ひねくれ者なお兄さん
サザンドラ様とフェリシア様はあのあと、サザンドラ様が主導する形で、すぐに立ち去っていってしまった。
フェリシア様は私に会いたいと言っていたらしいが、特に私と二人で会話する事もなかった。
一体、フェリシア様は何がしたかったのだろう。謎は残る。
私とイリアは二人が立ち去った後、「今のってなんだったんだろう」「本当になんだったんだろうね」とひたすらお互いに言い合っていたが、あまり時間がたたぬ内にイリアは用事があるとかで慌ただしく教室を出ていった。
イリアにはここまで付き合ってくれて感謝しかない。
カテラさんやサザンドラ様、それからフェリシア様への対応は、一人でしていたら、もっと気が動転してしまっていただろう。
私はフェリクス様が呼びに来るまで、しばらく寝ている事にした。
暇潰しをするのには睡眠に限る。イリアはああ言っていたが、私だってお昼寝しても熟睡せず適当な所で起きる事は可能な筈なのだ。たぶん。
私は鞄から小さな枕を取り出すと(いつでも寝れるように持ち歩いている)机に突っ伏して目を閉じた。
昨日は寝れなかったし、今日も大変な事がいっぱいあった。
少しの間、心地よい睡眠の世界に逃げる事ぐらい、許されるだろう。
そして、私は速攻で意識を手放した。
まどろみの中で私はどうやら幼女の頃の自身の記憶を覗いていた。
幼い頃の私は今のように王都では暮らしておらず、アーシェル家の保有するウェスタイン領で暮らしていた。
父親は王都に勤めており、兄も王都の王立ラグナ学園に通っていた。母親はウェスタイン領に住んでくれていたものの、領主としての仕事が忙しく、私は一人でいる事が多かった。
13歳で王立ラグナ学園へと進学する為に王都へ向かうまでは、執事頭を筆頭とした使用人達に面倒を見てもらっていた記憶が強い。
幼い頃の私は、両親の事も兄の事も、家族としてそれなりに慕ってはいたものの、寂しさはずっと抱えていたのである。
……ちなみに私がウェスタイン領暮らしをしていたのは、「この子はマイペースすぎるから、王都の貴族社会では絶対に浮く」といった理由もあったらしい。
あとは領地の経営を任されたラナお母様が、一人でウェスタイン領にいるのを寂しがっていたせいもあるようだ。
私が王都で暮らし始めた事をきっかけにラナお母様も執事頭と親戚に領地の経営を任せて王都へ向かったし、あながち間違ってもいなさそうだ。
とにかく、ウェスタイン領という自然しかない保養地に住んでいた当時の私は、さみしさと暇を持て余していたのである。
そんな私には王都から来たという、あるお兄さんにやたらとつきまとっていた時期があった。
ある日、私とそのお兄さんはお互いに草むらに座り、向き合っていた。
正しく言うと、お兄さんは私が来てもそっぽを向いていたのだが、しばらく話しかけ続ける内に私の方を見てくれるようになった。根負けしたのだろう。
『……うるさいな、僕にまとわりついてくるな』
お兄さんは明らかにうざったそうに言う。
しかし、私は決してめげなかった。
昔の私は今の私よりも、よっぽどガッツがあるんじゃないだろうか。
たぶん、当時の私には友達もいなかったので、暇すぎて新しい刺激に飢えていたのだろうとは思う。
『だって私、やる事ないし。お兄さんと遊びたい』
『その辺で寝てればいいだろう。ここは保養地なんだから、休む事に時間を使ったらどうだい?』
『お兄さんにとってはそうでも、私にとっては実家の近くだよ。保養地じゃなくて、ただの娯楽の少ない庭だとしか思えない。寝るのは確かに好きだけど、1日ずっとは寝れないよ』
お兄さんははっと馬鹿にしたように笑う。
『確かに君はいつも枕を持ち歩いてるし、よほど睡眠が好きなんだろうな』
『うん、好きだよ。お兄さんは好きじゃない?』
『僕は嫌いだな。寝ている間は無防備になるから、誰かに襲われても気づけない』
『私がお兄さんが寝ている間、見ていてあげようか?』
私はいいアイデアを思いついた! とばかりにお兄さんに提案するが、お兄さんは呆れたような顔になった。
『僕は君の事を信用してる訳じゃないから、君が襲わないとも限らないと思ってしまうけどね』
『そうなの? 私は別にお兄さんの事を襲ってもなんのメリットもないのに』
『そうなんだろうな。君は僕の事情を何も知らないんだから。どういう理由があって、こんな僻地にいるかという事すら』
お兄さんは静かに目を閉じる。
『分かっている、頭では分かっているんだ。君が恐らく何の他意もなく、僕に懐いているんだという事は』
『そうだよ、お兄さんと一緒にいたらいい感じに時間を潰せそうかも、とかしか思ってないよ』
こんな事を本人に向かって直接話す私は、非常に怖いもの知らずである。
が、お兄さんにとってはそれがツボにハマったらしい。
お兄さんは小さく笑った。
『僕と一緒にいたいのは暇がつぶせるからか。意外と悪くない気持ちだよ。そんな風に僕に接する人もいるんだな、ってね』
『お兄さん、変な人』
なんでこんな私の結構失礼な発言で喜んでいそうなんだろう。よく分からない。
お兄さんは改まった様子で私に向き直る。
『これは、君には聞いておきたい』
『なに?』
『僕はこの保養地の中でも誰も関わる人間もいない中、遠巻きにされて、居住地も隔離されてるよね? なんでそんないかにも厄介な事情がありそうな僕にわざわざ関わろうと思ったんだい?』
そういうお兄さんは何かに怯えてるようにも見えて、私は若干不思議に思いつつも言った。
『そういう事は私には関係ないから』
即答した私に、お兄さんはぽかんとする。
『私はお兄さんが面白そうな人だと思ったから、近づいたの。ただそれだけ』
『は?』
『お兄さんが他の人からどう思われてるとか、私には関係ない。例え誰から嫌われてても、どんな事情があっても、お兄さんはお兄さんだよ。それは変わらないでしょ』
私は当たり前の事を言ったつもりだったが、お兄さんは困惑した様子だった。
『なんで君は無力なただの人間の癖に、堂々とそうやって言えるんだ?』
『別に。私にとってはそれが普通なだけ』
『君は、おかしいよ。親ですら、僕に対して平等に接する事なんてなかったのに』
お兄さんはそういって、ふいっと私とは反対の方向を見つめると、立ち上がり、去っていこうとする。
『お兄さん、また遊ぼうね!』
『……嫌って言ってもつきまとうんだろ』
『うん、まぁ』
『それなら、また好きに来ればいいさ。別に僕は君の事を待ってはいないけれどね』
ひねくれ者のお兄さんの背中が遠くなる。
……お兄さんにまた会えるといいなと思いつつ、しばらく後ろ姿を眺めていた。
お兄さんの後ろ姿が見えなくなった後、私は枕を地面に置き、横になる。
お兄さんにはああは言ったが、寝るのもやっぱり私にとっては最高の時間だった。




