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廊下での攻防

 世の中には、不安に思う事があっても9割は実現しないなどという言説もあるそうだが、今回は残念ながら残りの1割の方を引き当ててしまったようだった。


「フェリクス様っ、実は私はあなたのファンなんです! 二人きりでお話ししたいので、放課後屋上に来てください!」

「やめろ! 失言令嬢め、無理やりフェリクス様に近寄るな!」

「今すぐ立ち去らなければ、生徒会の権限を使って、無理やり反省文を10枚書かせるわよ!」


 昼休み、走り去っていったイリアを探す為に、まだ全て食べ終わっていないお弁当を片づけて私は校舎を歩き回っていた。

 幸いにもすぐにイリアは見つかった……二階校舎の廊下で、大きな騒ぎをおこしていたから。


 フェリクス様を取り巻きがぐるりとガードしている中、イリアは必死にフェリクス様に呼びかけている。

 フェリクス様は困った顔で微笑みつつも、イリアや取り巻きの動きを静観していた。


「あれって失言令嬢だよな? あのフェリクス様にまであの態度ってすげぇな」

「イリア様は天然ものなおかつ真性のトラブルメーカーだからね……今後は何をやらかすんだろう」


 イリアと取り巻きを遠巻きに眺めるギャラリーは関わりたくなさそうに、でも興味津々な様子で声が聞こえる程度に物理的な距離をとっていた。

 優雅で高貴なお貴族様にも野次馬根性というものは存在するらしい。


 ちなみに「失言令嬢」というのはイリアの不名誉な社交界でのあだ名である。そんな風に呼ばれるようになった背景は私も詳しく知らないが、イリアの普段の行いを見ていれば薄々察せるものはなくもない。

 友達としてはイリアがそう呼ばれている事に不快な気持ちはあるが、かといって微妙に擁護しきれないのがイリアクオリティだった。


 イリアは取り巻きの一人の手を握ると、ぶんぶんと振り回した。

 取り巻きの人は「や、やめろ! 淑女が簡単に男に肉体的接触を許すな!」と何故か頬を赤らめていた。ひょっとしてうぶなのか?


「お願いします、フェリクス様! あなたとお話しできないのなら、私は今すぐこの場で市井で流行っている愉快な踊りを始めます! この学園の格式と風紀を乱したくないのなら、ぜひ私の呼び出しに応じてください!」


 顔を赤らめていた取り巻きの人がイリアの発言を聞いた事で、一気に血相を変えた。


「まさか、あなたはご存じなのか、あのユーモアに溢れながらもどこまでも社会生活においては不適切な愉快な踊りを……!」

「うん、庶民の間ではすごい流行ってるよね」


 イリアはニコニコしながら首肯する。

 取り巻きの人は一瞬目を輝かせたが、すぐに表情を引き締めた。


「まさかここに同士がいたとは……貴族の間では知るものなどいないと思っていた。しかし、今はそれに気を取られている場合ではない! 失言令嬢、あなたはフェリクス様の前でとんだわいせつ行為に及ぼうとしているようだな! 俺はそれを看過する訳にはいかない!」

「それならフェリクス様とお話しさせてください! 私はフェリクス様が屋上に来てくれないのなら、何があっても愉快な踊りを始める事をやめません……!」

「俺はあなたのフェリクス様との接触も、愉快な踊りも止めてみせる。俺は将来出世する男だ、それぐらい出来なくてなんになる!」

 

 話している内容はどんどん下らない方向へと向かっている気がしなくもないのだが、当人同士はどこまでもシリアスな雰囲気を醸し出していた。


 なんなんだ、この茶番は?


 そう思ったのは私だけではなかったのらしく、同じくフェリクス様の取り巻きであるご令嬢が二人に待ったをかけた。


「イリア様、カテラ。フェリクス様の前でこれ以上下らないやり取りを続けるのなら、あなた達に生徒会の雑用を一週間分やってもらうわよ。そこで存分に愉快な躍りとやらの話をするといいわ」

「す、すまない、ルカ。俺とした事がイリア嬢にすっかり惑わされていた。どうか後で説教してほしい」

「よろしい。今はイリア様をどうにかして追い払うわよ」


 フェリクス様の取り巻きの二人は視線を交わし、頷き合うと、ビシッとイリアに人差し指を突きつけた。しかも同時にである、なんというシンクロ具合なんだ。

 この二人の後ろに控えていた他の取り巻き達もどっと湧く。もはや彼らはフェリクス様の親衛隊のようだった。



「俺たちは!」

「私たちは!」

「フェリクス様を何があっても守る!」

「それが例え誰からであっても!」



 他の取り巻きも口々に「そうだ、そうだ!」「今すぐ立ち去れ!」と叫んだ。



 イリアは一瞬びくりと体を震わせ、後ずさりをする。

 イリアは失言令嬢と言われても「はて?」という顔が出来るぐらいにはそこそこ神経が太い子だが、多数に詰め寄られれば圧倒されるに決まっている。


 しかし、それでもイリアは何故か引かなかった。


「わ、私は、フェリクス様にどうしても用事があるの! ……今回は譲る訳には、いかないの!」

「うるさい、黙れ! お前ごときをフェリクス様が相手にすると思うな!」


 そういって前に出たイリアを取り巻きの男性が突き飛ばした。

 恐らく軽く力を入れた程度だったのだろうが、体幹がそこまで強くないイリアはふらりと倒れそうになってしまう。

 取り巻きの男性が「しまった」という顔でイリアに咄嗟に手を伸ばし、抱き起こす。


「す、すまない、大丈夫か?」

「平気、だよ。それよりフェリクス様と話させて……?」


 ……イリアに、大切な友達にここまで言わせておいて、私は黙ったまま見ているだけでいいの?


 私はとてもじゃないけどイリアを放っておけなくなり、騒ぎの中心へと人ごみをかき分けて走りよった。

 廊下は本来なら走ってはいけないが、今回は例外である。


「もうやめてください! イリアがこんな事をしてくれたのは、全部私の為なんです。彼女を責めるなら、私を責めて!」

「どういう事だ?」


 イリアを抱きかかえたまま、取り巻きの男性は私をいぶかしげに見つめた。


「私がイリアに頼んだんです。フェリクス様とどうしても一対一で話したいって。イリアは私の頼みを聞いてくれた、友達想いの子なんです!」

「そうだったのか? じゃあ、フェリクス様のファンはイリア嬢ではなく、あなたなのか?」

「それはちが……いえ、その通りなんです!」


 ここで本当の事情を説明してしまったら、また話がややこしい方向にいってしまう。

 私は敢えて訂正せずに、自分がフェリクス様のファンという設定でいく事にした。


「イリア、体を張って頼んでもらったところを悪いけど、私は大丈夫だから。取り巻きの皆さん、この件で処罰が下るなら、全部私に。イリアは巻き込まないでください」


 ……あーあ、めんどくさい事になった。

 もし本当に処罰を受け、反省文を10枚も書く事になったり、生徒会の雑用をやる羽目になったら(生徒会の処罰の過去の事例を参照)、ちょっとは誰かに手伝ってもらおう。

 私ひとりではなるべくならやりたくない、あまりにもしんどすぎるので。

 

 私は内心ため息をつきつつ、イリアを取り巻きの男性から引き取った。

 私と手を繋いだイリアが、何か言おうと慌てて口を開こうとしたので、私はもう片方の手でイリアの口をふさぐ。

 せっかくこんなにもダルい中、どんな処罰でも受ける覚悟を決めたのだから、黙っていてほしい。

 今喋られたら、絶対ややこしい事にしかならない。

 

 と、取り巻きの中心にいたフェリクス様と目が合う。

 彼は何故か、私を「尊い」とでも言いたげな、焦がれるような熱い眼差しで見つめていた。


 私の背筋にゾクリと寒気が走る。



 ……嫌な予感が、した。



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