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二幕・働き蟻

 自然洞窟群近くの岩陰に身を潜めながら、僕は双眼鏡ごしに数ある洞窟の入り口を覗き込んでいた。ゆっくりと横に滑らせていた手が、ある一点で停止する。

 ――見つけた。

 のぞき穴から目を離し、僕は裸眼でその位置を確認した。リーズリースからの情報は正確だったようだ。

 あたりをつけた場所を再度双眼鏡で覗き込む。やはり洞窟内部を根城にしているのか、先ほどから数名の男たちが洞窟を出入りしていた。団体行動は少数の人間を脅かすのに最適だが、同時に情報が洩れやすく、周りに居場所を悟られやすいという欠点がある。食糧調達にも手間がかかるだろうし、運搬も面倒だろう。

 まあ、そのおかげで簡単に居場所を突き止められたのだから、僕としてはありがたい事なのだけれど。まったく、愚かな相手でよかった。数多くの手下を従えて、さぞかし安心しきっていることだろう。

 ――さてと。

 僕は魔導士の制服を脱ぎ捨てた。双眼鏡もそこに置く。そしてわざとらしく周囲を警戒しながら、奴らのいる洞窟近くへと向かった。


「おい、そこの!」


 洞窟にだいぶ近付いたあたりで、僕は男に呼び止められた。おそらくこいつは洞窟の見張り役だろう。僕はわざとらしく肩を震わせながら、そちらを向く。


「……なんでしょうか?」


 僅かに顔を強ばらせながらそう呟くと、男は値踏みするかのような視線をこちらに向けながら、品の悪い笑みを浮かべた。

 怯えているふりをしているだけなのに、男は僕を見て優位を悟ったらしい。人を見た目で判断するなんて、雑魚である証拠だ。どうせこの後も定型文のような台詞を吐くに決まっている。

 例えば、


「ちょっと付き合ってもらおうか」


 ――このように。

 僕は後ろ手に掴まれる。おそらくこいつは捕まえた獲物を頭のところに運ぶつもりなのだろう。いちいち雑魚を倒しながら正面突破しなくても、怯えたふりさえしていれば、あとは自動的にリーダーの居場所まで案内してもらえる。正直、この男に触られるのは不愉快だったけれど、こういったヒエラルキーの存在する集団は行動が単純なので読みやすい。

 僕は後ろ手に掴まれたまま、洞窟の奥へと運ばれてゆく。洞窟内部はかなりの広さを有しているようだ。所々に意図的に手を加えた痕跡が確認できる。おそらくこいつらがやったのだろう。成る程、名実ともに働き蟻というわけか。

 だいぶ奥へと進んだ。僕を運搬する男の足が、ほんの少しだけ速くなる。洞窟の先から、眩しい光と声が漏れ出していた。

 更に奥へと進むと、そこには縦と横に開けた、巨大な空間があった。多くの男たちがたむろっていて、そいつらは運ばれてきた僕の姿を視界に入れるなり、下品な歓声をあたりに轟かせる。

 空間の奥、この陰鬱な洞窟内に不釣り合いな椅子の上に、額に傷のある大男がふんぞり返って座っていた。


「お頭、洞窟の前をふらついていた奴が居たんで捕まえてきました」


 僕は放り投げるように跪かせられた。そしてそのまま押さえつけられる。背中がみしりと軋んだ。


「ご苦労だったな。そのまま押さえつけておけ」


 絢爛豪華な椅子に座った男が、偉そうに指示を出した。といっても、僕はこいつの名前を知っている。額の傷や恰幅を見て確信した。今は確か「ガセン」と名乗っているんだったか。

 ガセンは趣味の悪い椅子から立ち上がるなり、大股で僕の近くに歩み寄ってきた。

 丸太のような太い腕がのびる。ゴツゴツとした指先が僕の顎をつまみ上げ、乱暴に自分のほうを向かせた。


「久々の獲物だな」

「……顔を触るな」


 僕の言葉を耳にするなり、ガセンは愉快そうに顔を歪めた。


「おい!」


 僕を押さえつけている男の腕に力が入る。その痛みに、僕は少しだけ呻き声を漏らした。


「構わん。イキがよくて結構じゃねぇか。ここまできて強気な態度を改めないとは……なかなか対したやつだな」


 こんなやつに評価されても、嬉しくもなんともない。僕は顎を持ち上げられている事を利用して、周囲を見渡す。

 二十以上の男たちが、好色そうな瞳をこちらに向けている。たまに飛び交う野次が効果音になっていた。


「どうした、さすがに怖じ気づいたか?」


 周囲を気にする僕に気付いたガセンが、嘲笑いながらこちらを見下ろしていた。

 ――怖じ気づく? 馬鹿を言うな。確認していただけだ。まあ、誤解させておいた方がこのさき都合がいいかもしれない。僕は次の語句を吐き出す。


「女性たちはどうした?」


 ガセンを睨みつけながら問うと、男はほんの少しだけ意外そうな表情を見せ、そして次の瞬間にはどこか得心のいった表情を浮かべなおした。


「……成る程、お前、以前捕まえた獲物どもを探しにここまで来たのか。だからここいらをウロチョロしていた。違うか?」


 僕は無言で睨み続ける。

 ガセンの指摘は、間違ってはいない。ただ、正しいわけでもない。僕は肯定も否定もしなかった。


「やはりな。お前のような子供が一人でうろついていたなんて、あまりにもおかしいと思ってたんだ。どうせ獲物の家族かなにかだろう? 単独で探すとは不用心だったな」


 僕の無言の返答を、ガセンは自分が納得できる方向に解釈したようだった。それで納得がいくなら、勝手に誤解させておけばいい。そんなことより、僕は確認したいことがあった。


「女性たちをどこにやった?」

「おい! 口のききかたに気をつけろ!」


 先程と同じ質問を口にした途端、僕の背中から衝撃が走った。ギリギリと身体が地面に沈む。大量の酸素が口から逃げ出した。

 苦痛に顔を歪めていると、意外な人物が後ろの男の行動を制した。


「このくらい大目に見てやれ。勇ましくも単独で乗り込んできたんだ、その勇気には敬意を表してやらないとな」


 その言葉どおり、僕は苦痛から解放される。あくまで優位にいるのは自分だと考えているらしい。

 ガセンは僕を見下しながら付け加えた。


「女たちをどこにやった、だったかな? そりゃもちろん大切に扱わせてもらったぜ――」


 そこで言葉を区切り、ガセンは嫌らしく目を細める。


「――死ぬまで愉しませてもらったからな」


 そう言って、ガセンは下卑た笑いを浮かべた。

 周囲も一斉に笑い出す。今の発言が、こいつらにとっては堪えようもないくらい愉しい話らしかった。


「――下衆は救いようがないな」

「口を慎め!」


 また、うしろから怒声がとんだ。しかし僕はこいつの言うとおりにしてやるつもりなんて一切ない。


「おいおい、まだ自分の立場がわかっていないのか? いくらガキでも俺たちは優しくなんざしてやらないぞ――お嬢ちゃん」

「黙れ屑」


 僕はガセンに向かってそう一言吐き捨てるなり、ゆっくりと立ち上がった。


「てめぇ、どうやって……」


 後ろから、困惑した声が聞こえてくる。

 押さえつけていたはずなのに、どうして僕が自由に立っていられるのか。まわりから聞こえてきた別の声が、困惑する男の疑問に答えた。


「腕が……おいっ腕が!」

「ああああああ!!」


 指摘されてはじめて気付いたらしい男が、洞窟中に響き渡るような悲鳴をあげた。

 男の両腕は、折り曲げた肘の先から途切れてしまっていた。溢れ出る血液が足元に血溜まりをつくる。男は両膝からその場に崩れおちた。

 捕まえさせている理由はもはやなくなった。僕は強張った表情をうかべるガセンを見つめ、一歩前に足を踏み出す。


「……お嬢ちゃん、何者だ? ただの女じゃないな?」


 僕の足の動きに呼応するかのように、ガセンは数歩後退る。顔は笑みの形に歪んでいたが、肌には冷や汗が噴き出していた。


「お嬢ちゃん呼ばわりはやめてくれ。あと、女というのもやめてほしいな。僕にはジェイという名前がある。呼ぶならその名で呼んでくれ」

「わ、わかった……、わかったからそれ以上近付くな!」


 今までの優勢ぶりはどうしたのか、ガセンはよろよろと壁際まで後退り、待ってくれとでも言わんばかりに両手を広げた。

 奴の言葉に従うつもりはないが、僕はガセンと距離をとって立ち止まる。単純に近付きたくなかった。僕は「さて」と前置きして口を開く。


「ガセン――いや、本名は把握しているよ。君はクーザル国から脱獄してきた死刑囚、ルベンズ・アトファだ。一応確認しておくけど、君がルベンズで間違いないね?」


 答えを出し渋るガセン――いや、ルベンズに一歩近づくと、彼は慌てたように首を縦に振った。


「そ、そうだ。俺がルベンズだ……」


 僕はそこで足をとめて、もう一度問い掛ける。


「君たちが捕らえた人間はここに居ない。間違いないね?」


 ルベンズが再び頷いたのを確認して、僕はため息を吐き出した。

 連れ込まれた時に確認している。この洞窟は単純な横穴になっていた。だからこいつら以外の人間が居れば、すぐに気付けるはずだった。だが、洞窟の中にはこいつら以外の気配は存在していなかった。

 奴の発言から考えても、それは最悪の結末を示している。行方不明者の死――そういうことだろう。


「……僕はこの国から遣わされた者だ。君には処分命令が下されている」


 そう教えてやると、ルベンズの顔が一段と強張った。

 恩赦などかけるつもりはない。僕は更に一方的に告げる。


「救いようがないな。せめて女性を生かしておいたら、痛みを感じさせずに逝かせるつもりだったのに。どうやらそうもいかないらしい」


 僕が片手をかざすと、ルベンズは「ひいっ」と息を呑んだ。今の仕草で、このあと何をするのかを察したらしい。僕は追い討ちをかける。


「さよならルベンズさん。恨むなら自分を恨んでよ」


 周りを囲む雑魚たちは、固唾をのんで僕たちを見つめていた。

 僕は頭の中で魔導式を編む。

 ――その瞬間。


「――!」


 僕の立っていた地面が、耳障りな音を立てて大きく口を開けた。


「……はははは! 馬鹿め、油断したな! そこは奈落の入り口になってるんだ、恨むなら自分の愚かさを恨むんだな!」


 僕の身体は穴の底に吸い込まれていく。

 してやったりといったルベンズの顔が視界から消え、続いて馬鹿みたいな歓声が響き渡った。

 なるほど、さっきの殊勝な態度は演技だったのか。これで情けをかけてやる必要はまったくなくなった。まあ、最初からないけど。


「悪知恵ばかり働く雑魚か。こんな奴が僕の手を煩わせるだなんて笑える話だ」

「なに!?」


 僕の下方に、驚いたように目を剥くルベンズの姿があった。顔を真っ青にして目を白黒させている。勝利の余韻から醒めたのだろう。実に下らない寸劇だった。


「今ので僕を出し抜いたつもりなんだろうけど、詰めが甘いよ。ガキ相手だからって油断しすぎなんじゃないかな」


 僕は落下する寸前に浮遊魔法を唱えていた。

 ルベンズが不自然に後退りした時点で、仕掛けがあることはわかっている。というか、誰も僕に襲いかかってこなかった時点で、今の展開は想像できたのだが。

 ――男たちは宙に浮かぶ僕のことを、呆然と見つめていた。僕は魔法を解いて地面に降り立つ。


「――ァァァァア!」


 先程の腕をなくした男が僕に向かって襲いかかってきた。それを筆頭に、雑魚どもが一斉に動き出す。

 これだから数だけ多いやつらは嫌いなんだ。数さえ優れば勝てると思っている。ましてや相手が一人――それも、やつらの好きな女が相手だと。

 僕は炎の魔導式を頭の中で編み、呪文とともに解き放った。

 前方の男たちが火だるまになりながら呻く。

 僕はたじろぐ男たちを一瞥し、続けてルベンズに視線を向けた。


「……やはり貴様、魔導士か。姑息なわざを使いやがって」


 お前がそれを言うのか。自分を棚上げした発言に、僕はうんざりと息を吐く。

 いつの間にかルベンズの手には槍が握られていた。素直に処分されるつもりはないらしい。まあ、そりゃそうか。


「抵抗したければするといいよ。まあ無駄だと思うけど」

「はっ! この槍は耐魔法の効果が施されているんだよ。所詮は女子供のやることだ、魔法が通用しなければどうってことはない!」


 ルベンズが勝ち誇ったように吐き捨てる。

 どこまでも女子供を下に見ているんだな。まぁそれは別に構わないけど、こういった態度は鼻につく。

 こいつには現実を教えてやったほうがいいのかもしれない。僕は風の魔導式を編んだ。


「……耐魔法がなんだって?」


 魔法の発動とともに、ルベンズの手にした槍が音を立てて散らばる。

 ルベンズは驚愕に目を見開いた。

 耐魔法武器が「魔法」で壊されたことを信じられずにいるのだろう。なにも知らないようなので、僕は親切に教えてあげる。


「耐魔法を施した道具は確かに魔法を打ち消す効果を持ってるけれど、その効果は付与した術者の力と比例するんだよ。つまり、その槍を作った術者より相手が強ければ、効果なんて意味がないんだ」


 ルベンズは手の中に残っていた柄を落っことした。

 力をもつものは、その力に奢りすぎてはいけない。力の使い道を誤ってはいけない。

 ここにいる男どもは、力を持たない女たちを虐げ、命を奪った。僕は正義感など持ち合わせていないが、こいつらのやり方は気にくわない。


「……思い、出したぞ」


 追い詰められておかしくなってしまったのか、ルベンズは口元を笑いのかたちに歪めながら徐に呟いた。


「なにを?」


 一応聞いてやると、ルベンズは愉快そうに笑いはじめる。


「ジェイ……貴様、ジェイと名乗っていたな! 思い出したぞ、クーザルで噂になっていたあの話……。ジィタ王国では大量の魔導士を飼い慣らしながら、その裏では暗殺専門の組織をつくり、邪魔な人間を抹殺しているという……まさか本当に存在していたとはな!」

「……へぇ」


 僕は適当に相槌をうつ。


「知っているぞ! 貴様はジィタ王国、三人の高位宮廷魔導士のうちの一人「J」だ! まさか本当に暗殺を行っているとはな!」

「それを知ってどうしようっていうんだ?」


 そこでルベンズは勝ち誇ったように胸を張る。


「馬鹿め、それが表沙汰になったらどうなる? 国が率先して暗殺を行っていると知れたら――」

「……誰が表沙汰にするんだ?」


 ルベンズの台詞は、そこで終了した。

 刹那、ルベンズの首がゴトリと音を立てて地面に落ちる。身体の方は大量の血液を噴き上げながら、ゆっくりと地面に沈んでいった。

 馬鹿馬鹿しい演説など聞きたくもない。もっと苦しませても良かったのだが、奴の聞くに堪えない発言をもう耳にしたくなかった。


「さて、と」


 痙攣するルベンズの胴体から視線を外し、背後で固まっている雑魚のほうに向き直る。ひぃ、といたる所から声があがった。

 金縛り状態から抜け出した男たちは、出口に向かって一斉に走り出す。

 統率者を失った集団など、取るに足りない存在でしかない。しかし、このまま放っておく訳にもいかないだろう。

 さて、出口に向かったといっても、脱出するまでにはそれなりの時間がかかってしまうだろう。その前に手を打たなければならない。

 僕はゆっくりと息を吐き出しながら、高位魔導式を編み始める。さすがに長距離は無理だが、この洞窟内程度の距離ならば、僕の扱う転移魔法でどうにか脱出できる。

 編み上げた魔力を解放すると、僕の身体は瞬時に洞窟の入り口に移動した。男たちの姿は見当たらない。出し抜きに成功したようだ。


「……蟻の巣には水を、だったかな」


 僕は洞窟内に手をかざしながら、水の魔導式を編んだ。


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