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第三話 冥界への道

 晴れているとも、曇っているとも言い難い雲の下。

私は牛車の御簾で囲まれた中で座っている。

お世辞にも乗り心地は良くなく、ガタガタと小石を絡ませる音がしながら車はゆっくりと進んでいく。


 今日は冥界で、例の件についての打ち合わせである。

どうして人間である私なんかが、冥界なんかに訪れることになっているのか。

相変わらず実感がわかないものだ。


 最初の内は本を読んでいたが、それもそのうち飽きてしまった。

私は何をするでもなく座ってただ前を向いていたが、突然ガサッと御簾があき、目の前が明るくなった。

とっさに目に手をやり、眩みを抑える。

「どうも、失礼しますね。」

光の奥からそう声がすると、すぐに御簾が閉まって光量が戻った。

私が目から腕を離すと目の前には小町さんが座っていた。

「もう到着ですか。」

そう聞くと、小町さんは首を横に振る。

「まだまだ先ですよ。何せこの速度ですから。お暇だろうと思いましたので、少しお邪魔させてもらいました。ダメでしたかね。」

「いえ、そんなことないですよ。」

「そうですか、では少しゆっくりしますかね。ずっと外にいるのもしんどいもので。」

小町さんは足を崩してあぐらをかく。

「小町さんは、いいんですか。何かお役目があったのでは。」

私が聞くと、小町さんは少し考えてから口を開いた。

「そうですね。私の役目はあなたの冥界への送迎とお迎えです。それしか言われていないので具体的なことは特に聞いていません。つまりこうしていることも私のお役目、ということです。」


小町さんは自身満々そうな顔をしているが、そうですねとは同意しかねる。

まあ、どうせ外にいたくなかったので中で涼みに来ただけなのだろう。

そうことを一々突っ込むのも野暮なことだ。

私はとりあえず「そうですか。なら大丈夫ですね。」と言っておいた。


 小町さんと私はゆっくりと揺られながらお互いの話を始めた。

小町さんは四季様との関係や仕事の愚痴を、私は大学や先代の頃の昔話をした。

そんな話を続けていると、ふと、和鈴の話になった。

「そういえば和鈴ちゃんと小鈴さん、名前が似てますね。阿求さんがつけたんですか?」

「そうです。会ったときは自分の名前も覚えてませんでしたから。失礼ながら改めて私がつけたんです。」

「なるほど。名前の由来は小鈴さんですか。」

私はそれを聞くと、少し目線をはずした。

言われてみると、なぜ鈴なんて名前を入れたんだろうか。

もちろん決めるにあたって色々考えたし、一応もっともな理由はある。

「どうなんでしょうかね。自分ではあんまりそのつもりはなかったんですけど。まあ、後から考えれば無意識のうちに小鈴の存在を和鈴の中に見てしまっていたのかも。」

結局、私の頭の中から鈴の字がどうしても外れなかった、というのが本当のところなのだろう。

「自信ないんですか。」

小町さんは笑いながら聞いてくる。

「変な話ですけど、私は小鈴をどう思っていたのか、自分でわからないんですよ。親密ではあったけど、恋人でない。でも友達というのはすごく近かった。」

小町さんはそれを聞くと、少し考えて、ゆっくりと口を開く。

「向こうにいたころの阿求さんがどうだったか知りませんけど、今の阿求さんからはちゃんと愛を感じますけどね。」

「愛ですか。」

「ええ。ただ愛といっても恋人のそれとは違うように思います。親が子を愛する、そんな愛でしょうか。現に母親なので当たり前でしょうが、もしかしたらそういう思いを小鈴さんにも持っていたのかもしれないでしょうね。」

 言われてみたら私はずっと小鈴を子ども扱いしていたのかもしれない。

何も知らない、何もわかっていない、何をするかわからない。だからこそ私が守らないといけないと、私が支えてあげないと、無意識のうちに思っていたのだろうか。

頭の中で小鈴が「子ども扱いしないでよ。」と言っている姿が浮かんだ。



 ギシッという音がして、車がゆったりと止まった。

外から「もし」とういう声がした。

「お、ついたようですね。ちょっと見てきますのでお待ち下さい。」

そういって小町さんは外に飛び降りた。

気づけばさっきまで外の明るい光が透けてきていたのに、今は外から光が入ってきていなかった。

少しすると、小町さんが後ろの御簾から顔だけ出す。

「お待たせしました。どうぞお降りくださいな。」

小町さんは御簾を上げて留めると、車の後ろに小さな階段を置いた。

私はそこをゆっくりと降りて、地面に降り立った。

周りは霧で包まれ、さながら夜のようであった。

ところどころに白い光をだす蛍が飛び回っている。

「この道の先が冥界になります。私がお供できるのはここまでです。それと・・・」

小町さんは懐から紙きれを数枚取り出した。

「これが通行証と、滞在許可証なります。しばらく道なりに行けば、冥界の番人が待っているはずです。その方にこれをお見せください。」

そういうと、私にそれらを手渡した。

「ありがとうございます。」

私は冥界の方に視線を向ける。

「帰りはまたここでお待ちしております。」

小町さんは深くお辞儀をした。


 ゆっくりと道なりに歩いていく。

数歩歩いて振り返ると、もう小町さんたちの姿は霧の向こうに消えてしまっていた。この霧はどこからどこまで続いているのだろうか。

蛍の飛び交う薄暗い道を進む。

しばらくすると、道の両脇から桜の木が並び始めた。

今は桜の季節とはいい難いが、そこには満開の桜が両脇を埋めている。

そして、道の奥から上へと延びる長い階段が現れた。


 今からこの階段をのぼるのか。

それはちょっと、いやちょっとどころでなくかなり嫌なのだが。

私が上をみながらあっけに取られていると、横から声がした。

「あの、稗田様ですか。」

ずいぶん力なくか弱い声だと思った。

声の方に向くと、そこには白っぽいものを従えた侍がした。

「あなたは、確か・・・。」

緑のスカートに脇差をさした少女。

「は、はい。魂魄妖夢です。お迎えに上がりました。」

彼女は昔あった時と何も変わっていなかった。

半霊を従えた姿も、風貌も何も変わっていない。

人間と違って彼女は成長が遅い。こうみると実感する。

「ありがとう。あ、これね。」

私は彼女に紙を二つ渡す。

「拝見します。」

彼女はぴらぴらとさせながらその紙を見る。


「確認しました。大丈夫です。では、行きましょうか。」

彼女は早速歩き出そうとした。

しかし、私はすかさずそれを止めた。

「あの、一つ聞いていいですか。」

「え、あ、はい。何でしょうか。」

「この階段・・・。」

私は階段を指さす。

妖夢さんは一瞬動きを止めると、「あー」とつぶやいた。

「大丈夫ですよ。そっちの道は普段は使わないので。」

「そうなんですか。」

よかった。ひとまず安心だ。

「ええ、近道がありますから。こちらへ。」

妖夢さんが再び歩き始めた。

私は妖夢さんについていった。


相変わらず霧で包まれてどこが道かもわからない。よくこんなところで迷わないものだ。妖夢さんはただ黙ってまっすぐ進んでいった。

緊張しているのか時々歩みがぎこちなくなっている。

小町さんならこういう時も臆することなく話しかけるのだろう。

私にはできないことだ。

誰にでも分け隔てなく同じように接することができたらいいのに。


 かなり歩いたような気がするが、まだ妖夢さんは歩いている。

あと、どのくらいなのだろうか。

そろそろ足がつらくなってきた。

もともと私はそんなに体が強い方ではない。

それはこっちに来ても残念ながら変わらなかった。

さすがに聞こう。

「あの、妖夢さん。」

私は後ろから話しかけた。

妖夢さんも振り返る。

「あ、はい!」

「あと、どのくらいでつきますか。」

「そろそろ見えてくる頃だと思います。大丈夫ですか。」

妖夢さんは私の方に近づいてきた。

正直大丈夫ではない気がする。

「えっと、その、ちょっと厳しいかな、と。お恥ずかしい話ですいません。」

「そんな謝らないでください。私も気づけなかったのですから。そうですね。でもここで休むわけにもいかないなあ。」

妖夢さんは少し視線を上にはずして考え始めた。


「稗田様、高いところは怖くないですか。」

妖夢さんが突然聞いてきた。

「え、まあ、恐れおののくほどではないかと思いますが。」

「失礼を承知で申し上げますが、私の背中に乗りませんか。そのまま私が飛んでお送りします。」

普通ならびっくりする提案だが、幻想郷にいたときはこんなことはしばしばあった。

霊夢さんやブンヤの天狗にはよく乗せてもらったことがあった。

私も体が丈夫なら頼まないのだが、そうもいかないものでご厚意に甘えてしまっていた。

「私は構いませんが、妖夢さんは大丈夫なのですか。」

「それはご心配なく。私がしっかりとお送りします。」

妖夢さんは自信たっぷりに答えた。

また、迷惑をかけてしまうが仕方ない。

「じゃあ、甘えさせてもらいましょうか。お願いします。」

「わかりました。お任せください。」

妖夢さんはそういうと、私に背中を向けてしゃがんだ。


 「では、行きますよ。」

妖夢さんはそう言って立ち上がって、私をひざ下から抱え込んだ。

私は妖夢さんの背中に乗って首に手を回した。

「はい。お願いします。」

「せーの、ほっ!」

私の体がふわりと浮かんだ。

高度がぐんぐんと上がっていき、気づけば地面は霧でおおわれて見えなくなっていた。

下を見ないようにしようと覚悟していたが、これなら怖さも幾分かマシだ。

顔の横を風が通り抜けていった。



 しばらくすると向こうから霧が晴れてきて、眼下に桜の木が広がり始め、唐突に四角をした何もない空間が現れた。

妖夢さんはその手前に向かって降りていった。


地面に降り立つと、妖夢さんはしゃがんで私の足を離す。

「お待たせしました。どうぞ。」

私はうしろを振り返りつつ、片足ずつ降りていった。


「ありがとうございます。助かりました。」

私は改めて礼を言う。

「いえいえ、また帰りもお送りしますので。何かありましたらなんでも申し付けてください。」

妖夢さんは胸を張って言った。

いかにも誇らしげだ。

そうだったな、妖夢さんといえばこんな人だった。

もともとすごい自信があるのだろう、褒めると照れるのを隠せない、そんな人だ。

「妖夢さん、お変わりないですね。」

私はふとそんなことを言った。

「えっ、そうですか。十年もたっているのにですか。」

妖夢さんは少し怪訝な顔を向ける。

「いいんです。それで安心しましたから。あ、ごめんなさい、ただの独り言です。」

「そ、そうですか。では、こちらになります。」

妖夢さんはなんだかよくわからない、とでも言いたげだった。

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