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気まずいディナータイム


「じゃあ、荷物を片付けて帰ろうか。校門までは一緒にいけそうだね」

「そうしましょうか」


 フェリクス様はそういって書類の山を片づける。


 ……ちょっと待って。気づけば今日フェリクス様に婚約についての事情を聞ける予定だったのが、何事もなく帰る事になっていない?


 完全に寝過ごした私が悪いのだが、イリアが体を張ってフェリクス様との時間を確保してくれたのに、結局なんの話も出来ていない。


 これでは、イリアにも悪いし、自分の為にもならない。


「今日はミュゼちゃんとたくさん時間を過ごせて楽しかったよ。また会おうね」


 ここで、フェリクス様と別れてしまうのは、駄目だ!

 今話せなかったら、フェリクス様と大事な話をするのがずるずる後回しになってしまう気がした。


「フェリクス様、良かったら今日はまだ、一緒にいませんか?」

「もう夜だよ。年頃の男女が一緒に過ごすのには問題があるんじゃないかな」

「夕飯を一緒に食べるぐらい、私とサザンドラ様だって一緒にやってます!」


 私はフェリクス様に必死に言い募った。

 フェリクス様はというと、サザンドラ様の名前を聞いた事で、少しだけ表情を歪める。


「意図してないんだろうけど、あいつの名前をこのタイミングで出すなんてね」

 

 フェリクス様は小声で何か言葉を呟いた。


「え?」

「なんでもない。いいよ、一緒に食べようか、夕ごはんでも」

「いいんですか?」

「ただし、君の家でね」

「は?」


 私は一瞬フェリクス様が何を言ったのか分からなかった。


 王族の方が私達、零細男爵家の貴族としてはあまりにも貧相な食卓に来ていいの!?






 玉ねぎをトロトロになるまで煮込んだスープに、厚切りベーコンのステーキ。

 にんじんのサラダやふわふわのパンなども美味しそうで、我が家の中でも豪華な方なメニューが今日の食卓には並んでいる。


 事前にフェリクス様が来る事を伝える事ができていなかったので、たまたまではあるが、不幸中の幸いと言えるかもしれない。


 酷い時は野菜の切れ端が浮かんでいるだけのスープが出てくる事もあるので。

 

 いつもの私なら滅多にないごちそうにテンションがあがっている所である。

 これが恐らく王家に出すのにはあまりにも質素なメニューである事は理解出来ていたので、むしろどんな顔をすれば良いのか分からないといった心地ではあるが。


 だが、我が家で夕ごはんを食べたいと言ったのはフェリクス様だ。私が責任を感じる必要はないだろう。


 そうとでも思わないとやっていけなかった。


「フェリクス様、すみません。このようなメニューしか用意できず……王族の方にとっては粗食もいいところでしょう」


 ウルジ父様はそう言って青ざめている。


 気の弱いお父様にとっては拷問にも等しい状況だろう。情けないなぁと思わなくもないが、そうなってしまう気持ちも分かる。


 正直言って私も、フェリクス様を夕ごはんに誘った事を後悔している最中である。こんな事になると分かっていたら、言っていなかったのに。

 


 急に王族の方をもてなさなくてはいけなくなった家族と使用人のみんなの事を思うと、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 せめて私はこの状況に心が折れないようにしたい。本当は尻尾を巻いて逃げ出したいが、今回の元凶は私なのでどうにか状況に収拾をつける努力はしなければ。


 一応私にだって、それぐらいの責任感はあるのである。



「フェリクス様、ウェスタイン領で生産されたぶどうジュースをよろしければお飲みになりませんか? とても美味しいですよ」



 普段は滅多にしないような気を遣い、私と横並びに座っているフェリクス様に話しかけた。

 うちの領地のぶどうジュースの美味しさは、王家の方にも通用するという自信を持ちながら。


「ミュゼちゃん、ありがとう。でも、僕の一番好きな飲み物は水だから、大丈夫だよ。気を遣ってくれたのにごめんね」


 フェリクス様はそういって華やかに笑う。


 ……決死の思いの気遣いが滑った時って、こんなに気まずい気持ちになるんだ。


 一番好きな飲み物が水というのも「そんな人いるの!?」と内心でツッコミの嵐が吹き荒れたが、人には人の好みがある。私があれこれ言える問題ではないだろう。


「はっはっは、分かります! 私も疲れた時などはキンキンに冷えた水が一番美味しく感じますよ!」


 私の斜め前に座っているショルメ兄様は相変わらずとても明るく、とても能天気だ。

 でも今はその呑気さを分けてほしかった。


 フェリクス様がスープを一口飲み、何故か少し嬉しそうにほっと息を吐く。


「……アーシェル家の食卓では、こんなにも温かい食事が出てくるのですね。王室であればあり得ない事だ」

「……? そうなんですか?」

「あぁ。王家では冷めた料理しか食卓には出てこないからね」

「うーん、それってちょっと味気ないですね~。きっと料理自体はそれでもすごく美味しいんでしょうけど」


 私はそれがどういう理由があっての事なのかなど分からないまま、首をかしげた。サザンドラ様からはそんな話は聞いた事がなかったし。

 ショルメ兄様もよく分かっていないのか、「ハッハッハ、温かい料理ならいくらでもあります!」と笑っている。

 しかし、ウルジ父様とラナ母様はサッと表情を固くした。ウルジ父様に至っては一瞬にしてひどく青ざめている。



「申し訳ございません、フェリクス様。こちらの方の配慮が足らず……」

「王家の方々は食事を召し上がる前には必ず毒味が必要となる事を、失念しておりました。すぐに料理を下げて、毒味役を立てます!」

「毒味?」



 一瞬意味が分からなかったが、数秒ののちやっと理解ができた。

 王族には、必要なのだ。料理に毒などといった身体に有害なものが入っていないか、確認する役割の人間が。


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