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異世界農業実習〜平凡な私がこの世界でできること〜  作者: 長月 朔(旧:響)
【第1章】生きるための場所

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平凡は一粒の殻を砕く

拠点の裏手。


建築予定地から少し離れた場所に、即席の作業場が作られていた。

板を並べただけの台と、平たい石。

その下には、粒が飛び散らないように布が敷かれている。


「……まず、ここからやな」


明日香が、穂の束を見下ろした。


風に揺れていたときは、もう“食べ物”に見えていた。

でも、結衣は静かに首を振る。


「このままじゃ、食べられません」


「やっぱり?」


「はい。まず、粒を外さないと」


優奈が穂を一本手に取る。


「米みたいな工程?」


「少し違いますけど……考え方は似てます」


結衣は答えた。


「畜産専攻でしたけど、作物の授業もありました。米も野菜もやってて……収穫してから“口に入る形”にするまでが、一番手間かかるんです」


──────


結衣は穂を束ね、布の上に置いた。


「まず、叩きます」


そう言って、木の台に向かって穂を振り下ろす。


バン、と乾いた音が響く。


粒が、ぱらぱらと落ちた。


「……思ったより力いるな」


明日香が目を丸くする。


「擦るより、叩いた方が早いです。昔から、そうやってたみたいで」


何度も叩く。


音が重なり、粒が増えていく。


穂から外れた粒は、まだ殻をまとったままだ。


「これで終わりじゃないんですよね」


優奈が確認する。


「終わりじゃないです」


結衣はうなずいた。


「次は、殻を緩めます」


──────


結衣は両手で粒を包み、軽く揉む。


強く擦らない。

潰さないように。


「米の籾摺りに近いです。殻を割るんじゃなくて、外しやすくする感じで」


地味な作業だった。


揉む。

落とす。

また揉む。


「これ……全部やるん?」


明日香が、思わず声を上げる。


「全部です」


即答だった。


「量が増えたら、もっと大変になります」


「うわ……」


明日香が遠い目をする。


──────


殻が緩んだところで、ようやく次の工程に進む。


結衣は浅い器を持ってきた。


「最後に、これです」


軽く息を吹きかける。

重い粒は落ち、ふわりと軽い殻だけが舞った。


「おお……」


明日香が声を上げる。


「これが、風選です」


結衣は説明する。


「最初からはできません。叩いて、揉んで、それから、です」


優奈が納得したようにうなずく。


「順番が大事なのね」


──────


作業が一段落したころ。


器の底が、うっすら見えなくなるくらいの量が溜まっていた。


普段、スープをよそうときに使う器。

その一杯分ほど。


「……思ったより、できたな」


明日香がぽつりと言う。


結衣は小さくうなずいた。


「でも、これでパン一個分にも足りません」


瞬が近づき、粒を一つ摘まむ。


「麦に近いな。野生にしては、粒も揃ってる」


「殻は、やっぱり硬いです」


「だな」


瞬は少し考え、平たい石を手に取った。


「このままじゃ、砕くのも大変だ」


「……臼があれば、楽なんですけど」


結衣が言うと、瞬は短く答えた。


「ないなら、作るしかないな」


──────


器の中の粒は、決して多くはない。


でも。


(“食べ物になる量”には、ちゃんとなってる)


世界樹のざわめきが、静かに響いた。


急かさない。

答えも教えない。


ただ、見ているだけ。


「今日は、ここまでですね」


結衣が言うと、明日香が大きく息を吐いた。


「想像の十倍、地味やったわ」


「でも」


優奈が続ける。


「確実に、一歩は進んでる」


結衣は器を見つめた。


派手じゃない。

楽でもない。


それでも。


この器一杯分の粒は、この世界で“育ったもの”だ。


明日は、砕く。


うまくいかないかもしれない。


それでもいい。


平凡な手間の積み重ねが、この村の未来を形作るのだから。


25.12.22


だいぶ短めです!

許してください

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