第八話 巡回
剣を使った実戦授業が始まってから更に三カ月が過ぎ、レイシス達は授業以外に実技任務もこなすようになった。実技任務は、学術・武術の両方にある。
学術による任務は、国に上げられる色々な街や村からの簡単な書類不備や経費計算等のミス探しや、劣化しつつある書籍の書き写し作業などである。
武術による任務はまだ一年目という事で帯刀する事は許されず、警棒を持っての比較的安全な地域の見回り作業、ぬかるんだ道の舗装作業やレベルの低いギルド任務などであった。それぞれ合わせてこの一年目で50以上の任務を達成が義務付けられている。
任務をこなして、ここの学費を払えなかった者はをその返済を行い、なんとか親が払ってくれた者も実家に仕送りをするのだ。皆出来るだけ数をこなそうと必死だ。
だが、レイシスは緊張が緩んだところで怠けはじめる生徒がいないことを不思議に思っていた。
「進級単位を取れなかったり、途中退学をすると、学費に債務のある者は残金分の強制労役だぞ。無理そうな奴は、説明を受けた入学前の段階で断ってるっつうの」
その疑問を、偶然同じ任務に就いたガイルが笑い飛ばす。ライザールは自身が賭に出た代わり、そのチャンスを得た者にもその責任を与えているのだ。
(しかしこれぐらい枷をつけないとこの計画は一気に赤字になるんだろうな)
その日の任務は、最近スリが増えていると言われる観光街となっている城下三番地での見回りである。新年の祝いが間近に控えている所為か混雑し動きづらいため手分けして見回り、一時間後時計塔の正面で待ち合わせをすることにした。
表通りを曲がり、細い路地に入ったところで争うような不穏な声が聞こえた。
「もう、アンタしつこいよ。これから仕事があるんだ」
「なに急いでんだよ。金なら出すって言ってんだろう。もったいつけるタマでもないだろうに」
男に片手を捕まれていた女性はとっさに、平手打ちを食らわす。
「バカにすんじゃないよ!!」
「ふざけやがってっ!」
叩かれた男は激昂し、女をねじ伏せようとしたところにレイシスは警棒を構え飛び入った。
「振られたのにしつこい男は見苦しいですよ」
元々酔っぱらい赤かった顔をさらに燃やして男が剣を抜き向かってくる。
「恰好つけやがって、優男が!!」
「城下での抜刀は、騎士衛兵以外は禁じられています。剣は城に預けますので、反省の後取りに来てください」
そう言って、相手の攻撃をかわすと腹と利き腕に警棒を一発ずつ打ち込み気絶させた。警棒を腰に戻し、相手の剣と鞘を奪おうとしていると、襲われていた女性が腰に抱きついてきた。
「レ~~~~イ」
誰かと思って顔を見ると五番地の飲み屋で人気の赤毛のシャルロットだった。
「レ~イ!レ~イ!レ~~~イ!!」
シャルロットはなおも力強くレイシスに抱きついてくる。
「ああ久しぶり、シャルロット。怖かったね?怪我はなかった?」
困った笑顔でそう聞いても、シャルロットは「レイ」の名前を連呼している。シャルロットの背中をポンポンとたたいて、少しでも落ち着いてくれるのを待っていると、終いには泣き出してしまった。
「だって、だって、レイが五番地に全然姿を現さなくなったから。もしかして死んじゃったのかと思って・・・」
子供のように泣き始めたシャルロットの頭をレイシスは優しく撫でて謝った。
「たくさんお世話になったのに、不義理をしてごめんよ。急に色々決まって準備が忙しくて、挨拶に行けなかったんだ」
「ううん、お世話になりっぱなしだったのは、私たちの方だもん。その制服、いま学術院にいるの?」
「そう、でも在学1年目は任務に関する事以外で直接外部と話すことは許されないんだ。だから、今度手紙書くよ、みんなにも」
シャルロットの目にかかった前髪を優しく除けると、エメラルド色の瞳で微笑む。シャルロットは顔を真っ赤にしてレイシスの背中をポカポカ叩き抗議する。
「そんな優しくされたら、惚れちゃうんだからね」
「フフフ、ごめんごめん。でも、任務中だし綺麗な女の子と楽しく話してたら怒られちゃうんだ。手紙書くよ。変なのに絡まれないように気をつけてね」
手を振りきびすを返したレイシスに、シャルロットは大声で宣言する。
「レイが卒業する頃には、もう誰かのお嫁さんになっちゃってるんだからね。後悔するわよ」
振り返ったレイシスは目を瞬かせてから艶然と微笑むと、相手の笑顔を誘うようにウィンクする。
「うん。絶対幸せになってね」
(ガイルとの待ち合わせの時間までにもっと西の方まで回らなきゃ)
ある程度怪しいところの目星をようと考えたレイシスは、久しぶりの再会に高揚した気分を切り替えると暗く蔭った路地裏を歩き始めた。
*****
ガイルとの待ち合わせ場所に着くと、まだ時間には少し早かったようでそこで少し待つことにした。時計塔の前は多くの人の待ち合わせ場所になっているのか、思っていたよりもたくさんの人で混み合っていた。見回していると、通りの向こうの喧噪の奥にチラリと濃紺の制服が見えた気がした。
(あれ、ガイルじゃないか?)
レイシスは通りの裏に消えたガイルらしき人影を、横切るたくさんの人を避けながら追った。しかし、もう既にそこにはガイルらしき姿はなかった。
(見失ったのか?)
用心深くその付近の路地をさらに奥へ進むと、数名の男たちの剣呑な声がした。
「なぁ、おい。ガイルちゃ~ん」
「品行方正に生まれ変わったガイル君はもう俺たちの事なんてどうでもいい訳?さんざん今まで面倒みてやったのに、それってないんじゃね」
恨みがましい事を言いながら肩を組んだりしてくる20代位のどう見ても観光街には場違いなだらしない格好をした男たちに、ガイルは軽薄そうな目で見返している。
「感謝ならしてるよ?でもあのまま下層地区で好き放題やっててもさ、あんま未来がなさそうだし」
「なにそれ?俺たちが終わってるって事?」
ヘラヘラしながらも明らかな拒絶を示したガイルに、ヒクリとゴロツキのような目をした男が不快を露わにした。
それでもガイルはのらりくらりとかわしている。
「そんなこと言ってないよ。アンタ等が満足ならいいんだ。ただ、俺は真っ当な道に行けそうなチャンスがあったからそっちを選んだだけで」
「なんだと!」明らかに馬鹿にされているような台詞に憤慨した一人がガイルの襟首を掴むが、別の一人が「まぁまぁ」と取りなしている。
「あれだよな?真っ当な道に戻ったと見せかけて、これから色々こっちに都合してくれるんだろ」
取りなした男が下卑た目をしながらガイルの襟元を直しつつ畳み掛ける。今までヘラヘラと笑っていたガイルは、それを真顔で断った。
「いや、もうアンタ等とは終わっている。今まで世話になった分だって精算が済んでいる。もうアンタ等に絡まれるいわれはねぇけど?」
その場は一瞬凍り付き、一気に男たちの怒りによって溶解し蒸発した。
「このヤロウ、ふざけやがって。端金と汚ねぇ指くらいで精算できるか!」
「散々俺たちに染まっていたお前が今更抜けられる分けないだろ! 」
「真っ当な道だって?そんなもん俺たちやお前には関係ない道なんだよ! 」
怒りの膨らんだ5人の男たちにガイルが囲まれかけた時、様子を見ていたレイシスが「そこまでだ」と声を上げて、警棒片手に走り寄った。男たちが気を取られた隙に、ガイルも腰の警棒を手にする。
「あんたたちがどんな道を行こうと構わなが、ガイルの足を引っ張るのは止めろ。道連れに出来ない事がそんなに悔しいのか」
呆気にとられていた男たちも懐からナイフを出し振り出してくる。それを警棒で受け止めつつも、急所を攻めどんどん昏倒させていく。一際体の大きい奴とレイシスが対峙した時、ガイルが「ソイツは投剣を使うから気をつけろ」と言った途端、男は左手で小刀を次から次へと短刀を警棒で押さえ込んでいたレイシスに投げてきた。レイシスはそれを避けつつ飛び上がると、背後へ回り頭に跳び蹴りを喰らわした。
「授業のおかげかな。俺がコイツ等の一人でも倒せるなんてな」
ガイルが荒い息を吐きながら呟いた。
「今まで1対1でも勝てなかったのか? 」
「ああ、小さい頃から絶対の存在だったしな」
「よく囲まれた時、あんな怒らす様な態度に出られたな」
今まで勝てなかった相手5人と争うなど無謀すぎる。呆れたように言うと、ガイルはニヤリと笑った。
「もうあんな生活はイヤだしな。それに、物陰から武術トップ成績の優等生様の姿が見えていた」
レイシスが助けに入ることは予想済みだったようだ。
(何故私が助けると思ったんだ?)
あの日、出来るだけ同級生達と誠実に関わり、城では知りえない問題や実態をライザールに報告しようと考えたレイシスだったが、今までの冷たい態度を急激には変える事が中々出来ずにいたのだ。首を傾げて考えているレイシスに、ガイルは面白そうに言った。
「お前さぁ、自分がクラスの奴らにどう思われているか知ってる?」
「?」
何だというように眉をひそめつつ、倒れた男たちに縄を掛けていく。ガイルも他の男を縛りながら楽しそうに言う。
「究極のお人好し♪」
「なっ?!」
(バカって事か?私はバカだと思われていたのか)
内心傷付いたレイシスは、その後のガイルの呼びかけを無視して、ゴロツキの男たちを纏めてから衛兵を呼びに行った。
「ちょっと、レイド!何で無視するんだよ」
駆けつけた衛兵たちに、ゴロツキ達と先ほどの酔っぱらいから奪った剣を渡し報告したところで任務終了の時間になり、学術院へ帰っていく。
「おい、途中まで一緒に帰ろうよ。拗ねちゃったのかな、レイドちゃ~ん」
早足で歩くレイシスを、愉しげなガイルがステップを踏むように追いかけた。