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味のしない食事

 父様や母様に言われてから、やっと気づいた。遅すぎる。


 貴族令嬢を名乗るなら、こんなこと、もっと早く察していなければいけなかった場面である。

 家族にあなたは貴族が向いていないと常々言われるのも、致し方ない。


 萎縮しているお父様と厳しい顔つきとなっているお母様を尻目に、フェリクス様はにっこりと笑って「あぁ、気にしないでください」とおおらかに言った。


「こちらの家に婿入りした後は、毒味なんてわざわざ用意してもらうつもりはありませんでしたし、お気にならさず」 

「いやしかし」

「そもそも、今の僕の事を毒殺するメリットのある人間なんて王室にはいませんから、そこまで警戒しなくても大丈夫ですよ」 


 「こちらの家に婿入りが決まった時点で僕の今持っている権力は地に落ちる予定ですから」と唄うようにフェリクス様は言った。


 そういう反応に困る事を楽しそうに話すのはやめてほしい。

 お父様やお母様はおろか、ショルメ兄様ですら顔をひきつらせているじゃないか。


 ふと、サザンドラ様はもしかしたらフェリクス様の婿入りの事を知らないかもしれないと、昼間に感じた事を思い出す。


 それは気のせいだったのかもしれないけど、王室で今、どれくらいフェリクス様の婚姻の話が広まっているのかは疑問ではあった。あとで確かめてみたい。


「でもフェリクス様、もしもという事もありますし、婿入りした後は私が毒味代わりにフェリクス様の先にご飯を食べるようにしますね」

「ミュゼ!?」


 さらりとそんな事を言った私にショルメ兄様は驚愕し、フェリクス様は表情を曇らせた。


「ミュゼちゃん、僕はそんな事を君にさせるつもりはないよ。君の命は世界の何よりも俺にとっては大事なものなのだから」

「そういってもらえるのはありがたがるべきなんでしょうけど、私だってフェリクス様に死なれたら目覚めが悪いです」


 フェリクス様と結婚するのはなるべくなら回避したいと思っている筈なのに、何故フェリクス様と結婚した後の事をこんなに饒舌に語っているのだろう。


 本意ではないとはいえせっかく婿に来てくれた王家の方に死なれたら困るのは事実だが、本当に今話すべき事だったかは疑問である。


 そんな事をつらつらと考えていると、フェリクス様はとんでもない爆弾発言をした。


「僕は君が死んだらその日の内に自ら命を絶つつもりだから、君が僕を庇うのは無意味だよ」

「えぇ……? いやちょっと、真面目にそういうのはやめてほしいんですけど」

「君だって自分を犠牲にしようとしていたじゃないか。君は俺の事なんて大して知らないだろう、そんな人間のために軽々と自分の命を犠牲にするのはやめなさい」


 フェリクス様が珍しく(?)まともな事を言っている気がする。

 しかし、私だって譲れない。別に軽い気持ちでこういう事を言ってる訳でもないし。


「でも、それじゃあフェリクス様が、」

「僕は大丈夫だよ。毒味役は一応いるけど、大抵の毒は無効化できる体質でもあるからね」

「え、それってつまり?」

「僕にほぼ全ての毒は効かない。その代わり、味覚がまぁまぁ鈍いのだけどね」


 「だから好きな飲み物が水なんだよ。僕は飲食物に味がついている事に意味を感じないから」などと言いつつ、フェリクス様は肩をすくめた。


 な、なんだかすごい事を言っている。正直言って、内心動揺が止まらない。


 とんでもないカミングアウトだと思うのだが、本人はかなりけろっとした様子をしているので、下手に同情をするのも失礼な気はした。


「僕は味があまり分からないから、せめて料理は温かいものを食べたいとずっと思っていたんだ。だから、僕からその権利を奪わないでいてくれた方が嬉しいよ」


 そういうものか。よく分からないけど、本人がそう申告するなら意志を尊重した方がいいんだろう。


「分かり、ました。フェリクス様がそうしたいなら、そうすればいいんじゃないかなと思います」


 意図せず少しぶっきらぼうな言い方にはなってしまったが、フェリクス様はあまり気にしていなさそうだった。


 お父様は私達のやり取りをハラハラとしながら聞いており、お兄様は「なんだか分からんが、2人とも解決してよかったな!」とこれまた能天気に言っている。


 しかし、お母様だけはフェリクス様をじっと見て、何かを思案していた。


「フェリクス様をずっとどこかで見た事があると思っていたけれど、もしかして、昔ミュゼとウェスタイン領で遊んでくれていたあの子なの……?」


 お母様は何かをブツブツと呟いている。

 お母様はたまにひとりごとを言っている時があるが、正直ちょっと怖い。


「フェリクス様、あとで私と2人で話してくださいませんか? ミュゼとの事でお話しがありますの」

「ラナ!?」


 ラナお母様はそういってフェリクス様に毅然とした態度で見つめた。


 ビビりまくっているウルジお父様とは違い、ラナお母様は女手一つで領地経営をしていたぐらいの人なので、勇気があるなと思う。


 フェリクス様はお母様を見て、悠然とした様子で頷いた。


「もちろん。僕としても未来のお母様と話したい事はいっぱいあります」


 ……い、一体二人は何を話すのだろう。

 私としてはとても気になる所だったが、教えてはもらえない気がする。


「そのー、私もフェリクス様とお話ししたいのですが」


 フェリクス様とラナお母様が何を話すのかを聞く代わりに、控えめにそう伝えた。

 そもそも彼を夕ごはんに誘ったのも、フェリクス様をゆっくり問い詰め……いや、色々聞きたい事があったからだった。


 フェリクス様は数回まばたきを繰り返した後、「もちろん」と花が咲くように笑った。

 その様子はあまりにも嬉しそうで、少しびっくりしてしまう。この程度の事でそんなに喜ぶのか。



 目の前の席に座っていたウルジお父様が「もしや、心配していた愛のない結婚ではない?」と呟いている。

 いやいや、そう判断するのは早計すぎるだろうと私は内心で突っ込みをいれてしまう。



 そうして夕飯が終わり、ラナお母様とフェリクス様が先に二人で話し始め、私は他の部屋で彼を待つ事になったのだった。



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