平凡急がないという選択肢
建築の音が、少しだけ遠のいた時間帯だった。
柱を立てる作業は弟子たちに任せ、結衣たちは拠点の脇で集まっている。足元には、粘土質の土を集めた山。水を含んだ土の、重たい匂いが微かに漂っていた。
「廃棄を受け止める器だ」
グランが低い声で言い、土の塊を足先で軽く転がす。
「木は腐る。金属は高価すぎる。石は加工が面倒だ。熱と水を同時に扱うなら、選択肢は限られる」
「……焼き物、ですね」
優奈が確認するように言う。
「壺だ」
グランは即答した。
「厚みを持たせて、熱に耐える。中で何が起きても、外に漏れねぇ。用途が用途だ。普通の器とは別物になる」
瞬が設計板に目を落とす。
「容量も必要だ。発酵や分解を考えると、相当な量を受け止める」
結衣は、そのやり取りを聞きながら静かに頷いていた。
(作り方は分からない。でも……)
「処理には、時間が必要だと思います」
結衣は、少し慎重に言葉を選ぶ。
「高校の実習で、排せつ物の処理を見ました。すぐにどうにかしようとすると、必ず失敗します。熱や微生物を使うなら、待つ工程が一番大事で……」
「理屈は同じだな」
グランが短く言った。
「だから言ってる。急ぐな。最低でも一週間、しっかり乾かす。それが守れねぇなら、最初からやるな」
弟子たちは一斉に頷いた。
──────
壺作りは、順調に進んでいるように見えた。
土を練り、空気を抜き、厚みを意識して形を作る。底は厚く、側面は均一に。並べられた壺は、見た目だけなら十分に整っている。
結衣は、その様子を少し離れた場所から見ていた。
(……まだ、重たい)
触ったことはない。
でも、感覚的に分かる。
「乾燥は、今何日目だ?」
グランの問いに、弟子の一人が答える。
「二日です。風も通してますし、表面はもう……」
「二日?」
グランの声が低くなる。
「俺は一週間って言ったはずだ」
「……はい」
「なら、まだ窯には入れるな」
そう言い残し、グランは別の作業へ向かった。
その背中を見送ったあと、弟子たちの間に、微妙な空気が流れる。
「でもさ……」
「形はもう、しっかりしてるよな」
「試しに一つだけ、様子を見るのは……」
結衣の胸が、嫌な予感で締めつけられた。
(……やめた方がいい)
声をかけようとした、そのとき——
仮設の窯に、火が入った。
試作の壺が、一つだけ置かれる。
しばらくして。
パキ……
乾いた、嫌な音。
次の瞬間。
バンッ!!
壺が内側から弾けるように割れ、破片が飛び散った。
「うわぁぁぁっ!!」
弟子たちが一斉に飛び退く。
熱気が一瞬、場を包む。
「な、何だ今の……」
「割れた……?」
誰かが震える声で言った。
「……世界樹の怒りじゃないのか」
その場が、凍りつく。
結衣は、胸の奥が強く鳴るのを感じた。
(違う)
そのとき。
「騒ぐ前に、よく見なさい」
静かな声が、場を制した。
魔女だった。
割れた壺の破片に近づき、杖で断面を示す。
「中に水分が残っている。閉じ込められた水が、熱で膨らんだだけだよ。怒りでも呪いでもない」
優奈が、すぐに言葉を継ぐ。
「乾燥不足。焼成温度の上げ方も早すぎた」
「つまり——」
魔女は、穏やかに続ける。
「理由がある、ということさ。世界樹は、黙って見ているだけだよ」
その瞬間。
「誰が勝手に入れた!!」
低い怒声が飛んだ。
振り向くと、グランが走ってきていた。
割れた壺と弟子たちを一目見て、状況を理解する。
「二日だぞ!!」
怒りを隠さず、はっきり言う。
「俺は何て言った。乾燥が足りねぇって言っただろうが!」
弟子たちは、深く頭を下げた。
「……すみません」
「焦る気持ちは分かる」
グランは一息吐く。
「だがな、待てねぇ仕事は、必ず失敗する」
結衣は、その言葉を胸の奥で噛みしめた。
──────
それからは、待った。
七日。
風通しのいい場所で、壺を並べる。
雨を避け、毎日位置を変える。
指で叩くと、乾いた音が返るようになる。
「……今度は、軽い」
弟子の一人が言った。
「今度は、いける」
グランが頷く。
火は弱く。
時間をかけて。
温度を段階的に。
誰も、余計なことは言わなかった。
そして——
壺は、割れなかった。
歪みもない。
表面も安定している。
「成功だ」
小さく、誰かが呟く。
魔女が、満足そうに微笑んだ。
「ほらね。理由を知って、待てば、世界はちゃんと応えてくれる」
グランは壺を一つ叩き、口元を歪める。
「使える。しかも、量産できる」
弟子たちを見回し、はっきり言った。
「ここからが本番だ。数が要る。全員、壺作りに入れ」
「はい!」
声が揃う。
廃棄を受け止める器は、ようやく形になった。
結衣は、並べられた壺を見つめながら、静かに思う。
(……私が知ってるのは、作り方じゃない)
でも。
(待つことの意味なら、分かる)
世界樹のざわめきは、静かで穏やかだった。
怒りでも、試練でもない。
ただ、
「ちゃんと見ている」
そう伝えるように。
25.12.24
クリスマスイブに壺のプレゼントを




