第一話 始まり
「阿求!しっかりしてよ!」
狭まった視界の向こうで、ぼんやりとした人影がそう叫んでいる。
「小鈴ちゃん、落ち着いて。」
横からそんな声が聞こえた。
私は布団の上で大きな睡魔とずっと戦っていた。
間違いなくこの眠気は永遠につながっている。
私の生きる目的は、幻想郷縁起の編纂であった。これが完成した今、この目的は達成された。そういう意味では私のこの生涯に悔いはない。
いつ死んでもいい。そう思っていた。
しかし、今、私はできるだけ長くこの睡魔と戦っている。
なぜなのだろうか。悔いはないはずなのに。
「阿求、私を、私を置いていかないでよ。」
小鈴はそういって両手で私の手をとり、私の顔を覗き込む。
私は言葉を発そうとしたが、声が出てこない。
もう、音を出す気力が残っていない。
しんどい。
このまま瞼を重力に従えてしまいたい。
そうだ、もう、私に後悔は残っていない。
もう、頑張る必要もない。
だったら、このまま。
「阿求!阿求!」
身を任せかけたとき、かすむ視界の向こうで必死に呼ぶ声がした。
小鈴を心配させてしまっている。
ふと、そう思った。
私の心は落ち着いていた。周りの時間がゆっくり進んでいる。
私のことはもう構わないでほしい。
そういいたかったが、そんな力はない。
そして、いよいよ耐えられなくなってきた。
そろそろ限界だ。
私は最後の力で肺を膨らませ、目を開ける。
自然と手に力が入る。
「小鈴、ありが、とう。」
小鈴の目にそう言った。聞こえたかはわからなかった。
数秒そのまま小鈴を見つめた後、力が抜けた。
小鈴の顔には、幾重もの涙の跡が刻まれていた。
布団に深く沈み、そのまま地まで落ちるような感覚になった。
私を呼ぶ声も遠くなっていく。
私はそのまま真っ白な世界に落ちていった。
ーーーー
「お母様。お母様。」
私は揺さぶられる感覚を感じた。
「んん。」
私は体をゆっくりと起こし、声のする方を向いた。見ると、和鈴がこちらを見ている。
「お母様、居眠りですか?そのような姿勢ではお体に悪うございますよ。」
和鈴は正座で私の前に座っている。
「えっと、ああ、そうね。おかえり。」
「ただいまです。あまりお顔がよろしくありませんが、何か悪い夢でも?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど、あ痛た。」
どうも机に突っ伏して寝ていたようで、寝違えたのか肩が激烈に痛い。
「大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。」
私は右肩を押さえながら首を回す。そのまま窓の外に目をやると、日が傾いてきていた。
「暮六つぐらいかしら。だいぶ経ってしまったわね。今日の学校はどうだった?」
「今日は古学の授業でした。いろんな本の名前が出てきて、あ、お母様の名前の本もありました!」
彼女は目を見開いて、とてもうれしそうな顔で私に行ってきた。
「そうだったの。それはお母さんもうれしいわ。本の名前は覚えてる?」
私は少し口元を緩めながらいった。自然と笑みが浮かぶ。
「えっと、旧事本記かな、旧事書記だったかも。」
「あら、私が書いたのは古事記・・・。」
「古事記!そう!今思い出した!」
彼女は身を乗り出してグイッと近づく。
私は一瞬ひるんだが、すぐに立て直す。
「確かにいろんな本があるから、ゆっくり覚えればいいよ。でも、ちゃんと勉強できてえらいわね。」
私はそういって、和鈴の頭に手をのせた。
「えへへ、ありがとうございます。」
彼女はさらに私の手に両手をかぶせてきた。
自分でもしてしまうのか、と少し驚いたが、一緒に彼女の頭を撫でた。
しばらく彼女の頭を撫ていると、襖の向こうから声がした。
「失礼します。よろしいでしょうか。」
「ええ、いいわよ」
そういうと、襖があいて侍女の南風が出てきた。
彼女は鬼と人間の子、鬼子だ。
「是非曲直庁の使者の方が参っております。」
「本庁の方から?何の用かしら。まあ、いいわ。入れて頂戴。」
「わかりました。お連れいたします。」
そういって侍女は下がっていた。
「和鈴、ごめんなさいね。お客さんみたい。あとでまた話しましょう。」
「全然かまいません。お仕事ですから。」
和鈴はそういうと、私の頬に顔を近づけて、口づけをした。そして、すっと立ち上がって足早に部屋を出ていった。
私は少しあっけにとられていたが、外からの足音に気づいて、すぐに立ち上がった。
座布団を横から引っ張り出してきて、私の机の前に置いた。
「失礼します。当主様。」
南風の声がした。
「構わないわ。」
私は襖に向かって声をかける。すると、襖がすっと開き、一人の少女が入ってきた。
「久しぶりです。阿求さん。」
「ああ、小町さんでしたか。どうぞ、こちらで。」
私はそのまま中に案内した。
「すいません。お気遣いいただいて。」
小野塚小町
彼女は閻魔の四季映姫様に仕える死神のひとりで、三途の川の先導である。
幻想郷の担当なので私とは昔から何かと交流があり、四季様からの伝言や辞令は彼女を通して、伝えられている。
かくいう私も四季様に仕える身であるが、死神とは別枠なのだろう。
しばらくすると、南風がお茶を私と小町さんの前に出した。私が彼女にありがとうというと、会釈して下がっていった。
「お久しぶりでございますね。あれは二年前に大学方の辞令を渡したとき以来でしょうか。どうですか、大学は?」
襖がしまってから、口を開いたのは彼女からだった。
「ええ、そうでしたかね。大学の方はうまくいってますよ。若い死神の方はみなさんよく聞いてくれて優秀です。こんな高位をいただいて、四季様には頭が上がりません。」
四年前、私は死神への教育機関の大学に長として任じられた。以前も働いたことがあったが、今回はトップとしてだ。こんな彼岸と此岸を行き来する身でありながら有難い話である。
「そうですか、それは良かったです。私なんかとは違って勤勉なんでしょうねえ。」
小町さんは自嘲気味に言う。
「いえいえ、小町さんだってよく働いてらっしゃるじゃないですか。」
「そうですかね。四季様にはよく怒られてるんですが。まあ、とにかく四季様には大学のことはそのようにお伝えしておきましょう。」
「ありがとうございます。ところで、今日のご用件はどのようなことで。」
彼女は相変わらず話し上手である。
別に嫌ではないのだが、際限なく話してしまう。早めに本筋に戻さないといつまでも終わらなくなる。
「ああ、そうでした。それについてなんですが・・・。これからのことは他言無用でお願いしたく。」
彼女は苦い顔をしながら、後ろの方に視線を移す。
少しの静寂の後、私はどういうことかを理解した。
「なるほど。」
私は立ち上がって、襖をあけて廊下に出た。
「南風。いるかしら。」
少し大きめの声で呼びかける。
「はい!お呼びでしょうか。」
南風が廊下の奥から小走りで走ってきた。
「今って私と小町さん以外は、あなたと和鈴だけよね。」
「はい。左様でございます。」
「申し訳ないのだけど、和鈴と少し外を回ってきてほしいの。買い物してきてもいいから。」
南風は一瞬黙った後、私の背後を見た。
小町さんと目線があったのだろうか、少し会釈をした。
「わかりました。気持ち長めに出ておきますね。」
「ありがとう。話が早くて助かるわ。」
「では失礼します。」
そういって南風は廊下を小走りで渡っていった。
私は彼女が角を曲がったのを確認して部屋に戻った。
「お待たせしました。」
私は座りながら小町さんに話しかける。
「いえいえ、お気遣いありがとうございます。」
「それで、どのような要件ですか?」
「そうですね。口伝えで申し訳ありません。まずは小鈴さんでしたかね。本居小鈴さん。覚えていらっしゃいますか。」
小鈴
七年前に、向こうで私が懇意にしていたといってもいいほどの付き合いだった、貸本屋の娘である。
今でも私の床の間での姿が、声が、強く心に残っている。
「もちろん。私と小鈴とはとても親しい仲でしたから。お互いの家に上がってましたし・・・。その小鈴が何か?」
なんだか心の中がざわつき始めた。
「端的に言うと、小鈴さん、あなたにものすごく会いたがっているらしいんですよ。
「小鈴が、会いたがってる。」
私は、自分の顔の口もとが緩んでいるのを感じた。小鈴が私のことをずっと忘れないでいてくれている。その事実だけでもうれしかった。
「そ、そうですか。それはうれしいことですね。」
自分のうれしいという感情が顔に出ないように抑えながら、ごまかすように早口で言った。
「それで、その、あなたにどういう形でもいいので会っていただけないかと。」
私は固まった。
一瞬何をいってるのか意味が分からなかった。
私は死んだのだから会えるはずがない。
「そ、それはできない話ではないですか。もちろん会えるならうれしいですけど、第一故人に会いたいなんてのは別に小鈴に限った話でもないと思いますよ。」
私は眉間にしわを寄せる。
「その通りです。死んだ人に会いたいというのは皆同じように抱く思いです。普通なら特に問題にもなりません。叶わない思いをどうゆう風に自分の中で納得させるか。人間に課せられた使命のようなものでもありますね。ただ、小鈴さんの場合はそれがかなり、強いようなんですよ。」
「強い、何かまた無茶でもしてるんでしょうか。」
小鈴はとても好奇心と行動力の強い少女だった。
ただ、それがたまによくない方に向くこともしばしばだった。
途端に胸が締目付けられているように感じ始めた。
「ええ、なんでも仏門に相談に行ったり、降霊術を研究し始めたり。前は稗田さんの神社を建てようとしたこともあったらしくて。」
「私の神社!?」
「なんでも神になれば会えるようになるんじゃないか、と考えたらしくて。さすがにそれは博麗の巫女が止めたそうですが。」
「博麗の巫女、霊夢さんですか。ということはこの話も。」
「そうです。霊夢さんがこの話を。一応言っておくと、これは冥界経由で四季様に来ています。おそらく八雲紫なんかにも話は通してあると思います。」
思った以上に大きな話になっている。
これは相当切迫した状況なのだろう。
それにしても彼岸に来ているのに、此岸の話をされる。
なんとも奇妙なことだ。
「霊夢さんは、博麗の巫女として、小鈴さんの行動に非常に危機感をお持ちです。小鈴さんはとても行動力がおありです。それが幻想郷全体に大きな影響を及ぼすのではないかと、そのようにお思いのようです。」
確かに小鈴は行動力があった。
それで一度は幻想郷を巻き込んだ大騒ぎも起こしたことがある。
妖怪と人間のバランスを崩しかねない事態だったが、結局霊夢さんの尽力で収まった。
「・・・事情はわかりました。でも、私が小鈴と会うことは、そちらでは問題ないのですか?なにかこう規則があるとか。」
「彼岸から此岸に行くことは禁止されてはいません。しかし、三途の川を直接わたるというのは難しくて。細かいことは言えないんですが、前例がないので上との調整が難しくて。」
彼岸というのは上下下達の官僚制機構である。
このような突発事例にはどうしても対応できないのだろう。
「そうなんですか。では、どうするんですか?」
「四季様は、自分の権限の中でできるようにするとおっしゃています。なのでおそらく冥界経由になるのかなと思います。どういう形で、なんかの仔細についてはまた追って伝えます。」
四季様の管轄である冥界、つまり西行寺幽々子を通じてというわけか。
言ってることはわかるがいまいち実感がわかない。
本当に小鈴とまた会えるのか。
会えるなら私もうれしい。
しかし会ってどうしたらいいのだろうか。というか会って解決できるのだろうか。
気づくと、私は膝の上のこぶしを強く握っていた。
「あの、仮に小鈴と会ったとして、どうしたら、何を話したらいいんでしょうか。」
「うーん、霊夢さんがいうには『会う』それだけでひとまず小鈴さんの衝動は治まるだろうと思っているみたいですね。なので話さなくてもいいので会ってほしいみたいです。」
そんな簡単な話なのだろうか。
「会っても小鈴の行動が変わらなかったらどうなるんですか。」
私は唇を震わせながら聞く。
「それは聞いていませんが、八雲紫まで話が達しているとしたら。幻想郷に影響が出ないようにするんだろうと思います。」
小町さんは簡潔に言った。
幻想郷に影響が出ないようにする。
つまりなにかしらの『処分』をするという意味だろう。
それが生命の如何を問わないとしてもだ。
八雲紫はそういう者だ。
「どうしてそんなに私のことを。あの子にはあの子の人生があるのに・・・。大事にしてほしいのに。」
私はつくづくそう思った。
彼女には彼女の人生があって、毎日がある。
私のことでその貴重な日々を浪費してほしくはない。
人間の時間は短いのだ。
それは私が一番わかっている。
「どうですか、引き受けてくれますか。」
小町さんが私に聞いてきた。
私が会って悪化するかもしれない。
そうすれば小鈴を私が壊してしまいかねない。
しかし、このまま放置しておいても小鈴に待つ運命はおそらく同じだ。
私が行動しないと彼女を変えられない上に、ひいては幻想郷の問題へと発展してしまう。
私は目をつむって大きく深呼吸をした。そして、意を決して口を開いた。
「わかりました。引き受けましょう。」
二人で話しているうちに、気づけばすっかり日も暮れてしまっていた。
小町さんと話すとついつい長くなってしまう。
「ああ、もうこんな時間ですね。ちょっと長く居すぎました。あの子たちもそろそろ帰ってくるんじゃないですかね。」
小町さんが窓の外を見ていった。
私も振り返ると、水色の空に月が浮かんでいた。
「ああ、そうですね。そろそろ戻ってくる頃かと。」
「では、お暇しますかね。あまり長居するのも、また四季様に怒られてしまいますし。」
そういって彼女は立ち上がって横の鎌を持った。
「そうですか。ああ、玄関までお送りします。」
そういって私も立ち上がって、襖を開ける。
「どうもありがとうございます。」
小町さんはそういって廊下に進む。
私もその後ろからついて行く。
玄関につくと、ちょうど和鈴と南風が扉を開けて入ってきたところだった。
「あ!お母様。」
和鈴は私に気づくと草履も脱がないで飛びついてきた。
「を、和鈴様。履物はお脱ぎくださいませ。」
南風が傘を横に置きながら言った。
「和鈴、私の部屋で待ってて頂戴。すぐに行くから。」
私は彼女を手で少し包んで、少し笑いながら言った。
「ほら、和鈴様。すぐ来てくれるそうですから。行きましょう。」
南風がそう促すと、和鈴は「はーい」と少し不服そうな顔をして奥へ入っていった。
私は彼女が見えなくなるまで奥を見ていた。
「あの子が和鈴ちゃんですか?」
玄関に立っている小町さんが聞いてきた。
「ええ、三途の川にいたところをって、これは知ってましたね。」
「はい。存じておりますよ。河原の子供の面倒を見させてくれないかって、突然言い出して聞かないんですから。あなたの無茶ぶりで、四季様を説得するの大変でしたからね。」
和鈴は、実は私の子供というわけではない。彼女は、私がこっちに来た時、三途の川の河原にいて、ただひたすらに石を積んでいた。
賽の河原というものである。
私は今までもこの光景は何度も見てきたはずだったが、どういうわけか今回はあの娘がとても気になってしまった。
あの子は私を見つけると私をずっと見つめていた。
そこから私は彼女を忘れられなくなってしまったのだ。
「その節は、本当にありがとうございました。おかげ様で、ああやって元気に成長してます。」
「・・・なんだか意外ですね。阿求さんってなんかこう、人とのつながりとは一歩引いた立ち位置の方なのかなと思ったのですが。ご自分で子供なんて。」
人と一歩引いたというのは、冷たい人ということだろうか。
「そう見えますか。確かに以前は自分でもそう思ってたんですけどね。こっちに来てから本当に繋がりがなくなって、知らず知らずのうちに人間関係があったんだって気づいてしまったんですよ。」
私は遠くの方を見るように目線をはずした。
「要は寂しかったんですか。」
小町さんは少し笑いながら私に言う。
そういわれると、そうなのかもしれない。
その感情を埋めるために、あの時、あの子をもらったのかもしれない。
「そうかもしれないですね。一人は好きなんですけど、変な話ですね。」
私も少し笑って答えた。
「では、また詳細が決まりましたら伺いますので。」
「はい。ありがとうございます。お気を付けて。」
私がそういうと、小町さんは門の方に向かって歩いて行った。
私は小町さんが見えなくなるまで玄関で立っていた。
小町さんを送った後、私は部屋に戻るために廊下を歩いて行った。
部屋について、中を見ると、さっきまで小町さんの座っていた座布団に和鈴がちょこんと座っていた。
和鈴は南風を一緒に何かを話している。
「あ、お戻りですか。」
最初に気づいたのは南風だった。
「ええ、ありがとうね。和鈴、お待たせ。」
私は南風に一言言ってから、和鈴の方に向かって膝を曲げた。
「お母様!さっきこれを買ってきましたよ!」
和鈴はそう言うと、私の顔の前にずいッと手を差し出す。反射的に私は少し顔を離す。
「そんなに近づけたら見えないわ。これは、ガラス?」
彼女の手の上には透き通った透明なガラスの棒が載っていた。ところどころに色がついていて、先端は少し膨らんで筆を思い起こすような形をしていた。
「これはガラスペンというものだそうです。それにインキをつけて書けるといってました。ね、和鈴様。」
南風がそう言って和鈴の方を見る。
和鈴は私の方を見たままずっと私の前でペンを見せている。
「とてもきれいね。もってもいい?」
私が和鈴にそう聞くと、和鈴は少し首を縦に振った。
私は「ありがとう」といって手に取った。持ってみると、ほどよく手に合っていて、回すと螺旋状の溝がキラキラと反射する。
「これで書けるのね。すごくお洒落な筆記具ね。きれいだわ。」
「それあげる。」
私がくるくる回していると、和鈴が突然そういった。
「え、いいの?でもこれ和鈴のじゃないの?」
「それは当主様にと、和鈴様が選ばれたんですよ。」
南風が言った。
和鈴は少し恥ずかしそうに私から目線を外した。
「そうだったの。いいの?」
和鈴は首をまた縦に振る。
「ありがとうね。お母さん嬉しいわ。大事にするね。」
私は和鈴にそう言った。
すると、和鈴はガバッと私に抱きついてきた。
「わっと。どうしたの。さみしかった?」
私は少し笑みを浮かべながら冗談めかして言った。
だが、和鈴は顔を胸にうずめたまま出てこない。
確かに最近はあまり構ってあげられなかったかもしれない。それが堪えたのだろうか。
「そうね。あんまり構ってあげれなかったわね。今日はもう何もないからたくさんお話ししましょう。」
私は和鈴の背中に手をのせた。
「あ、そのペンお持ちしますよ。」
南風がそう言って膝たちで近づいてきた。
そして、南風がペンの先を持ったの確認して、私は手を離した。
彼女はそのままそれを箱にいれ、机の上に置いた。
「では、私は夕飯の御支度をしてまいります。よろしいでしょうか。」
南風は姿勢を戻してから聞いてきた。
「ええ、こっちはもう大丈夫だから。ありがとう。」
私は和鈴を膝に乗せたまま、横から顔を出した。
「わかりました。それでは失礼します。」
南風はスッと立ち上がると、足早に部屋を出ていった。
部屋には私と和鈴の二人だけが残された。
「和鈴。申し訳ないんだけどちょっと降りてもらえるかしら。」
ずっと私の膝の上に彼女がのっていたので、私の足はそろそろ限界にきつつあった。
だが、彼女は呼びかけても反応がない。もしやと思って耳を澄ましてみると、スースーという音が聞こえてきた。
「寝てしまったのね。お話は明日かしらね。」
聞こえているわけはないのだが、そうつぶやいた。
私は彼女の後ろに左手を敷いて、右手を背中に回す。
そして、少し持ち上げてから、膝たちで前の座布団のところまで近づいた。
そんなに重たくはないが、軽くもない。
座布団に頭をむけてそのまま畳の上に横たえた。まだ、布団で寝るには早いので、これで勘弁してほしい。
「少し寒いかな。」
横によけてあったひざ掛けを彼女の体の上に載せた。
足が少し出るが、まあ、夕飯ができるまでだ。
私は自分の座布団の上に腰を下ろして、ひじ掛けを近づけた。
和鈴は私の前でひざ掛けを小さく上下させている。
丸くなった彼女はとてもかわいらしく、愛おしく見えた。
彼女を見ていることができている、ただそれだけでも私の心は満たされている。
私は肘をつきながら彼女を見ていた。
和鈴と出会ったときはどんなだっただろうか。
ふとそんなことを思った。