第五話 入学式
無事試験に合格したレイシスは、入学式の前々日に荷物を持ち入寮することとなった。
届いた入学説明の書類には、『入学式での第1期新規生の代表としての挨拶をお願いする』と書かれたものもあった。試験的実施と言いながらも堂々と“第1期”とするところが既に学術院の継続が決定事項と言わんばかりで、ライザールらしいと笑ってしまう。
また、試験で首席の成績修めたレイシスには、特別に寮の個室が与えられる事も書かれていた。
(兄上、そういう説明は事前に聞いておきたかったです)
今まで様々な学問について専任の教師に教えを受けていたレイシスは、成績で目立つのを避けるため筆記試験でいくつかわざと間違いの解答を書いていたのだ。調子に乗ってもっと間違った答えを書いていたら、二人部屋になっていたかもしれない。目立つのと一人部屋のどちらを取るかと聞かれれば、迷わず後者を取る。
学術院の寮は修道士達の寮として使われていた西館がそのまま使われ、基本的に二人部屋で風呂は時間別で共同風呂を使う事になるが、一人部屋のレイシスには有難い事に風呂付きの個室が与えられるようだ。
(それすら兄上は計算済みだったのだろうか)
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これからしばらく私室として使う事になるレイシスの部屋はとても質素なものだった。
持ってきたトランクの荷物をようやくしまい終えると、暖炉用においてあった薪の半分を風呂釜にくべ、女の姿に戻り風呂に入った。
(しっかりした鍵も付いているし、やはり風呂と寝る時ぐらいは女の姿が落ち着くな)
やっと人心地付き、本でも読もうかと思っていると、扉から控えめなノックの音が響いた。再び手で空を切り男姿に変えると、一度鏡で自身の姿を確認してからドアを開る。
部屋の前には、なにやらぞろぞろと色褪せたサイズの合わない同じ孤児院と思われる制服を着た学生5人も集まっていた。
(同じ孤児院からこれだけの人数が入学できたのは凄いな。誰か教える人間がいたのだろうか)
そんなことを考えながら、「何か用か」と聞く。その中でも一番幼い顔をした生徒が風呂の時間だと呼ばれて見よう見まねで風呂に入ったはいいが、その後どうしたらいいか分からないと答えた。
見れば全員、髪がびしょ濡れでどこか震えていた。春とはいえ夜はまだかなり冷える。彼らは今着ている服と与えられた新しい制服しか持っていないらしい。
(暖炉の使い方を知らないのだろうか)
「風邪を引くぞ」
そう言って部屋に招き入れ暖炉の使い方を説明しつつ、残っていた半分の薪を暖炉にくべ火が付いたのを確認する。彼らの話によると、孤児院では火の取り扱いはシスター以外禁止になっていて、マッチすら持っていないらしい。当然日の暮れた今、彼らの部屋は寒いだけではなく真っ暗だろう。
チェストから余っているタオルとシャツを出し、これで拭けとばかりにそれぞれの頭に乗せワシワシやっていると、一番背の高い青年が戸惑ったように「汚れるぞ」と言った。
「風呂に入ったなら綺麗だろ。シャツは干せば朝には乾く」
かまわずその青年の頭にもシャツを乗せ拭いた。
(なんだか五番地の子供たちを思い出すな)
それから話を聞き、彼らにおそらく足りていないであろう物をメモに書き留めると、先程の一番背の高い男に明日のできれば早いうちに寮の管理人に渡せと伝える。支給されるまでのマッチはこれを使えと、机に仕舞った余分にあるマッチ箱を取り出し「取り扱いに注意しろ」と念を押して渡した。
冷え切った5人は柔らかな炎を囲み、しばらく手を伸ばして暖炉にあたっていた。がらんとして冷えていた部屋は、人が集まっている所為か思いのほか早くに暖まっていく。
「ある程度暖まったら、自室の暖炉を使え。就寝時や外出時には火は必ず完全に消すように」
レイシスは読んでいる本に目を落としつつ、火事になれば学校どころじゃ無くなるぞと釘を刺した。
それから半刻も過ぎない位でほとんどの生徒が自室へと戻っていった。
まだ残っている人の気配に本から目を上げると、先ほどのメモを渡した背の高い青年が一人立っていた。気付けば、貸したタオルやシャツが綺麗に干されている。
「俺はダリルだ。ありがとう、助かった」
それだけ言うとダリルは部屋を出ていった。
急に一人きりになった部屋は、ずいぶんと広く感じた。
(それにしても、どうして私の部屋に来たんだろう)
その謎は考えても分かりそうもない。明日は休日なので予備の薪を集めなければと頭を切り替えた。低予算のこの学校では薪を補充してくれそうな人員がいるとも思えない。
(暖炉を使うと眠くなっちゃうんだよね)
パチパチと暖炉で火が燃える音を聞きながら、徐々に暖かさから眠気を誘われ火の始末をしてからベッドに就いた。
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それから二日後、本院である中央棟へ登校してきた生徒達は、寮で風呂に入り、与えられた真新しい濃紺の制服を着ている所為か、どういう出自の者か試験の時ほど分かり難くなっていた。
礼拝堂を使って執り行われた入学式には意外にもたくさんの人が集まった。学生や教師以外に誇らしげな学生の親兄弟や地方から訪れた領主、色々な思惑で偵察に来たと思われる貴族達の顔まであった。
(貴族の誰が来ていた後で兄上に報告しよう)
学術院の現場責任者となるトラファイル男爵の挨拶に始まった式は全てが滞り無く過ぎ、レイシスも無事壇上で自分の挨拶を終えた。
式が終わり、廊下に貼り出されるクラス分けを見に行こうとしていると、大きい影が目の前に立ち塞がった。
「おい。やっぱりお前受かったのか」
誰だと目線を上げると、入試の時追い出されそうになり跪いて謝っていた目付きの鋭い男ガイルだった。ガイルは、面白がるような顔をしてレイシスを見ている。
「俺みたいなのに話しかけられるのは迷惑か」
「いや別に」
素っ気なく答えたレイシスはそれで何か用かと促すと、ガイルは曖昧な笑顔を浮かべる。
「いや、試験の時のお前の一言が意外に気に入ったから声を掛けただけだ。俺はガイル、今までは港街のサンスーンの一角で街頭ギャングの中の数名のガキ達を纏めてた」
「私はレイド・ソレノール。今までは城下でギルドの任務を受けていた」
レイシスの言葉にガイルは意外そうな顔をしたが、右手を出し握手を求めてきた。レイシスは表情を変えずに左手を出しそれに答えた。
「もうちょっと、新しい友達に笑顔とかないワケ?」
ガイルは灰色の瞳を軽薄そうに瞬かせてそう聞いてくる。
「そういうのは他のオトモダチに求めてくれ」
握っていた手を離そうとすると、グッと引き寄せられレイシスの耳元で囁く。
「さすがは新入生代表者様だ。他の生徒も声をかけようと機会を狙っているみたいだから、俺はこれで失礼するよ」
ガイルは手を離すと、ホール出口に向かってスタスタと歩いて言った。ガイルの言った通り、周りを見渡すと何人か生徒が集まっている。
(代表の挨拶で目立ってしまったせいかな)
レイシスは悪いと思いつつもそれを無視して、クラス分けが貼り出されるという廊下に向けて歩きだした。
(レオナルド達が言っていたジャックとか云う衛兵の顔も確認しておかなきゃ)
次話の投稿は来週です。