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第一話 ―4―

 長い長い一本道。朝は陽炎立ち上る地獄の道だったのだけれど、夕方ともなるとそれは姿を変え、オレンジ色の光舞う幻想的な光景になっていた。空気中に浮かぶ埃が、太陽の光を受けてキラキラと光る。

「はぁ……。めんどくせぇな」

 そんな光景が目の前に広がっているからと言って、気分が上向きになることはあまりなかった。なんてったって、もう見慣れている。今更感傷的になることなどないのだ。

「まあいいじゃない。楽しそうだし」

「楽しそう……か?」

「うん。ワクワクしてるよ」

 目を輝かせながら、由香はそんなことを言った。……まあこいつは昔から、ファンタジー小説とか、そういうものに傾倒している節があったから、こういういかにもファンタジー部です、って活動は楽しいんだろう。俺も別にファンタジーは嫌いではないが……。

「ってか、テーマは『この町の神隠しの謎の解明』だっけ」

「うん、そだよ」

 この町……空見町は、神隠しの町として全国に知られている。なんでも昔、この町に住んでいた人全員が神隠しにあったことがあったらしい。結局、彼らが戻ってくることはなかったらしい。

 それがはたして本当のことなのか。それは知らないが。

 あ、そういえば。

「なあ、由香」

「ん?」

「昔さ、なんか話してたよな。この町の名前に関する秘密」

「ああ、うん。話したことあったね」

「どんな話だっけ?」

「忘れちゃったの? ひどーい」

 ぷうとほっぺたを膨らませてみせる由香。でも、それはすぐにひまわりのような笑顔へと戻った。

「しょうがないなぁ、忘れん坊な佑介くんのために、もう一回だけ話してあげるね」

 そう前置きして彼女は話し始めた。

「この町はね、一度名前を変えているんだよ。もともとは、『遠山町』っていう名前だったんだ」

「へぇ」

 繋いだ手をぶらぶらといたずらに揺らしながら、彼女は上機嫌に語り続けた。

「元は、特に何の変哲もない街だったの。名物もない、とりわけ目立つ要素もない、ね。強いて言うなら、海から近いくらい? といっても、車で十分くらいかかるけど」

「そうだな」

 この町から、神隠しという要素を無くして、改めて特徴を考えてみる。立ち並ぶ住宅街に、そこそこ広い畑。ほんのちょっぴりの潮風。……典型的な田舎町だった。

「でもね、ある日そんな何の変哲も無い町に悲劇が起きたんだ。それが……神隠し」

 昔、俺が中二病に侵されていたとき、この町の図書館の資料をあさったことがある。どの書籍にもそれは書かれていた。

明治十三年、空見大神隠。

 書籍によっては、実際に起こったとするものもあれば、別の要因で人々が消えたのを、神隠しとして処理したというものもあり、また、そもそも人が消えたということ自体が作り話であるというものもあった。

「遠山町にその時にいた人々だけが神隠しにあったってされている。だから、用事で町を離れていた人は災難を免れたし、逆に用事でこの町を訪れていた人は、巻き込まれてしまった」

 町一つから、人がある日突然姿を消す。そんなことが現実に起こったのか。もし本当に起こったのだとしたら、そら恐ろしいものを感じる。それこそ、超能力とか宇宙人とか、あるいは本当に神でもいなければ為しえないような現象だ。神隠しを認めることはすなわち、そういう非現実的な生き物の存在をも認めることになる。

 ただ、同時に楽しくも思うのだ。まだ、自分の知らない世界がこの世にあるかもしれない、ということが。

「当時の人々……特に、神隠しにあった人々と親しかった人達は、彼らを探していたるところを放浪したらしい。……それでも見つけられなかった。だから彼らは最後に、この町に戻ってきたんだ。いつ戻ってきてもいいように、彼らの居住を整えながら、彼らのことをずっと待ち続けた。そして夜になると、彼らは空を見上げて、いるかどうかも分からない神様に祈ったんだ。『大切な人を、返してください』ってね。だから、空見町って名前に変わったんだ」

「そういえばそんな話だったな」

 確か最後に聞いたのが小学校二、三年の頃だったと思うから、忘れてしまってもおかしくないと思うのだけれど、彼女はしっかりと記憶していた。確か、その話を彼女が親から聞いたと言っていたとき得意げに何度も話してきたのを、おぼろげながら覚えている。きっと、気に入っているんだろう。

「んじゃ明日はこの話を部長にしてやればいいんじゃないか? きっと喜ぶぜ」

「そうかなぁ?」

「神隠しの手がかりなんて、そう落ちてないだろうしな。それに、どんな些細な情報でも調べるとっかかりになるかもしれない」

「うーん……確かに。じゃあ明日話してみるね」

「おう」

 気づけば、いつも別れる分かれ道だった。次にここで待ち合わせるのは、秋に入ったころだ。きっとそのころは、夏休み中神隠しの謎を調べるために駆けずりまわされて、へとへとに疲れ切っているに違いない。下手すると、学校が始まったことに感謝しているかも。

「それじゃ、また明日。ばいばい」

 パッと手を離し彼女は手を振りながら駆け去って行った。彼女の姿が見えなくなるまで見送ってから、俺も自分の家へと足を進めた。


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