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異世界農業実習〜平凡な私がこの世界でできること〜  作者: 長月 朔(旧:響)
【第1章】生きるための場所

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平凡と禁忌の土

拠点の外、まだ何も建っていない空き地に、私たちは集まっていた。

草は踏み分けられただけで、土はまだ手つかずのままだ。


「場所としては、ここでええと思うんよ」

明日香さんが、周囲を見回しながら言う。

「水も近いし、人の動線的にも使いやすい」


「問題は高さだな」

吉瀬先輩が、足元を軽く踏みしめる。

「このままだと、雨が続いた時に水が溜まる可能性がある」


白河さんが地面を観察しながら続けた。

「排水自体はできるけど、勾配が足りないわね」


「……盛土、かな」

篠宮先輩が、小さく呟いた。


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が、すっと冷えた。


(盛土……土を、積む……)


技術的には正しい。

現代なら、当たり前の対処だ。


でも、この世界では——


「技術的には、妥当やと思う」

吉瀬先輩が言葉を選びながら言う。

「ただ……」


岩城先輩が、短く続けた。

「村、嫌がる」


その一言で、全員が黙った。


私はしゃがみ込み、そっと地面に手を当てる。

湿り気、温度、重さ。


(……嫌がる、っていうより……)


「……落ち着いてる、気がします」

気づけば、口に出していた。


「え?」

明日香さんが振り返る。


「今のままの土は……なんていうか……そのままで、いいって言ってる感じがして……」


自分でも曖昧すぎると思う。

でも、誰も笑わなかった。


そのときだった。


──────


「その感覚、間違ってはいないよ」


低く、しわがれた声が、背後から響いた。


振り向くと、そこに一人の女が立っていた。


黒の外套に身を包み、背を少し丸めた年配の女が立っていた。

光をほとんど反さない黒布が、彼女の輪郭を曖昧にしている。


年の頃は五十を超えて見える。


その横には、小さな女の子が一人。

赤い服が春の風に揺れ、黒の外套とは対照的にひどく目立っていた。


「……あ」

明日香さんが、声を落とす。

「……魔女さん……」


村で何度か見かけたことのある、黒の外套の魔女。

占いがよく当たると評判で、だからこそ村人は距離を取り、同時に無視もしない存在だ。


女——魔女は、杖の先で地面を軽く叩いた。


「盛土が悪い、とは言わない」

静かな声だった。

「だがね。この土地では、理由のない盛土は嫌われる」


吉瀬先輩が、一歩前に出る。

「理由……とは?」


「大地は、世界樹を支えるものだ」

魔女は淡々と答えた。

「掘るな、触るな、という話じゃない。人が地上で生きることは、最初から許されている」


一度、地面に視線を落とす。


「だが、“形を変え続ける”のは別だ」


私は、はっとする。


「建物を建てるために整える。柱を立てるために穴を掘る。それは“使わせてもらう”行為だ」


魔女の目が、私たち一人一人をゆっくり見渡す。


「だが、耕す。毎年、同じ場所を返し続ける。実りを要求する。」


空気が、張り詰めた。


「それは、大地を“管理しようとする”行為だと、この土地では受け取られた」


村の禁忌。

農業が発達しなかった理由。


「昔、それをやった者たちがいた」

魔女は続ける。

「土地が荒れ、魔物が騒ぎ、水が乱れた。……原因は別にあったがね」


小さく、ため息をつく。


(……“別の原因”。じゃあ、農業そのものが悪かったわけじゃない……?)


「だから今は、“理由の分からない土いじり”を嫌う」


私は、胸の奥が静かにざわつくのを感じていた。


(浅いとか、深いとかじゃない……)


「盛土をするなら、なぜここに必要なのか。何を守るためなのか。それを、土地と人に示さなければならない」


魔女は、そう言って杖を下ろした。


──────


沈黙のあと、白河さんが一歩踏み出した。


「……あなたは、この世界の薬草や土を、どうやって学んだんですか」


魔女の目が、細くなる。


「学んだ、というより……聞いてきただけさ」


「もし、よければ」

白河さんは、まっすぐに言った。

「私たちにも、教えてもらえませんか。この土地の“やり方”を」


一瞬の間。

それから魔女は、ふっと笑った。


「……面白い子だね。奪おうとしない」


横の少女が、白河さんをじっと見つめる。


「時間が合えば、だ」

魔女はそう言い残し、背を向けた。


赤い服の少女は、私たちと魔女の間に立つようにして、黙ったまま周囲を見回していた。


──────


魔女たちが去ったあと、

しばらく誰も口を開かなかった。


「……盛土、軽く考えすぎてたな」

明日香さんが、ぽつりと言う。


「技術だけで進める話じゃないな」

吉瀬先輩が、静かにまとめた。


私は、もう一度地面に手を当てる。


(掘るな、じゃない。

聞け、ってことなんや)


世界樹のざわめきが、

さっきより、少しだけ穏やかだった。


平凡な私にできることは、

たぶん、派手な答えを出すことじゃない。


(無視しないで、考えること)


それだけは、できる気がした。


春の風が、土の上を静かに流れていった。

25.12.12


本日2話目!

新たな人物の登場です!


魔女(名前不明)


村に出入りする占いと薬草に詳しい魔女。

年配に見えるが、どこか不自然な若さを感じさせる。

土と禁忌について、独自の知識を持つ。


魔女見習い(名前不明)


魔女と行動を共にする10歳の少女。

孤児で、魔女に拾われた。

無口だが観察眼が鋭く、周囲をよく見ている。

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