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異世界農業実習〜平凡な私がこの世界でできること〜  作者: 長月 朔(旧:響)
【序章】平凡という名の呪い

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平凡が初めて欲したもの

異世界に来てから、一週間が経った。


朝の冷たい空気にも、夜の静けさにも少しずつ慣れてきて、

拠点の生活リズムも整いはじめている。


とはいえ——慣れたのは気持ちだけで、

生活自体は“慣れるしかなかった”という方が正しい。


先行隊が残した設備は最低限。

水は冷たくて、火を起こすのには時間がかかる。

トイレは拠点の外れに作られた簡易穴式で、朝晩は寒さが刺さる。


(……本当に、一週間経ったんだ。)


拠点の窓から朝日を見ながら、ふとそんなことを思った。


その一週間で、私たちは色々なことを知った。


この世界の文化。

禁忌の理由。

魔物の存在。

魔法の仕組み。


そして——

“世界樹を中心とした、この世界の生き方”。


(魔法……本当にあるんだよなぁ……)


まだ完全には実感できていないけれど、

村で暮らす人々が自然に使っているのを見れば信じるしかない。


洗浄、乾燥、火起こし——

いわゆる“生活魔法”と呼ばれるそれらは、一般人でも使えるらしい。


「高位魔法は神官や貴族の血筋が持つ特別な力だそうだ。」

吉瀬さんが集めた情報をまとめてくれた。


それを聞いたとき、私は不思議な胸騒ぎを覚えた。


(魔法って……血筋で決まるんだ。……じゃあ、私は……?)


もちろん、魔法が使えたわけじゃない。

けれど——胸の奥に“ざわり”とした感覚が落ちる。


世界樹のことを知れば知るほど、

あの夜の囁きが、偶然じゃない気がしてくる。



午前中はそれぞれの作業に散っていた。


情報収集班は村へ。

食料調達班は今日も森へ向かった。


「よっしゃ行こか結衣ちゃん!」

明日香さんはいつも通り元気だ。


(……このテンション、一週間ずっと維持してるのすごいな。)


岩城さんは無言のまま、いつも通り土を拾って指でこねていた。


「……昨日より湿ってる。」

「雨が降ったわけじゃないですよね?」

「地下水脈の動きだと思う。」


淡々としてるけれど、言ってることは凄い。

人間GPSというより、もはや“土の翻訳機”みたいな人だ。


森の奥へ入ると、そこで私たちは“見てしまった”。


「……なぁ結衣ちゃん。あれ……牛やんな?いや牛ちゃうか……?」


明日香さんが小声で指差した先。


大きな体、太い角、硬そうな毛並み。

色は灰に近く、目が琥珀色に光っている。


(……牛?いや……魔物……?)


岩城さんが低く言った。


「……あれは《グレイズホルン》だと思う。」


「知ってるんですか?」

「先行隊の記録にあった。草食だけど、警戒心が強い。近づきすぎると突進してくる。」


(……魔物なんだ、本当に。)


距離があるのに、体の大きさがはっきりわかるほどの迫力があった。


続いて、上空から影が横切った。


「えっ……鳥……じゃない……?」

咄嗟に関西弁が出る。


翼を広げた巨大な鳥のような魔物が、音もなく滑空していく。

羽が金属のように光っていた。


「……《ルミナホーク》。魔力を帯びた個体だ。」

岩城さんが小声で説明する。


「結衣ちゃん……狩りせんでええよな?絶対むりやんな?」

「む、無理です無理です!近づくのも嫌です!」


「当然だ。」

吉瀬さんが事前に言っていた。

“絶対に接触しない。観察だけ” と。


私たちは息を潜めて、魔物たちが去るまで動かなかった。


(……これが、異世界なんだ。)


現実感があるようで、ない。

でも確かにそこに“命”として存在している。



夕方、拠点へ戻ると、皆が会議の準備をしていた。


木の板に書かれた今日の収穫。


・村人から新たに聞けた魔法の階級

・危険区域の場所

・食べられそうな植物の見分け方

・魔物の生態の一部

・生活魔法の種類


そして——村の暮らしの厳しさ。


「水は冷たすぎる上に、沸かすにも手間がかかる。燃料が少ないからだ。」

篠宮さんが報告する。


「魔法使える人がおるのに……なんで風呂文化ないんやろなぁ……」

明日香さんはぐったりしている。


吉瀬さんは淡々と記録をまとめていく。


「生活魔法の“温める”は、食品の表面程度らしい。風呂に使えるような規模じゃないそうだ。」


「いやいやいや!ほんで風呂どうすんの!?川は冷水やし!体拭く水も冷たすぎんねん!!」


(……来た。)


一週間、明日香さんはよく耐えたと思う。

トイレは不便。

水は冷たい。

体は拭いてもすぐ冷える。

髪は乾きづらい。


明日香さんのストレスは限界を超えていた。


「なぁみんな!!ウチもう無理や!!」


明日香さんが突然立ち上がった。

声の大きさに鳥みたいな魔物が外で飛び立つほどだ。


「風呂入りたいんじゃァァァァ!!!」

「……」


全員、固まる。


だが明日香さんは止まらない。


「風呂もそうやけどな!?トイレも無理やねん!!」

「……トイレ?」

吉瀬さんが思わず聞き返す。


「そうや!!トイレや!!

あんな穴掘っただけみたいなトイレ、一週間も使えるかい!!

夜寒いし!暗いし!虫おるし!怖いし!


シャワートイレは諦めるわ!!

でもな——!」


息を吸い込む。


「せめて衛生的なトイレを作らせてぇぇぇぇええ!!!」


拠点内に響き渡る絶叫。

土壁がほんのり震えた気がした。


私はというと——


(……気持ちは、痛いほどわかる……)


すぐにツッコむ人はいなかった。

ツッコむどころか、数秒後には全員の心が一致していた。


「……確かに、そろそろ本格的に生活インフラを整えるべきだな。」

吉瀬さんが真剣にメモを取り始めた。


「川の水温や材木の質を考えると、工学的にも可能性はあります。」

白河さん、興味が出てきたらしい。


「衛生環境は重要です。獣医的にも。」

篠宮さんの声がやさしい。


「トイレ……作れる。」

岩城さんはいつも通り控えめだが、言葉に力があった。


明日香さんは涙目で叫んだ。


「ありがとうなぁぁぁぁ!!風呂とトイレがなきゃ生きていかれへんねんウチはぁぁ!!」


こうして——

異世界生活一週間目。

チーム最初の本気の課題が決まった。


“風呂” と “トイレ”。

どちらも、人間が人間らしく生きるために欠かせないもの。


次の課題は、異世界での

生活インフラ革命だ。

25.12.10


ということで序章終わりです!


次の話から第1章のスタートです

お楽しみに!


初めて1日に2話投稿するよ

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