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異世界農業実習〜平凡な私がこの世界でできること〜  作者: 長月 朔(旧:響)
【第1章】生きるための場所

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平凡は手応えを得る

壺の量産が終わった頃には、拠点の景色は大きく変わっていた。


高床の建物はすでに形を成し、床下には整えられた水路が走っている。柱と梁は安定し、仮設だった部分も次々と本設に置き換えられていった。


トイレは、ほぼ完成していた。


個室。

床下の水路。

浮きとレバーを備えたタンク。

そして、その先に並べられた焼き物の壺。


一方で、お風呂はまだ途中だ。

壁は立ち上がり、水路も引かれているが、内装や細かい仕上げはこれから。


「……今日は、試運転だな」


グランの言葉に、全員が自然と集まった。


この場にいるのは、学生たちと職人たち、そして魔女。

村人はいない。


失敗すれば、また説明が必要になる。

だからこそ、まずは内々で確かめる。


「量は、最小限にしよう」


優奈が、冷静に言う。


「仕組みの確認が目的。処理能力を見るには十分」


瞬が、排水路と壺の位置をもう一度確認する。


「水の流れは問題ない。固形がここで止まり、液体だけが下へ流れる設計だ」


結衣は、少し緊張しながら、その様子を見ていた。


(……本当に、うまくいくんかな)


自分が関わったのは、考え方だけ。

作ったわけでも、設計したわけでもない。


それでも、胸の奥がざわつく。


──────


試運転は、静かに始まった。


タンクに水が溜められ、レバーが引かれる。

水は一気に流れ、床下の水路を通って壺へ向かう。


「……流れは、安定してる」


瞬が言う。


壺の中を覗き込むと、確かに固形物はそこで留まり、液体だけが下の水路へと流れていく。


「分離は、成功だな」


グランが、短く評価した。


匂いは、ほとんどしない。

完全に無臭ではないが、不快感はない。


魔女が、静かに頷く。


「今のところ、問題は見えないね」


結衣は、壺の中を見つめながら、ふと高校時代の光景を思い出していた。


堆肥舎。

発酵槽。

そこに入れられていたもの。


「……あの」


少し迷ってから、口を開く。


「葉っぱを、一緒に入れたらどうでしょう」


全員の視線が、結衣に向く。


「実習で見た処理では、排せつ物だけじゃなくて、植物の繊維も一緒に入れていました。空気の通りが良くなって、分解が早くなるって」


優奈が、すぐに理解を示す。


「炭素源になる。微生物の活動を助けるわね」


「枯れ葉なら、山ほどある」


グランが言う。


「試す価値はあるな」


──────


その日から、試験は続いた。


壺に、少量ずつ葉を加える。

量を変え、種類を変え、経過を見る。


毎日、壺を開けて確認する。


「……昨日より、形が崩れてる」

「匂いも、弱くなってる」


数日後。


明らかに、変化が見えた。


固形物は、元の形をほとんど留めていない。

湿った土に近い状態へと変わっている。


「……成功、だな」


瞬が、はっきりと言った。


グランは腕を組み、壺の中を見下ろす。


「時間はかかるが、確実だ。問題ねぇ」


魔女は、穏やかに微笑んだ。


「自然の流れに、ほんの少し手を貸しただけだよ」


結衣は、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。


(……できた)


派手な変化じゃない。

でも、確かに一歩進んだ。


──────


その日、村長が呼ばれた。


試運転の結果を見せるためだ。


壺の中身を見た村長は、しばらく黙っていたが、やがてゆっくりと頷いた。


「……これなら、村に置いても問題はなさそうだ」


結衣は、ほっと息を吐いた。


村長は続ける。


「すぐに全てを理解できるわけではない。だが、これは“汚す”ものではない。“戻す”ものだ」


その言葉に、胸の奥が静かに震えた。


世界樹のざわめきが、穏やかに響く。


認められた。

少しずつだけど。


トイレは、ほぼ完成した。


次は、お風呂。

水路と内装。

そして、人が集まる場所としての仕上げ。


平凡だと思っていた一歩一歩が、確かに形になっている。


結衣は、建物を見上げながら、静かに思った。


(……ここまで来たんやな)


小さく、心の中でそう呟いた。


25.12.24


トイレ完成!

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