平凡は回り始める
壺の完成から数日前
そしてパンを焼いた日から、数日が過ぎた。
拠点の周囲には、自然と人の姿が増えていった。
「また、あの穂のある作物を刈るのだろう」
「なら、手伝わせてほしい」
声をかけてきたのは、村の女性たちだった。
──────
収穫は、学生だけでやるつもりだった。
けれど、人手が増えると、作業の進みはまるで違う。
「こうやって束ねればいいのだな」
「穂先は落とさないように……これで合っているか?」
結衣は、隣で鎌を動かしながら答える。
「はい、それで大丈夫です」
「刈る位置は、そのくらいで」
口にした瞬間、自分でも少し驚いた。
(……ちゃんと、出てくる)
高校時代の実習。
何度も繰り返した作業。
忘れたと思っていた感覚が、自然と手に戻ってきていた。
「慣れているな」
「教え方が分かりやすい」
そう言われて、結衣は少しだけ視線を伏せる。
──────
脱穀は、収穫のあとに始まった。
束ねた穂を持ち、台に叩きつける。
粒を落とし、殻を外す。
「……思ったより、硬いな」
「何度も叩かないと、落ちない」
村の女性たちは、黙々と作業を続けた。
腕を振る。
粒が落ちる。
また振る。
「単純だが……地味に力がいる」
「腕が重くなるな」
それでも、手は止まらない。
脱穀は“できる”作業だった。
時間はかかるが、手応えがある。
「ほら、落ちたぞ」
「だいぶ溜まってきた」
笑い声も、まだある。
結衣はその様子を見て、胸の奥で静かにうなずいた。
(脱穀までは……何とかなる)
──────
問題は、その先だった。
粉にする作業。
すり鉢に粒を入れ、石で潰す。
潰して、ふるう。
残った粒を、また潰す。
「……終わりが、見えないな」
「全然、細かくならない」
一人が言う。
別の人が、無言で手を止める。
「力を入れても、思ったようにいかない」
「時間ばかり、かかる」
結衣は、その場の空気が変わるのを感じていた。
脱穀とは違う。
成果が見えない。
「……これ、毎日やるのは無理だな」
「腕も、心も持たない」
誰かが、ぽつりと漏らす。
学生たちは、誰も前に出なかった。
(知ってる)
しんどい。
時間がかかる。
しかも、量が増えれば増えるほど終わらない。
粉にする作業は、結局そこで止まった。
すり鉢の中には、まだ粒の形が分かる欠片。
ふるいに残るものばかりが増えていく。
「……今日は、ここまでにしようか」
誰かが言った。
反論は出なかった。
腕も、気力も、もう限界だった。
結衣は、すり鉢の中を見つめながら、静かに息を吐く。
(これを毎日やるのは……無理やな)
その時だった。
「──おい」
低く、通る声。
振り向くと、グランが立っていた。
グランの後ろには、木製の簡易台車があった。
その上に、布で包まれた石臼がどっしりと鎮座している。
「完成したぞ。石臼だ」
一瞬、空気が止まる。
「……え?」
「今、なんて?」
グランは、にやりと口の端を上げた。
「だから、石臼だ。試すんだろ?」
次の瞬間、全員が動いた。
据えられた石臼。
粒を入れる。
取っ手を回す。
ごり、と低い音。
粉が、落ちた。
「……え」
結衣が、思わず声を漏らす。
指ですくった粉は、さっきまでとは明らかに違っていた。
揃っている。
軽い。
「回してるだけなのに……」
「全然、力いらない」
誰かが笑う。
別の誰かも、つられて笑う。
「さっきまでのは、何だったんだ」
「これなら……これなら、できる」
空気が、はっきりと明るくなった。
グランは腕を組み、満足そうにうなずく。
「そういう顔を見るために作るんだ」
「無理を続けるな。道具にやらせろ」
結衣は石臼を見つめ、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
(……これで、先に進める)
世界樹のざわめきが、静かに、でも確かに弾んだ。
石臼は、ゆっくりと回り続けている。
この村の“次”を運びながら。
25.12.31
筆が進まずアイデアも出ず困ってました...




