第一話 ―1―
焼けつくような太陽の光。世界を焼き尽くすその光線は、俺の体をじりじりと焦がしていた。真っ白いYシャツですら、そんな熱光線を完全に反射させることかなわず、徐々に熱をもっていく。額を滴る汗が、地面へとぽたりと垂れる。
「……暑い」
思わず、そう呟いてしまう。普段、独り言をなるべく言わないように意識しているというのに、この暑さは俺のそんな決意すら、軽く消し去ってしまうほどだった。
「なんでこねぇんだよ、あいつは……」
陽炎が立ち上るアスファルトの道を恨めし気に見つめる。
今俺がいるのは、交差点。学校に行くときの待ち合わせの場所だった。この場所でもう、五分は待っている。もう待ち合わせの時間ぎりぎりだというのに姿を見せない彼女に、いい加減、恨み節の一つも呟きたくなってくる。
「由香……あの野郎」
今日は、学校の終業式だ。高校になって初めての夏休みがもうすぐ始まろうとしている。夏休みに色々と思いを馳せ、この地獄のような状況をしのぐ努力をしてみることにする。
夏と言えば……クーラー、風鈴、プール、スイカ、アイス。……あぁ、だめだ。涼しげなものしか思いつかない。そして、そういうものをイメージすると、なんだかそのイメージに冷気を奪われたのか、より一層暑く感じるような気がするので、考えるのをやめた。
もういっそ何も考えずに、ただ突っ立っていよう。そう決意した時だった。
「お、お待たせー!!」
ひょこっと、曲がり角から顔が覗いた。そこにいたのは、俺がずっと待っていた幼馴染の少女、水川 由香だった。
「遅い!!」
「ひぅ!」
おびえたように立ち止まる。……イライラしすぎて、つい声を張り上げてしまった。もしかしたら、何かやんごとなき事情があったのかもしれないじゃないか。落ち着け俺。
「……で、なんで遅れたんだ? いや、遅れちゃいないが、なんでこんなギリギリなんだ」
「あー……えっと、暑かったから」
「……は?」
何言ってるんだこいつは。この暑さでちょっとおかしくなったのかしらとか思ってしまったが、そのあとに続いた説明で理解した。
「暑かったから、外で待ってたくなかったの。ギリギリなら、先に佑介くんいるかなぁって……」
「……」
まだ、『寝坊した』とか『パジャマで家を出ちゃってあわてて引き返した』とか、そういう理由の方が可愛げがあった。いつからこの子はこんな薄情な子になってしまったのかしらと小一時間。……まあいいか。ここで説教しても、暑いのがマシになるわけでもなし。さっさと学校に行く方がずっと生産性があるというものだ。
「ほら、行くぞ」
「うん」
手を突き出し、そしてそれを由香が握る。そして、学校に向かって歩き始める。これは俺たちの間の習慣だ。俺たちはこんな年になってもまだ、手を繋いで学校に行っている。理由は……話せば長くなるし割愛するが。
「ねえねえ、夏休みどんなことする? 何して遊ぶ!?」
「まず宿題を終わらせる」
「えー! 宿題なんて最後でいいじゃん~。遊ぼうよー」
「そう言っていつも最終日にひいひい言ってるのはどこの誰だよ」
「うっ……。でっ、でも夏休みは遊ぶためにあるのであって、勉強するのはなんというか、もったいなくない?」
「そのねじまがった考えを何とかするべきだと思うぞ」
長く伸びるアスファルトの一本道。そこからゆらゆらと立ち上る陽炎は、このアホみたいに高い気温を、更に精神面からも上昇させる厄介者だ。こういうのを見ると、夏っていやだなーとか思ったりするのだけれど、冬になったらなったで、夏の方がよかったと思うものなのだ。人間って勝手なものだ。
「そういえば、今日は部活あるかな」
しばらく歩いたところで、不意に彼女はそう言って俺の顔を覗き込んできた。
彼女が言う部活。それは、俺と由香が入っている『ファンタジー部』の事だ。現実逃避でもしたいのかと疑いたくなるような部活名だが、部活内容もそこからはあながち遠いとも言い切れない。と言っても、ファンタジーは何の関係もないが。
「まぁ、あるんじゃないか? というか、あの部長が今日みたいな一日中活動できる日に部活をやらないなんて選択をするわけがないと思うぜ」
「……あぁ、確かにね」
そして、あの部長とは。……まあ、きっとそのうち分かるはずだ。
「まあ久々寧先輩だって今日みたいな暑い日は早く帰ってうちでのんびりしたいだろうし、そう大変な事態にもならんだろ」
「だといいけどねぇ」
由香は不安そうに、また視線を前へと戻した。
のちに、この時の俺がどれほど甘かったかを思い知らされることになる。入部して半年弱、その程度ではうちの部長の全てを知ることなど到底できないという事を痛感することになる。
うちの部長は、規格外だった。