第三話 試験
それから数日後レイシスは、城下街より北に下った今は使われていない寺院にいた。その寺院は十数年前に犯罪の温床になっていた場所で、司祭をはじめとする主犯格が捕まって以来、国に没収され戦争のあった頃までは地方から集まった兵士たちの兵舎として使われていた。
そして、今回ライザールの指示の元、中央学術院の施設として入学試験が行われることになったのである。建物自体は少し古びている物の、本館・西館・東館の三棟からなる建物も広い敷地も、実績が無く予算の少ない「学術院」には十分といえた。
そこには14~20歳くらいの若い男達が集まっていた。街の商人の息子らしい割と小綺麗な服を着た者、孤児院からきたと思われる古びた制服を着た顔色の悪い者、明らかに不潔で浮浪者もしくは、目つきや人相が険しくふつうの生活をしていないであろう者もいた。
「おっと、危ない」なんて言ってちゃっかり相手の財布をかすめ取ろうとする者までいる。
(大丈夫なんだろうか。学校がどう言うものか分かってここへ来ている者はどのくらいいるんだろう)
レイシスはその盗人に足を引っかけ、財布を取り返しスられた相手に返してやると、まだあどけなさの残る盗人はものすごいスピードで逃げていった。
あの夜、ライザールは学校を作りたいと言った。
学びたい・鍛えたいと思い、努力することを惜しまず能力を伸ばす者ならどんな身分の者でも受け入れる施設だ。その名も『中央学術院』。
今城に集う貴族の中には、世襲によって甘やかされ大馬鹿者が増えてきている。しかも、その持てる特権を自己の利益のみに使って当たり前だと考えている者も多い。その上、親達が国の重要なポストに自分の息子達をと推してくる。
その一方、才能はあっても学ぶチャンスや選択が与えられることなく生まれてきた環境に埋まりもしくは堕ちていくのは国の不利益に他ならない。
そう考えたライザールの案は、半数近くの貴族議員に反対されたが、試験的実施という形で本来より小規模だが無理矢理押通したそうだ。そこへレイドとして潜入し、定期的に報告することがライザールから与えられたレイシスの任務だった。
今回、国の方々の地方から募集に集まって来たのは、およそ500人程で、今年の小規模募集では50人の生徒が選出される。試験内容はそれぞれの生活環境の公平性を考慮し、基礎体力による運動能力試験や一般常識・例題に基づく法則性から解く計算問題が出題された。ただし文字の読み書きすら出来ない者は、今までの各自の努力不足と言うことで試験を受けることすら不可とした。
(始まった試験に対する受験者の温度差は一目で分るな)
レイシスはそう考えてから、しかし熱意があれば能力も伴うというものでもないとも考えこの学術院がどういう物になるのか思い巡らせた。
「おい、お前らはもう帰れ」
突然、講堂内で少し騒がしかった後ろの方から試験管の冷たい声が響く。
「陛下は平等にチャンスを与えてくれるんだろ」
「俺達みたい家無しは駄目だって言うのかよ」
「うわぁ~、騙されちゃったの俺達」
少年の交る若い受験者達は狡賢くもライザールの名をまで出してふざけ半分で抗議している。
しかし、試験官は少しも怯まず、怒りのこもった冷眼を彼らに向ける。
「もう何度も警告したはずだ。いいからお前らは帰れ。やる気も無く来られたのでは迷惑だし、他の受験者の邪魔にもなる。試験にさえ真剣にやれないお前らなど、この学校に入る資格は無い。ほら立て」
他の試験官も手伝いにそこへ向かい、5人の受験者達は講堂から追い出されてゆく。終いには扉近くの席に座るレイシスにまで因縁をつけてくる。
「元からこういうお上品なヤツしか合格させる気無いんだろ」
レイシスは大人げないと思いつつも、彼らの僻み根性が鼻につき思わず毒を吐く。
「自分の出自を哀れんで欲しいのか?どう話を聞いたか知らないがここで受けられるのは施しではない。情けが欲しいなら教会の炊き出しにでも行け」
思わぬほど辛辣な言葉を投げかけられ、講堂内を沈黙が覆う。
「もういいだろ」と試験官が扉を閉めようとした時、追い出された受験者の中で年長者と思われる1人が跪くのが見えた。
「すみませんでした。もう一度チャンスを下さい」
試験官も仲間達もいきなりの行動に唖然としている。
「お願いします」またその目付きの鋭い若い男が頭を下げる。
しばしの沈黙の後「次は無いからな」その言葉を聞き、「ほら、お前らも謝れ。それで静かに試験を受けるんだ」男は仲間に促す。試験官もどうすると言うように扉の外にいる少年達に冷やかな目を向ける
「見損なったよ、ガイル兄!」
「なんでこんな偉そうなヤツに頭下げてんだよ!!」
「来て損した。バカバカしい」
「他の兄貴たちの言う事聞いとけば良かった」
散々ガイルという男を罵倒しバタバタと足音を響かせ帰って行った。
彼らも街では大人に蔑まれながらも、子供だけで自由に生きて来た意地はあるのだろう。ガイルは帰っていく仲間たちを悔しそうに見送ると、大人しく席に戻った。
レイシスはその様子をじっと見ていた。
試験や教えられる立場では当たり前の事も分かっていない受験者は、他にも途中で帰らされる。単純に大人や偉そうな人間に反発する者もいるだろう。
(今後の学術院の生徒の未来を明るいものとし、彼らの考えを変えてくれる事を祈るしかないな)
レイシスはその後の試験も難なくクリアし、最後に筆記試験の解答用紙を提出して、約一日かけて行った試験を終了し家路についた。
帰り道、レイシスは試験の出来云々ではなく、王家に生まれただけで学術・武術共に何不自由無く当たり前のように学ぶことが出来た自分はなんて幸せであったことかと考えていた。また時々、勉強の時間をサボり街に遊びに行っていた自分をおめでたい奴であったと悔いた。
今まで市民には受動的に知識を得る場など無かったのだ。
(出来うる限り学術院の成功に貢献し、国民全員が豊かな国を目指す兄上の力になろう)
夕日の沈む小高い丘で、レイシスはでそう固く心に誓った。
次話は来週の火曜日の投稿予定です。