私の好きな人の婚約者
「サザンドラ王子!? どうしてここに!?」
カテラさんはサザンドラ様を見て、目を丸くしていた。
サザンドラ様は私達より一学年下だから、本来ならここにいるのはおかしい。
サザンドラ様は前触れなく私やイリアのいるこの教室を訪れる事があるので、私達にとっては慣れっこだが、カテラさんからすればびっくりだろう。
ちなみに余談だが、フェリクス様は私達より一学年上だったりする。
「そこのものぐさ令嬢に用があって来たんですよ、カテラ先輩。俺はこの人と一応友達なんで」
「な、なんだって!? フェリクス様といい、サザンドラ様といい、ミュゼ嬢は何故王家の方々とそこまで接点があるのだ!?」
「成り行き、ですかね……」
フェリクス様もサザンドラ様も、別に好きで接点が出来た訳ではない。
流れで気づいていたらそうなっていただけなのだ。
しかし、カテラさんとしてはそれでは納得出来なかったらしく、声を荒げ、突っ込みをいれてきた。
「説明になってない!」
「俺の場合は異なる学年同士で行う授業の課題でたまたま同じ班になった事があるだけですよ。そんな大した事情じゃありません」
サザンドラ様がカテラさんの疑問にめんどくさそうに答えた。
サザンドラ様の言っている事は真実である。
ちなみに私達の班にはイリアも入っていたが、課題が終わった今でも班員全員の仲がとても良く、今でも集まる事があるぐらいだ。
あの授業がなければ、私はサザンドラ様と会話すらしなかっただろうと考えると、感慨深いものがある。
「そういう事情があったのか。納得はしたが、釈然としないものはあるな。普通は一介の男爵令嬢がここまで王族の方と親密にかかわり合いにはならないぞ」
「俺はともかく、兄上はコミュニケーション力が高いから、誰とでもそれなりの関係は築いてるでしょ。あの人はマメだから」
サザンドラ様の言葉を受けて、カテラさんは複雑そうな顔になる。
「……あの方の交友関係が広いのはその通りですが、今回はそういうのともまた違うのですよね」
カテラさんがサザンドラ様には聞こえないぐらいの声で呟く。
フェリクス様の私への態度はフェリクス様の普段の交友関係の築き方とは違うのだろうというのは、私も薄々察してはいた。
しかし、カテラさんはそれをサザンドラ様に話すのは躊躇っているようだった。
……私としても、そんな事はサザンドラ様に知られたくない。
出来たら、フェリクス様と婚約した事も含めて。
サザンドラ様に、私の好きな人に、もしフェリクス様との仲を祝福されたら、私の心はきっとまた傷ついてしまう気がした。
「あー……カテラさん、今日はちょっとミュゼとイリアに他の人には隠したい話があるんで。そろそろ、いなくなってもらってもいいですか?」
「ちょっとサザンドラ様、カテラさんに向かってそういう言い方はないんじゃないですか?」
「別にいいだろ、カテラさんは縦社会に生きてる人なんだから。王族の俺が下手にかしこまる方がこの人にとっては負担だろ」
この口ぶりだと、サザンドラ様はカテラさんの人柄をそこそこ知っていそうに聞こえた。
カテラさんはフェリクス様の取り巻きだし、兄に近しい人という事で、親交があるんだろうか。
カテラさんは複雑そうな顔をしていた。
「……サザンドラ様は相変わらずですね」
「いいんですよ、兄上に比べてひねくれていると言って頂いても」
「それこそ縦社会に生きる俺には、そこまでの発言は出来ませんよ」
カテラさんは苦々しい表情になりつつも、「では、また後ほど」と言って廊下の方へと向かう。
私はカテラさんが少し心配になったが、イリアに手を振られて、笑顔で振り返す様子を見ている限りでは大丈夫な気がした。気がしただけだけど。
一呼吸おき、サザンドラ様は私とイリアに向き直る。
「さっきのはカテラさんを追い出す口実じゃなくて、二人に話したい事があるのは本当だから」
「もし口実だったら、私、サザンドラ様への好感度が下がってたかもです!」
イリアは「はいはい!」と手をあげながら、元気にそうのたまった。
さすがイリア、カテラさんは縦社会ゆえに言えないような事を平気で口にする。
「さすがの俺もよっぽど機嫌が悪い時以外はカテラさんを理不尽に追い出したりなんてしないさ。カテラさんは未来の兄上の側近だからね、そのうち俺なんかよりよっぽど偉くなるだろ」
私はサザンドラ様の発言に違和感を抱く。
フェリクス様は自身の権力を削る為にわざわざ私の家に婿入りするぐらいだから、今は違うかもしれないが、将来的にはそこまで偉くならないのではないだろうか。
この発言だけで判断するのは早いかもしれないが、サザンドラ様はもしかすると、フェリクス様のそういう事情を知らない可能性もあるのだろうか?
……いや、今の時点で答えが出ない事を考えるのはよそう。気にはなるけど。
「それで、サザンドラ様の話したい事ってなんですか?」
私は話を本題へと戻した。
「……まぁ、俺にとってはそこそこ不幸な話かな」
「なんだろう」
「俺に、婚約者が出来た。1ヶ月前ぐらいに」
「…………っ!?」
私の頭は真っ白になった。
……知ってはいた、知ってはいたけれど、サザンドラ様の口から直接聞いた事で、彼の婚約が確かな事実として突きつけられた感覚になったのだ。
「えっ、えっ、ええぇ!? サザンドラ様に婚約者ですって~~!?」
すっかり固まってしまった私を尻目に、イリアはサザンドラ様の発言に実にいい反応を示していた。
「サザンドラ様に婚約者って、初耳ですよ!?」
「話してなかったからね」
イリヤがサザンドラ様に詰め寄ると、彼は淡々とイリヤの疑問に答えた。
「どうして1ヶ月も黙ってたんですか!?」
「口止めされてたから。本当は今でも言うなって言われてるけど、俺はミュゼとイリアには話したかったし、俺の婚約者もミュゼには話せってうるさかったから」
サザンドラ様は彼にしては珍しく、歯切れの悪い様子で言った。
「実は今、婚約者には廊下の方で待機してもらってる。なんでかは知らないけど、ミュゼに挨拶したいらしい」
「……私に?」
私は必死に喉から言葉を振り絞る。
「それはまた、何故?」と内心疑問が止まらないし、出来ればサザンドラ様の婚約者の方には会いたくはなかった。
絶対に嫉妬で、暴れ出したい気持ちになるに決まってるから。
「サザンドラ様、ミュゼちゃんは今、実はお腹が痛くて今すぐトイレに行きたいみたいなので、婚約者の方とは会わずにこのまま帰らせてあげてもいいですか? さっきからずっと我慢してたみたいなんです」
イリアはそういって私と婚約者の人が会わないように誘導しようとする。気を遣ってくれているのだろう。
イリアの気持ちはありがたいが、好きな人の前でお腹が痛い云々みたいな事を言われるのもちょっと複雑だった。本当に気持ちはありがたいけど。
「そうなの?」
「はい、そうです」
しかし、恥を忍んでここはイリアの作ってくれた口実にのる事にした。
婚約者の方に会わずに済むなら、好きな人の前でも腹痛でトイレに駆け込む女になってやる!
「そっか、それなら今日はやめておいた方がいいかもな」
そういうサザンドラ様はどこかほっとした様子だった。
私としても一安心である。
……しかし、その安穏は長くは続かなかった。
「サザンドラ様、私の夫になるのなら、そんな明らかな嘘に引っかからないでくださいな。あなたにはもっとしっかりしてもらわなくては」
たおやかで美しい、高貴な身分の女性だと一発で分かるような声だった。
コツコツと規則正しい足音が教室の中を響く。
彼女が歩いた道はまるで華々しいランウェイになったかのような錯覚にすら襲われる、堂々とした佇まいだった。
「ミュゼ様、それからイリア様。はじめまして、私はサザンドラ様の将来の妻となる、フェリシア・アマンドと申します。サザンドラ様ともども、ぜひ私とも仲良くしてくださいね」
そういって黄金色のゆるふわな髪を揺らして小首を傾げるフェリシア様は、貴族の女性のお手本のような礼儀正しい仕草で、とても可愛らしく微笑んでいた。
え、ちょっと待って。
……私の記憶が正しければ、フェリシア・アマンド様という方は、フェリクス様と両想いな人だったという噂の方だった気がするのだけど?




