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異世界農業実習〜平凡な私がこの世界でできること〜  作者: 長月 朔(旧:響)
【第1章】生きるための場所

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平凡ではない人たちが描く村のかたち

村の朝は早い。


太陽が山の端から少し顔を出しただけで、家の戸が開き、人の動きが活気づく。井戸に木桶を抱えた人々が並び、誰かが笑い、子どもが走り抜け、村の日常が始まった。


吉瀬瞬と篠宮智也は、その様子を少し離れた場所から見つめていた。


「……やっぱり、人にも水にも、“毎日の流れ”ってものがあるな」


吉瀬は腕を組みながら言う。

篠宮は木版を抱え、静かにうなずいた。


「そうですね。井戸から家へ。

この往復が生活の中心になってますね」


「だな。トイレと浴場を作るなら、この“生活の流れ”を邪魔しない場所じゃなきゃいけない」


「はい。排水も井戸から離す必要がありますし……村の人たちにとって“行きやすい場所”であることも重要です」


二人は視線を交わし、村の中心へ足を踏み出した。


──────


井戸は予想以上に混雑していた。


朝の時間帯は、水汲みのピークだ。人々は桶を抱え、順番に水を汲み、生活へ戻っていく。


篠宮は少し離れた場所から観察し、木炭で木版に線を引いていった。


「家族が多いほど往復も増える……井戸の周りは常に混雑しそうですね」


「この様子を見る限り、井戸の近くに浴場やトイレは無理だな。

人の流れも、視線も近すぎる」


吉瀬は土の上に枝で線を描きながらつぶやく。


「井戸→各家。

これがこの村の1番の生活動線か」


篠宮は地面の傾斜に目を向けた。


「こちら側が緩やかに低くなっていますね。排水は南側に逃がすのが安全そうです」


「じゃあトイレの排水は南。浴場も分けるべきだな」


「井戸に戻らない排水計画を作ります」


二人の木版には、少しずつ村の“形”が記録されていった。


──────


午前中、二人は各家を回り、聞き取りを行った。


篠宮は柔らかい笑顔で丁寧に質問し、吉瀬は必要な情報だけ的確に拾って木版に刻んでいく。


「夜、遠くまで行くのは怖いねえ」


「かといって、家のすぐ裏だと匂いがね……」


「女の人は、人の目が気になる場所は通りたくない、って言うてたよ」


村人の声は、生活の“リアルな困りごと”だ。


吉瀬は眉を寄せた。


「……“近いけど見られない場所”。

トイレには、それが必須条件だな」


「ですね。

入口の向きや、道の角度も調整したいです」


「浴場も同じだ。

男女利用の分け方も含めて、話し合いが必要だな」


篠宮は小さく笑った。


「そのあたりは明日香さんが1番理解が早いでしょうね。住民の心理を読むのが上手ですし」


吉瀬もわずかに笑い返す。


「確かに。数値で測れないもんは、明日香の領域だからな」


──────


昼を過ぎた頃、二人は村の東側の少し高い場所へ向かった。


ここからは村の全体、井戸、家々、川へ続く小道が見える。


風が吹き抜け、篠宮の髪が揺れた。


「今は森の方から風が来ていますね」


「昼は森→村。夜は逆だろう。

湯気や匂いを考えると、風の流れは重要だ」


吉瀬は空気の方向を読むように目を細める。


「トイレは南。浴場は……東がよさそうだな」


篠宮は木版に丸をつけた。


「川の中流への動線も近いし、水を引き込むには最適です」


「湯気も森に逃げるし、村からの見え方も悪くない」


二人は風の流れを感じながら、そこを浴場の最有力候補地として位置づけた。


──────


午後、古い建物に気づいた篠宮が足を止めた。


「……あれは、使われなくなった家屋……でしょうか?」


建物は崩れかけており、屋根も落ちている。

当時は家畜を飼おうとした痕跡らしいが、今は完全に途絶えていた。


吉瀬は土の状態を確かめながら言った。


「昔は何かを育てようとしたんだろうが……禁忌になってから、完全に消えたってことか」


篠宮は木版に静かに記す。


「将来的に家畜を導入する可能性を考えると、人と混ざらない区画にする必要がありますね」


「そうだな。今は空っぽでも、いつか役立つ」


──────


日が落ちかける頃、二人は拠点へ戻った。


すでに外では、明日香と岩城が薪や枝を仕分けている。

風魔石の欠片が布袋に収められ、夕陽で淡く光っていた。


「おつかれ。めっちゃ歩いとったやろ?」


明日香が笑顔で手を振る。


「ああ。だが、いい運動だ」


吉瀬は軽く返し、篠宮とともに拠点の中へ入る。


テーブルには、結衣たちの木版が並んでいた。


二人は並んで腰を下ろし、それぞれの木版を広げた。


「トイレ候補は南側。浴場候補は東側」


「井戸、風、地形、村人の意見……

総合的に考えれば、妥当な案ですね」


篠宮が木炭でまとめを書き加える。


「村の人の反応も悪くなかった。

“そんなことまで考えてくれるんか”って、喜んでくれたよ」


吉瀬の声は穏やかだった。


そのとき——


「今日こそ風呂つくる作戦会議やでーーっ!!」


外から明日香の声が響き、二人は同時に肩を跳ねさせた。


「……相変わらず元気ですね」


「ありがたいことだよ。

じゃあ、この木版、全員に共有するか」


吉瀬は立ち上がり、木版を手に取った。


夕暮れの拠点に近づく足音。

その中心にはきっと——結衣がいる。


このあと始まる“作戦会議”が、村の未来を大きく変えることになるとは、

まだ誰も知らなかった。

25.12.11


本日3話目の更新です!


朔になってもよろしく!

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