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第一話 ―7―

 俺は、大切なことを忘れていたのだ。昨日の時点で気づかなければならなかった、本当に大切なことを。それを忘れていた、と気づいたのは、携帯にかかってきた一本の電話のおかげだった。いや、電話のせい、か。その電話の相手は、部長だった。

「もしもし」

 耳に当てた携帯から聞こえてきた部長の声は、若干申し訳なさそうだった。あくまで若干。

「すまん、佑介」

 そう前おいて、彼女はこういった。

「お前の家、よくよく考えたら、私たち誰も知らなかったわ。というわけで今学校にいるから、迎えに来てくれ」

「……」


 と、いうわけで、俺たちは今昨日と同じく灼熱の一本道を、汗を流しながら黙々と歩いている。由香を連れてきたのには、特に理由はない。あえて言うならば、俺が苦しい思いをして学校まで歩いて行っている時に、俺の家で、クーラーの効いた部屋で、のうのうとされるのが癪だから、だろうか。

「あついよ~……」

「俺だって暑いよ」

「帰りたい~」

「俺だって帰りてぇよ」

「もうだめぇ……。佑介くん水ちょうだい水」

「持ってきてない。すっかり忘れてた。あきらめろ」

「えええぇぇぇ……」

 半ば悲鳴にも似たため息を吐き出す。やめろ、よけい疲れが増すだろうが。

 昨日のうちに、俺の家までの道を説明しておけばよかったのだ。なんで忘れていたんだろうか。昨日の俺を張り倒してやりたくなる。

 後悔先に立たず、そんなことわざが頭に浮かぶ。でも、人間の心っていうのはそんなに単純ではないのだ。後悔したって何の意味もないってわかっていても、後悔することをやめられはしない。

「はぁー……」

 そして、深い後悔にはため息がつきものなのだ。そして、自己嫌悪も。あぁ、まったく。俺はなんてバカなんだ。

「……あー」

 空を見上げながら、由香は呟いた。

「このままじゃ干からびちゃう……。なんか面白いこと考えよ」

「面白いこと?」

「そう。なんかさ、暑さなんて忘れちゃうようなすごく面白いこと。なんかない?」

「結局人任せかよ」

 無茶ぶりもいいところだ。こんな思考能力が低下しているときに。

 それでも一応、何か話題のネタになりそうなことを探して、辺りを見渡してみる。……一面、田んぼ。青々と元気に育っている。他には、はるか遠くのほうに見える街並み。ネタなんか何一つあるはずも……。と、不意に目の端に何かが映った。

「……なんだ、あれ」

 世界を照らし出す太陽光線にも負けない強い輝きを放つ“何か”が、空にあった。くるくると回転しながら、その“何か”は、ゆっくりと地面へと降りているように見える。

 そんなに離れた場所ではない。あそこには……公園があったはずだ。

「なんだろ……。私にも全くわからない」

「行ってみるか?」

「うーん……。でも、部長さん達どうする?」

「どうせクーラーの効いた部室で待ってるだろうし、問題は無いだろ、きっと」

「それもそうだね」

「何がそれもそうだねだ、ドアホ!」

 ゴチン、と頭のてっぺんから鈍い痛みがじわじわと広がる。頭を殴られた、と分かったのは、何が起きたのかとあわてて振り返ったら拳骨を握りしめた部長がいたからだ。

「携帯で連絡すればいいだろ。私抜きで面白いことに首を突っ込もうとするんじゃない」

 彼女の後ろには苦笑いをしている久々寧先輩と、黒潮先輩もいた。

「なんで……」

「私たちもあれに気づいたからだ。あれ……魔方陣だぞ。それも特大の」

「え?」

「部室から見えたんだ。……ほかの奴に先を越されたくない。急ぐぞ」

 そういって、彼女は駆け出した。魔方陣に向かって一直線に。

「どうする? 僕たちは行くけど、もしかしたら危険かもしれないし、何なら見なかったことにしても……」

 久々寧先輩は気を使ってそう言ってくれたけれど。左を見る。そこには目を輝かせた由香。お伽噺だと思っていた、ファンタジーの世界へと繋がる道が、そこにはあるのだ。彼女が危険だからと言って、はいそうですかと引き下がるとは思えない。むしろ、どんなに反対しても、それを押し切って行ってしまうだろう。ならば、俺の選択肢も一つしか残っていない。

「行きます」

「私も行きますっ!」

「やっぱりそうなるか~。ま、じゃあ気を付けてね」

 そういって、彼も駆けだした。そのあとを、黒潮先輩が待ってくれよとあわてながら続いた。

「それじゃ、行くか」

「うんっ! 面白い事、起きたね!」

「正確には、面白そうなこと、だけどな」

 彼女の手をしっかりとつかむ。

「それじゃ、離すなよ。全力で駆けるからな」

「うんっ!」

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