Ⅲー3 『裏切り者の処刑』
Ⅲー3 『裏切り者の処刑』
どこかへ走りだすと思ったからだ。けれども、ハンドルにうつぶせになっていた運転手の頭は、帽子ごと真っ二つに割れていて赤黒い血が固まっていた。首筋にも真っ黒な蛇が巻きついたように血が凝固していた。
ボクは遠くに見える明かりに向かって走った。
ボクは和紙に包まれた「招待状」を受け取ってから、眠りともつかない夢を観るようになった。
夢の中には、ボクと三人の男がいた。
ボクは語りだった。
「M氏の招待状」という台本を渡された。中は白紙だった。
ボクは三人の動作に合わせて叫んでいた。
台本は、眠りと目覚めの境に隠れていた黒覆面の男から手渡された。男は一言も発しなかった。
ある夜、男の足首に巻きついた鎖の跡がその行き先を教えてくれた。それは、黒煙を幾本も吹き出している工場群への道だった。
男を追って工場に入ったボクは、そこで赤や黒の旗が幾重にも揺れるのを見た。けれども、その下には人影はなかった。
広い工場群の中を走り回った。だれもいなかった。
旗が勇壮に風に舞っていた。入り口の門に戻ると、高い門柱に吊り下げられた黒い影を見た。
あの男だった。
男の足首は固く鎖で縛られ、首から男の顔の下に看板がぶら下がっていた。
『裏切り者の処刑』
大きな文字で書かれていた。
ボクは暗い街中を歩いていた。
どの建物も入口は破壊され、扉の金具は錆びついており、粗い壁面にはえぐり取られたような穴から黒い闇が染み出していた。
影の固まりがいくつもあった。うずくまった人々の群れだった。黒い塊が街路の両側を埋めていた。
ずいぶん歩いた。足首に重りを引きずっているような疲労が襲ってきた。
背後で女の低い声がボクを呼んだ。
ベールで顔を覆い隠していた。
「アナタガ遊園地ヲ過ギルコロカラ、後ニツイテ歩イテキマシタ」
「………」
「アタシハ、アソコデ長イ間、アナタヲ待ッテイタヨウナ気ガシマス」
「黒い大きな門は怖くありませんでしたか」
「イイエ、アナタガイルカラ」
「では、狐の森は」
「アソコデアタシ、トテモ悲シイ夢ヲ見マシタノ」
「ひょっとすると、ボクが見た夢と同じ……」
肩を強い力で押された。
目の前に伊藤が険しい顔をしていた。私は伊藤と一緒だったのだ。山本の劇の回想から私は引き戻された。
「あのころ、皆によくいじめられたよな」
伊藤は、顔をねじるようなしぐさをした。