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異世界農業実習〜平凡な私がこの世界でできること〜  作者: 長月 朔(旧:響)
【第1章】生きるための場所

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平凡急がないという選択肢

建築の音が、少しだけ遠のいた時間帯だった。


柱を立てる作業は弟子たちに任せ、結衣たちは拠点の脇で集まっている。足元には、粘土質の土を集めた山。水を含んだ土の、重たい匂いが微かに漂っていた。


「廃棄を受け止める器だ」


グランが低い声で言い、土の塊を足先で軽く転がす。


「木は腐る。金属は高価すぎる。石は加工が面倒だ。熱と水を同時に扱うなら、選択肢は限られる」


「……焼き物、ですね」


優奈が確認するように言う。


「壺だ」


グランは即答した。


「厚みを持たせて、熱に耐える。中で何が起きても、外に漏れねぇ。用途が用途だ。普通の器とは別物になる」


瞬が設計板に目を落とす。


「容量も必要だ。発酵や分解を考えると、相当な量を受け止める」


結衣は、そのやり取りを聞きながら静かに頷いていた。


(作り方は分からない。でも……)


「処理には、時間が必要だと思います」


結衣は、少し慎重に言葉を選ぶ。


「高校の実習で、排せつ物の処理を見ました。すぐにどうにかしようとすると、必ず失敗します。熱や微生物を使うなら、待つ工程が一番大事で……」


「理屈は同じだな」


グランが短く言った。


「だから言ってる。急ぐな。最低でも一週間、しっかり乾かす。それが守れねぇなら、最初からやるな」


弟子たちは一斉に頷いた。


──────


壺作りは、順調に進んでいるように見えた。


土を練り、空気を抜き、厚みを意識して形を作る。底は厚く、側面は均一に。並べられた壺は、見た目だけなら十分に整っている。


結衣は、その様子を少し離れた場所から見ていた。


(……まだ、重たい)


触ったことはない。

でも、感覚的に分かる。


「乾燥は、今何日目だ?」


グランの問いに、弟子の一人が答える。


「二日です。風も通してますし、表面はもう……」


「二日?」


グランの声が低くなる。


「俺は一週間って言ったはずだ」


「……はい」


「なら、まだ窯には入れるな」


そう言い残し、グランは別の作業へ向かった。


その背中を見送ったあと、弟子たちの間に、微妙な空気が流れる。


「でもさ……」

「形はもう、しっかりしてるよな」

「試しに一つだけ、様子を見るのは……」


結衣の胸が、嫌な予感で締めつけられた。


(……やめた方がいい)


声をかけようとした、そのとき——


仮設の窯に、火が入った。


試作の壺が、一つだけ置かれる。


しばらくして。


パキ……


乾いた、嫌な音。


次の瞬間。


バンッ!!


壺が内側から弾けるように割れ、破片が飛び散った。


「うわぁぁぁっ!!」


弟子たちが一斉に飛び退く。


熱気が一瞬、場を包む。


「な、何だ今の……」

「割れた……?」


誰かが震える声で言った。


「……世界樹の怒りじゃないのか」


その場が、凍りつく。


結衣は、胸の奥が強く鳴るのを感じた。


(違う)


そのとき。


「騒ぐ前に、よく見なさい」


静かな声が、場を制した。


魔女だった。


割れた壺の破片に近づき、杖で断面を示す。


「中に水分が残っている。閉じ込められた水が、熱で膨らんだだけだよ。怒りでも呪いでもない」


優奈が、すぐに言葉を継ぐ。


「乾燥不足。焼成温度の上げ方も早すぎた」


「つまり——」


魔女は、穏やかに続ける。


「理由がある、ということさ。世界樹は、黙って見ているだけだよ」


その瞬間。


「誰が勝手に入れた!!」


低い怒声が飛んだ。


振り向くと、グランが走ってきていた。


割れた壺と弟子たちを一目見て、状況を理解する。


「二日だぞ!!」


怒りを隠さず、はっきり言う。


「俺は何て言った。乾燥が足りねぇって言っただろうが!」


弟子たちは、深く頭を下げた。


「……すみません」


「焦る気持ちは分かる」


グランは一息吐く。


「だがな、待てねぇ仕事は、必ず失敗する」


結衣は、その言葉を胸の奥で噛みしめた。


──────


それからは、待った。


七日。

風通しのいい場所で、壺を並べる。

雨を避け、毎日位置を変える。


指で叩くと、乾いた音が返るようになる。


「……今度は、軽い」


弟子の一人が言った。


「今度は、いける」


グランが頷く。


火は弱く。

時間をかけて。

温度を段階的に。


誰も、余計なことは言わなかった。


そして——


壺は、割れなかった。


歪みもない。

表面も安定している。


「成功だ」


小さく、誰かが呟く。


魔女が、満足そうに微笑んだ。


「ほらね。理由を知って、待てば、世界はちゃんと応えてくれる」


グランは壺を一つ叩き、口元を歪める。


「使える。しかも、量産できる」


弟子たちを見回し、はっきり言った。


「ここからが本番だ。数が要る。全員、壺作りに入れ」


「はい!」


声が揃う。


廃棄を受け止める器は、ようやく形になった。


結衣は、並べられた壺を見つめながら、静かに思う。


(……私が知ってるのは、作り方じゃない)


でも。


(待つことの意味なら、分かる)


世界樹のざわめきは、静かで穏やかだった。


怒りでも、試練でもない。


ただ、

「ちゃんと見ている」

そう伝えるように。


25.12.24


クリスマスイブに壺のプレゼントを

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