Fragment 0.
ごうと、風が泣いた。長い黒髪が揺れ、風に溶けるようにふわりと舞う。
約束の場所。そこにいたのは間違いなく、ずっとずっと、探し求めていた人だった。何年も何年も、追い求めてきた人だった。
「……神奈、さん」
口から出たのは、生気をすべて搾り取ってしまった後のカスのような震え声だった。しかし、そんな声でも彼女に届いたらしい。黒髪がまた揺れ、そして挑戦的な目が俺を捉える。
「来たか。……久しぶりだな」
「うん、久しぶり。元気そうだね」
「嬉しいか?」
「嬉しさ半分、残念半分ってところかな」
声は相変わらずかすれている。自分では笑顔を作っているつもりでも、それはぎこちなく、無理して笑っているようにしか見えないだろうということが分かる。
心の中を占めているのは、三つの感情。愛情、恐怖、疑惑。相反するその三つが心の中でまるで、磁石の同じ極を近づけた時のように、あるいは、水と油のように、混ざらず、その存在を主張する。
「殺気立っているな。まあ、当然っちゃ当然だが」
彼女はそう言って、地面に突き刺さった大剣を引き抜いた。
「もう、始めるか?」
「聞きたいことがある」
そろりそろりと腰に刺さった剣の柄に手を伸ばしつつ、僕はそう言った。
「どうしても、知りたいんだ」
「……まあ、その聞きたいことっていうのが何なのかは大体予想がつくけどな。とりあえず、話してみろよ」
「じゃあ、そうさせてもらうよ」
剣をゆっくりと抜く。砥石で包丁を研ぐときのような鋭い音とともに、鈍色の刀身が赤黒い夕焼けに照らされてピカリと光った。
「どうして、あんなことをした。この世界をとても大切に思っているであろう神奈さんが、なんで」
「今のお前にゃわからんさ。知りたいなら、私を倒すんだな。残念ながら、私は冥途の土産なんかくれてやるつもりは毛頭無い」
そして、彼女は昔と全く変わらない笑顔でにやりと笑った。
「お前程度に私が倒せるとは思わないがな」
彼女は本気だ、そう思った。倒さなければ、倒される。
戦いたくない。もしかしたら話し合いで何とかなるかもしれない。ここに来るまでは、そんな考えすら持っていた……けれど。どうやら運命はそんなに甘くはないようだ。
気絶させようか、一瞬そんな考えも浮かんだが、手加減して勝てる相手ではないことは、戦う前から痛いほどわかっている。それどころか、本気でかかっても、勝てる見込みなんて、蟻が象に戦いを挑んで勝利を収めるくらいの低い確率しかないことくらい、わかっていた。だから、そんな甘い考えは捨てた。
「僕には、帰らなきゃいけない場所がある。ここで負ける事は即ち、この世界の敗北となる。だから、負けるわけにはいかないんだ」
今まで一緒に戦ってきた人たちの顔を思い出す。ここで負ければ、彼らが生き残る道はもう無くなるだろう。
剣を牙突の構えに握りしめ、そして短く息を吐き、足に力を込める。
「はっ!」
剣を突き出す手に力を籠め、長剣を彼女の体に突き立てるために、一直線に疾駆する。だんだん近づく彼女の影。そして、大剣がふわりと動き、そして最後に見たのは。
宙を紅く染める、鮮血だった。