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涙の約束

作者: 巫 夏希


私の祖母は、とても変わった人だった。


 90を超えてもいつも1kmの散歩は欠かさないし、いつも若い男の人といた豪快な人でもあった。祖母は若くに祖父を亡くしていたためか、どことなく悲しい気持ちもあったのだろう。


 そんな祖母が病気になった。医者に聞くと白血病らしい。余命は半年、延命治療しかない、と。インフォームド・コンセントと呼ぶらしい教科書でしか習ったことのないことを私は今実感していた。延命治療というのは所謂薬をいろいろと使うことでそれはさすがに嫌だし祖母も断るだろうということで自宅に連れて帰り、余生を過ごすことで合意した。


 祖母はそれからリビングで本を読んでいることが多くなった。家族のみんなが寝たとしても読み続けていた。父が止めても読み続けていた。呆れるまで読み続けていた。


 ある日、私は祖母に聞いた。「そんなに本を読んで、どうするの?」


 祖母は、本を持って行くことはできないけど知識なら持っていけるからだよ、と優しく答えた。その声は今にも消えてしまいそうな感じだった。



 そして、さらに年月が経って、今度は本を読むのを止め、テレビを見ることになった。家族のみんなが寝ても見続けた。いつまでも、いつまでも、見続けていた。


 祖母は私が近づくと、テレビはこんなに面白いんだねえ、と笑って答えた。ちょうど最近ブレイクしている芸人のネタを見ていたらしい。私はそっとしておいた。


 また、ある日。祖母が夜遅くに私を部屋へと呼んだ。私は祖母がそんなことをするのは初めてだったので少し緊張していた。


 祖母は私が入るのを見ると、いらっしゃい、と言って、どこからか紅茶を入れてくれた。

「どうしたの。おばあちゃん」私は舌には熱すぎる紅茶を少しづつ飲みながら言った。


 祖母はまたいつものように笑って、いいかい少し言いたいことがあってねえ、と言った。私は祖母が何を言うのかあまりよく解らなかった。そもそも早く寝たかった。


 いいかい、と念をおして、「私が死ぬときに安っぽい涙は流さないでおくれ」と祖母は言った。それは前々からテレビを見ていた時のように、それは本を読んでいた時のように、私が呼びかけてそれに答えていた時のように。


「どうして?」私はあまりよくわからなかったし、冗談かと思っていた。時計の針はもう2時を指していたので、蝋燭だけで照らされた祖母の顔は少し不気味にも思えた。


「おばあちゃんはもうすぐ旅立つからねえ。だから遺言というかそういう感じの話というかねえ……」祖母の目線はどこか遠くを見つめているようにも見えた。


 私はそのとき祖母が思ってたことが少しだけ分かったような気もしたけど、解らないフリをした。それが祖母に対する孝行だろうと思ったから。



 次の日、祖母は静かに旅立った。他の皆は涙を流す中、私は涙を流せなかった。それは祖母との約束だから。小さな、夜遅くに言った、二人だけの約束だから。


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