平凡は一粒の殻を砕く
拠点の裏手。
建築予定地から少し離れた場所に、即席の作業場が作られていた。
板を並べただけの台と、平たい石。
その下には、粒が飛び散らないように布が敷かれている。
「……まず、ここからやな」
明日香が、穂の束を見下ろした。
風に揺れていたときは、もう“食べ物”に見えていた。
でも、結衣は静かに首を振る。
「このままじゃ、食べられません」
「やっぱり?」
「はい。まず、粒を外さないと」
優奈が穂を一本手に取る。
「米みたいな工程?」
「少し違いますけど……考え方は似てます」
結衣は答えた。
「畜産専攻でしたけど、作物の授業もありました。米も野菜もやってて……収穫してから“口に入る形”にするまでが、一番手間かかるんです」
──────
結衣は穂を束ね、布の上に置いた。
「まず、叩きます」
そう言って、木の台に向かって穂を振り下ろす。
バン、と乾いた音が響く。
粒が、ぱらぱらと落ちた。
「……思ったより力いるな」
明日香が目を丸くする。
「擦るより、叩いた方が早いです。昔から、そうやってたみたいで」
何度も叩く。
音が重なり、粒が増えていく。
穂から外れた粒は、まだ殻をまとったままだ。
「これで終わりじゃないんですよね」
優奈が確認する。
「終わりじゃないです」
結衣はうなずいた。
「次は、殻を緩めます」
──────
結衣は両手で粒を包み、軽く揉む。
強く擦らない。
潰さないように。
「米の籾摺りに近いです。殻を割るんじゃなくて、外しやすくする感じで」
地味な作業だった。
揉む。
落とす。
また揉む。
「これ……全部やるん?」
明日香が、思わず声を上げる。
「全部です」
即答だった。
「量が増えたら、もっと大変になります」
「うわ……」
明日香が遠い目をする。
──────
殻が緩んだところで、ようやく次の工程に進む。
結衣は浅い器を持ってきた。
「最後に、これです」
軽く息を吹きかける。
重い粒は落ち、ふわりと軽い殻だけが舞った。
「おお……」
明日香が声を上げる。
「これが、風選です」
結衣は説明する。
「最初からはできません。叩いて、揉んで、それから、です」
優奈が納得したようにうなずく。
「順番が大事なのね」
──────
作業が一段落したころ。
器の底が、うっすら見えなくなるくらいの量が溜まっていた。
普段、スープをよそうときに使う器。
その一杯分ほど。
「……思ったより、できたな」
明日香がぽつりと言う。
結衣は小さくうなずいた。
「でも、これでパン一個分にも足りません」
瞬が近づき、粒を一つ摘まむ。
「麦に近いな。野生にしては、粒も揃ってる」
「殻は、やっぱり硬いです」
「だな」
瞬は少し考え、平たい石を手に取った。
「このままじゃ、砕くのも大変だ」
「……臼があれば、楽なんですけど」
結衣が言うと、瞬は短く答えた。
「ないなら、作るしかないな」
──────
器の中の粒は、決して多くはない。
でも。
(“食べ物になる量”には、ちゃんとなってる)
世界樹のざわめきが、静かに響いた。
急かさない。
答えも教えない。
ただ、見ているだけ。
「今日は、ここまでですね」
結衣が言うと、明日香が大きく息を吐いた。
「想像の十倍、地味やったわ」
「でも」
優奈が続ける。
「確実に、一歩は進んでる」
結衣は器を見つめた。
派手じゃない。
楽でもない。
それでも。
この器一杯分の粒は、この世界で“育ったもの”だ。
明日は、砕く。
うまくいかないかもしれない。
それでもいい。
平凡な手間の積み重ねが、この村の未来を形作るのだから。
25.12.22
だいぶ短めです!
許してください




