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第四話 白玉楼

 妖夢さんの後について門を抜けると、立派なたたずいの玄関がそびえていた。

私の屋敷よりも大きいかもしれない。

私があっけに取られているうちに、妖夢さんは戸を開けてから振り返った。

「どうぞ、おあがりください。」

妖夢さんは戸をあけ放って横によけた。

「では、失礼します。」

そういって私も中に入った。

履物を脱いで割と高めの段を上がって、板敷の廊下に立つ。

目の前には大きな壺があり、そこには花が生けられている。

私はそれをなんとなくじっと見ていると、後ろから戸がしまる音がした。

すぐに妖夢さんもバタバタと上がってきた。

「お待たせしました。参りましょう。お部屋にご案内します。」

そう言って妖夢さんは歩き始めた。

私も「はい」といってついて行った。


 しばらく歩くと、視界が一気に開けて縁側のようなところに出た。

左には大きな枯山水の庭園が広がり、明るい光が上から差し込んでいる。

相変わらずとんでもなく広い屋敷だ。

これを妖夢さん一人で管理しているというのだから驚きだ。

私の屋敷でさえ三人でも持て余してしまうのに。

そんなことを思っていると、妖夢さんが足を止め、右手を向いた。

「失礼します。幽々子様、稗田様がお越しです。」

妖夢さんが障子越しに言った。

向こう側から「どうぞ~」と何とも気の抜けた返事が聞こえた。

妖夢さんは「失礼します。」といってそのまま障子を開けた。

「お入りください。」

「どうもありがとう。」

私は言われるがままに部屋の中に足を入れた。


 中には机と座布団が置いてあり、奥ではふわふわとしたものをまとった女性が座っていた。

「久しぶりね、稗田の当主さん。」

西行寺幽々子、この冥界の管理者にして亡霊である。

普通の人間が会うには危険な存在であるが・・・。

私は幽々子さんの前の座布団に座る。

「失礼します。お招きありがとうございます。」

私は軽く会釈をする。

「こちらこそこんなところまで来てもらって。遠かったでしょう。」

一瞬「そんなことはない」と言いかけたが、お世辞にも遠くないとは言い難かった。

色々考えているうちにただ苦笑いをするだけになってしまった。

「ふふっ、そうよね、遠いわね。」

幽々子さんは笑って流してくれた。


 しばらくすると、横から妖夢さんがお盆をもって現れた。

妖夢さんは私の方からお茶とお菓子を机に置く。

「ありがとうございます。」

私がそういうと、妖夢さんも軽く会釈をして、幽々子さんの前にも同じようにお茶を置いた。

そして、幽々子さんの方の端っこに正座で座った。


「さて、それであのことだけど。」

幽々子さんが先に話し始めた。

あの事とは小鈴のことだ。

「一応紫とも相談したんだけど、こっちで取り次ぐってことになったわ。」

幽々子さんは湯呑に手を伸ばす。

「取り次ぐということはここで会うということですか。」

私は低頭になりながら尋ねる。

幽々子さんは私のそんな様子をみたのか、一瞬間を開けて続けた。

「ええ、そういうこと。紫が向こうでなんか夢?の状態をどうのこうのって言ってたわ。」

どうのこうのってずいぶん適当だな。

「幽々子様、夢の境界を操る、です。」

すると、妖夢さんが横から言った。

「あら、そうだったかしら。ごめんなさいね。妖夢が言った方が早いかもしれないわね。」

幽々子さんはそう言って妖夢さんの方に体を向ける。

妖夢さんは幽々子さんと目線を合わせるとすぐに「仕方ないですね」といって机の前に出てきた。


 幽々子さんともあろう人が紫さんとの話を適当に流しているわけがない。

これは妖夢さんに話させようという一種の気配りか。

私が少し緊張していたからだろうか、なんだか幽々子さんに気を回してしまったようだ。

 ということはわからなくてもいいのに、わかってしまう。

せっかくさりげなくしてくれたのに、こういう自分が私は好きじゃない。


「私がご説明しましょう。」

妖夢さんは膝たちで近づいてきて私の斜め前に座った。

「小鈴さんと会うのはここ白玉楼でお会いしていただきます。稗田様はこちらにお越しいただいて、お部屋の一つでお待ちいただきます。小鈴さんは紫さんが夢と境界を操って冥界とつなげるという風に聞いております。」

紫の能力は境界を操るというものだ。

小鈴からすれば寝ている間に私と会うという形になるのだろう。

「なるほど。では準備のほとんどはそちらに一任していいんですね。」

「はい。まあ、私たちも部屋を用意するだけですが。」

「そうね、大変なのはたぶん紫と博麗のとこだと思うわ。」

妖夢さんがそういうと、幽々子さんも天を仰いで言った。


「その代わりあなたには会ってもらって、何をするか、何を話すかを決めておいてほしいの。」

幽々子さんが私に言った。

そんなことを言われてもどうなるかなんてわからないし、小鈴がどんな姿なのかもわからない。

私が押し黙っていると、幽々子さんが続けて言う。

「まあ、原稿を用意してて言ってるわけじゃないのよ。最低限何を伝えたいのか、それだけでも書き留めて置いたらいいんじゃないかな、ということ。」

「伝えたいこと・・・。」

今、小鈴に私が伝えたいこと。

「自分の時間を大切にしてほしい」それ以外特に思いつかなかった。


「あの、小鈴にはこのことは事前に伝えるんでしょうか。」

私は幽々子さんに聞く。

幽々子さんは妖夢さんに目配せをする。

「はっきりとは聞いていませんが、直前になるまでは徹底的に秘匿する、とおっしゃいっていましたので少なくとも直前まで言わないのでは。」

「死人と会えるなんて言う話が広まったら厄介だからねぇ、妖夢。」

幽々子さんはお菓子をほおばりながら言う。

言われてみればそれはそうだ。

こんなことは本来あってならないことだからだ。

「ええ。ただ博麗神社に呼び出すらしいので直前に伝えることはできると思います。どうしてもその確証が欲しければうちからそのように伝えておきますが、いかがしますか。」

妖夢さんは私に聞いてきた。


小鈴に事前に「私に会える」と伝えるべきか。

正直、私は小鈴にはあまり干渉したくない。

彼女には彼女なりの思いと考えがある、その中に私という存在をいつまでも残したくなかった。できれば小鈴の中から消えて、苦しんでほしくない。


「伝えなくても構いません。そのまま夢なら夢のようにあった方がいいと思います。」

私は妖夢さんに言った。

「そうですか、わかりました。」

妖夢さんは簡潔にそう言った。しかし、隣で幽々子さんはあまり釈然としない顔でこちらを見ていた。

「夢のように、ねぇ。」

幽々子さんがポツリとつぶやいた。

「私の勝手な言い分だけど、私なら夢を見たらいつまでもその幻影を追いかけ続けるわ。大事な人はいつまでも記憶に残り続けるし、残し続けるから。」

幽々子さんは庭の方を向いて言った。

「あなたは露のようでありたいのかしら。」

私は少し考えてから顔を上げた。

「そうですね。小鈴には小鈴の時間を大切にしてほしい。私なんかに貴重な時間をとってほしくないんです。」

私がそういうと、幽々子さんは少しため息をついた。

「そうねえ、あなたはそう思っていても、その子はどう考えてるのかしらね。その子にとってあなたはとっても大きな存在だったんじゃないの。私だったら忘れたくなんかないわ。いつまでも思い続けて、それこそ亡霊になっても思い続けるかもね。」

幽々子さんは私の方を向いて言った。

「気を回すのも大事だけど、直接いうのも大事な時もあるのよ。まあ、時間はまだあるからもう少し考えてみてもいいんじゃない。」

私はただ幽々子さんの顔を見ていた。


ーーーーーーー

 紫色がはいっているような霧の中を私は進んでいた。

「ではここで。」

妖夢さんはそう言って私にお辞儀をする。

「またお世話になるわ。」

「はい。お待ちしております。あの件も紫様のほうにもお伝えしておきます。」

「ありがとう。」

私はそういうと、妖夢さんに背を向けて歩き出した。

すぐに周りを白い霧が覆い、また振り返った時には後ろはもう何も見えなくなっていた。

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