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異世界農業実習〜平凡な私がこの世界でできること〜  作者: 長月 朔(旧:響)
【第1章】生きるための場所

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平凡が踏み出す最初の改革

異世界に来て一週間が過ぎた。

けれど“生活”という意味では、私たちはまだ最初の一歩を踏み出したばかりだった。


明日香さんの「風呂入りたいんじゃぁぁ!!」事件から一夜明けた朝。

拠点の空気はしんと静まり返っていて、全員が考えていることは同じだった。


昨夜の騒ぎは半分冗談、半分本気。

トイレは土を掘っただけの穴。

お風呂なんて影も形もない。


魔物は危険。

食糧は限られている。

水はあるけれど、飲むのも慎重にしなきゃいけない。


「清潔に暮らす」——そんな当たり前が、この世界では当たり前じゃない。


それをようやく全員が痛いほど理解しつつあった。



昨日、村人から“生活魔法”の話を聞いた。

光、火、水、風をほんの少し操る、いわば便利家電の代わり。


使えるかどうかは、適性と慣れ次第らしい。


「光よ……灯れっ!」


明日香さんが指を突き出す。

すると——ぱちっと、小さな白い光が弾けた。


「見た!?今の絶対見たやんな!?うち天才ちゃう!?」


「……一応、成功に入ると思うわ。」

白河さんはいつも通り淡々としている。


吉瀬さんは指先に火花を散らし、

篠宮さんは手のひらに小さな風を生み、

岩城さんの周囲の土は、ふわりと柔らかくなった。


(みんな……飲み込み早すぎん……?)


私はそっと息を吸い、手を重ねてみる。


「光……出て……?」


胸の奥が“ざわ”っと揺れ、空気がひと呼吸だけ震えた。


けれど——手のひらには何も起きない。


(……なんでやろ。いやなんで“やろ”って、私なんで関西弁出てるん……)


胸の奥の反応が、ただの失敗とは違う“何か”を告げている気がした。



午前の練習が終わると、吉瀬さんが木板をテーブルに置いた。


【公衆トイレ】

【共同浴場】


二つの文字が、どんと書かれている。


「今日から、村の生活を改善するための計画に入る。

 まず優先すべきはこの二つだ。」


白河

「衛生環境が整えば、病気の発生率も下がる。薬学的にも重要ね。」


篠宮

「家畜にも関わりますし……村の人の安心にもつながります。」


岩城

「……風呂、作れる。」


明日香

「ウチが爆発する前にほんま頼むで!!」


珍しく——全員の意見が一致した。


(大きいことやけど……私でも、何か手伝えるんかな……)


胸の奥がきゅっと苦しくなる。

でも、引き返す気持ちはもうなかった。



長老レイナスの小屋は、木の香りが濃く、静けさの奥に重みがあった。


事情を説明すると、長老はすぐには答えず、指先で机を静かになぞった。


しばらくして、ゆっくりと口を開く。


「……昔、この村には“魔石”があった。」


空気がわずかに張り詰める。


「熱を宿す魔石は浴場を照らし、

 光の魔石は夜を守り、

 浄化の魔石は水路を清めていた。

 だが……長い時の中でその多くは失われた。」


祈祷のために残されたわずかな魔石は石室に保管されており——


「村の命を繋ぐ石ゆえ、軽々しく扱えぬ。

 異邦の者に貸し出すことは、今はできぬ。」


白河さんが深く頭を下げる。


「理解しました。

 ……もし、私たちが信頼に足る行動を積み重ねたら——

 考えていただけますか。」


長老は目を細め、じっとこちらを見つめた。


「村を想う心が本物なら……いずれ、石室の扉も開こう。」


胸が大きく脈打った。


(……まだ信用されてない。でも、チャンスはある……)


それだけで、十分前へ進める気がした。



小屋を出た瞬間、明日香さんが大きく背伸びをする。


「……よっしゃ。やるしかあらへんわ。」


白河さんは空を見上げ、

篠宮さんはすでに作業手順を考え、

岩城さんは静かに拳を握り、

吉瀬さんはもう次の予定を決めていた。


そして私は——胸に手を当てる。


(村に受け入れてもらえるかどうかは……これからの行動次第なんや。)


風が吹き、世界樹のざわめきがかすかに揺れる。


まるで背中を押してくれるみたいだった。



拠点へ戻る途中、吉瀬さんが短く言った。


「明日から三班に分かれて調査に入る。

 できることを一つずつ見つけていこう。」


誰も否定しなかった。


異世界に来て一週間。

初めて“自分たちの役割”が見えた気がした。


(私も……ちゃんと、できるようになりたい。)


「……頑張ろう。」


小さくつぶやくと、胸の奥のざわめきがふわりと動いた。


まるで世界樹が——私に応えたように。


25.12.10


まさかの本日3話目です!


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