第九話 目撃
短いです。
新年の祝いが近づき、最近スリが横行しているという三番地の見回り任務にその日、元衛兵隊のジャクリード・コルドンは“実技任務”として就いていた。
陛下からの密命で「中央学術院」での潜入任務を受けて衛兵隊を辞め、ジャクリードの親戚ジャック・コルドンとして学術院に入学してから8カ月が経つ。今までの古巣である衛兵隊には厳しい箝口令がしかれていて、今日偶然捕まえた盗人を衛兵に引き渡しに行った時も、衛兵達はジャクリードを見知らぬ学術院生として扱った。
(ッハハ、“ご苦労”ってか…アイツらめ覚えてやがれ)
元同期の少し芝居がかった威張りぶりに思い出し笑いしながら、近道の路地を歩いていると、付近からなにやら男女が争っているような声が聞こえた。
「振られたのにしつこい男は嫌われますよ」
その直後、凛とした声が響き誰かが仲裁に入ったのがわかった。
(ずいぶんキザな男が助けに入ったもんだ)
そう呆れていると、次に聞こえた言葉に慌てて走り出す。
「城下での抜刀は……禁じられています…」
(おいおい、マジかよ)
剣を持った奴が相手ではいくら何でも分が悪かろうと、細い路地の角を二つ曲がり駆けつけようとしたところで、同じ学術院の制服を着た蜂蜜色の髪の男が相手の男の腹に一発警棒を打ち込んでいるのが見えた。
(ウチの生徒かよ)
相手の剣を奪ったキザな男に妖艶な女性が抱きつくのをジャクリードは物陰で舌打ちしながら見た。「レイ」と呼ばれた男は、慣れたように泣いている女性の背を優しく叩きながら慰めている。
(カァッ~、どこのどいつだよ!隣のクラスか?)
それから二人の甘い会話は続いたが、ジャクリードの居る位置からはちょうど男の顔が見えない。ジャクリードは絶対男の顔を見てやるとその物陰に粘った。
別れを告げそのまま向こうに歩き始めた男は、女性の強がりにしか聞こえないセリフに驚いたように振り返り、誰をも魅了するような笑顔でウィンクした。
「絶対幸せになってね」
(レイド・ソレノール!!??)
滅多にお目にかかれないような美貌を持ち、トップの成績で試験をパスし入学式では見物に来ていた貴族達がいる前での堂々とした挨拶、秀才にして武芸も秀でている隣のクラスの完璧男。
(アイツ、笑顔なんて出来たのか?ってか、ああ見えてタラシか?)
今まで何度か見かけたレイド・ソレノールは冷たく、誰かと話している時でさえ何の感情も顔に浮かべてはいなかった。スタスタと歩き去るレイドをジャクリードは赤くなった顔を無意識に撫でながら呆然と見送った。同じく呆然としていた女性は、もうほとんど見えなくなったレイドの影に「レイのバァ~~~カ」と叫んでいる。
先程から呼ばれている「レイ」と云うその響きには覚えがあった。同じ蜂蜜色の髪、エメラルド色に輝く瞳、中性的な美貌。
(う~ん、何だっけなぁ……。レイ、レイ…)
ジャクリードは思わず唸りながらその場にしゃがみ込んだ。
と、そこへ歩き始めたシャルロットと呼ばれていた女性が通りかかる。
「何よ、アナタ。学術院生?ち、違うわよ、レイは暴漢からアタシを助けてくれただけなんだからね」
学術院一年目の生徒は、任務以外のことで外部と直接関わってはいけないのはジャクリードも知っている。シャルロットが虚勢を張っているのは今まで経緯を見たジャクリードにはバレバレだった。レイド・ソレノールは成績優秀ゆえに妬まれて女性関係について密告される可能性があると注意すると、今まで警戒していた瞳をパチクリさせ、素直に礼を言ってきた。
「ありがとう、見逃してくれて。でも本当にそんなんじゃないのよ。レイはちょっと危なっかしいから、出来れば良い友達になってあげてね」
友達になって……その言葉がまた嫌に耳に引っ掛かる。
[それじゃあ、私の友達になってくれるか]
(そうだ、あの時の綺麗な少年)
ジャクリードは十年以上前の母親が弟を妊娠していた頃、母親は体調を崩す事が多く実家から離れた祖父母の家のあるイリノエ村に預けられていたのだ。そこでやんちゃの限りを尽くし新しく現れたガキ大将の名を村中の子供達に知らしめていた頃、突如現れた蜂蜜色の髪の綺麗な少年が毎日ジャクリードに決闘を申し込むようになったのだ。
次話は来週投稿予定です。