第一話 ―2―
「最近さ、ファンタジー部っぽいこと何もやってなくね?」
終業式が終わり、担任の半ば面倒くさそうなホームルームも無事に切り抜け、そして俺たちはファンタジー部の部室に集合していた。
夏の暑い日差しが部屋の中を焼いているというのに、この部屋の中がちっとも暑くない、それどころか少し肌寒いくらいですらあるのは、地球温暖化何ぞくそくらえとばかりに最低温度&強風モードでつけられた冷房のせいだった。しかし、その冷房の冷気にすら負けないほどに背筋を寒くしてくれる声が、今部室の中を飛んでいる。
「というわけで、夏くらいはファンタジー部っぽいことを何かやりたいと思うのだけれど、どうだろうか」
饒舌に、世間一般ではお誕生日席と呼ばれる場所で、行儀悪く椅子の上に立ってそんなことを言い出した少女。彼女は、我らがファンタジー部の部長、吉原 飛鳥だ。
「最近も何も、ファンタジー部っぽいことなんて一度たりともやったことなくね?」
「うん、確かに」
彼女の一番近くに座っている二人の男子、黒潮 冠谷と久々寧 翔太が、二人顔を見合わせてうなずき合う。
「こらそこ黙れ」
そしてすぐに飛ぶ恫喝。いわば、彼女はこのちっぽけな世界の神様なのだ。彼女に逆らう事は、誰にだって許されない。
二人が大人しくなったところで、コホンと空咳一つして、彼女は俺たちの顔をぐるりと見渡した。
「それで、何か意見はあるか?」
「海外のお城でも見に行きゃいいんじゃないですか? 一人で」
「途中までいいアイデアだと思ったんだけどなんで私が一人で行かなきゃいけないんだ」
「え、この中で夏の間ずっと暇なのって、部長だけですよ?」
「……ほう、それはどういう意味だ? 場合によっちゃただじゃおかないぞ?」
ゆらりと、彼女の周りを怒りのオーラが包み込んだような気がした。おっと、からかいすぎたようだ。面倒事になってもしょうがない。
「いえ、特に意味は無いですよ。冗談ってやつです」
「人で遊ぶな、馬鹿者!」
タタッと駆けよられ、拳骨一つを頭のてっぺんに落とされる。鈍い痛みが、まるで波紋のように体を駆け巡った。
うちの部長はいつもこんな感じだ。何か気に入らないことがあると、すぐに手が出る足が出る。ただ、からかった時の反応が割と面白いので、ついついからかってしまうのだ。それは彼女があくまで純粋でまっすぐだからなのだ。要するに、悪いことじゃない。
「……はぁ、佑介のあほうのせいで話がそれたが」
右手をプラプラとさせながら(どうやら彼女も痛かったようだ)、部長はまたお誕生日席へと座りなおす。汚ねぇ、あんたさっきそこに靴はいたまま立ってたよな。
「他に意見のある奴はいないのか」
シーンと静まり返る部内。そもそも、ファンタジー部らしいことと漠然に言われたって、具体的に何をすればいいのかなんてわかるはずもないのだ。久々寧先輩や黒潮先輩曰く、この部活は設立当初から、ずっとボードゲームやらカードゲームで遊ぶだけの部活だったらしい。本来ならまじめに活動するはずの初期の初期ですら、そんな感じだったのだ。この部活にはちゃんとした活動なんてないと言っても、過言ではないだろう。いやむしろ、ボードゲームやカードゲームで遊ぶことそれ自体が活動内容と言ってもいいのではないだろうか。
そんな部活にしておきながら、新しい活動を部員に迫るのは身勝手というものだ。新しい活動をしたいならば。
「部長が意見を出すべきだと思いまーす」
「……うーん、まあそうなるか。仕方ない、ならば私が何かほかのファンタジー部にはない、空見高校ファンタジー部独特の活動を提言してやろう!」
他の学校にファンタジー部なんて酔狂な部活はねーよ、とか突っ込む間もなかった。またもお行儀悪く、ぴょんと立ち上がって椅子の上に飛び乗り、今度はさらにお行儀悪くテーブルの上に右足をドンッと乗せ、そして彼女は宣言した。
「この夏休みを使ってこの町の神隠しの謎を、解き明かす!!」
ピシャーン! と、その場に雷が落ちたようだった。まさか、本当にまともな案を考えているとは思わなかったのだ、この場にいる誰もが。
俺含め、全員がポカーンと口を開けたまま、彼女の事を見つめる。俺たちが衝撃を受けているそんな様子を見て、彼女は勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
数秒後、黒潮先輩がゆっくりと口を開いた。
「見……見えt」
「死ねっ」
トンッと軽く右足に力を籠め、彼女は宙へと跳躍し、そしてそのままの勢いで黒潮先輩の脳天へと踵を落とす。彼女の足は見事に弧を描き、そして軽い音と共に目標を打ち抜いた。
「ぐはっ!?」
椅子ごとぐらりと傾ぐ体。そして盛大に音を立てて、彼はひっくり返った。
「悪即斬。悪として生まれてきてしまった事を後悔するがいい」
「……相変わらず飛鳥は大胆だね」
「中途半端は嫌いなんでな!」
久々寧先輩の言葉を断ち切るようにスパッとそう言い切って、それから彼女は俺の顔を見た。目が合う。あ、なんかすごい嫌な予感がする。
「というわけで、明日は作戦会議だ。場所は、お前の家でいいな?」
「え、なんで」
「お前が私に案を出させたんだ。だったらお前もそれなりの対価を支払うべきである。以上」
論理が崩壊している。めちゃくちゃだ。だけど、それを指摘したところで、うちの部長は「だからどうした」と平然と言ってのけるような人なのだ。だから、反論するのはただの体力の無駄遣いに他ならない。
俺が仕方なく無言で頷くのをにこやかに見届けてから、彼女は宣言した。
「それじゃ、今日はこの辺で解散。明日は十時に佑介の家に集合だ!」