第80話 円卓会議
受付のマチルダがカリカリとペンを走らせ終えると、顔を上げた。
「討伐記録の登録にあたり、パーティー名をお願いします」
マチルダの問いに、一瞬固まってしまった。
最深33階層から戻ったばかりの自分たちは、
ケイリーが落とした砂時計を鑑定してもらうため、冒険者ギルドへやって来た。
討伐したことを報告した途端、パーティー名を聞かれたのだ。
「パーティー名……ですか? そうだな……」
思えばパーティー名なんて考えたことがなかった。
できれば、ありきたりではなく、珍しくて格好良くて、
それでいてウイットに富んだ名前がいいな。
「パーティー名は"一撃の剣"です」
「えっ、なに!?」
カーリナが迷いなく答えた。
名前そのものに驚いたわけではない。
あまりに即答だったのでつい聞き返してしまった。
「ですから、パーティー名は"一撃の剣"ですよ。もうこれで登録済みです」
カーリナは淡々と告げる。
「"一撃の剣"で承りました」
記録作業のため少し時間がかかるらしく、カウンター前の椅子に腰を下ろす。
向こうではアンニたちがアイテムを売却しているのが見える。
黙っているのも落ち着かず、思わずカーリナに問いかけた。
「いつから決まってたの?」
「キュメンで師匠が冒険者登録した時に決めました」
自分が一撃で魔物を倒していたからこの名にしたとカーリナが説明してくれた。
どこか誇らしげな顔つきが見えた。
だが、自分は剣を手放して久しいと呟くと、
マチルダが小さく笑いながら聞いてきた。
「登録名を変更なさいますか?」
「いえ、このままでお願いします。
師匠、名前はあとで話し合いましょう。
ノーラちゃんの意見も聞いて三人のパーティー名を決めましょう」
カーリナにそう諭され、自分は曖昧に頷いた。
「それと、これなんですが――」
包んでいた布をそっと置いて布端をめくる。
中には手のひらを広げたよりも少し大きな砂時計が収まっていた。
ついさっき倒したケイリーからの戦利品である。
アイニェータ曰く、砂時計には大・中・小と三種類あるらしいのだが、
自分の鑑定スキルでは"砂時計"としか表示されなかった。
大と言われればそうだし、小と言われても納得できるサイズだ。
見ただけで分かるはずもなく、ここで鑑定してもらうしかない。
「砂時計ですね。ヒデキ様、おめでとうございます。
売却をご希望でいらっしゃいますか?」
マチルダの目が瞬時に輝いた。
滅多に見ない代物だとマチルダが興奮しているのが伝わってくる。
しかし自分は首を振る。
「いや、鑑定をお願いしようと思いまして」
「承知いたしました。お呼びするまであちらの円卓でお待ちください」
***
円卓にはアンニとアイニェータが既に腰掛けていた。
二人とも売却が終わったのか、
アンニが金の入った袋をジャラジャラ揺らして笑っている。
「おい、ヒデキこっちだ。ノーラはウチの隣な」
「もう売却は済んだんですか?」
「ああ、ヒデキのおかげで結構いい金になった」
笑いながら袋を上下に揺らすアンニに、隣のアイニェータが眉をひそめる。
「品が無いわねアンニは。もー、恥ずかしいからやめてよね。
それとノーラちゃんはアタシの隣よ」
しばらく軽口を叩き合ったが、
結局、レオノールを真ん中にして二人で両側に座ることになった。
レオノールが困惑気味に見上げるのを見て、思わず笑ってしまう。
他の円卓では、冒険者たちが談笑や情報交換し、
冒険者ギルドの受付前は昼下がりのざわめきに満ちている。
円卓の向こう、柱の陰の人影が目に留まった。
黒髪のミディアムロングにスクエアネックの長袖カットソー。
丈の長いスカート、足元はショートブーツ。
紫烏色で統一された装いが、腰に差した剣を際立たせている。
どこかで見たことがあるような――
「ところで、砂時計の鑑定は済んだのか?」
アンニが手を伸ばして自分の肩に寄りかかるように話しかけてきた。
「いえ、なんか準備があるのか、ここで待つように言われました」
「アイニェータさん、鑑定ってどうやるんですか?」
カーリナが尋ねると、アイニェータは肩をすくめた。
「ごめんね、アタシも詳しくは知らないの」
「そうやすやすとお目にかかれる代物じゃないしな。
誰でも鑑定できるってわけにはいかないだろ」
アンニが腕を組んでうんうんと頷く。
それを見たノーラが首を傾げた。
「じゃ、誰がするの?」
「誰だろな?」
「順当に考えたらアンダースかしら」
「げっ、あいつかよ。まあ、そうなるわな」
「誰、その人?」
アンニが露骨に嫌そうな顔をしてノーラに耳打ちする。
「ヒゲのちっこいおっさんだ」
「ギルマスよ。アンニ、ノーラちゃんに変なこと吹き込まないでよ」
「ホントのことだろ。ちんちくりんのヒゲもじゃのおっさんだろ」
すると背後から低い声がした。
「誰がちんちくりんだって?」
アンニが振り返って真っ青になった。
「げっ、ヒゲのおっさん!」
ノーラの背中に隠れようとするが、
小さな女の子の後ろに隠れられるわけもなく、
ただ膝を折っているだけに見える。
現れたのはドワーフの男だった。
背は低いががっしりした体躯に立派な髭を蓄えている。
冒険者相手に荒い口調だが、どこか親しみやすさを感じさせる雰囲気がある。
「まあいい。お前がヒデキか? 俺はここでギルマスをやってるアンダースだ。
これから鑑定するから付いて来てくれ」
アンダースと名乗ったギルドマスターは手招きし、
自分とカーリナ、レオノールを連れて奥へと向かった。
通された小部屋は簡素な造りだった。
中央にテーブル、手前と奥にソファーが向かい合わせに置かれ、
小さな応接間のようだ。
奥の窓からは午後の光が差し込み、
棚のごちゃごちゃと積まれた小物を照らしている。
アンダースは棚を漁りながら話しかけてきた。
「砂時計の鑑定は数年ぶりだからな。どこにしまったか――
ヒデキはアンニたちと一緒に潜ってるのか?」
「あっ、いや、たまたま迷宮で出会って意気投合しただけです」
「たまたま? 33階層でか? どうも怪しいな。
ギルドを通さずに契約を進めてきたら断るんだぞ。アンニは問題ばかり――
おっ、あったこれだこれ」
彼はごそごそと棚から木の枠を三つ取り出した。
テーブルに並べるとどれも砂時計の形に沿ってくり抜かれている。
僅かに大きさが違うだけで見た目はほとんど同じだ。
「これは……何ですか?」
「何ですかって、鑑定道具に決まってるだろ。
これに通して止まれば大・中・小が判定できる」
ピンゲージの検査みたいなものか。
しかし、こんな木枠で本当に判定できるのか?
見た目の違いは分からないが、ここは口には出さず見守ることにしよう。
アンダースは砂時計を布から取り出し、一つ目の木型に通す。
すっと抜けた。
二つ目も通過する。
三つ目――僅かな抵抗のあと通り抜けた。
アンダースは眉をひそめ、再び三つ目の枠に慎重に入れる。
今度はぴたりと止まった。
「これは大だな」
いやいや、さっき通り抜けなかったか?
枠が木製だから温湿度で寸法が変化すると思うが、
こんなので本当に判別できるのか?
「文献通りなら使用回数は十二回だ」
「時間はどれくらいですか?」
「お茶を淹れる時間らしいが、詳しくはわからん」
砂時計の使用法についてもアンダースは教えてくれた。
魔力を注いで起動し、砂が落ち切る前に魔物を倒せば、
砂時計がひっくり返った瞬間に魔物が復活する。
砂時計が消滅するまで何度でも繰り返し戦えるため、
レアアイテムを得る手段として重宝されているという。
また、文献はボア・ボードラン公国の大公が、
茶会で使った時間を基準にしているとも聞かされた。
鑑定が終わると、アンダースは自分に目を向けた。
「鑑定するってことは、これ依頼じゃないんだろ?
私用だとすると、何か狙ってるものがあるのか?」
魔物の指輪を集めるために使うのだが……
他人に話すなと言われたフランクの言葉が頭をよぎる。
だが目の前の男はギルドマスターだし、
指輪の存在を隠し通す必要はないだろう。
「魔物の指輪を集めるのに使用します」
「なるほどな、そっちが依頼だったのか?」
「いえ、指輪も依頼じゃなくて――」
「ん? そっちも依頼じゃないのか? じゃあなんで指輪なんて集める?」
「興味があるというか、趣味というか……全部集めてみたいので」
「おいおい、そんな動機で集める奴なんて聞いたことないぞ。
じゃあ、こっちも興味本位で尋ねるが今幾つ集まったんだ?」
すると横からレオノールが嬉しそうにマジックバッグを開き、
指輪を一つずつ取り出してテーブルに並べ始めた。
「これがゴーレム、これがトロールでしょ。それとこれがスライムだよ」
アンダースは三つの指輪を見て唸り、目を細めた。
「最近、トロールとスライムのSランクが倒されたと情報が入ったが、
お前らだったか――
もしかして、オーガとサイクロプスを倒したのも、お前らか?」
カーリナが胸を張る。
「勿論です。師匠の手にかかればSランクの魔物なんて、
赤子の手をひねるようなものです。何せあの"騎士の鍵"を持って――」
「あー、あー、あー。ロジャーさんたちと共闘して何とか倒せました」
慌ててカーリナの言葉を遮った。
魔物の指輪はともかく、騎士の鍵のことまでも軽々しく吹聴するべきではない。
「そうか、あの"大過の天秤"が他のパーティーと探索したのか。珍しいな。
ところでSランクが復活するまでの間どうするんだ?」
「それなんですが、ノルデ近郊の小迷宮を回ろうと考えています」
「そうなるだろうが、小迷宮ったって点在しているし、
移動用ゲートは騎士団に申請しないと使えないぞ」
「そこは――」
カーリナがすかさず口を挟む。
「大丈夫です。師匠は"騎士の鍵"を持っていますから」
アンダースは驚いたように目を丸くしたが、
意外にもすんなり受け入れてくれた。
「"騎士の鍵"か……なら移動は問題ないか。
まさか騎士団以外に持っている奴がいるとはな。
知ってると思うが、ウロボロスと組み合わせた方がいいぞ。
利用回数が増えるからな。
指輪を手に入れたいなら、持っておくことに越したことはない」
アンダースの助言に自分は小さく頷いた。
ウロボロスとの組み合わせで利用回数が増えることは、
アイニェータから聞いて知っていたが、
ギルマスから改めて教えられると重みが増す。
助言に対する礼を述べ、小部屋を後にする。
部屋を出る間際、声をかけられた。
「あと、鑑定料はカウンターで支払っといてくれ」
「……はい」
あんな鑑定に費用が発生するのか。
***
円卓ではアンニとアイニェータがまだ談笑していた。
マチルダに鑑定料を支払った後、自分たちが戻ると二人の視線が集中した。
「鑑定はどうだった? おっさんは何て?」
「砂時計は大でした」
「鑑定方法は? 何か特別なものがあるの?」
アイニェータが髪をかき上げながら、興味津々で顔を近づけてきた。
自分は木枠の三枠で判別する方法を簡単に説明した。
鑑定料が250ラルすることも付け足した。
三つ目の枠で一度通ってしまったことが少し引っかかっているが、
ギルマスが大だと言ったのだから間違いないのだろう。
すぐに話題は次の探索計画へと移った。
以前カーリナが作成した小迷宮リストを広げ、
アンニとアイニェータにも見せる。
冒険者の先輩として、二人にアドバイザーとなってもらう。
サイクロプスかオーガかゴブリン、そしてヘビが出る迷宮を探した結果、
対象の小迷宮は三つ――ナヨキ東、ヴァサ西、ヴァサ北。
ナヨキ東とヴァサ西はバニーガールが出現する迷宮として、巡ったことがある。
「一旦まとめますね。サイクロプスが出る迷宮は一つで、オーガは二つ。
残念ながら今ゴブリンが復活している迷宮はありませんね。
でも、ヘビは三つの迷宮すべてに出現。
騎士団に移動用ゲート申請はボクが行ってきます」
ヘビの魔物についてアイニェータが説明してくれた。
「ウロボロスはAランクのスネークマンショーという魔物が落とすの。
因みにだけど、Sランクはヒュギエイアという名前だけど、
攻撃してこない魔物として知られてるわ」
良い情報だ。
Sランクがノンアクティブなら、Aランクだけに集中できるな。
その後も円卓で議論し、砂時計の使いどころを確認した。
騎士団へ申請に向かう前に、腹ごしらえをしようということになった。
立ち上がろうとすると、アンニが唐突に拳を握りしめた。
「よし、昼はウチが奢るぞ。なあノーラ、何が食べたい?」
どうやらレオノールの前で格好つけたいらしい。
その様子を見て、アイニェータが眉をしかめて止めようとするが、
レオノールが素直に喜んでいるのを見て、
アイニェータも半分出すと言い出した。
「ダメだ。ノーラに奢るのはこのウチ、"アンニお姉さま"だ」
「じゃあ、じゃあ、ノーラちゃん。何か欲しい物ない? 何でもいいわよ。
"アイニェータお姉ちゃん"が何でも買ってあげるわ」
突然の申し出に困惑するレオノールを見て、
自分が断ろうとすると、二人に責められる羽目になった。
「そもそも、ヒデキさんが悪いのよ。
ノーラちゃんに可愛い格好をさせないなんて、信じられないわ」
「そうだぞヒデキ。女の子らしい服ぐらい着せてやれよな。
バッグだってこんな変な色だし」
「えっ、これ変な色かな? あたし好きなんだけど……」
ローレンツから貰ったピンク色のマジックバッグを撫でるようにして、
レオノールが悲しそうに質問すると、アンニが慌てふためいた。
「あああ、違う違う。変な色じゃないよノーラ。
そう言う意味で言ったんじゃないんだ。
おい、ヒデキなんとかしろよ。全部あんたのせいだぞ」
「なんでそうなるんですか!?」
そんなやり取りを経て、自分たちはギルドを後にした。




