こうして僕は
はあ、と深いため息をつく。
この社会は能力によって上下社会が成形される。
能力と言っても、社会適応能力とか、学力とかそういうものではない。
誰しもが何かしらの能力を持っていて、学校や就職などは、固有の能力で決まると言っても過言ではない。
所謂、【異能】と言う物だ。
よくあるところで言うと、手から火を出す、電撃を纏う、魔法のように相手に幻覚を見せる等、様々だ。
その中でも、僕は【無能力者】としてこの世界を生きている。
異能であふれた世界で、異能しかいない学校に通い、迫害を受ける。
そんなのは誰も想像しなくても自然と起こることだ。
だから、僕はため息をつく。
不良になり切れるほどの胆力もなければ、迫害に抵抗できるほどの腕力も持っていない。
先生に相談しようにも、先生も無能力者は当然無能、という考えの元生きているから、僕への迫害を見て見ぬふり、どころか加担してくる始末だ。
また、僕は深いため息をつく。
僕は、通っている医者が言うには親に捨てられたそうだ。
そりゃそうだ、と思う。
能力至上主義の世界で、無能力者が生まれた、なんて無価値にもほどがある。
今頃、生みの親は新しい子供を作って、その子供の持った能力に一喜一憂していることだろう。
どんなに弱い能力でも、無能力よりは生きていけるし、将来の保証も確約される。
そう、無能力者は人として扱われない。
社会からの保証、金銭の発生、そういうものまで受け取ることができない。
たまたま、あまりにも人が良すぎる人に新聞配達の仕事をもらって、仕事場の近くの倉庫に寝泊まりさせてもらっている。
なんとかその稼いだお金で学校にも行けるし、最低限の礼節と学問は学べている。
ありがたい、ありがたいけど、この社会が僕を全否定するもんだから、行く意味はあるのかとずっと思っている。
深いため息をつく。
新聞配達をし終え、倉庫に戻って制服に着替える。
この制服も、人の良すぎる人にもらったもので、サイズ感がだいぶ大きいけど、着られていることに感謝をしなくてはいけない。
曰く、息子のおさがり、だとか。
新聞配達の支店長で、倉庫の保有者、僕にとっては大家さんみたいなものだ。
靴を履いて、倉庫を出る。
大家さんの家はこの倉庫の隣にあって、すごい利便性が高い家だなあなんて思っている。
家、倉庫、支店の順番に並んでいるもんだから、出勤時間がほぼない。
そうなるように作ったんだろうけど、そこまでするか、普通、なんて思っている。
大家さんは名前を教えてはくれない。
たぶん、無能力者の僕にそこまで入れ込まない方がいいのはわかっているんだろう。
たまにただで物をあげるくらいはするけど、倉庫の家賃はちゃんと取るし、学校の資金は自分で稼げと言って新聞配達をさせるくらいだし。
無償ではほぼしてくれない。
だけど、僕を一人の人間として扱ってくれる、ただ一人の大家さんだ。
ありがたいという気持ちはあっても、嫌うということはない。
「あら、おはよう」
倉庫を出たら、大家さんが家の前に水を撒いていた。
もちろん蛇口からホースをつないで、とかじゃなく、自分の手から直接水を出している。
水系の能力者なんだろうな、と思っている。
「おはようございます」
「今日は暑いわねー。 熱中症に気を付けるのよ。 水分補給もしっかりね」
手から水を出し、こちらを一切見ないけど、口元は軽く微笑んでいる。
良い人だな、と思う。
「はい、ありがとうございます」
「気を付けて行ってくるのよー」
そんなやり取りをした後、僕は学校へと向かう。
通学路では、様々な人を見かける。
空を高速で飛んでいる人、手から炎を出し、それを推進力に使い、移動する人。
地面との接地面にだけ氷を出し、スケートみたいにして進む人。
移動に使えない能力を持っている人は、いろんなことをしている。
念動力を使ってタブレットを動かし、数世代前の鉛筆でノートをとって勉強している人、透明になって女子にいたずらをしている悪ガキ、人の視界を奪ってその人が何を見ているのかをずっと観察している人。
とにかく、いろいろだ。
学者曰く、人に能力が目覚めたのはおよそ200年前、西暦2200年ごろとされている。
そこからはなぜか無能力者というものが一切存在しなくなり、世の中には能力者であふれたらしい。
そんな世の中で生まれた、僕という無能力者。
医者はいろいろな方法で、なにか能力を持っていないか検査したそうだ。
だけど、僕に発現するような能力は一切無く、5年であきらめたみたい。
毎年健診には言っているけども、16年生きてきて、全く能力が発現しないことから、もうあきらめなさい、と、悲しい顔で言ってきた。
まあ、僕は親に捨てられた時から期待なんていうものは一切していなくて、毎年自費で受ける健診もお金の無駄だと思っているから、あきらめるも何もないと思っている。
「よう、無能」
僕の肩に、ニヤニヤしながら手を回してきたこいつは、いつも僕に暴力を振るういじめっ子の高野だ。
いじめっ子という言葉は、ずいぶん昔に議論されたことがあるらしい。
いじめは犯罪だから、犯罪者に名前を変えろとか、いじめっ子という言葉があるからいじめは発生するんだとか。
よくわからないけど、いろいろ言われてはいたけれども、結局根強くいじめっ子という言葉が残っているから、議論は意味がなかったんだろうな、と思う。
「……なんですか」
「おーおー、そんな怖い顔すんなって!」
ニヤニヤしながら僕に高野は言う。
「今日はな、お前にいい話を持ってきたんだ」
「……そういうのは犯罪の常套句だと思うけど」
「まあまあ、これ見てみろって」
そう言って、高野は僕に一枚の紙を見せびらかしてきた。
その紙には、僕にとって、最悪なことが書かれていた。
【無能力者の開放実験! 本日の朝礼で、無能力者、御崎透の能力を解放しよう!】
その紙は、学生の素人が作ったのがまるわかりの拙い作りだったけど、政府公認の印が捺してあり、国が認めている物だった。
その紙曰く、頭に高圧電流を流すことにより、脳の眠っているであろう能力を引き出すとのことだった。
普通に考えれば、頭に高圧電流なんて流せば人は死ぬ。
だけど、僕は無能力者。
人権が社会に保証されていない、無価値な、人ですらない実験動物。
「な? 良い話だろ? お前に能力が出るかもしれないんだからさあ!」
紙をぺらぺらさせながら笑う高野を見て、僕は絶望した。
こいつは、こいつも、か。 僕を人として見ていない。 ただの遊び道具としてしか見ていない、人間の屑だ。
「逃げんなよ? 逃げたら追う。 どこまでもだ。 追跡の能力持っている奴に追わせて、捕まえて、無理やり実験にかけてやるからな」
涙を必死でこらえながら、奥歯をかみしめて、僕は何も言わずに学校へと進む。
後ろでは、僕の事を集団で笑う高野達の声が響いている。
僕の人生は、いったい何だったんだろう、という考えがずっと頭の中でぐるぐると回っている。
親に捨てられ、社会にも見捨てられ、挙句に同じ人間に遊び道具として殺される。
生きてきた意味は無かった。
生まれてきたことが間違いだった。
学生鞄を持つ手の感覚が無くなっていく。
吐き気を必死で抑えながら学校という死刑台へ向かう。
こんなこと許されていいのかな、と思ったけど、許されてるからこんなことになるんだ。
本当に、この世界は、間違っている。
学校に着くと、校門で生徒会長に呼び止められた。
「本当に済まない……私がいながら、こんな馬鹿げたことを許してしまうだなんて……本当に……すまない……」
泣きながら生徒会長が言う。
長い黒髪が風に舞う姿はとても美しかったが、今の気分ではそういうものもきれいに見えなかった。
「いえ、いいんです。 どうせ僕は社会の害虫ですし、今ここで居なくなってしまった方が、楽になれます。 だからどうか。 どうか、お気になさらず」
「そんなことを言わないでくれ……君も一人の人間だ……それをもてあそぶだなんて人としてどうかしている……」
それ以上は言葉が詰まって言えないのか、会長は泣きじゃくりながらうずくまってしまった。
僕には掛ける言葉もない。
今言葉を掛けたら、周りにいる生徒たちに、会長も攻撃されてしまう。
それだけは避けたかった。
いなくなるのは僕だけでいい。
道連れはいらない。
でも、ありがとう、とだけ、心の中で言っておく。
こんな僕の事を気にかけてくれて、ありがとう。
『さあ、能力開花実験の始まりです! 皆さんお待たせしました! 1年3組の透君の登場です!』
異様に広い体育館の中には、全校生徒が集まっていた。
ただの殺人のために、こんなにも人が集まるなんて思ってもいなかったからびっくりしたけど、でも、それもそうか、とも思った。
合法的に人が死ぬ姿を見られるのなら、そりゃあ見るよな、と。
ステージの中央には、電気椅子みたいなものに、頭半分がすっぽりと嵌るくらいの球体が設置された謎の椅子が鎮座してある。
今から僕は、あの椅子に座って、死ぬのか。
人は、死ぬのがどうしても避けられない状態になると、こんなに心が無になるのか、と思った。
もっと泣きわめくか、抵抗するかと思ったけど、ここにいる全員が能力者だ。
強制的に従わされるか、無理やり体の自由を奪われて、あの椅子に座らされるかのどっちかだろう、と思うと、自分の意思で死んでやる、と決心した。
司会者が観衆を盛り立てる声がする。
もう耳に入ってきていない。
自発的に椅子に座る。
大歓声が響く。
頭に球体がかぶせられる。
脳内に霧がかかったかのように、思考が纏まらない。
歓声がなぜかどよめきに変わった。
騒ぎがする。
そっちを見てみると、日本刀を持った生徒会長が乱入しようとしていた。
なぜか日本刀は光を帯びていて、観衆はそれに目を奪われているようだった。
司会は急いで椅子に電源を入れる。
無機質な稼働音が頭に響く。
これから僕は死ぬ。
覚悟はできていると思っていた。
けど、最後の最後に、涙があふれてきて止められなくなった。
「……死にたくないよ……」
なぜかその言葉が体育館中に聞こえたみたいだった。
「やめろおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
会長の声が響く。
そこで、全身に電流が走った。
……僕は白い空間にいた。
体育館じゃない。
それより多分広い、広大な空間だとなぜかわかった。
……暖かい空気が満ちている。
ここは、天国?
『いいえ、いいえ、違います、透』
空間全体に、優しい声が響く。
敵意が無いことが分かって安心した。
けど、ここはどこ?
『ここは、精神と物質世界の狭間。 神代の空間、神代の神々の場、ここで、あなたの、透の、授けられなかった物を渡す場所』
……訳が分からない。
神は居ないはず。
ヒトが勝手に作り出した都合のいい存在と科学的に証明されたはず。
『いいえ、いいえ。 神は居ます。 どこにでも、いつでも。 いまから私たちがするのは、あなたへの贖罪、授与、祝福』
僕は死んだんじゃないの?
『いいえ、いいえ。 今から、あなたの精神を、贖罪と共に肉体へと返します。 そこからは、関与できません。 どうか、どうか、幸多からん人生を。 そして、罪多きヒトに、罰を』
何かがそう言うと、僕の意識は暗くなっていく。
暗く、温かい闇に落ちていく。
何もかもがどうでもいい。
このまま、深くまで、ゆっくりと、落ちて…………
「………ぉぉぉぉおおおおおおお!!!!!!!」
会長の声が響いていた。
僕の体には、まだ電流が走っていた。
だけど、僕はもう怖くない。
だって、【知っている】から。
『……起動確認。
因果補正装置、起動。
対象識別確認:罪を嗤う者。
蓄積罪過、総量測定。
閾値超過を確認。
処理内容:反射。
外部へ偏在した責務を、原点へと強制送還。
感情値:不要。
同情値:不要。
例外処理:無し。
……反射開始。
貴様らが生成した損耗、痛覚、崩壊要素。
全件、自己領域へ再配置。
抵抗:不能。
これは攻撃ではない。
誤差修正。
全身全霊をもって償え。
処理完了まで、停止は不可能』
コード処理、完了。
この場にいたすべての罪を嗤った者に対する反射を確認。
会長以外の、職員を含む全ての生徒の生命維持の停止の確認……5……4……3…………完了。
会長が唖然と立ち尽くしている。
それはそうだ。
椅子に座ったまま、何か僕がしゃべったと思ったら、みんな死ぬんだもの。
「これは……君が……やったのか?」
「はい、そうです」
まだ現実感が沸いていない会長から出てきた言葉が、まずそれだ。
無能力者だと思っていたら、なぜか全員を殺す始末。
何も感じないわけがない。
はっと我に返った会長が、光り輝く日本刀を僕に向けてきた。
正義感ゆえの行動なのだろう。
「ああ、まだ僕に敵意向けないほうがいいですよ。 さっきの処理、まだ続いてますから」
あれは僕に向けた敵意、罪ある者の総量で罰を与える。
先輩も例外ではない。
現に、急に胸を押さえて息苦しそうにしている。
……これだけ人を殺しておきながら、その程度の敵意しか向けない会長、逆にすごいな……。
なんて思いながら、死体の山を漁って適当な服を見つけておく。
制服だけで学校に来るやつなんていないだろと思いながら探してみると、ほら、やっぱり。
まだ成長期ということもあるだろうから、少し大きめの服を見繕って、着替えて外に出る。
「どこに……! 行くんだ……!」
会長が苦しそうに僕に言う。
「そりゃあ、逃げるんですよ。 僕はこれだけ殺した殺人者だ。僕の能力では僕は殺せない。誰かに裁かれる前に、逃げないと捕まっちゃうじゃないですか」
「罪に意識があるのなら……! 警察に……!」
「あいつらも信用なりません。 無能力者ってだけで殺人を見逃すような奴らです。 それに僕に向けてくる殺意には能力使います。 悪しからず」
くるりと方向転換。
とりあえず倉庫行って大家さんに挨拶して、逃げるかあ。
後は野となれ山となれ、の精神で行こう。
どうせ、僕は一回殺されたんだしね。




