福引き駄菓子
皆大好き、駄菓子屋さん‼
下町の一角、大人にも子どもにも憩いの場となっている小さな駄菓子屋さん、その名も『幸せ小箱』が在る。
昔から住んでいる人は勿論、別の地域から引っ越してきた人も皆、この『幸せ小箱』に日々幸せを買いに来ているのだ。
幸せの元となっているのは、幸せ福引きが出来る『福引き駄菓子』だ。
金平糖の瓶に一枚、福引きのくじが入っていて、『当り』『外れ』の二種類が在る。
何処にでも在る福引きだけど、それを引いた人は皆、幸せになれる。
ほら、今日もまた幸せを買いにお客さんが『幸せ小箱』を訪れる。
「こんにちは、いらっしやいな」
「こんにちは、小ノ葉さん。
幸せ福引き、引きに来たよ!」
『幸せ小箱』の女性店主、小ノ葉さんに、顔馴染みの常連客平太くんが声をかけた。
小ノ葉さんはエプロンを翻し平太くんの側に歩みよると、金平糖入りの瓶を差し出した。
平太くんの来店を予知していたように、小ノ葉さんは予め幸せの金平糖を手にしていた。
「さあさ、どうぞ」
「ありがとう‼実はさ、明日の幸せを試し買いに来たんだよね」
平太くんの跳ねた横髪が、喋るテンポに合わせて元気に揺れる。
「明日、楽しい事があるのね?お出掛けかな?」
「ピンポン‼正解!いかだ下りに、河に行くんだ。家族で」
はしゃぎながらも平太くんの手は、福引きのくじを引いていた。
小ノ葉さんの目に光が宿る。
「だからね、福引き駄菓子のくじを引いて、明日の幸せを買うんだ‼」
「なるほど」
何かを見透かしたように、小ノ葉さんが囁いた。
「安心ですとも。明日は幸せ」
「そりゃあ、この店の福引きは幸せの元だからね。それに+したいのさ‼」
「+とな、平太くんは欲しがりさね」
「欲しがりだよ‼オレ、ガキだもん!」
「それに加えて、はしゃぎっ子さね」
小ノ葉さんが笑いを向け、平太くんも笑顔で答えた。
「昭和っぽく言うと、わんぱく……どれどれ?」
引いた幸せくじををめくり、書かれてある結果を見る。
二人の視線がくじに注がれ、小さく驚いた。
『外れ』
「え?外れって、つまり……幸せが来ないって事?」
平太くんの視線は小ノ葉さんと外れのくじを行き来しているが、小ノ葉さんは凛とした眼差しを平太くんに注ぐだけ。
そんな小ノ葉さんの視線を見つめていると、平太くんの心に強い情が湧いてきた。
「幸せ福引きのくじなんだから、この『外れ』はきっと幸せを運んでくる『外れ』だよね、絶対!」
「平太くんは良い子だからね、それはすべからく意味の在る『外れ』さね」
「ありがとう!明日幸せの一日、楽しんでくるよ‼」
一言言い残した平太くんの手には、白いハンカチが握りしめられていた。
小ノ葉さんは店から振り向き様に笑う平太君を、細い瞳に映していた。
「平太くんに幸あれ」
その日の夕方、夕飯を食べながら平太くんはある事を考えていた。
(あの日から一年……オレの顔、ちゃんと覚えててくれてるかな)
思いを過らせて、膝にのせている白いハンカチを真っ直ぐ見つめる。
「いよいよだな、平太。あの子、平太に会いたいと思ってるぞ、きっと」
平太くんの父がカレーを一口頬張り、豪快に言ってみせた。
「あれから一年経つけど、あの子平太の事気に入ってたものね」
母も楽しげに声を弾ませた。
「オレも……会いたい。明日、絶対会うんだ」
『明日の天気です!明日は朝から雨曇が広がり、強い雨にみまわれます』
「ええっ⁉」
テレビ画面で、予防士が雨を告げた。
「……」
ハンカチを握る手から、力が抜けた。
―それは意味の在る『外れ』さね―
小ノ葉さんの声が甦り、平太くんの心に強さが甦った。
(福引きの『外れ』は意味の在る『外れ』だから、明日は幸せ+になるよ)
翌日、天気は快晴。
平太くん一家は予定通り、河へ来ていた。
(あの『外れ』は、天気予報が外れるっていう事だったんだ‼)
いかだの準備をしている父の傍らで、平太くんは白いハンカチを空中に降ってみせた。
その時、やや大きな影が平太くん目掛けて近付いてきた。
「キュイイイイイ……!」
影は声を響かせて、平太くんの肩に留まった。
「一年ぶりだな‼」
「少し大きくなったわね」
「相当会いたかったんだな‼」
三人とも弾ける笑顔で、平太くんの肩に留まるソレを見ている。ソレとは、鳶だ。
実は一年前の春休み、平太くん一家はこの河へキャンプに来たのだが、そこに怪我をしたこの鳶を見付け、保護し手当てしたのだ。
怪我をした部位に白いハンカチを巻いて、地元のアニマルクリニックに連れていった。
春休みの間手当てしていた平太くんたちは怪我が回復した後、鷹を自然に還し後日帰宅した。
一年経っても平太くんたちを覚えていた鷹は、ずっと彼らとの再会を知っていたように見えた。
「天気予報が外れて、たっくん(鷹)にも会えて、今日は最高の幸せだよ‼」
(明日、小ノ葉さんにいっぱい今日の事を話そう!)
駄菓子屋『幸せ小箱』の福引き駄菓子には、幸せのくじが必ず入っている。
「幸せを買いに来る皆さんに、幸あれ」
『不思議な駄菓子屋銭天堂』をイメージして書きました