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秒速で決まった婚約

「どうしよう、どうしよう、どうしよう」

「ごめん、ミュゼちゃん。元はといえば、私が花瓶を割ったせいだよねぇ」



 昼下がりの学園の裏庭では、顔面蒼白になっている私と、そんな私に平謝りするイリアという地獄絵図が広がっていた。


 ここは草がボーボーに広がり、日光も校舎でさえぎられている、誰も近寄らない薄暗い空間だ。秘密ばなしをするのにはぴったりの場所だった。


「まさか、こんなにとんとん拍子で結婚の話が進むだなんて思わなかった。あり得ない。私はフェリクス様と会話した事すらほぼほぼなくて、どんな人なのかとか全然分かってないんだけど」

「それより何より、ミュゼちゃんには好きな人がいるじゃない。しかも、その人はフェリクス様の弟君の……」

「それ以上言ったら、いくら友達でも容赦しないからね」 


 私はイリアにお弁当を食べるのに使っていたフォークを突きつける。

 いくら仲の良い友達でもやっていい事と駄目な事があるのである。


 イリアは「えーん」と涙目になった。


「ミュゼちゃん、怖いよう!?」

「誰が聞いてるか分からないんだから、私かイリアの自分の部屋以外で私の好きな人についての話をするのは禁止だよ。警戒するのに越した事はない」

「ミュゼちゃんって意外とチキンだよね」


 イリアはにっこりと笑いながら、そこそこ恐れ知らずな事を言ってきた。

 イリアが縦ロール令嬢に絡まれたのも、ドジっ子に加えてこういう一言多い所が災いしたのだと思われる。


「それって私に喧嘩売ってるの~? イリア~?」


 私はイリアの腕を肘でウネウネゴリゴリと軽く攻撃する。

 イリアは「ミュゼちゃんごめん」と本当にちゃんと落ち込んでいそうだった。


 友達だし、まぁ今回の件については反省してるみたいだし、これぐらいで許すか。

 でもイリア、私相手にそういう事を言うのはまだ良いけれど、縦ロール令嬢みたいな人を相手にする時はなるべくなら発言を慎むべきだよ。気をつけな。


 なんていう事を、その内それとなく伝えてみようかな。私の元気がある時に。今は疲れてるから、まぁ言わないけど。

 人に対して注意だったり、忠告をするのは大変疲れる。なるべくならやりたくないものだ。







 それにしても、まさかフェリクス様が私に告白してきた次の日に、本当に私の実家まで来るだなんて思わなかった。


 私はその日は、現実逃避と「まさか本当に家まで来る訳ないよね?」という楽観のまま、友人である第三王子のサザンドラ様と二人で遊んでいたのである。


 そして夜ぐらいに家に帰った私を待っていたのは、ニコニコ笑顔のフェリクス様とぐったりとした様子の家族たちだった。

 何故か家族より先に私を出迎えてくれたフェリクス様は、二枚の紙切れをひらりと私に見せつけながら、軽やかに言ったのである。


『君と僕の家族の分の婚約に関する誓約書は無事調印できたよ。後は君が卒業後に僕と結婚するだけだね』


 何という事だろう。怒涛の早さで、見事に全ての外壁が埋められていた。


 私は目の前が真っ暗になり、今の自分の身に起きている事実を正確に認識する事から猛ダッシュで逃げたくなっていた。


『婚約決定おめでとう、妹よ! 俺はものぐさなお前がこんなにもきっちりとやることをやってくれるタイプの男性を捕まえられた事に心から感激している!』


 家族一同が疲れた表情をしている中で、唯一やたらと元気そうだったショルメ兄様は、そう言って本気で感激していた。


 フェリクス様はきっちりやる事をやってくれるタイプの男性じゃなくて、やらんでもいいことを全力でやるタイプの男性なのでは? と心の底から思いつつも、とてもじゃないが言える訳がない。

 そんな事を言えるようだったら、昨日の時点でフェリクス様に「ごめんなさい、これは嘘の告白なんです」とはっきり言えていた筈だ。


 自分がこんなに簡単に状況に流されてしまう人間だなんて、知りたくもなかった。


『まさかこんな零細男爵家の私たちアーシェル家に第二王子様が婿入り……!? こんなファンタジーな展開があり得ていいのか!?』


 そういって割と小心者なウルジ父様は足元から崩れ落ちそうな姿勢で青ざめていた。うちの家族の中ではしっかり者な方の人間であるラナお母様が父様を何とか支えている。


 フェリクス様がうちに婿入りだなんて、正直あり得ちゃ駄目だと思う。

 アーシェル家にとってはあまりにも身に余るお婿様すぎるし、フェリクス様は王家に居続けなければいけないお立場の方だった筈なのに、こんな展開はあまりにもおかしすぎる。


 しかし、当のフェリクス様は相変わらずどこか常に余裕のある様子で、疲労困憊な私達に向かってにっこりと笑いかけた。


『むしろ俺たち王族からのお願いという形で、大事な娘様の人生を俺が頂く形になってしまい、申し訳ありません。こんなに素敵な娘様です、きっと他に将来を望まれた相手の候補がいなかった訳ではないでしょう』

『いやいや、ミュゼは明確な婚約者がいた訳でも、他に好きな人がいた訳でもありません。こんな零細男爵家の娘をすすんで花嫁にと望む人間は中々おらず、親としては心配していたのです。こうして婚約者が正式に決まったという意味では、フェリクス様に感謝しかありませんよ』


 お母様がお父様の発言の「他に好きな人がいた訳でもない」の所で、「これだからうちの旦那は」という顔をしたのを私は見逃さなかった。親子なので分かる。

 しかし、私としてはお父様の娘への絶妙なる鈍感さより、お母様が「私の好きな人」に対して何かを察しているかもしれない事が怖かった。


 ……私に好きな人がいる事がバレているのはまだいいけど、まさか具体的に誰が好きかという事まで特定されていないよね?


 もしそこまでバレていたら、この状況の気まずさが100倍になってしまう。何せ、「私の好きな人」はイリアの言う通り、「フェリクス様の弟君」であるあの方なのだから。


 ……こうして今現在の人物相関図を整理してみると、何だか昼下がりのサスペンスが始まりそうなテイストになってきてしまった。ど、どうしよう。


 私は己の恐ろしい気づきにはとりあえず蓋をして、フェリクス様に気になった事を問いかけた。今は現状把握に務めなければ。


『フェリクス様、王家からの要請で結婚が決まったとは、一体?』

『実は元々、俺の婚約相手は下級貴族になる予定で、俺自身もそこの家に入る予定だったんだよ』

『……そうだったんですか!?』

『ここだけの話だけど、王城には密かに俺を王にと押す勢力がいたからね。第一王子である兄様の王政の基盤を盤石にさせるためには、俺の権力を意図的に削ぐ必要があった』

『なるほど。確かにフェリクス様だったらそういう事もあり得そうですもんね』


 フェリクス様は国民にも人気があったし、頭脳明晰で非の打ち所がない王子様だ。

 確かに彼を王にと望む人たちがいてもおかしくない。


『正直に言うと我々貴族の間ではフェリクス様が王家に残り、サザンドラ様が王家から出られるというのが有力な説だったので、びっくりでしたよ』


 こら兄様、余計な事を言わない。私もだけど、母様が「これだから脳直で喋る所のあるショルメは……」って顔をしてるぞ。


 ……ショルメ兄様のこういう所ってイリアとちょっと似てるなと思う。どうして私の周りにはこういう人種が集うのか。

 まぁショルメ兄様はとても社交家だから、比較的大人しい性格のイリアよりも要らん事を言った時の被害の広さが甚大なのだけど。


『確かに今までの王家は第二王子は王家へと残る文化はありましたね。王家も時と場合に合わせて、伝統に沿わない事をする必要もあるという事です。ちなみにサザンドラは有力貴族に嫁ぐ予定で、もう婚約者も決まっていますよ。詳細は話せませんがね』


 フェリクス様は気を悪くした様子もなく、ショルメ兄様の疑問にさらりと答えた。

 私の家族たちはそれぞれ納得したような顔になる。


 しかし、私はというと、フェリクス様の発言に頭をがつんと殴られたような衝撃に襲われていた。


 ……サザンドラ様に婚約者だなんて。私は本人の口から一言も聞いた事がなかった。

 母様が気づかわしげに私の方を見てくる。その思いやりが今はしんどかった。


『父様、母様……ちょっと気分が悪くなったので、自分の部屋で寝てきます』


 私はそのまま父様たちの制止も聞かず、部屋へと籠りきりになった。


 私の脳内には私以外の女性の隣で幸せそうに笑うサザンドラ様がくっきりと浮かんでいた。

 今日のサザンドラ様は私の隣で、私とたわいのない話をしてくれていた筈なのに、いつか彼の笑顔は私以外の人のものになるのだ。


 そう、私の好きな人はまぎれもなく、サザンドラ様ただ一人だった。


 その日、「サザンドラ様に婚約者がいる」という事が本当にしんどくて悲しくて、私は何もかもを忘れて、自室で泣きながら寝落ちした。






 そして、次の日の朝。目覚めた時に気づいたのである。

 ……ちょっと待って、このままでは、本当に私はフェリクス様と結婚する事になってしまうんじゃないか? という事に。


 冷静に考えたらそちらの方が私にとって、よっぽど問題だった。

 私が昨日、サザンドラ様に婚約者がいたショックで寝込んだことは、そういう意味では完全に悪手だったのである。


 私とフェリクス様の婚約についての詳細な話を聞けてもいないし、私の「フェリクス様と婚約とか無理です」という意見をちゃんと伝えられていないままだったのだから。



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