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異世界農業実習〜平凡な私がこの世界でできること〜  作者: 長月 朔(旧:響)
【第1章】生きるための場所

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平凡の中にある知識を

拠点の周囲は、朝から落ち着かない音に包まれていた。


木材が引きずられる音。

斧が入る乾いた響き。

束ねた竹を運ぶときの、軽い衝突音。


高床の柱はすでに数本立ち上がり、床を支える梁も形になりつつある。地面を深く掘らない構造だからこそ、作業は慎重だが、手順自体ははっきりしていた。


人が増えた。


それが、何より大きい。


「この梁は、もう少し内側に寄せた方がいいな」

「水路の溝は、そこから緩やかに下げよう」

「運ぶなら二人で持った方が早い」


村人たちは、誰かに命令されているわけでもなく、それぞれ判断しながら動いていた。


昨日のパンの一件以来、空気が変わったのを、結衣ははっきりと感じていた。


(……こんなに、違う)


ほんの数日前までは、遠巻きに見られているだけだった。

それが今は、同じ場所で汗をかいている。


「進み、早いですね」


結衣がぽつりと言うと、優奈が設計板から目を上げた。


「人手が増えたのと、目的が共有できているからね。作る理由が分かっている人は、動きが違う」


瞬は柱の間隔を測りながら、「精度も悪くない。即席にしては上出来だ」と短く評価した。


少し離れた場所では、グランが腕を組み、全体を睨むように眺めている。


「建物そのものは問題ねぇ」


低く言い切ってから、視線を横にずらした。


まだ何も置かれていない、仮設トイレ予定地。

床下の空間だけが、ぽっかりと空いている。


「だがな……」


その一言で、場の空気がわずかに引き締まった。


「問題は、後回しにしてる方だ」


結衣は、胸の奥がきゅっと縮むのを感じた。


(……来た)


「廃棄、ですよね」


優奈が静かに応じる。


「流すところまでは、設計できる。水路、タンク、浮きの仕組みも技術的には可能。でも、その先。固体をどう扱うかは、決めきれていない」


瞬も頷いた。


「水と一緒に川へ流すのは、論外だ」


近くにいた村人たちも、自然と話に耳を傾けている。


「川は飲み水にも使う」

「後で問題になる」

「匂いが出るのも困る」


誰もが、感覚的に“まずい”ことは分かっている。


結衣は、無意識のうちに指先を握り込んでいた。


(……知ってる)


高校時代の実習。

畜産科で何度も向き合った、あの工程。


糞尿処理。

発酵。

熱。


嫌な記憶じゃない。

ただ、地味で、根気が要る作業。


「……あの」


結衣は、少しだけ呼吸を整えてから口を開いた。


「高校の実習で、動物の排せつ物を処理する設備を使ったことがあります。すぐに捨てるんじゃなくて、発酵させて、熱を出して、時間をかけて分解する方法です。匂いも、かなり抑えられていました」


言い切る勇気がなくて、少し慎重な言い方になった。


一瞬、静寂。


「……分解、か」


グランが低く呟く。


「つまり、途中をちゃんと管理するってことだな」


「そうですね」


優奈が理解を示す。


「完全に同じことはできなくても、考え方は応用できる」


そのとき、黒い外套の魔女が、輪の中に進み出た。


「若人、良いところに気づいたね」


柔らかな声で、場を見渡す。


「この世界でも理屈は同じだよ。腐るものは、やがて土に還る。嫌われるのは、途中の姿だ。匂い、見た目、触れたくなさ」


結衣の胸が、どくんと鳴る。


「なら、途中を隠し、制御すればいい」


魔女は続ける。


「容器で受け、空気の入りを調整し、熱を与える。浄化の魔石があれば、なお良い。最後に残るのは、土に近いものだ。それを森に還すか、作物の根元に戻す。信仰的にも、問題は起きにくい」


村人の一人が、小さく頷いた。


「……それなら、川は汚れないな」

「匂いも抑えられるなら、助かる」


グランが、口の端を上げる。


「面白ぇ。捨てるんじゃねぇ。使い切る、か」


その一言で、結衣の胸が少しだけ軽くなる。


(……届いた)


自分の中にあった知識が、この世界の言葉に置き換えられていく感覚。


「最初から完璧じゃなくていい」


魔女が、結衣を見て微笑む。


「小さく始めて、直しながら進めばいい。若人には、その時間がある」


世界樹のざわめきが、ふっと柔らかくなる。


急かさない。

でも、確かに背中を支えてくれる。


グランは一歩前に出た。


「よし。廃棄はこの方向でいく。容器、熱、浄化。この三つだ。作れるかどうかは、俺が見る」


建物の方から、また木材を運ぶ音が響く。


作業は止まらない。

問題も、まだ山積みだ。


それでも。


平凡だと思っていた自分の経験が、この場で意味を持ち始めている。


結衣は、立ち上がる柱を見上げながら、胸の奥で静かに思った。


(……私、ちゃんとここにいる)


平凡ではいられない壁は、もう目の前にあった。

25.12.23


後書き書くことない

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