平凡は手応えを得る
壺の量産が終わった頃には、拠点の景色は大きく変わっていた。
高床の建物はすでに形を成し、床下には整えられた水路が走っている。柱と梁は安定し、仮設だった部分も次々と本設に置き換えられていった。
トイレは、ほぼ完成していた。
個室。
床下の水路。
浮きとレバーを備えたタンク。
そして、その先に並べられた焼き物の壺。
一方で、お風呂はまだ途中だ。
壁は立ち上がり、水路も引かれているが、内装や細かい仕上げはこれから。
「……今日は、試運転だな」
グランの言葉に、全員が自然と集まった。
この場にいるのは、学生たちと職人たち、そして魔女。
村人はいない。
失敗すれば、また説明が必要になる。
だからこそ、まずは内々で確かめる。
「量は、最小限にしよう」
優奈が、冷静に言う。
「仕組みの確認が目的。処理能力を見るには十分」
瞬が、排水路と壺の位置をもう一度確認する。
「水の流れは問題ない。固形がここで止まり、液体だけが下へ流れる設計だ」
結衣は、少し緊張しながら、その様子を見ていた。
(……本当に、うまくいくんかな)
自分が関わったのは、考え方だけ。
作ったわけでも、設計したわけでもない。
それでも、胸の奥がざわつく。
──────
試運転は、静かに始まった。
タンクに水が溜められ、レバーが引かれる。
水は一気に流れ、床下の水路を通って壺へ向かう。
「……流れは、安定してる」
瞬が言う。
壺の中を覗き込むと、確かに固形物はそこで留まり、液体だけが下の水路へと流れていく。
「分離は、成功だな」
グランが、短く評価した。
匂いは、ほとんどしない。
完全に無臭ではないが、不快感はない。
魔女が、静かに頷く。
「今のところ、問題は見えないね」
結衣は、壺の中を見つめながら、ふと高校時代の光景を思い出していた。
堆肥舎。
発酵槽。
そこに入れられていたもの。
「……あの」
少し迷ってから、口を開く。
「葉っぱを、一緒に入れたらどうでしょう」
全員の視線が、結衣に向く。
「実習で見た処理では、排せつ物だけじゃなくて、植物の繊維も一緒に入れていました。空気の通りが良くなって、分解が早くなるって」
優奈が、すぐに理解を示す。
「炭素源になる。微生物の活動を助けるわね」
「枯れ葉なら、山ほどある」
グランが言う。
「試す価値はあるな」
──────
その日から、試験は続いた。
壺に、少量ずつ葉を加える。
量を変え、種類を変え、経過を見る。
毎日、壺を開けて確認する。
「……昨日より、形が崩れてる」
「匂いも、弱くなってる」
数日後。
明らかに、変化が見えた。
固形物は、元の形をほとんど留めていない。
湿った土に近い状態へと変わっている。
「……成功、だな」
瞬が、はっきりと言った。
グランは腕を組み、壺の中を見下ろす。
「時間はかかるが、確実だ。問題ねぇ」
魔女は、穏やかに微笑んだ。
「自然の流れに、ほんの少し手を貸しただけだよ」
結衣は、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。
(……できた)
派手な変化じゃない。
でも、確かに一歩進んだ。
──────
その日、村長が呼ばれた。
試運転の結果を見せるためだ。
壺の中身を見た村長は、しばらく黙っていたが、やがてゆっくりと頷いた。
「……これなら、村に置いても問題はなさそうだ」
結衣は、ほっと息を吐いた。
村長は続ける。
「すぐに全てを理解できるわけではない。だが、これは“汚す”ものではない。“戻す”ものだ」
その言葉に、胸の奥が静かに震えた。
世界樹のざわめきが、穏やかに響く。
認められた。
少しずつだけど。
トイレは、ほぼ完成した。
次は、お風呂。
水路と内装。
そして、人が集まる場所としての仕上げ。
平凡だと思っていた一歩一歩が、確かに形になっている。
結衣は、建物を見上げながら、静かに思った。
(……ここまで来たんやな)
小さく、心の中でそう呟いた。
25.12.24
トイレ完成!




