平凡ではない人たちが描く村のかたち
村の朝は早い。
太陽が山の端から少し顔を出しただけで、家の戸が開き、人の動きが活気づく。井戸に木桶を抱えた人々が並び、誰かが笑い、子どもが走り抜け、村の日常が始まった。
吉瀬瞬と篠宮智也は、その様子を少し離れた場所から見つめていた。
「……やっぱり、人にも水にも、“毎日の流れ”ってものがあるな」
吉瀬は腕を組みながら言う。
篠宮は木版を抱え、静かにうなずいた。
「そうですね。井戸から家へ。
この往復が生活の中心になってますね」
「だな。トイレと浴場を作るなら、この“生活の流れ”を邪魔しない場所じゃなきゃいけない」
「はい。排水も井戸から離す必要がありますし……村の人たちにとって“行きやすい場所”であることも重要です」
二人は視線を交わし、村の中心へ足を踏み出した。
──────
井戸は予想以上に混雑していた。
朝の時間帯は、水汲みのピークだ。人々は桶を抱え、順番に水を汲み、生活へ戻っていく。
篠宮は少し離れた場所から観察し、木炭で木版に線を引いていった。
「家族が多いほど往復も増える……井戸の周りは常に混雑しそうですね」
「この様子を見る限り、井戸の近くに浴場やトイレは無理だな。
人の流れも、視線も近すぎる」
吉瀬は土の上に枝で線を描きながらつぶやく。
「井戸→各家。
これがこの村の1番の生活動線か」
篠宮は地面の傾斜に目を向けた。
「こちら側が緩やかに低くなっていますね。排水は南側に逃がすのが安全そうです」
「じゃあトイレの排水は南。浴場も分けるべきだな」
「井戸に戻らない排水計画を作ります」
二人の木版には、少しずつ村の“形”が記録されていった。
──────
午前中、二人は各家を回り、聞き取りを行った。
篠宮は柔らかい笑顔で丁寧に質問し、吉瀬は必要な情報だけ的確に拾って木版に刻んでいく。
「夜、遠くまで行くのは怖いねえ」
「かといって、家のすぐ裏だと匂いがね……」
「女の人は、人の目が気になる場所は通りたくない、って言うてたよ」
村人の声は、生活の“リアルな困りごと”だ。
吉瀬は眉を寄せた。
「……“近いけど見られない場所”。
トイレには、それが必須条件だな」
「ですね。
入口の向きや、道の角度も調整したいです」
「浴場も同じだ。
男女利用の分け方も含めて、話し合いが必要だな」
篠宮は小さく笑った。
「そのあたりは明日香さんが1番理解が早いでしょうね。住民の心理を読むのが上手ですし」
吉瀬もわずかに笑い返す。
「確かに。数値で測れないもんは、明日香の領域だからな」
──────
昼を過ぎた頃、二人は村の東側の少し高い場所へ向かった。
ここからは村の全体、井戸、家々、川へ続く小道が見える。
風が吹き抜け、篠宮の髪が揺れた。
「今は森の方から風が来ていますね」
「昼は森→村。夜は逆だろう。
湯気や匂いを考えると、風の流れは重要だ」
吉瀬は空気の方向を読むように目を細める。
「トイレは南。浴場は……東がよさそうだな」
篠宮は木版に丸をつけた。
「川の中流への動線も近いし、水を引き込むには最適です」
「湯気も森に逃げるし、村からの見え方も悪くない」
二人は風の流れを感じながら、そこを浴場の最有力候補地として位置づけた。
──────
午後、古い建物に気づいた篠宮が足を止めた。
「……あれは、使われなくなった家屋……でしょうか?」
建物は崩れかけており、屋根も落ちている。
当時は家畜を飼おうとした痕跡らしいが、今は完全に途絶えていた。
吉瀬は土の状態を確かめながら言った。
「昔は何かを育てようとしたんだろうが……禁忌になってから、完全に消えたってことか」
篠宮は木版に静かに記す。
「将来的に家畜を導入する可能性を考えると、人と混ざらない区画にする必要がありますね」
「そうだな。今は空っぽでも、いつか役立つ」
──────
日が落ちかける頃、二人は拠点へ戻った。
すでに外では、明日香と岩城が薪や枝を仕分けている。
風魔石の欠片が布袋に収められ、夕陽で淡く光っていた。
「おつかれ。めっちゃ歩いとったやろ?」
明日香が笑顔で手を振る。
「ああ。だが、いい運動だ」
吉瀬は軽く返し、篠宮とともに拠点の中へ入る。
テーブルには、結衣たちの木版が並んでいた。
二人は並んで腰を下ろし、それぞれの木版を広げた。
「トイレ候補は南側。浴場候補は東側」
「井戸、風、地形、村人の意見……
総合的に考えれば、妥当な案ですね」
篠宮が木炭でまとめを書き加える。
「村の人の反応も悪くなかった。
“そんなことまで考えてくれるんか”って、喜んでくれたよ」
吉瀬の声は穏やかだった。
そのとき——
「今日こそ風呂つくる作戦会議やでーーっ!!」
外から明日香の声が響き、二人は同時に肩を跳ねさせた。
「……相変わらず元気ですね」
「ありがたいことだよ。
じゃあ、この木版、全員に共有するか」
吉瀬は立ち上がり、木版を手に取った。
夕暮れの拠点に近づく足音。
その中心にはきっと——結衣がいる。
このあと始まる“作戦会議”が、村の未来を大きく変えることになるとは、
まだ誰も知らなかった。
25.12.11
本日3話目の更新です!
朔になってもよろしく!




