平凡、魔石を見る
夜明け前の森は、ひどく静かだった。
焚き火の名残が、赤くくすぶっている。
私は毛布を畳みながら、深く息を吸った。
(……ちゃんと、眠れた)
慣れない野宿なのに、不思議と身体は軽い。
森の空気のせいか、それとも――。
「起きた?」
白河さんが声をかけてくる。
もう身支度はほとんど終わっているみたいだった。
「はい」
岩城さんは無言で周囲を見回している。
朝のうちに移動するつもりなのだろう。
──────
昨日見つけた麦と筒状の植物の場所を離れ、さらに奥へ進む。
木々がまばらになり、岩肌が目立ち始めた。
足元の石が増え、靴底に伝わる感触が変わる。
(……暑い?)
まだ朝なのに、空気がぬるい。
湿った風が、じわりと肌にまとわりついた。
「……気温が不自然ね」
白河さんが小さく言う。
岩城さんが前方を指す。
岩と岩の間に、黒い割れ目があった。
──────
近づくほど、はっきり分かる。
熱。
そして、湿気。
洞窟の入り口から、白い湯気のようなものが流れ出していた。
「……サウナやん」
思わず関西弁が漏れる。
白河さんが小さく息を吐いた。
「自然発生の熱源……しかも水気もある」
洞窟の中へ一歩踏み入れた瞬間、肌にまとわりつく熱が一段階上がった。
(……暑い。でも、息苦しくはない)
壁に触れると、ほんのり温かい。
「……結衣さん」
白河さんが壁の一部を指差す。
そこには、淡く光る石が埋まっていた。
「魔石……ですよね」
「ええ。しかも――」
白河さんは周囲を見回す。
「種類が一つじゃない」
──────
洞窟の奥へ進むにつれ、光る石の色が変わっていく。
赤みを帯びたもの。
透明に近いもの。
そして、淡い白。
岩城さんが、しゃがみ込んで床を観察する。
「……水、湧いてる」
岩の隙間から、ゆっくりと水が染み出していた。
触れると、ぬるい。
「熱と水が同時に存在してる……」
白河さんの声が、少しだけ弾む。
「それに、この白い魔石……浄化系の反応がある」
私は喉が鳴るのを感じた。
(熱、水、浄化……)
頭の中で、昨日まで別々だった問題が、静かに並び始める。
──────
洞窟の奥は、さらに広がっていた。
天井は高く、蒸気が溜まっている。
足元は滑りやすいが、危険なほどではない。
「……珍しい」
白河さんが言った。
「こんなふうに、複数の魔石が自然に共存している場所は、かなり稀よ」
岩城さんが短く付け足す。
「……保護、必要」
(せやな……ここ、荒らしたらあかん)
私は胸の奥でそう思った。
世界樹のざわめきが、ここでは少し強い。
でも、怒っている感じじゃない。
──────
「全部持ち帰るのは、無理ね」
白河さんが冷静に言う。
「それに、埋まっている魔石を無理に外すのは避けたい」
私は足元に視線を落とした。
洞窟の床には、欠けたような小さな石が、いくつか転がっている。
踏まれて剥がれ落ちたのか、自然に落ちたのか。
「……これなら」
白河さんがうなずく。
「地面に落ちている分だけ、少量。性質を調べるには十分よ」
岩城さんが無言で頷き、周囲を確認する。
私は一つひとつ、慎重に拾い上げた。
赤みのある欠片。
透明に近いもの。
淡く白い石。
(……持って帰るのは、“壊したもの”じゃなくて、“落ちてたもの”)
それだけで、胸の奥が少し軽くなった。
──────
洞窟を出ると、外の空気がひどく冷たく感じた。
「……外、涼しすぎひん?」
また関西弁が出る。
白河さんが苦笑する。
「体が温まってたのよ」
私は背負い袋の中を思い浮かべる。
ひと房の麦。
筒状の植物。
そして、少量の魔石。
(これ……全部、偶然じゃない)
そんな気がしてならなかった。
世界樹のざわめきが、今度ははっきりと聞こえる。
でも言葉じゃない。
方向でもない。
ただ、
「揃った」
そう言われた気がした。
(……まだ、何も作ってないのに)
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
魔石班の探索は、まだ続く。
でも、この洞窟を見つけたことで――
確実に、流れは変わった。
私はそう確信しながら、仲間たちと視線を交わした。
次に戻るとき。
きっと、話すことは山ほどある。
それが少し怖くて、
でも――少し、楽しみだった。
25.12.15
まっせき
魔石!
サウナ!




