表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/15

無理をしてでも会いたい人

「遂に放課後だね、ミュゼちゃん! フェリクス様とゆっくりお話ししてきてね!」


 イリアはキラキラした目で私を見つめる。何故か私よりもよっぽど気合いが入った様子だった。

 正直、昨日の寝不足のせいか若干の眠気が襲ってきているので、フェリクス様と話すよりお昼寝したい所なのだが、彼とはきちんと向き合わないといけない。


 さよなら怠惰な欲望、こんにちは現実。


「ここにミュゼ嬢はいるだろうか?」


 と、教室の外からこちらに向かって大きな声で呼びかけてくる人がいた。

 ……こんなにも目立つ形で名指しで声をかけてくるのはやめてほしい所だが、呼び出されているのなら答えない訳にはいかない。


「……いますよ、ここに」


 私は内心の「嫌だなぁ」といった気持ちを隠す気力も湧かないまま、呼び出してきた人の方へと向かった。

 何故かイリアもついてくるが、放っておく。突っ込みを入れる気力すらない。


「ミュゼ嬢、急な呼び出しですまない。イリア嬢も来てくれてありがとう」


 私を呼び出したのは眼鏡をかけた、鋭利な表情をした男性だった。どこかエリート然としている。


「カテラさん! また会えたね」

「名前を覚えていてくれたのか、失言令嬢……いや、イリア嬢。俺はとても嬉しい」

「え? 二人とも知り合い?」


 私は親しげに話す二人の様子を見て、首をかしげる。

 元々イリアの知り合いを全て把握している訳ではないが、この人の事はちっとも身に覚えがない……いや、ちょっと待って。よく見たら、かなり直近で会った事がある気がする。

 

 私は人の顔を覚えるのが苦手だが、間違いない……この男の人は、昼間話した、フェリクス様の取り巻きの一人じゃないか。


 そういえば、この人はカテラさんと呼ばれていたなと今さらながらに思い出す。

 あの状況でしっかり相手の名前と顔を把握しているイリアはさすが伯爵令嬢だ。何だかんだいって、私よりも格段に社交に慣れている。


 私なんて社交場ではぼーっとしているだけで時間が過ぎるぐらいにはやる事がないので(家の格が低すぎて誰も声をかけてこないのだ)いつまでたっても社交スキルは壊滅的だった。

 イリアの事を失言令嬢だなんて、私は言える立場じゃない。


「イリア嬢、昼休みの時間は君に失礼な事をした。謝らせてほしい。その上で、君とは一度ゆっくり話したい。謎の踊りも知ってる、友達想いの君と親しくなりたいんだ」


 何故かカテラさんはイリアに興味をもったらしい。

 イリアは外見も可愛いが、彼女にアプローチをする気骨のある男性は少ないので、「おや」と思った。


「そんな事よりミュゼちゃんへの用事を済ませた方がいいよ!」


 ……カテラさんの立てた恋愛フラグを秒速で叩き折るイリアはさすがである。

 カテラさんはちょっと泣きそうな顔になってる。ドンマイ。


「俺はイリア嬢、あなたを諦めるつもりはないが、それはそれとしてミュゼ嬢へのフェリクス様からの伝言を最優先で伝えなくてはいけない事は事実だ」

「なるほど、用事ってなんですか?」

「王城からフェリクス様に急遽使者がやってきた。政治の中でフェリクス様の承認がないと動かない案件はたくさんあるのだが、今すぐフェリクス様のサインがほしいものが出てきたのらしい」


 フェリクス様が学生の身でありながら、国の政治に深く関わっている事を噂で知ってはいたので、私は驚かなかった。


「あー…それは大変でしたね」

「フェリクス様のお気持ちとしては、そんなものは放り投げてミュゼ嬢とすぐにでも会いたいとの事だが、そういう訳にもいかないと、苦渋をのまれたようだった」

「全然そっち優先してもらって大丈夫ですよ。むしろ今日じゃなくて明日会う形でも大丈夫です」


 私の発言を聞いたカテラさんは「これだから素人は」とでも言いたげに、大きなため息をついた。


「フェリクス様はいつも涼しげな顔をされてはいるが、常にお忙しい方だ。ミュゼ嬢の誘いを受けて、実は今日入っていた公爵家との食事の誘いをお断りになったんだぞ」


 私は驚きのあまり、ポカンとしてしまう。

 フェリクス様、本当は今日は私と会う約束なんてしてはいけなかったのでは!?


「今回の食事の件ははフェリクス様単体ではなく王家全体の用件だが、そこまでして時間を作られたという事をもっと重く捉えてほしい」


 「いやいや、食事会をキャンセルしてまで来てくれとは頼んでないよ」という責任転嫁のような気持ちもあったが、それはそれとして私を優先してもらってしまった事に対する罪悪感も湧いてくる。

 ……フェリクス様は婚約締結まで秒で動いていたが、実はそれも多忙の合間を縫ってのものだったのかもしれないな、とふと思った。


「フェリクス様はこれから数ヶ月は毎日のように予定も仕事もたくさん入っている。もし今後もミュゼ嬢がフェリクス様に関わり続けるのなら、しっかりその事は認識してもらわないと困る」

「はい、気をつけます」


 私は素直に頷いた。

 フェリクス様の邪魔にはなりたくない。

 まぁ、そもそもあの方とは元々あまり関わりたくはないのだけど。フェリクス様とは短い付き合いだが、その中でもあまりにも濃厚なめんどくさい体験をさせてもらったので。


「ううん、それをミュゼちゃんに知られる

のって、たぶんフェリクス様は望まない気がするけどな」


 しかし、イリアは今のカテラさんの話に違和感を覚えているようで、首を傾げていた。


「何故そう思う?」


 カテラさんの問いかけに、イリアは「うまく言えないけど」と前置きしてから、口を開いた。


「だって、大事そうな食事会をキャンセルしてまでミュゼちゃんと放課後会う事にしたなら、フェリクス様にとってミュゼちゃんはそれだけ優先したい存在って事でしょ?今回はただミュゼちゃんと話すだけの用事だったんだから、本当なら明日にしても良かったのに」


 ……確かに。イリアの言う通りである。

 イリアはさらに言葉を続ける。


「それなら、フェリクス様は自分が多忙である事なんて無視してでも、ミュゼちゃんに色々誘ってほしいんじゃない? もしそうなら、ミュゼちゃんはフェリクス様が忙しい事に遠慮せずに会いに行ってもいいと思う」


 イリアが「失言令嬢」と呼ばれるのは、ただ単に失礼だからというだけでなく、物事の核心をつく事を言って時に人の心を深く刺す事があるから、という面もあるんだろうなと、私は前々から思っていた事を改めて実感した。


 カテラさんもイリアの言い分にしっかり耳を傾け、「その通りかもしれないな」と苦笑した。


「イリア嬢の言い分は正論だ。しかし、ミュゼ嬢はフェリクス様のそういう所に甘えず、きちんと節度を持つ事だ。いいな?」

「もちろん、そんなホイホイフェリクス様をお誘いだなんてしませんよー」

「いやいや、もしもミュゼ嬢と会う事がフェリクス様にとっていい息抜きになっているなら、定期的に誘ってあげてほしい。フェリクス様は有能すぎるがあまり、責務が多いお方だ、羽目を外してほしい」

「カテラさん、さっきから言ってることがブレブレじゃないですか」


 思わずかなり失礼な突っ込みをしてしまった。それだけ、今のカテラさんは矛盾しすぎる。


「うるさい、人の心は二律背反だらけなんだ。とにかく、フェリクス様が執務を終えられるまで、ミュゼ嬢はこの教室で待っていてほしい。後程迎えに来る」

「分かりました、昼寝でもして待ってますね」

「ミュゼちゃんは一度寝たら全然起きないから、絶対寝ない方がいいよ~」


 げっ、なんて余計な事を言うのだ、イリアめ。

 案の定、カテラさんはカッと目をつり上げた。


「イリア嬢が失言令嬢なら、ミュゼ嬢はものぐさ令嬢だな。絶対寝るなよ」

「やった、ミュゼちゃんが私とお揃いみたいなあだ名が出来て嬉しい!」

「あまりにも不名誉すぎる名前なんですが」


 教室の扉がガラッと開かれる。


 と、この場にいなかった筈の人の声が教室へと響いた。




「ミュゼがものぐさなのは正論だろ、言いえて妙だな」




 ……この気だるげな声は、間違いなく「彼」だった。



「ものぐさ令嬢と失言令嬢、お似合いだな。これからも末長く仲良くしたら?」

「……サザンドラ様が第三王子様じゃなかったら、50発ぐらい殴ってました」

「怖い怖い、可愛い後輩の戯れ言ぐらい広い心でスルーしてくれよ、先輩?」

「可愛い後輩は先輩に対して、そんな風に暴言を吐かないんですよね」



 サザンドラ様は本当に口が悪い。本当に私はこの人を好きでいいのか? と思ってしまう程に。

 しかし、サザンドラ様が清廉潔白なお綺麗な王子様だったら、私は彼を好きにならなかったかもしれない、とも思う。



 私は彼の、そういうひねくれた所に惹かれてしまったのだから。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ