第二話 仮初の居場所
「やぁ、レイド。昨日はキャロルの店で大活躍だったそうだね」
陽が西に傾き冷たい風の吹く五番街の市場を蜂蜜色に染めた髪を揺らし歩いているレイシスに声を掛けてきたのは、この辺りで育った若者ならいくら反抗期を迎えようともこの人の前では借りてきた猫のように大人しくなってしまうというこの道40年の八百屋の女店主だ。
「いいえ、暴れていたのは酔っぱらいやチンピラ崩れみたいな輩でしたからたいした事ありませんでした。おかみさんがあの場にいたらもっと早く片が付きましたよ」
冗談めかし笑顔でそう返すと、あんたも言うようになったわねと店主も豪快に笑う。
「前王の獅子王の絶対的の安心感も好きだったけど、今のライザール王もさすがと言うべきかな、本当感謝してるんだよ。ギルド制を採用してから粗暴な傭兵やら賞金稼ぎが街でデカい顔をして商売が出来なくなった」
ギルドでは加入希望者の経歴を管理し、あまり問題の起こす人間は登録する事ができない。また登録してからも何か規約に違反すれば資格を抹消され、短くても3年はギルドから仕事を受ける事が出来ない。
「まぁ、アリーズ姫が20も年上のゲイルランドの王様に嫁がされた時は、新しい王様はどんだけ冷たいのかと思ったけどね」
(確かに姉上の結婚の知らせに眉を顰めた国民も多かったようだが、貴族を抑えるには必要だったのだろう)
「まぁ、それが王家に生まれた宿命なのでしょうね」
レイシスは曖昧に笑って答えた。王女様なのに中年の男となんて…と女主人はまだ文句有りげに言っていたが
「それにしても、アンタまた報酬受け取らなかったんだって?」
と息子を叱るような顔で話題を変えた。
「あれは仕事と呼べるほどのものじゃありませんでしたし、それにキャロルさんには夕食と葡萄酒をごちそうになりました」
そう答えても主人に「アンタもそのうち所帯を持つんだからちゃんとお金取らないと」と心配顔をされ、レイシスは無碍にする事も出来ず困ったように首に手をやった。
その時、
「「「レ~~~~イ!!」」」
と、向こうから大声を出しながら派手なドレスを着た3人の女性が近付いてくるのが見えた。まだ明るいこの時間に彼女達に会うのは珍しいことだ。
「もう相変わらず明るいところで見ても綺麗ね」
「今日こそは絶対店に来てよね」
「いつ来てもすぐ帰っちゃうんだモン」
レイシスは賑やかな三人組に腕をとられすっかり囲まれてしまう。その様子を怪訝に見つめていた女主人は腕まくりをしながら間に分け入った。
「アンタ達、レイを誑かそうってのかい」
どうやら同じ街にいても面識があまり無いのか誤解があるらしいが、派手な三人娘は少し賑やかなものの夜の街で働き地方の実家へ仕送りをする家族思いの良い娘達なのだ。
しかし、さすがに5番地の肝っ玉母さんとも呼ばれる女店主に凄まれ、自由奔放そうな彼女たちにも緊張が走る。
「ヤダ、おかみさん!アタシ達はいつも助けてもらってる代わりに、レイに変な虫がつかないように防虫剤の役目買って出てるのよ。」
「そうよ。う~んと強力な防虫剤に殺虫剤」
(妖艶な彼女たちが防虫剤?)
レイシスは思わず固まってしまう。女店主も鳩が豆鉄砲食らったようにポカンとしてる。
「…っ。アンタ達、そんな綺麗な顔して防虫剤って。フフフ、アハハハ……でも、さすがに、ンフフ…殺虫剤はやめときな」
店主が吹き出すと、続けるように三人組もレイシスも笑い出す。ひとしきり各々笑いが納まると、三人組のリーダーともいえる赤毛のシャルロットが真剣な眼差しを女店主に向ける。
「でも、レイがいてくれるおかげで、私たちも店に酷い客が来たら堂々と断れるようになったの。行き過ぎのイヤラシイ事もハッキリ断れる。だから、レイには感謝の気持ちはあっても、騙そうとか誑かそうなんて気持ちなんて・・・。確かに街の人から見たらアタシ等は余所者で信用ないかもしれないけど」
そんな彼女の様子に女店主は頭を下げた。
「すまなかったね、余所者扱いするつもりはなかったんだ。なんだかアタシら市場の者だけがレイの身内みたいな思い違いをしてたようだ。飲み屋街の人達だって、同じ様に思っていたんだよね。レイが純粋で綺麗なもんだから、年上女に遊ばれてるのかと思っちまった」
素直に詫びてしんみり言うと、三人の女性達はドッと笑い「年上女は余計よ」と返している。
そんな会話を聞きながら、レイシスは昨晩兄に言われた事を思い出していた。
いつの間にかこうして自分を頼りにしてくれる事に喜び、温かく受け入られることで甘えていたのだ。しかしいつまでも自分の責任を放り出して、こんな事をいつまでも続けられていけるはずがない。
(遊んで来られた今までに感謝し、私には私の役目を精一杯こなさなければ)
一度目を閉じ決意を持って開くと、皆をやや突き放すようにこう告げる。
「しかし、私の本職はあくまでもギルドの任務処理です。来週から長期任務を受けたのでしばらく街を離れます。これからは五番地の皆で協力して自衛策を考えて置いて下さいね」
あくまでもいつもと同じ笑顔で。
レイシスは困惑を浮かべた表情の彼女たちに背を向け足早に歩きだした。
次は出来れば今週中に投稿したいと思っています。