夢中にさせるのは、君のほう。 ―前編―
「狂わせるのは、君のほう。」の続きとなります。
前後編の前編です。
連作になっているため、前回まで読んでいただいたほうが、わかりやすいかと。
どれも短編で6000字以内にしているのですぐ読めます。たぶん。
ちら、と視線を送る。
遠い。
「…………」
座っているのも、向かい側。
露骨に距離を空けられている。
「ノイン」
「はい」
「お弁当、持っていってね」
「はい」
「帰りはいつもの時間だよね」
「はい」
……どうしよう。
返事はいつも通りだし、表情も同じだけど。
(落ち込んでるよね!? 大丈夫って言ったんだけど、気にしてる……よね)
「あ、あのね!」
「はい」
「ほら、布を買ったでしょ?
重いからノインが持ってくれたやつ」
いっつも荷物持ってくれるけど。
洗濯では間に合わなくなってきたので、新しい普段着を作ることにしたのだ。
都会なだけあって、布が簡単に手に入ってしまった。
(糸から作るとすごいかかっちゃうけど、さすが都会だよね)
普段使いをする服の布にしては、かなり質がいいものを購入した。
どれだけ断ってもノインが全額出したことは……ちょっと納得できていないが。
村に置いてきた服はほつれたところを何度も直し、穴があけば繕ってふさぎ、くたびれてもとことん使っているものだ。
それが当たり前の生活をしていることもあり、ドレスなんてものは買う気も起きない。
(ノインも、嫌いって言ってたし。
そりゃあ貴族が着てるようなものは無理だけど、動きやすくて使いやすいほうが体も楽だし)
「ノインさえ迷惑じゃなかったら、ノインの服も作ろうかなって思ってるんだよね」
「…………」
ノインがゆるく、瞠目する。
「すごいのは作れないけど、普段使いのものなら一日あればできるし、わ、私と同じ布を使うからお揃いになっちゃうけどね!? はは、あはははは」
笑って誤魔化したものの、ノインが眉間にすごい皺を寄せている。
(支給されてる服ばっかり着てるから、どうかなって思ったんだけど……都会のハイセンスにはついていけないし、仕立て屋さんみたいにもできないしな……)
ノインが視線を伏せた。
「それは……大事にしないと」
……ん?
「え……? 大事に?」
「大切にしまっておきます」
なんで!?
「着てよ!?」
「無理です」
「無理じゃないよ!?」
なんでそうなるの!?
オルガは顔をしかめた。
「着てくれないなら作らないよ!」
「っそ、………………………………き、着ます」
そんな身を切られるみたいに言わなくても。
(だいたい大げさなんだよ、ノインは。
チューで気絶するわけないじゃない)
息継ぎできないだけだし! 鼻で息するのむずかしいだけだし!
(ノインが全部確認しながら触るから、いっぱいいっぱいになって気を失ったのに!)
自分だって「おうよ。どんどん触りな」と、かっこよく言いたかったのに!
「……なんで睨むんですか」
(触るだけならなんとか我慢できるけど、でき…………うう)
思い出すとなんだか腹が立ってきた。
(ちゃんとしたいってばっかり言うけど、ちゃんとするってなに!?
チューいっぱいすること!? さわっ、なっ、うぐ…………もおおおおお!)
「オルガ?」
「私だってノインにチューとかしたいもん!」
「…………………………………………」
唖然としたノインが視線を忙しなく動かし、それから。
俯いて、耳まで真っ赤になってしまった。
「あ………………ありがとう、オルガ」
「……………………」
なんでそんなちっちゃい声で!
「最初に言ったでしょ!? チ、チューくらいはするって」
近所のおばあさんが飼ってる猫にだけど。
「…………そうでした。
経験者なんでしたね」
「そうだよ?」
「……………………はは」
***
布を裁断していきながら、うーんと悩む。
「変なこと言ったかな……」
あのノインの微妙な表情。
(チューって言い方がいけなかったのかな。ノインはキスって言ってるっけ。
でも猫相手にするのと、ノインがするのって違うなぁ……ノインのはチュッって感じじゃないし…………)
ハッとする。
(もしかして、チューとキスって違うの!?
えっ、でも、ノイン、私の体にチューしてるよね!? どういうこと!?)
しかも時々赤い痕つけるし。
オルガの作る服はさほど難しいものではない。仕立て屋のように、細かく採寸はしないからだ。
(帰ったら採寸させてくれるって言って行っちゃったけど、訊いてみようかな)
そこで、トントン、と扉を叩く音が聞こえた。
「?」
だれか来た?
(どうしよう)
危険だから絶対に、誰が来ても開けるなとノインに言われている。
急に胸の中に不安が広がった。
(出たほうがいいかな? ノインはノックを三回、二回、五回って叩くけど……三回、三回……ちがう)
ノイン本人なら、放っておいても入ってくる。
でも。
(なにか、あったら)
ノインになにかあったら、どうしよう。
ここは村じゃない。オルガの知り合いはノインだけだ。
視線を室内に走らせる。
(え、っと)
台所に走り、鍋の蓋と木べらを手に取る。
(パンチは、親指を握り込んでするんだよね)
手を傷めるので気をつけて、とノインは苦笑していたが、やるなら親指は握り込めと言っていた。
よし!
気合いを入れて扉の前に立った。
「は、はい。どちらさまですか?」
そっと、声をかける。
扉の外からは――。
「こちらにクズは来ていませんか?」
「…………」
クズ?
落ち着いた女の子の声だ。
「クズ……?」
「ええ。わたくしの婚約者ですの」
オルガはまばたきをする。
(?)
思わず室内を振り返る。
しーん、と静まり返っていた。
「えっと、クズさんはいない、と」
「まあ。それは良かった。
そろそろこちらを訪ねるのではと心配しておりましたから」
「???」
「よろしければ中に入れていただけると嬉しいのですけれど。ここで立ち話もなんですし」
「え、っと……」
「警戒心が高くてけっこう。
侍従は連れておりません。わたくし一人で参りました。
ノイン卿、ごほん、ノインさんの奥様でいらっしゃると思うのですが」
「いえ、まだ結婚は」
「まあ。それは失礼いたしました」
「……ノインの知り合い、ですか?」
「顔見知りではありますが、それ以上でも以下でもありません。ご安心なさって」
どうしよう……。
帰る気がないようで、オルガは手に持つ蓋を見下ろす。
(うーん……やっぱりダメだと思うし)
「どういった用です、か?」
ドアは開けないことにした。ノインが意味もなくダメだと言うわけはないし、迂闊なことをするのは身を危険にさらすだけだ。
「……わたくし、お仕事の依頼に参りました」
「しごと?」
「ええ。わたくし、あなたがたのファンなのです」
???
ファン?
(んんん? ファン? なんで?)
あやしい……。
「なんでしたらドアを開けたままにされても構いません。お話だけでも聞いていただけませんか?」
「…………」
「っ、名乗っておりませんでした。失礼。
わたくし、クララ=マクレガーと申します」
……もしかして、貴族?
しばらく渋っていたオルガは、扉をそっと開けた。
隙間から外をうかがう。
(わっ)
そこに、とても可憐で可愛らしいお嬢さんがいて、オルガは素直に感動した。
華美な装飾が一切ない紺色のドレス姿だ。
眼鏡をかけていることもあり、とても大人っぽく見える。
(美人だなあ……)
見惚れていると、こほん、と彼女が小さく咳をした。
「あっ、ごめんなさい!
クズ、あ、ごみ……」
「ふふっ、かわいらしい方なのね。これは充分な収穫だわ」
「?」
「あなたたちのファン一号よ。お話を聞いてくださいな」
*
クララと名乗った少女はじっとオルガを見ている。
「あ、あの」
「あら。ごめんなさい。
ノインさんの奥様、いえ、婚約者の方が少々イメージと違っていたので」
「は、はあ」
「予想以上に純朴で素直な方のようで彼の趣味の良さを堪能、ごほん、いえ、感心いたしました」
「???」
緊張する。
家の中は綺麗に掃除をしてあるが、貴族にしてみれば狭苦しくて汚いはずだ。
「単刀直入に言います。
あなたたちのことを本にさせていただきたいの」
「…………」
……………?
「もちろん、名前は一切出しませんわ。
脚色もします」
「?
な、なんで、ですか?」
「気軽に喋られてくださいな。そのほうがよりリアルに、ごほん、素敵な取材ができそうですもの」
向かい側に座っているオルガとしては、なにを言われているのかよくわからない。
「お恥ずかしい話なのですが、わたくしの婚約者は好色漢……浮気性な男性なのです」
「うわき?」
「ええ。婚約者がいるのにあちこち女を作るもので、尻拭いをさせられております」
そんな人がいるの!?
「殿方は、多くの女性との経験をまるで自慢のように語られるのですが」
「ええええっ!?」
「わたくし、浮気する男が死ぬほど嫌いなんですの」
…………すごい顔してる。
「家が決めたことなので簡単に婚約破棄ができずイライラしていた時、騎士団でノインさんと彼のやり取りをみたのです」
「ノインの?」
「休憩中だったのでしょうけど、女性経験の数を武勇伝のように語るクズの話を聞いていた皆さんの中で、ノインさんのセリフがとても…………痺れました」
え?
拳を作り、クララがフフフと笑っている。
「な、なんて言いました? 変なこと言ってましたか?」
ハッとしたようにクララが居住まいを正し、こほん、と咳払いをする。
「『下手くそだから数を増やしているだけでは?』、と」
「……………………」
「最高にスカっとしましたわ!
当然、その場は凍りつきましたけど、わたくしは最高に愉快で、思わず膝を叩いたものです」
「…………」
「フ。その時のクズの引きつった顔ときたら」
「す、すみませんノインが……」
「謝ることはありません。自分の意見をはっきり言えるのは、とても好感が持てました。
くくっ、そのあとの追撃も最高でしたもの」
「ま、まだなにか言ったんですか?」
もおおお、ノイン……!
クララは大人びた表情で微笑む。
「『一人を理解する前に次へ行くのは、逃げだと思いますが』ですって」
しん、と部屋の中に静寂が広まった。
(ノイン…………そんなこと言ったの)
「ブフーッ! ざまぁないわ! なんて愉快な殿方かと笑いを堪えるのが大変でしたもの!」
「す、すみませ……」
「正直で良いと思います。あなたの前ではどうかわかりませんが、彼はとても知恵が回る方ですから」
そ、そうかな……?
困惑していると、クララが目を細めた。
「見染めた通りということですね。態度が違うみたいで安心しました」
「え?」
「あなたの前では素直だということでしょう」
にっこり微笑まれて、つい、照れてしまう。
「い、いやぁ、えへへ」
「照れるのも当然ですわね。
初々しくて、これは隠したくなりますもの」
???
(なんて?)
「健康的な可憐さがそそるのかもしれませんわ。純粋だから自分色に染める楽しみがあるのかも」
なんか、すごいこと言われてる……?
「ひとつ、不躾で無礼な質問をしてもよろしい?」
「い、いいですよ!」
もうなんでもこい!
「彼、夜伽のほうはどうでしょう?」
「……………………は」
変な声が出た。
「一人を極めるとばかりの言動のとおり、あなたは満足されているの?」
変な汗が、でてきた。
「平民だと耳馴染みがないのかしら。夜の生活のことですわ」
自分より年下のお嬢さんが……。
動きを完全に停止しているオルガを見て、クララは「ふむ」と目を細めた。
「もしかして手を出していないのかしら。おかしいですわね。そうは見えなかったのに」
「…………」
ど、どうしよう。
顔が引きつりそう。
「どちらであっても構いません」
「?」
「あなたがた夫婦の恋愛を、ぜひ取材させていただきたいのです!」
?????
「平民の女性が主役の物語だと玉の輿展開が人気なのですが、わたくし、裏にある気苦労のことを考えると没頭できず……もやもやしてしまって」
突然なんの話だろう?
「ノインさんもあなたも、平民でしょう?
貴族の物語で自由恋愛ものはいかにも創作という感じで気分が乗らなくて」
「???」
「貴族だって恋愛結婚はします、一部ですけれど。
でもわたくし、せっかく出版するならあなたたちのように、互いを想い合っている、女性に参考になるようなものがいいかと思いまして!」
「さ、参考?」
「はい! ぜひ、モデルにさせてもらいたいのです!」
つまり。
(私とノインのことを、本にする……?)
本気で? 冗談だと思ってた。
「むっ、無理ですよお嬢さん! 私、ただの村娘ですから!」
「それがいいのです! 貴族はしがらみが多すぎます!」
「そんな! なにも特別なことはしてませんし」
「ノインさんにとってあなたは特別でしょう?
あの賢しい男があそこまで言うのだし、あなたをありのまま大切にしているのがとても良いですわ!」
そ、そうだろうか?
「お願いします。ぼやかしていただいて構いません」
頭まで下げられてしまい、オルガは慌てた。
本当になにも特別なことはない、はず。
「禁書になる可能性はありますが、本として世に出すということが重要ですもの」
「そうなんですか」
「存在しない本は読めません。
それに平民同士の一途な恋愛の夜伽まで含んだものは、作法書よりも参考になる可能性がありますもの」
「い、いやいや」
「あなたたちのような恋愛がある、愛される夜伽がある、というのが見た……ごほん、お願いします。たとえ本にできなくても、依頼料は現金でお支払いします」
えええ!?
「いえ、お金は」
というか、断りたい。
あまりの押しの強さに、まけそうだ。
「いけません!」
「ひっ」
「生活を拝見するのですから、きちんとお支払いさせてください!」
「っ、い、」
「最低限の金額は、ここの家賃三ヵ月分ということでどうでしょう?」
「そ、そんなにもらえません!」
「もらってください!
では家賃半年分!」
「なんで金額あがってるの!?」
身を乗り出したクララが、オルガの両手を強く握った。
「おねがい、しますっ!
わたくしでよければ相談に乗りますわ! 色んな事に! いろんなもろもろぜんぶ!」
「…………………………ひえ」
まずい!
(ノインのこと、勝手に話しちゃうのはさすがにダメだよ……!)
押しが強すぎる、このお嬢さん!
「夢中にさせるのは、君のほう。」前編でした。
お読みいただき、ありがとうございます。
リアクションや感想をいただけると、クララがあれこれと聞いてくれるかもしれません。私は書く糧にさせていただきます。




