焦げになった庭の木。何度も何度も割られた居間の窓ガラス・・・。それに、俺の対人恐怖症とお袋の衰弱死。


 イジメクライデ・・・?


 イジメで人生が狂うことだってある。人の精神を壊すということだってある。どうしてそれが分からないのだろう。


 家に帰った俺は、復讐の内容をもう一度考え直すことにした。恨みに任せて仕返しをすることは簡単だが、それでは何か違うような気がするし、第一、お袋も喜ばない。だったら、誰も傷つけずに・・・。


1−4.


 引きこもってから一週間と五日目の未明


 帰宅した俺は、今まで練りに練ってきた計画を少しだけ変更すべく、机に向かう。言ってしまえば今までの計画は『皆殺し』の計画だった。

 だけど今日、岩崎に会ったあと考えた。岩崎は未だに俺をイジメたことに罪悪感を持っていない。お袋が死んだ話を聞いても、全くと言っていいほど反省の色はなかった。


 人が人を殺すのは、とても簡単だ。

 だけど、例え岩崎たちを殺したとしても、彼らはどうして殺されたかすら分からないまま死んでいくことになるだろう。だったら、十字架を背負って、これからの人生を生きてもらいたい。


 俺をイジメたことや、お袋を精神的に追い詰めたことに罪悪感を持てないのなら、他のこと・・・彼らなりの罪悪感を背負ってもらう。


 それが、俺の真の復讐だと考えた。


 引きこもってから一週間と六日目の早朝。


 計画の練り直しにあたり、爆弾は時限爆弾に作り変えた。目覚まし時計のアラームとほとんど同じような簡単な作りであり、起動から20分後に爆発するようにセットした。

計画の練り直しと爆弾の作り直しは結局、太陽が昇るまでかかってしまった。


 引きこもってから一週間と六日目の昼過ぎ。


 ハッと目を覚ますと、時間はもう昼の2時を過ぎていた。

 寝すぎたか?とも思ったが、もうほとんど準備は済んでいる。俺はゆっくりと身支度を済ませ、車に乗り込み、最後の下見と準備に出かけることにした。

 行き先はもちろん、市民文化会館だ。市民文化会館はこの日、『第12回 バドミントン市民大会』を開催しており、ユニホーム姿の大人や子供に応援だろうと思われる家族連れや若者集団などで賑わっている。

 俺は受付をくぐり、ごった返す廊下を歩く。怪しいやつだと思われないように、出来るだけ顔を上げて、堂々と・・・堂々と。

 まずは1階の非常口へと向かう。今夜、準備のために忍び込まなければならないため、非常口の扉に仕掛けを施す。仕掛けと言っても、ちょっとした機械を取り付けるだけなので、通りすがりにちょっと手を伸ばし、怪しまれないように手早くセットを済ませる。

 あとは、夜だな。俺は市民文化会館を後にし、車に乗り込み帰路につく。


 引きこもってから一週間と六日目の深夜。


 深夜2時半、俺は再び市民文化会館へと向かう。

 昼間のうちに仕掛けを施しておいた非常口からこっそりと市民文化会館内へ侵入する。さすがにこの時間になると、市民文化会館内にはもう誰もいない。

 俺はまず、爆弾を各所に配置する。具体的には正面入り口あたりに二つ、それから非常口のあたりに一つ、1階東西のトイレに一つずつの計5箇所。そして、その爆発の範囲内にガソリンの入ったポリタンクを配置。効果範囲を広く見せるため、一つの爆弾の範囲内に二つのポリタンクを配置することにした。それと、正面入り口に単独で一つ。

 あとは・・・と、ホールへの進入経路だな。人質として中の連中を囲っていればそう簡単に突入してくるやつはいないだろうが、ドアのロックだけでは心もとないということもあり、念のために。ホールへ通じるドアは各階三箇所ずつ、そのドアの近くに爆弾とポリタンクを一つずつ配置。こちらは爆発でガソリンが撒き散らされるように、爆弾のすぐそばにポリタンクを置いた。そして、残った爆弾のうち3つとポリタンクはホール内へ。


 全てを配置し終えた俺は、非常口から外に出る。そして、市民文化会館から歩いて500mほどのところに停めてあった車に乗り込み、その場をあとにした。


 いよいよ、明日が決行日・・・。


 引きこもってから二週間目の朝。


 昨夜は、帰宅してからもほとんど睡眠をとることができなかった。極度の緊張のせいだろうか。ふと洗面所の鏡で自分の顔を見てみると、目の下にクマが出来ている。

 復讐を決意して二週間。一度は俺をイジメた岩崎ら全ての二十歳の命を奪うことが復讐だとも考えた。だが、そんなことをしたってお袋は生き返らないし、俺以外の誰も『罪悪感』を感じることはない。そのときの俺は感情のみが先走って、きちんと考えることが出来ていなかったのだ。


 何に対して、復讐するのかを。


 目的は『命を奪うこと』ではない、『謝罪を請うこと』でもない。たった一つ、俺が岩崎らに求めること。それは・・・。


 俺は洗面所で顔を洗い、軽く身支度を整える。そして一度部屋に戻ってスーツに着替え、ノートパソコンを脇に抱え、玄関でまだピカピカの革靴を履く。

 ふと、準備は万端のはずなのに、何か忘れているような気がした。俺はノートパソコンを玄関口に置き、再び家の中へと戻る。


「それじゃ母さん、行ってくるよ。」


 俺はお袋の遺影に向かって、深くお辞儀をした。『行かないで』と、お袋が言ったように聞こえた気がして、心が少しだけ、痛んだ。俺はその声を振り切るように頭を横に何度も何度も振り、お袋の遺影に背を向け、玄関へと向かう。


 誰に非難されてもいい。分かって欲しいなんて思わない。

 自分勝手と言われようが、人でなしと言われようが・・・。


 俺は今日、俺の戦場に赴く。憎しみと、ほんの少しの哀れみを抱えて・・・。

 太陽がとても眩しかった。俺は、その光の眩しさに、少しだけ胸が痛んだ。


1−5.


 AM10:00 市民文化会館


 今日の市民文化会館の予定は、言うまでもなく朝からお昼ちょっと過ぎまで成人式となっている。駐車場からあちこちにスーツ姿の男性と振袖姿の女性が集まり、数人から数十人のグループを作って談笑している。


 少し、早く着きすぎたか・・・。


 とにかく日程を再確認しようと、俺は受付へ向かう。あちこちに知った顔がいるのだが、みんな懐かしい友人や同級生に会った喜びからか会話に夢中になっていて、誰も俺に気づかない。俺は堂々と正面から市民文化会館に入り込み、受付でパンフレットをもらい、一旦車の中へと戻る。


 日程を確認すると、AM11:30から『ビンゴ大会』がある。恐らくこの時間が一番、参加者がホールに集まることになるだろうな。そう考えた俺は車の中でビンゴ大会の時間が訪れるのを待つことにした。傍らには馬のお面と、改造モデルガン。ちなみにお面で顔を隠すのはバレないようにするためではなく、対人恐怖症である自分への負担を軽くするため。もっとも、気休め程度だが・・・。


 AM11:30


 どうやらビンゴ大会が始まるようで、あちこちで談笑していた連中がホールへと入ってゆく。俺は、その様子を車の中から伺っていた。そしてしばらくすると、駐車場や正面入り口、ロビーなどから人影が消えてゆく。

 ふと、その様子を見ていた俺の前を、あいつが通る。


 岩崎・・・。


 黒いスリムタイプスーツ姿の岩崎は振袖姿の月山と腕を組み、俺が乗っているレンタカーの前をのしのしと歩いてゆく。スラックスのポケットに手を突っ込み、身体を斜めにしながら首をかしげた、いわゆる『ヤンキー歩き』というやつだ。二十歳になってまで・・・恥ずかしくないんだろうか?あんな歩き方で・・・。


 岩崎と月山がホールへ入っていったのを確認した俺は、脇にノートパソコンを抱え、モデルガンをスラックスのベルトの間に挟み、正面玄関へと歩いてゆく。


 AM11:45


 人がすっかり少なくなったロビーを、俺は堂々と歩いてゆく。まずはホール以外の場所にいる市民文化会館の関係者や成人式の実行委員たちを、市民文化会館の外へ避難させなければならない。

 ホールの中からは、わいわいとにぎやかな声が漏れてくる。今はみんなビンゴに夢中なのだろう。だが、急がなければ・・・。俺はロビーから辺りを見回し、近くにいる人間の人数を確認する。・・・だいたい、確認できるだけで15人ほどだろうか。俺はその中の関係者らしき一人の中年男に近づき、声をかけた。


「あの・・・。」

「はい、どうしましたか?」


 中年男は俺の方へ向き直る。中年男は馬のお面を被った俺の姿に面食らっているようだが、成人式だからってことでそんなにひどく驚いてはいない様子だった。

 鼓動が頭の奥にまで響くのを感じる。気分が高揚しているわけではない。これは・・・緊張と罪悪感だろうか。胸の奥から心臓が飛び出てきそうなほどの鼓動を押さえつけるように、拳を強く強く握り締めて、俺は全てを開始する。


「ほ・・・ホール以外の場所にいる人間を、全て避難させて下さい。」

「・・・?」


 俺は、スラックスのベルトに挟んである改造モデルガンを取り出し、人目につかないようにスーツの裾で隠しつつ、中年男に押し当てる。

 最初、中年男は何が起こっているのかわからないという顔をしていたが、押し当てられたものが何なのかを確認したところで、表情が一気に強張った。


「そ、それは・・・本物ですか?」


 ニセモノの拳銃だと思っているのだろうが、確信が持てないため恐ろしいのだろう。


「さ、騒いだら撃ちます。そうしたら本物かどうか分かるでしょう?

 まずは騒がずに、俺の話を聞いてください。」


 俺の言葉を聞いた中年男はごくりと唾を飲み込み、小さくうなずいた。


「こ、この建物の中に、15箇所・・・爆弾をセットしてあります。

 ぜ・・・全部一気に起動させれば、建物もろとも中に居る人間も全滅です。」


 ちょっと大げさだったかな?


 中年男は、俺の言葉に細かく何度もうなずく。相手がもうちょっと疑い深い人間だったら、この改造モデルガンを撃たなければならなかったのだろうが、そうすると騒ぎが大きくなる。もちろん、そうなった場合のことも考えてあったのだが、中年男の様子からすると、そちらは無用な心配になりそうだ。


「あ、あなたが怪しげな行動をとった場合、爆弾を全て一気に起動させます。

 お、お願いだから、言うとおりにして下さい。」


 中年男はもはや無言のまま、何度も何度もうなずくだけだった。


「さ。3分以内にホール以外の場所にいる全ての人間を避難させて下さい。

 か、か、館内放送などは使用しないで、速やかにお願いします。

 あなたが怪しげな行動をとった場合、或いは5分以内に避難がなされない場合・・・。」

「わわわ分かりました。すぐに・・・。」

「よ・・・よろしくお願いします。」


 中年男はすっかり恐怖におののき、言われるがままに行動を始めた。俺はしばらく中年男の動きを監視すべく中年男を目で追っていた。中年男もそれに気づいているようで、せかせかと関係者たちの避難に勤しんでいる。そして、中年男が機械室の関係者を避難させたのを確認し、俺は機械室へと向かう。

 機械室でやることは二つ。一つは先日確認しておいた『ホールロック』の操作をすることだ。市民文化会館は災害時などの避難場所として作られており、親切なことにボタン二つで操作できるようになっているため、こちらとしてはやり易い。俺はまずホールの客席側の扉のロックをかけるべく、ロックのボタンを押し込む。これで、ホールの客席側の扉は全て施錠されたはず。そして次に、舞台裏の扉のボタンに簡単な機械をしかける。ボタンの枠にそれを固定し、遠隔操作でボタンが押し込まれるというものだ。その気になれば誰でも作れる、それはそれは簡単なもの。

 俺は仕掛けを終えて機械室の外に出る。俺が機械室にいたのはホンの一分ほどだというのに、ロビーや廊下からはほとんど全ての人間が消えていた。避難が進むということは、もうそろそろ警察に連絡が行く頃だということだ。急がなければ・・・。


 まだ何人かホール以外の場所に残っているのだろうが、もう時間の問題だろう。俺はホールの舞台裏の入り口からホールへと侵入する。成人式が終盤に差し掛かっているということもあり、舞台裏に残っている人間はそう多くない。

 俺は舞台裏に残っている人間のうち、一番近くにいた若い女に歩み寄る。そして、背後に回り首に手を回し、声を出せないようにグッと首を絞める。もちろん、落とさないように加減しながらだ。

 周囲にいた数人が、俺と女の状態に気づき身構える。俺は女の首を片方の手で絞めたまま、もう片方の手で持っていた改造モデルガンの銃口を女のこめかみに当てる。そして、そのまま後ずさりし背中を壁につけて、背後から襲撃されないように体制を整える。周囲にいる連中は、さきほどの中年男と同様にこのモデルガンがニセモノか本物か区別をつけられずにいるようだ。万一を考えて目を離さずに身構えたままこちらの様子を伺っている。

 一気に飛び掛られたらおしまいだ。連中に考える余裕を与えないようにしなければ。


「う、動かないで下さい。ホール内には10個ほど、爆弾を仕掛けてあります。」


 周囲の連中の表情が固まる。動揺している今がチャンスだ。俺を囲んでいる連中は全部で8人、舞台裏にいるのは恐らくこれが全員のようだし・・・。


「全員、30秒以内にこの扉から外に出てください。でないと・・・。」


 俺は女のこめかみに当てた改造モデルガンの銃口を、さらにぐいぐいと押し付けた。周囲の連中はこちらを見据えたまま、横歩きで俺が入ってきた扉の方へと順番に向かう。

 1人、2人と扉から外へ消えて行く。その間、俺は気を抜くことなく全員に目を配り続けた。最後の1人が扉から出て行ったのを確認し、俺は女の首に回していた手を離す。女はその場に崩れ落ち、大きな咳をしながら頭を垂れている。

 咳が収まるまで待ってやりたいとは思うのだが、時間がない。俺は改造モデルガンの銃口を再び女に向け、声をかける。


「こ、ごめんなさい。苦しかったでしょう?

 で、で、でも、時間がないんです。早くあなたも外へ出て下さい。」


 再び自分に向けられた銃口に恐れおののき、女は立ち上がることもできず床にへたり込んだままの姿勢で、半泣きの表情をこちらに向けたままじりじりと扉の方へ移動し、そして外へと消えていった。俺は扉を閉め、パソコンで機械室の仕掛けを起動させ、舞台裏の扉にロックをかけた。これで、ホール内は完全に孤立したはずだ。


 AM11:57


 ホール内に残っているのは、舞台上にいる進行役と参加者と・・・そして俺だけだ。

ホールに篭ってしまえば、時間的にはかなりの余裕がある。警察がここを包囲するにしても突入するにしても準備に相当な時間を要するだろう。それに、ホールの中にいる参加者全てが人質となっているこの状況で、むざむざ強行突破などという野暮なこともすまい。

 俺は深呼吸をし、舞台裏から舞台へと向かう。舞台袖からチラッと確認したところ、ビンゴ大会は終盤に差し掛かったところのようだ。舞台上には進行役の女性が1人と、景品配布などの男性アシスタントが2人。

 俺は舞台裏に戻り、あちこちに放置されているダンボール箱を破いて簡単なメッセージボードを作った。そして、持っていた油性の太い黒インキペンで文字を書き込み、再び舞台袖へと向かう。

 俺は舞台袖の幕に身体を隠し、舞台を眺める。しばらくすると、アシスタントの男性2人が客席へと降りていった。どうやら客席でいざこざがあったらしい。

 チャンスだ。俺は改造モデルガンを舞台に一人残された進行役の女性に向ける。そして、文字を書くのに使用したインキペンを女性の足元に転がし、こちらに注意を向けさせる。

 女性がこちらを向くのを見計らい、俺は先ほど作成したダンボール製メッセージボードを女性に向けて掲げた。

『騒ぐと撃ちます。静かにこちらへ来て下さい。』

女性はこちらの意図に気づいたらしく、辺りを伺いながらゆっくりとこちらに近づいてきた。女性は青ざめた表情で俺の目の前で立ち止まり、両手を胸元へ小さく挙げて降参のポーズをとっている。


「ま・・・マイクは、壇上のものだけですか?」


 俺の問いに、女性は首を縦に小さく何度も振った。 

女性は目に涙を浮かべ、唇を小さく震わせている。現在の状況が、よほど恐ろしいのだろう。まぁ、当然といえば当然だよな。死の恐怖に抗うことが出来る人間など、そうそう居る訳がない。死を恐れずに戦うことが出来る人間など、それこそテレビや漫画の世界にしかいないんじゃないだろうか。

死の恐怖・・・。俺の脳裏に高校時代のイジメの恐怖がよぎる。あの頃は、本当に殺されるんじゃないかといつも思っていた。今も残る背中をはじめ全身の傷、自宅への投石、そして、毎日のように投げかけられた『死ね!』という言葉・・・。

恐怖に震える女性を見かねた俺は、一時だけ舞台裏の扉を開放し、女性を外へ逃がした。

 そして、全ての記憶と悲しみにケリをつけるべく、俺は壇上へ上がる。


1−6.


 客席では先ほどのいざこざがまだ続いており、ほとんどの人間の注意はそちらへ向いているようだ。舞台から進行役の女性が消えたことに、何人が気づいているんだろうか。

 俺はポケットに忍ばせておいた爆弾の起動スイッチに数字5桁のパスワードを入力した。パスワードが合わないと起動も停止も出来ないというお手製のスイッチだ。5つ目の数字を押すとスイッチから『ピピピピッ』というアラーム音がした。これが起動の合図。


 時間は現在、PM00:06。ここから、あと15分で全てを終える。


 俺はつかつかと舞台袖から舞台を歩み、マイクが置いてある講演台の前に立つ。そして、講演代の上に置かれたマイクの隣でパソコンを広げ、マイクをパソコンのスピーカーへ向けた。


「皆サン、静カニシテ下サイ。」


 俺はパソコンのキーボードを叩き、合成音声ソフトを使用し言葉を紡ぐ。

 客席にいる連中の視線が、いっせいに舞台上の俺に集まる。まともに顔を出していたら、俺は失神していたに違いない。馬のマスクをしてきて良かった。

 さて、復讐の開始だ。頭の中は思ったより冷静を保っている。緊張を通り越してハイになっているのだろうか、今なら何でも出来る気さえする。


「コノ建物ノ中ニ、爆弾ヲ仕掛ケマシタ。

 20分後に、コノ建物ハ爆発シマス。」


 無機質な合成音声が、客席の人間全てに爆弾の存在を告げる。案の定、客席の反応は様々だ。俺の言葉を信じて不安そうな表情をする奴。何かのアトラクションかと勘違いし友人と談笑を始める奴。我関せずといった態度でボーっとしている奴・・・。

 この光景を眺めているのも楽しいのだろうが、生憎と俺には時間がない。俺はスラックスのベルトに挟んである改造モデルガンを取り出し、斜め45°上に向けて引き金を引く。


 ズドンッ!という耳障りな音と共に、舞台天井の照明が一つ、俺の右側2mのあたりに落ちる。ガシャン!と大きな音がすると同時に、客席は静まり返った。


「信ジル信ジナイハ、御自由ニドウゾ。」


 このとき、客席で恐怖の表情をしていない人間など、誰一人としていなかった。


1−7.


 PM00:10 あと16分。


「マズハ、騒ガナイデ大人シクシテイテ下サイ。

 騒ギ立テル人ガイタラ、ソノ時点デ爆弾ヲ爆発サセマス。」


 『爆弾』と『拳銃』・・・。二つ揃えばそれは無視出来ないほどの恐怖を生み出す。この状況もまた然り、客席では誰一人として騒ぎ出す人間はいなかった。


「俺ハ、皆サンヲタダ殺シニ来タ訳デハアリマセン。

 タッタ一ツダケ、皆サンニ御願イニ来タダケナノデス。」


 客席がにわかにざわつく。中には俺の正体に気づき、小声で『あれ、佐古田じゃねぇ?』なんて言ってる奴もいる。まぁ、もともと正体を隠しているわけじゃないから、正体がバレたところで何の問題もないんだが・・・。

 さてと、客席がどれだけざわめこうとも、『爆弾』と『拳銃』の脅しが効いているため、パニックに陥って騒ぎ出す奴は今のところ誰もいない。今のうちにどんどん話を進めなければ・・・。なんにしても、時間がないのだ。


「御願イヲ聞イテ頂ケタラ、全員無傷デ解放シマス。

 御願イトハ・・・、ソコニイル岩崎恭矢ヲ皆サンノ手デ殺シテ欲シイノデス。」


 俺は、パソコンにそう打ち込み終えた後、客席のど真ん中にいる岩崎を指差す。客席の視線が、今度は一斉に岩崎へ集中した。


「お・・・俺!?」


 岩崎は何が起きたのか分からないといった表情で、周囲の視線に応えるかのように首を左右に振りながらあちこちに視線を移している。


「残リハ・・・アト14分トイッタトコロデス。

 ソンナ短時間デハ警察ヤソノ他ノ助ケナド間ニ合ワナイデショウネ。

 皆サンガ決断スルシカ無イノデスヨ?」


 客席のざわめきがだんだんと大きくなる。しかし、まだ誰も動こうとはしない。

そんな中で、客席全ての視線を受けて動けない岩崎の隣に居た女が立ち上がり、叫んだ。


「いい加減にしてよ!佐古田くんでしょ!?

 今更いじめられた仕返しなの!?人の命をなんだと思っているの!?」


 立ち上がったのは、月山瑞希だった。月山は興奮した状態で『正論』を述べる。だが、俺にはこの『正論』こそが許せないのだ。こういうことを言い出す奴がいるのは簡単に想像が出来たため、準備はしてある。俺は待っていましたとばかりに言葉を紡ぐ。


「ヘエ・・・月山サン。アナタガ人ノ命ヲ語リマスカ。

 今更ト言イマシタネ。デモ、ソレハイジメラレテイナイアナタ方ノ主観デスヨ?」

「そうかも知れないけど・・・だからって!」

「ソレデハ、アナタガ岩崎ノ代ワリニ死ンデクレマスカ?」

「・・・。」


 月山は言葉に詰まり、黙ったまま俯いた。


「デハ、岩崎デハナク、月山サンニ対象ヲ変更シマショウカ?皆サン。」


 周囲の視線は一人立っている月山へと向けられている。月山は俯いたまま岩崎の方をちらっと見る。岩崎は黙って月山から視線を逸らした。だが、ここからじゃ表情ははっきり見えないけれど、岩崎はどこか先ほどよりもホッとしたような表情をしているようにも見えた。


「デハ、月山サン・・・。アナタ以・・・」

「イヤ・・・です。」

「デハ、最初ノ話ノ通リ、岩崎ヲ?」

「あたしは・・・死にたくない。あたしはイヤだ!イヤーーー!!」


 月山の悲鳴がホール内にこだまする。そして、月山はその場にしゃがみこみ、両手の平を顔に当てて大声で泣き出してしまった。


「『覚悟』モナイ奴ニ、『正論』ヲ言ウ資格ハアリマセンヨ。

 皆サンモ覚エテオイテ下サイ。誰カヲ傷ツケタリ救ッタリスルニハ『覚悟』ガ必要デス。」


 客席はシンと静まり返ってしまった。月山の嗚咽だけがホール内に響いている。


1−8.


 PM00:16 あと10分


 岩崎は・・・というと、月山の一言が相当ショックだったのだろう。月山を凝視したまま固まってしまっている。正直、岩崎からはもう少し抵抗があるかと思っていただけに、ちょっと拍子抜けしてしまった。


 しかし、このまま状況が動かないのはとても困る。無理やりにでも話を進めなければ。

 俺は、静まりかえっている客席に向けて、パソコンを通してキーボードで言葉を紡ぐ。


「何モ、直接岩崎ニ手ヲ下ス必要ハアリマセン。岩崎ダケコノ場ニ残セバイイノデスヨ。

 皆サンガ避難サレル場合、避難ノ時間ダケ、爆破ノカウントダウンヲ止メマス。」


 『爆破』というキーワードに客席が反応する。もう一押しか?


「誰ダッテ死ニタクアリマセンヨネ?

 ダッタラ、早ク岩崎ニ『死ンデクレ』ト御願イスレバイインデスヨ。」


 後押しするかのように、俺は最後に一言付け加えた。

 俺のその一言に呼応するように、周囲から少しずつ声が聞こえ始めた。


「岩崎って奴があいつをイジめたんだろ?だったら死んで詫びればいいじゃん。

 俺らは違う学校だったんだから、いい迷惑だよ。関係ねぇし。」

「そうよ、あたしたちには関係ないんだもん。」

「お、俺たちだって直接イジメたワケじゃねぇし、岩崎に言われて仕方なくイジメに参加して ただけだよ。だから岩崎が責任取ればいいんだ。」

「死ねよ!岩崎!!」

「死ね!!」

「死んでよ!!」

「お前が死ねばいいんだよ!!」


 周囲からの声はやがて大きくなり、それは1分も経たないうちに岩崎に対する大きな『死

ね』コールへと変わっていった。舞台上から見ていると、それは岩崎に対するまぎれもな

い『イジメ』だった。当の岩崎はというと・・・頭を抱えて座ったまま俯いている。


 他人から『死ね』といわれることが、どれだけ辛いことなのか。これで、分かったろう?


1−9.


 PM00:19 あと7分


 会場を見る限り、岩崎がこの場に残るということがほぼ決定したようだ。俺はポケットから発火装置のリモコンを取り出し、ノートパソコンのディスプレイの陰に隠して客席から見えないように操作し、一時停止ボタンを押してカウントダウンを止めた。

 気になるのは、岩崎が大人しすぎること。暴言や罵声、下手をすると暴れだす・・・なんてことも想定していただけに、拍子抜けしてしまった。


「ソレデハ皆サン、意見ガ揃ッタヨウデスネ。」


 俺が紡ぎだす合成音声がホール内に鳴り響くと、岩崎への『死ね』コールは収まり、再び客席の視線が俺の方へと戻ってきた。


「デハ、代表デ・・・月山サン。結論ヲ。」

「あ、あたし・・・?」


 未だ嗚咽が収まらない様子の月山が、驚きの表情を浮かべ嗚咽交じりに返事をする。


「アナタニ御願イシマス。岩崎ヲ残スノカ、ソレトモ皆デ死ヌカ。ドチラデスカ?」


 会場の視線が一斉に月山に集まる。

 岩崎に対する復讐は、これで終わる。俺は月山の返事を待つ。


「はやく言えよ!」

「時間がねぇんだよ!」

「ちょっと、何黙ってるのよ!」


 客席のあちこちから声が聞こえだす。その声が増えてゆくにつれて、月山の嗚咽がどんどん激しくなる。そして月山は、先ほどよりもさらに嗚咽の交じった声を絞り出す。


「岩崎・・・くんに・・・。」

「早ク返事ヲシタ方ガイイデスヨ。時間ガアリマセンカラ。」

「い、岩崎くんを・・・残します!!」

「デハ、岩崎ニ『死ネ』ト言ッテイルノデスネ?」

「・・・・・・は、はい!ごめんなさい。ごめんなさい。岩崎くん。」


 月山は自分では気付いていないのだろうが、岩崎を呼ぶときの呼び方が『キョウヤ』から『岩崎くん』に変わっている。ああ、これが『見捨てる』ということなのだろうな。

 そうだ、俺はずっと見捨てられてきたんだ。ここにいる全ての『二十歳』から・・・。


「分カリマシタ。ソレデハ・・・。

 客席ニ居ル、岩崎ヲ含メタ全テノ人間ヲ解放シマス。」


 俺の言葉に、客席じゅうがざわめく。まぁ、当然の結果だろうな。

 俺はかぶっていた馬のマスクを取り、床に投げ捨てた。そしてマスクを取ったことで自分に集まる視線から逃げられなくなり、急に全てが恐ろしくなり手が震えだす。だが・・・これで終わりだ。この全ての悲しみの連鎖も、俺の心にモヤモヤと残る憎しみも。


 俺は震える手でマイクを持ち上げ、自らの震える唇で言葉を紡ぐ。


「お、俺は・・・み、皆さんが見捨てた岩崎を救います。こ、これが俺の復讐です。

 皆さんは、誰かに『死ね』と言われた事がありますか?誰かに『死ね』と言ったことがありますか?」


 手が震える。足がガクガクする。でも、言わなきゃ。俺の復讐を客席に届けなきゃ。


「お、俺は・・・背中にナイフで文字を書かれ、家に『死ね』と書かれた紙を包んだ石を何度も投げ入れられ・・・。」


 俺は自らのスーツを脱ぎ、ワイシャツを捲し上げて客席に背中を向けた。今も残る背中に書かれた『バカ』の二文字・・・。

 客席がシンと静まり返った。俺は目から涙が溢れ出そうとするのを必死に堪え、続ける。


「我が身かわいさに身勝手に『死ね』と叫んだ事を恥じることの出来る人がいるのなら・・・。どうか・・・。」

「ギャハハハハハハハハハハハ!!」


 必死に紡いできた言葉が大きな笑い声にかき消された。笑い声の主は、岩崎だ。立ち上がりながら岩崎は頭を抱え、ぐりんぐりんと首を左右に振りながらなお大きな声で笑い続ける。


1−10.


 PM00:31 爆弾のカウントダウン停止から9分


「うるせぇよ佐古田・・・。テメェなんかに同情なんかされてたまるかよ!!」


 笑い続けていた岩崎は、急に笑いを止め、舞台上に居る俺を睨み、叫んだ。そして岩崎はスーツのポケットから何かを取り出し、振り回し始めた。それを避ける様に、岩崎の周りに居た人間が蜘蛛の子を散らすようにあちこちへ逃げ出す。


・・・ナイフか!クソっ!!


 俺は壇上に置いておいた改造モデルガンを右手に取り、岩崎の方へ向けようとする。だが、手が震えて狙いが定まらない。岩崎も俺が動揺していることに気付いているようだ。畜生!これじゃ脅しにもなりゃしない。


「ギャハハハ!!撃ってみろよ佐古田!!どうせオモチャなんだろ!?」


 先ほど、あれだけ大げさに照明を撃ち落したことを忘れているのだろうか?岩崎はナイフを振り回しながら客席の隙間に空いた通路をつかつかと早足で歩き、舞台へと向かってくる。

 ダメだ、対人恐怖症のクセに大勢の前であんな演説したばかりで、手の震えが収まらない。逃げようにも、足もガクガクしたままだからロクに歩けやしない。


 クソッ!まだ終わってないんだ!もうちょっと待ってくれっ!!

 俺のそんな願いも虚しく、岩崎は一歩一歩と舞台に近づいてくる。死ぬ覚悟で来たっていうのに、いざとなると怖いものだ。


「みんなで寄って集って死ね死ね死ね死ね言いやがって!!

 みんな死ねばいいんだよ!佐古田・・・特にテメェは死ね!!」


 岩崎はそう叫びながら舞台上へ上がり、再び俺目掛けて歩み寄って来る。

 これまでか・・・。せめて、舞台裏の扉のロックを解いておかなくちゃ。

 俺は改造モデルガンを床へ投げ捨て、震えたままの手でノートパソコンのキーボードを右手の人差し指で叩く。TABを押して、ENTER・・・で、TAB、TAB、ENTER・・・。


 最後のボタンを押したところで、岩崎と俺がぶつかり合った。


 まず、足の震えが収まった。そしてそれと同時に、足の力が抜けた。かろうじて踏ん張りが利いて倒れずに済んだものの、岩崎が繰り出した次の衝撃で俺は1mほど後ろへよろめき、そして膝をついてうつ伏せに倒れこんだ。

 あとはもう、何が起こっているのか分からない。俺は自分が刺されたことすら分かっていない。倒れこんでしばらくして、岩崎が俺の右の横腹あたりを踏みつける。踏まれたときに走った内臓を切り裂くような痛みで、俺はようやく刺されたことを自覚した。


「みんな死ねばいいんだよ!爆弾・・・爆弾よこせよ佐古田ぁぁぁぁ!!」


 岩崎は奇声とも言えるほど興奮した甲高い声でそう叫びながら、俺から離れた。そして俺のスーツのポケットを漁り、カラッポであることを確認して再び床に投げ捨てた。さらに岩崎は壇上の方へと向かう。よくは見えないが、ガシャン!と音がした。ノートパソコンが投げ捨てられたか。

 マズイ・・・。壇上には爆弾のリモコンが・・・。

 先ほど一時停止を行うとき、横着して簡易停止してしまったため、ボタン一つで爆弾のカウントダウンが再起動してしまう・・・。

 止めなきゃいけない!分かっているのに、身体が熱くて重い。それに、うまく呼吸も出来ない。無理に身体を動かそうとすれば、傷口から身体中に激痛が走る。


「これだな・・・?ギャハハハ!みんな死んじまえよぉぉぉ!!」


 クソッ!どうやらリモコンに気付いたらしい。こんな最悪の結果で終わるのか?脅しに使うだけのつもりだった爆弾が、こんな使い方をされてしまうとは・・・。

 もうダメだと思った途端、意識が段々と遠のいてゆく。


「ギャハハハ・・・ハーッハハハハハハ!!」


 深く暗い闇の中へと沈んでゆく意識の中で、さらに大きな声で笑う岩崎の声が残った。

 うまくいきすぎだとは思っていたが、まさかこんなどんでん返しがあるとは・・・。岩崎がリモコンでの爆弾の起動に成功していれば、残り時間は7分。


 なんとかしなければ。なんとか・・・。

 だが、意識とは裏腹に身体が動かない。そして、まぶたも重い。もう・・・ダメだ。


 PM00:36 爆弾のカウントダウン 再起動


2−1.


 PM00:16 さかのぼること20分前


「何モ、直接岩崎ニ手ヲ下ス必要ハアリマセン。岩崎ダケコノ場ニ残セバイイノデスヨ。

 皆サンガ避難サレル場合、避難ノ時間ダケ、爆破ノカウントダウンヲ止メマス。」


「誰ダッテ死ニタクアリマセンヨネ?

 ダッタラ、早ク岩崎ニ『死ンデクレ』ト御願イスレバイインデスヨ。」


 佐古田のこの言葉を受けた客席は、岩崎に対して『死ね』と大いに沸いた。


「蜂谷くん・・・。」


 大きな大きな『死ね』コールの中で、隣に居た友美が僕に小さな声で話しかけてきた。


「どうした?友美。」

「蜂谷くんは・・・岩崎って人とは高校時代の同級生だったんでしょ?」

「ああ、友達・・・だった。」

「だったら、蜂谷くんも知ってるの?舞台の上の・・・佐古田って人。」


 友美の言葉に、僕は黙ってしまった。


「ああ、俺も蜂谷も・・・よーく知っているよ。佐古田のことなら・・・。」


 黙りこんだ僕の代わりに、友美の向こう側の席にいた高瀬が友美の問いに答えた。


 僕、蜂谷真一と高瀬幸雄は高校卒業後、同じ大学へと進んだ友人同士だった。そして、隣に居る早瀬友美とは進学先の大学で知り合い、今日は3人で成人式に出席するためにここへ来た。それが、まさかこんな騒ぎになるとは・・・。


 高校時代、僕も高瀬も岩崎と同じクラスに在籍し、よく一緒に遊んでいた。そして、佐古田のことも・・・僕たちは無関係じゃない。


 客席ではあいも変わらず、岩崎に対する『死ね』コールが続いている。だが、僕も高瀬も、命の危険に晒されているにも関わらず、岩崎を責めたてることは出来なかった。

 なぜなら、僕も高瀬も・・・岩崎と同じ罪を持つ者だからだ。


2−2.


 PM00:18


 このときの僕と高瀬にも、罪の意識はあった。だけど、岩崎の代わりに自分が死ぬなどと言えるほどの度胸もなかったため、『死ね』コールに加わらずにただ黙っていることだけが心の均衡を保つ精一杯の行為だった。


「ソレデハ皆サン、意見ガ揃ッタヨウデスネ。」


 無機質な機械音声がホール内に響く。その声で僕はふと我に返った。高瀬も友美も、舞台上の佐古田に視線が釘付けになっている。僕も、二人と同じように、佐古田を見上げた。


「デハ、代表デ・・・月山サン。結論ヲ。」


 佐古田が月山を指名する。僕たちは舞台上の佐古田から客席の月山へと視線を移す。


「アナタニ御願イシマス。岩崎ヲ残スノカ、ソレトモ皆デ死ヌカ。ドチラデスカ?」


 月山は『ひっく、ひっく』と嗚咽を漏らしながら、ただ黙っていた。その月山の返事に命がかかっている客席は月山が口を開かないことをもどかしく感じたらしく、今度は月山を糾弾する声を上げた。


「はやく言えよ!」

「時間がねぇんだよ!」

「ちょっと、何黙ってるのよ!」


 客席のこの声は、僕たちの声だったのかも知れない。罪の意識を持ちながらも、どこか他人事のように感じている、僕たちの・・・。


「蜂谷・・・。俺たちは、どうしたらいいんだろうな。」


 友美ごしに高瀬が僕に問いかける。


「僕たちに何が出来るっていうんだよ・・・。岩崎の代わりに僕たちが死ぬっていうのか?」


 そうだ、僕たちは岩崎ほど酷いことはしていない。僕たちは悪くない。悪くない・・・。


2−3.


 PM00:23


 客席の糾弾に後押しされ、とうとう月山が口を開いた。嗚咽交じりに、ゆっくりと・・・。


「岩崎・・・くんに・・・。」

「早ク返事ヲシタ方ガイイデスヨ。時間ガアリマセンカラ。」

「い、岩崎くんを・・・残します!!」

「デハ、岩崎ニ『死ネ』ト言ッテイルノデスネ?」

「・・・・・・は、はい!ごめんなさい。ごめんなさい。岩崎くん。」


 そうだ、これでいい。これでいいんだ。佐古田は岩崎を恨んでいる。僕たちじゃない。・・・なのに、心の中に広がるこのモヤモヤは何なのだろう。


「蜂谷くん・・・。どうしたの?」

「ん?ああ・・・大丈夫だよ。友美。」

「ううん、すごく怖い顔してたから・・・。

 ねえ、蜂谷くんと高瀬くんも、イジメに参加してたの・・・?」


 友美が悲しそうな顔で僕に問いかける。


「あ、ああ・・・。」


僕の返事に、友美はさらに険しく悲しそうな表情をした。その表情が、岩崎のことを他人事のように感じている僕を責めているような気がして、僕は少しだけムキになって反論する。


「仕方なかったんだよ。自分がイジメられるのは誰だって怖い。友美にだってあるだろう?自分に被害が及ぶのを恐れてイジメに参加したり、見て見ぬフリをしたり・・・。」

「ううん、ない。あたしは・・・イジメられっ子だったから・・・。」


 そう告白すると、友美は悲しそうな目に涙をいっぱいに溜めていた。

 僕は言葉を失った。それは、友美がイジメられっ子だったことがショックだったからではなく・・・うまく言えないけど、佐古田をイジメていた自分と、友美をイジメていた連中が同じだったということにショックを受けたんだと思う。だとしたら、僕は・・・。

 ふと、僕は高瀬の方を見る。高瀬も何か感じるところがあったらしく、塞ぎこんでいた。


2−4.


 PM00:29


「分カリマシタ。ソレデハ・・・。

 客席ニ居ル、岩崎ヲ含メタ全テノ人間ヲ解放シマス。」


 客席がざわめく、僕たちも例外ではない。それほどまでに、この言葉は衝撃的だった。佐古田・・・いったい、何を考えているんだ?

 舞台上の佐古田はかぶっていた馬のマスクを床に投げ捨て、マイクで話し出す。無機質な機械音声ではなく、佐古田自身の言葉で・・・。


「お、俺は・・・み、皆さんが見捨てた岩崎を救います。こ、これが俺の復讐です。

 皆さんは、誰かに『死ね』と言われた事がありますか?誰かに『死ね』と言ったことがありますか?」


 震える声で、舞台上の佐古田が言う。その言葉の一つ一つがとても抽象的な問いかけだったのだが、僕たちにはその言葉が胸に響く。僕たちは佐古田に、何度『死ね』と言っただろう。自分がイジメられることが怖くて、何の恨みも無い佐古田のことを何度見捨ててきたのだろう。


「高瀬・・・。」

「あぁ、俺たちは・・・。」


 高瀬の言葉を遮るように、舞台上の佐古田が再び話し出す。


「お、俺は・・・背中にナイフで文字を書かれ、家に『死ね』と書かれた紙を包んだ石を何度も投げ入れられ・・・。」


 そう言うと佐古田は上着を脱ぎ、露になった上半身を客席に向けた。背中には・・・『バカ』と書かれた傷。


 覚えている。岩崎が佐古田の背中にあの傷をつけたとき、佐古田の右手を笑いながら押さえていたのは僕だった。そして、左手を押さえつけていたのは高瀬だった。

 覚えている。岩崎が佐古田の家に石を投げ入れるとき、僕と高瀬は岩崎と一緒に居た。そして、佐古田の家のガラスが割れる音ひとつひとつに大笑いしていた。

 佐古田の言葉に、僕は心臓を抉られるような思いだった。他人事なんかじゃ・・・ない。


2−5.


 PM00:30


「我が身かわいさに身勝手に『死ね』と叫んだ事を恥じることの出来る人がいるのなら・・・。どうか・・・。」


 イジメを受けてから、あんな大声で話す佐古田を見たことがない。そう、あれは佐古田の心の叫び・・・いや、イジメを受けた全ての人間の叫びなんだ。佐古田のしたことはやりすぎかも知れない。だけど、きっと友美も、イジメられているときは佐古田と同じ気持ちだったんだろう。


 僕も高瀬も友美も、拳を握り締めながら佐古田の言葉を一つ一つ、心に刻み込んでいた。しかし佐古田の言葉は、残酷にもここでかき消される。


「ギャハハハハハハハハハハハ!!」


 ホール内に大きな大きな笑い声が響く。僕たちはその声のする方へと無意識に視線を移す。声の主は・・・岩崎だ。岩崎は笑みを浮かべたまま立ち上がり、身体をゆらゆらと揺すりながら頭を抱えて首を振り回し、舞台上の佐古田に対して叫んだ。


「うるせぇよ佐古田・・・。テメェなんかに同情なんかされてたまるかよ!!」


 岩崎はポケットに手を突っ込むと、何かを取り出した。僕には、それが何なのかすぐに分かった。あれは・・・ナイフだ!岩崎は取り出したナイフを振り回し、通路へと歩く。間の悪いことに、その進路は僕たちのいる方向だった。


「友美っ!」


 僕は無意識に叫び、友美を抱きかかえて庇う。その向こうでは高瀬が両手を広げ、僕と友美をガードしている。だが、岩崎は僕たちのすぐ脇を通り抜け、舞台へと歩いてゆく。

 僕は岩崎の背中を追う。岩崎の背中越しに舞台上の佐古田が見える。僕は、再び無意識に叫んだ。


「さ・・・佐古田っ!!」


 佐古田は動かない。いや、動けないんだろう。・・・僕たちは、どうすればいい?


2−6.


 PM00:34


 岩崎は佐古田に向かって一直線に歩き続け、ついには舞台上に上がる。その様子を、僕たちは別世界で起きている出来事のように眺めていた。それほどまでに、岩崎の行動は素早かった。

 舞台上の佐古田は、しばらくは歩み寄る岩崎に改造モデルガンを向けようとしていたが、やがて改造モデルガンを床に投げ捨て、壇上のパソコンに手をかけた。


 そして、それとほぼ同時に、岩崎と佐古田が舞台上で交錯した。


 全てがスローモーションに見えた。何もかもが止まってしまっているように感じるほど・・・。やがて時間が戻り、佐古田が1歩、2歩と後ずさり、ドスン!と音を立ててうつ伏せに倒れるのが見えた。その光景を確かに目の当たりにしていた僕たちは一瞬、何が起こったのか分からずにただ、立ち尽くしていた。


「い・・・いやぁぁぁぁーーーー!!」


 僕は、僕の腕の中に居た友美の叫び声で、我に返った。友美はそう叫ぶと、気を失ってしまったのか、身体中の力が抜け、僕の腕によりかかるようにへたり込んだ。

 舞台上の岩崎は、倒れた佐古田を踏みつけ、大きな声で高笑いを続けている。


「・・・高瀬、友美を頼む。それから、携帯電話ですぐに警察に連絡してくれ。」

「分かった。・・・って、お前はどうするんだ?」

「決まってるだろ!岩崎を止めなきゃ!!」


 僕は腕の中でぐったりとしている友美を高瀬に預け、舞台へと走り出した。

 佐古田を助けることで、自らが犯した『イジメ』という名の罪は消えやしない。だけど、佐古田をここまで追い込んだのは、岩崎を含め・・・僕たちのせいだ。今回の佐古田の叫びは、いわばイジメられていたころの友美の叫びであり、イジメられていた人間全ての叫びなんだ!だったら、それを後悔している僕たちが変わらなきゃいけない。


 きっと、佐古田はそれを望んでいたのだろう。

 僕たちに、『イジメ』の罪深さへ自覚をさせるために、そして自分のような人間が二度と生まれないように・・・。

 今なら、ちゃんと言える。佐古田に『ごめん』って。


2−7.


 PM00:36 爆弾のカウントダウン 再起動


「岩崎――!!」


 僕が舞台上へ辿り着いたとき、岩崎は壇上に置いてあったリモコンのようなものを操作している最中だった。岩崎は僕に気付き、不気味な笑みを浮かべながら今度は僕の方へと歩み寄ってくる。


「なんだよ、蜂谷じゃねぇか・・・。」


 岩崎はナイフを右手に構えたまま、僕に言う。


「岩崎・・・お前、何をした?」

「決まってるだろ!?みんな・・・あれだけ俺に死ねと言ったんだ。

 佐古田といい、瑞希といい、みんな俺をバカにしやがる。・・・テメェもか?蜂谷」

「僕もお前も・・・『自業自得』なんだよ。佐古田だって、苦しんできたんだ!」


 そう、友美のように・・・。佐古田も苦しんで苦しんで生きてきたんだ。


「バカかテメェは!知るかよ!!第一、テメェも佐古田を・・・。」

「そうさ、僕がバカだったよ!僕もお前も・・・『最低』だ!!」

「なんだとっ!!」


 岩崎が構えたナイフを僕に向けて突進してくる。僕はそれを半身でかわし、岩崎がナイフを持っている右手の手首を掴み、思いっきり岩崎の手首を捻る。岩崎は未だナイフを手放そうとしない。体勢を立て直す暇を与えたら反撃される・・・。僕は岩崎の手首を捻ったまま、今度は膝で岩崎の手首を蹴り上げた。岩崎の手からナイフが床へとこぼれ落ちる。


「ぐっ・・・。蜂谷・・・テメェ!!」

「もうよせよ、岩崎・・・。」

「うるせぇよ!テメェも死ねよ!死ねよ!死ねよぉぉぉぉーーーー!!」

「岩崎ーーー!!」


岩崎が右手を握り締め、僕に向けて拳を放つ。僕はそれを再び半身でいなし、渾身の力を込めて岩崎の左頬に昇掌を打ち込んだ。


2−8.


PM00:38 あと5分。


岩崎は1mほど後ろへ吹っ飛び、そのまま起き上がってはこなかった。『へへへへ・・・』と不気味な薄ら笑いを浮かべたまま・・・。

僕は倒れたまま動かなくなっている佐古田に駆け寄る。出血がひどい。大丈夫だろうか。


「佐古田!!佐古田!!大丈夫か!?」


 うつ伏せになっている佐古田をゆっくりと仰向けにし、僕は佐古田の身体を揺すりながら叫ぶ。佐古田の左の脇腹からは未だに血が流れ出している。


「は・・・蜂谷・・・?」

「佐古田っ!!大丈夫なのか?」

「岩崎・・・は?」

「岩崎ならそこでのびてる。もう大丈夫だ!!」

「まだ・・・岩崎・・・リモコン・・・。」


 リモコン?そういえばさっき、岩崎が何かリモコンのようなものを持っていたような・・・。

 僕はのびている岩崎の方を見る。


「へ・・・へへへへへ・・・。」


 岩崎はリモコンを両手で持ち、それをへし折ってしまった。


「岩崎!!お前は・・・。」

「もう遅せぇよ!みんな死ぬんだ・・・へへへへへ。」


 僕は再び佐古田のほうへと向き直り、問いかける。


「佐古田!あのリモコンは何なんだ?まさか・・・。」

「ば・・・くだん・・・スイッチ・・・。」

「何だって!?」


 僕が驚き、叫ぶのと同時に、客席の扉の全てがいっせいに開いた。高瀬が連絡を入れ、警察が動いたのだろう。僕は扉を開けた警官に向かって、大声で叫んだ。


2−9.


 PM00:40 あと3分30秒


「爆弾が起動してる!!避難をっ!!」


 僕がそう叫ぶと、客席の人間が悲鳴を上げながら一斉に扉の方へと走り出す。残り時間がどれだけあるのかはわからないが、急いで避難しなくてはならないだろう。だけど・・・。


「蜂谷っ!!」


 客席から、僕を呼ぶ声がする。高瀬だ。


「高瀬!!友美を連れて先に外に出ていてくれ!!」

「蜂谷!!お前はどうするんだ!?」

「僕はっ・・・佐古田と岩崎を連れて行く!!」


 高瀬は『分かった』と叫び、友美を抱えて避難の列へと消えていった。あとは、僕たちだけだ。警官は人の波に飲まれてしまっているため、こっちに手を貸す余裕はない。佐古田はこの有様だし、岩崎はのびてしまっている。つまり、僕が二人とも運ぶしかない。


「大丈夫か?佐古田・・・。ちょっと痛いだろうが、我慢してくれよ。」


 僕は佐古田を抱き抱えようと、佐古田の首と膝の後ろに手を回す。


「蜂谷・・・俺は・・・いい・・・。」

「何言ってるんだよ!!」

「頼む・・・から・・・置いて・・・。岩崎・・・を・・・。」

「二人とも僕が連れてく!!大丈夫だから!!」


 険しい顔で叫ぶ僕に、佐古田は笑顔を浮かべて言う。


「無理・・・だよ。でも・・・あり・・・がとう。」

「佐古田・・・?」


 佐古田は横たわったまま傍らに落ちていた改造モデルガンを拾い上げ、僕に向けた。どこにそんな力が残ってたって言うんだ!こんなに・・・こんなに血が流れてるのに・・・。


2−10.


 PM00:40 あと3分


「岩崎・・・だけ・・・連れて・・・。頼むから・・・行って・・・。」

「冗談だろ?佐古田・・・。」

「本気で・・・撃つ・・・。だから・・・。」

「だ、だったら・・・岩崎を先に連れていく!その後に迎えに来る!!それならいいだろ?」

「分かっ・・・た・・・。それ・・・なら・・・。」


 僕は佐古田の首と膝の後ろに回した手をゆっくりと離し、岩崎のほうへ駆け寄る。そして未だに薄ら笑いを浮かべたままのびている岩崎を背中に背負い、出口に向かって歩き出そうとした・


「蜂谷・・・。」


 今にも消え入りそうな声で、佐古田が僕を呼んだ。


「なんだい?」

「あり・・・がとう。」

「違う・・・。僕は高校ん時、お前をずっと『イジメ』続けていた。

 ずっと心の中では済まないと思っていた。だけど、心のどこかでは『仕方ない』

って開き直っていたんだ。」

「もう・・・いい。助けて・・・くれたし・・・。」

「よくない!!だから・・・戻ってきて、絶対助けてやる。

 そして、全部済んだら・・・ちゃんと謝りに行くよ。お前と・・・お袋さんに。」

「うん・・・うん・・・。」

「だから、待ってろよ!!」


 そう言って、僕は佐古田に背を向け、避難の列に加わった。客席は未だ慌しく、全ての扉から分散して避難を続けているものの、まだホールに残っている人間の方が多い。

 しかし、意外にも避難は順調に進んでいた。全ての人間が・・・というわけにはいかないが、佐古田の言葉を受けて、この命の危険に瀕した状況でもあちこちで譲り合い、庇い合い、避難に協力している連中がちらほら見受けられた。


 僕の他にも、佐古田の言葉をきちんと理解してくれている人がいることは、とても嬉しかった。見えるかい?佐古田。


2−11.


 PM00:42 あと1分


 何人かが避難に協力してくれたため、客席内に残る人間はあとわずかとなった。この調子で避難を続ければ、あと30秒ほどで佐古田以外の全員が避難出来るだろう。


「蜂谷っ!大丈夫だったか?」


 岩崎をおぶったまま市民文化会館の外へと辿り着いた僕に、高瀬が駆け寄った。


「ああ、大丈夫。それより、友美は?」

「警察の人に御願いして、手当てを受けているところだよ。それより、佐古田は?」

「・・・これから迎えに行く。

 あいつは助けて欲しくないみたいだけど、絶対に助けてやる。」

「・・・そうだな。俺たちは、あいつにきちんと謝らなきゃいけないし・・・。」

「じゃあ、岩崎を頼むな?」

「まかせとけ!」


 僕は高瀬に岩崎を預け、再び市民文化会館の中へと戻ろうとした。しかし、正面入り口に差し掛かったところで、警官に肩を掴まれ、足を止められてしまう。


「待ちなさい君!もう中に入っちゃいかん!」

「ダメだ!中にはまだ怪我人が・・・佐古田が・・・。」

「なら、我々が救助するから、君は下がって・・・。」

「約束したんだよ!!助けに行くって!!」

「分かった。分かったから、ここで待っていなさい。」


 警官の制止を振りほどいて市民文化会館の中へと戻ろうとする僕に手を焼いた警官は、必死に僕を止めようと、僕の後ろから手を回して羽交い絞めにした。


「離せ!離せよ!!」

「ダメだ!向こうで大人しく待っていなさい。」


 そして、その時はその後すぐにやってきた。

 ドラマや漫画なんかでよくあるような、大きな大きな爆発音。そして、強い風。

 僕と警官は、その場から2mほど吹き飛ばされ、地面へと倒れこんだ。


「佐古田・・・。」


 爆風に吹き飛ばされた先で、僕は地面に寝そべったまま、業火を眺めていた。


「ちくしょう・・・佐古田!!佐古田―――!!」


 助けるって言ったのに、また僕は佐古田を見捨ててしまったのか。まだ謝ってない。何も償っていない。それなのに!!


「佐古田・・・佐古田―――!!」


 僕の叫び声は、溢れ出す業火の中へと虚しく消えていった。


2−12.


 PM00:45 爆発より2分後


 正直、こんなに大きな爆発をするとは思ってもいなかった。

 衝撃こそ少なかったものの、溢れ出す炎は市民文化会館の窓を割り、それだけでは飽き足らずに周囲の植え込みを燃やした。今、消防隊が消火にあたっているけれど・・・恐らく、中に居た佐古田は・・・。


 被害はというと、消息の分からない佐古田を除けば奇跡的に死者は0。僕と警官は軽い火傷や捻挫の軽傷。他には数人が割れたガラスで額を切る、爆風により身体を地面に打つなどの軽傷者が数人だった。


「大丈夫だったか?蜂谷。」


 爆風で飛ばされた時に身体を地面に打ち付けた衝撃で動けずにいる僕に、高瀬が駆け寄ってきた。


「ああ、だけど・・・佐古田が・・・。」

「・・・お前は、よくやったよ。」


 高瀬はそう言ったきり、言葉に詰まってしまった。そして、僕と高瀬は燃え盛る市民文化会館をただ、眺めることしか出来なかった。


 涙が、止まらなかった。


 2日後―――


 検査入院という名目で、僕は市内の病院にいた。軽い全身の打撲と火傷だけで済んだとはいえ、まだ身体中が痛む。


「蜂谷くん、大丈夫?」


 病室の扉が開き、心配そうな表情の友美が駆け込んできた。


「ああ、ぜんぜん平気だよ。」


 と、僕は友美に向かって言う。

友美の後ろには高瀬がいた。手の平を額に当て『よっ』というポーズ。


「二人とも、今日は警察だったっけ?」

「ああ、今帰りでさ、ついでに見舞いにね。友美が『行こう』ってしつこくてな。」

「ちょっと、高瀬くん・・・。もう・・・。」

「それで、どうだった?」


 僕の問いに、高瀬は黙り込んだ。代わりに僕の傍らを陣取っていた友美が返事をする。


「佐古田って人の遺体は見つからなかったみたい。

 跡形もなく吹き飛ばされたか、燃え尽きたかって、警察の人が言ってた。」

「そうか・・・。岩崎は?」

「精神的に参っちゃってるみたいで、今は入院中みたい。」

「そうか・・・あいつ、あんなに弱かったんだ。」

「弱いから、人は人をイジメるんじゃない?そして弱いから、人は人にイジメられるの。」

「友美のときは、どうやってイジメから立ち直ったの?」

「ある日ね、見かねて助けてくれた友達がいたの。それからもイジメはあったけど、その子がずっと支えていてくれたから・・・。」

「そっか・・・。僕たちがもっと早く佐古田に手を差し伸べていれば、少しは違ったかな?」


 僕の言葉に、黙り込んでいた高瀬がようやく口を開く。


「かもな。だけど、今更そんなこと言っていられないだろ。

 俺たちは、佐古田をあそこまで追い詰めたことから逃げちゃいけない。」

「そうだね。だから、これから変わらなきゃ。

 明日、退院したらその足で、佐古田のお袋さんと佐古田に謝りに行きたいんだ。」


 僕の言葉に、友美と高瀬は無言で頷いた。


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― 新着の感想 ―
[一言] キーワードの精神交換がわからない
[一言] とても面白かったです これからもがんばってください
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