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第78話 33階層

――足元の魔法陣から立ち上がる香色の光が消えると、

目の前には見慣れた中間部屋が現れた。

しかし……体の輪郭がじんわり痺れるこの感じは、

何度やっても好きになれないな。


ギルドで同行契約を結び、

冒険者フランクにこのノルデ最深部の33階層へ連れて来てもらった。

また、フランクと同じパーティーの大剣使いテリーも同行している。

護衛としては十分すぎるくらいの大柄な獣人の男である。


「これで契約は終了だ。ギルドに戻るか?」


フランクが短く問いかけた。

たった今到着したばかりだというのに、どうして戻らないといけない?

自分たちはこれから33階層を探索するのだ。


「いえ、このまま探索を開始します」

「本当に三人で探索するのか?」


連れて来た当の本人が何を聞いてくるんだ?

おかしなことを言う人だ、三人で探索するに決まっているじゃないか。

この最深部の33階層を……そう、三人だけで……そういうことか。


納得はしていない様子のフランクだが、

仕方がないといった様子で、懐から小さく折りたたんだ紙を取り出した。

受け取り広げると、細かな線が縦横に書き込まれている。

カーリナとレオノールの顔が両方からのぞき込んできた。

よく見ると分岐の印が要所に打ってある。

これはひょっとして地図か?


「その通りに進めば中間部屋へ最短で戻れる。

 迷宮で最も気を付けなければならないのは道に迷わない事だ。

 仮に魔物を倒せる実力があったとしても、

 地上に戻れなければ待っているのは死だ」

「俺様ならいくら迷ったとしても、魔物を片っ端から倒すがな」


テリーが白い歯を見せながら、これ見よがしに腕をぐっと曲げ、

盛り上がった岩のような筋肉を誇示してくる。

カーリナとレオノールは凄いと拍手を送っているが、

このタイプの人、自分は苦手だな。


「ヒデキ、テリーの話は聞かなくていい。ワタシの言葉に集中しろ。

 その地図に何度も命を救われた。今日生きていられるのはそのおかげだ。

 いいか、重要なのは自分たちが迷宮のどこにいるかを把握することだ。

 その地図で常に位置を確認するように。わかったな」

「ありがとうございます。ギルドに戻ったら必ずお返しします」

「かまわない、それはヒデキに――

 いや、わかったギルドで待っている。仲間と共に必ず戻ってこい」


フランクたちが中間部屋の魔法陣に立つと、

香色の光で二人の輪郭が薄れていく。


「最後にヒデキ、指輪が手に入っても言いふらすような真似はよせ。

 聞きつけて盗もうと思うやつが出てくる。

 過去に指を切り落としてまで強奪した悪党もいるくらいだ。

 十分注意を払え。いいな」

「きっ、肝に銘じます」


光が引くと同時に、部屋は静けさを取り戻した。

指を切り落としてまでも、指輪を盗もうとする奴がいるのか。

ギルドで指輪のことを口にするのは控えよう。

昨日は随分しゃべってしまったが……大丈夫だよな……


***


中間部屋から奥へ向かってSランクを探す──

これまではこのやり方だが、今日は違う。

中間部屋の魔法陣を使い、33階層入口へ移動、まずはCランクで肩を温める。


昨日の30階層のカーネイジアイはロジャーたちの助けがなければ危なかった。

ここはさらに深い、無理はしない。


フランクの地図を片手に、入口から中間部屋へ通路を進み始める。


「お兄ちゃん、なんか来るよ!」


薄暗い通路の先に夏虫色の巨大なイモムシが四体、

体節を波立たせながらこちらへ這い寄って来るのが見えた。

バルコたちの漁村で初めて相手にしたキャタピラーだが、

閉ざされた空間だとより巨大に感じるな。


「まず、水魔法と矢で動きを鈍らせる。カーリナは抜けて来た奴を前衛で叩け!

 全員、魔物の糸攻撃には注意だ」

「了解です!」「うん!」


カーリナが槍の柄を握り直し、足を一歩前へ。

自分はレオノールに目で合図し、ワンドを向ける。

水弾を連射すると、弾ける水飛沫と舞い上がる砂埃の中を矢が次々と通り抜け、

キャタピラーの動きを遅らせる。


水と矢をかいくぐって一体が突進して来た。


カーリナが踏み込み、一閃。

のけぞった胴体へカーリナの体重を乗せた突きが刺さる。

キャタピラーは甲高い呻き声をあげた。


キュィー


激しく身を揺すった後、前のめりに倒れ丸まった。


「カーリナ! 大丈夫か?」

「――はい、大丈夫です」

「仕留められそうか?」

「試してるんですけど、硬くなってて攻撃が効いているのかもわかりません」


カーリナが穂先で叩いてみせるが、高い金属音が返るばかり。

ここで粘っても埒が明かないが、かと言って、捨て置くわけにもいかないし……


「わっ!」


粉塵から糸が飛び出し、レオノールの足元に粘着質の糸が広がる。


「カーリナ! そいつはしばらく攻撃してこないから後回しだ。

 次に出てくる奴を頼む」


カーリナが頷いた瞬間、二体目が姿を現わした。

レオノールの矢が素早く目を射抜き、カーリナの槍が横腹の節を抉る。

突きと薙ぎを重ねると、二体目も体を丸め横たわった。

カーリナは確実に強くなっているな。


残り二体――粉塵の中で顎を鳴らし、こちらの様子をうかがっている。


収まりかけた粉塵の切れ目、

右側の個体が放った糸が自分をかすめ壁に張り付く。

どこを狙っているのだと思っていると、

その糸を滑るように、一気に間合いを詰めて来た。


「アッ、アクア・スパエラ!」


思わず放った水球がキャタピラーの頭部を叩き、突進がわずかに鈍った。

巨体が怯んだ隙にカーリナが背後へ回り込み、槍を突き立てる。

そこへ最後の四体目が勢いよく突っ込んで来た。

カーリナが反転し、槍を振り下ろすと、

鋭い一撃が頭部を捉え、四体目の勢いが失われた。

そのまま四体目が三体目と衝突し、二体とも体を丸めて動きが止まった。


「ふぅーっ、何とか倒せたが、相手がCランクでもこれか。

 まあ、全員無事だったことだし、よしとしよう。次に行こうか」

「まだだよ、お兄ちゃん!」「師匠、倒せていません」

「えっ!? あっ、そうか……」


***


フランクからもらった地図を手に、中間部屋を目指して歩みを進める。

厄介なのは、この”丸まった”キャタピラーの後始末だった。

防御力が上がるのか、カーリナの槍だけではなかなか黒煙にならず、

結局、三人で手分けして攻撃する羽目になった。


どの世界も戦後処理は大変だな。


中間部屋に到着すると、淡い香色を放つ魔法陣の手前に人影を見た。

それは、斧を担いた銀鎧姿の女性と、細身の革鎧をまとったブロンドの女性。

アンニとアイニェータだ。

しかし、何故二人がここに……


「ヒデキ、遅い! 三の鐘はもう過ぎてるぞ!」

「えっ、お二人はどうしているんですか? あっ、依頼……ですか?」

「違う違う。あんたたちが心配で来たんだ」


言葉を発したアンニの視線はレオノールだけに向けられている。

なるほど、心配の矛先はレオノールか。


「ありがとうございます。アイニェータさんも一緒に来て下さって」

「アイニェータも一緒に行きたいって言うからさ、こうして連れて来た訳」

「えっ、アタシ、そんなこと言ってないわよ。心配はしていたのは本当だけど。

 アンニがどうしてもって言うから連れてきてあげたんじゃない」


アンニは咳払いでごまかすように、言葉を切り替える。


「まあまあ。とにかくここからの探索はウチらも同行する。

 折角同行してやるって言うのに、ヒデキが遅いから、もう……」


遅いと言われても初耳だし、勝手に来たのはそっちだろ?

理不尽な言いがかりに、つい文句が喉まで出かかったが、

流石に飲み込んだ。

しかし、はっきりさせておくべきことがある。


「同行って、契約が必要ですか?」

「ウチらの中じゃないか、そんなもんしなくていいだろ」


アンニの言葉に、アイニェータが目元に柔らかな笑みを浮かべた。


「もし、一緒に探索する『護征契約』だと、

 ギルドへ五百ラルを支払う規則になっているわよ」

「それともなにか? ギルドに戻って正式に契約するか?」


アンニが追い討ちのように言うと、思わず反射的に首を横に振ってしまった。


「いえいえ、あの……」

「ホントは規則違反になっちゃうんだけどね。

 ほら、アタシたちはギルドから依頼を引き受けているパーティーでしょ」

「アイニェータ、そんな硬いこと言うなよ。

 たまたま、ホントたまたま、ウチらはヒデキたちと迷宮で居合わせた。

 そんでもって、意気投合したから一緒に探索した。これならいいよな?」


たまたまを強調するあたり、大人のお風呂屋さんの建前みたいだな。

アンニの言葉に口を曲げたアイニェータだったが、長いブロンドをかき上げた。


「――そうよね。ここは33階層ですもの。アンニ、わかったわ。そうしましょう。

 そうめったに人がこないから、誰にも知られないわ」


よし、これで表向きは筋が通るな。

ギルドが知らないだけで、冒険者の間では日常的に行われてるんだろう。

いや、ひょっとしたらギルドも黙認しているだけかもしれないな。

少なくとも、お風呂屋さんはそうだし。


「その代わり、ドロップは山分けな」

「でも、目的の砂時計が出たらもちろんヒデキさんに譲るわよ」

「ボクもそれでいいです」「うん、いいよ」

「なら決まりだ。奥へ行くぞ」


これで五人、頼もしい援軍ではあるが、もう一つ気になることがあった。

重要ではあるが、このタイミングでは言い出しづらい。


胃がきゅうっと鳴り、唾を飲み込む。

……腹が減った。


ギルドから直接迷宮へ連れてきてもらったため、弁当を持っていない。

今は昼時だが、無理をして食事を抜いても進み続けられるかどうか。

言い出しにくいが、昼食を取りに一度外に出るべきかもしれない。


背中の魔法陣が静かに光を放つのを横目で見ながら、

どう切り出そうかと考えた。


***


結局、空腹には勝てず、一度迷宮を出て街の食堂へ向かうことになった。

その道中、アンニはずっと文句を垂れていたが、

テーブルにつくと大皿を前に大口を開け、

さっきまでの文句が嘘のように人一倍食べていた。


冒険者の街にある迷宮では、

入るたびに出入口の哨舎で使用料としてトークンを支払わなければならない。

昼食のために外へ出た自分たちは、

再び入る際にもう一度トークンを渡す羽目になった。

ああ、一日通し券が欲しいな。


地図を確認しながら奥へ向かうと、壁に何かが張り付いているのが見えた。

薄緑の光に照らされて、両手を広げたほどの影が四つ。

近づくにつれ、鮮やかな翅と太い胴体を持つ巨蝶のような姿が浮かび上がる。

壁に張りつき、翅を開いたまま待ち受けている姿は、

蝶なのか蛾なのか判別がつかない。


「あれはレピドプテラ。ウチとカーリナとアイニェータが前衛、

 ヒデキとノーラは後衛から援護を頼む。攻撃は超音波だから気を抜くな!」


アンニが斧を構えて全員に指示すると、アイニェータが細身の剣を両手に構え、

カーリナが槍の石突を石畳にトンと落とし、レオノールが弓の弦を張った。


「それと――」


アンニが何か付け加えようとした瞬間、

四つの影の内一つが鱗粉をまき散らして飛び降り、

アンニ目がけて背中から体当たりした。

がしゃりとぶつかる音とともに、魔物の胴体が石床に叩きつけられた。


「こんな風に鎧の光に反応して体当たりをしてくるから気を付けろ、

 ってこの中だと金属製鎧はウチだけか」


自分は思わず目を細めた。

攻撃というよりも、ただ落ちてきただけだ。

魔物自身もダメージを受けているじゃないか?


アンニが体を横にずらし、二体目の襲来に備える。

カーリナが槍を構えて飛び出した。

残る三体がそれぞれ金属の反応を探るように翅を震わせたかと思うと、

次々と壁から落ちてくる。


「レオノールちゃん、援護をお願い」

「うん、お兄ちゃん!」


レオノールが矢を放ち、1本目が魔物の翅を貫き、2本目が胴体を貫通する。

自分は水魔法で超音波を発する口元を狙い、魔物を怯ませる。


「アクア・バレット」


水弾が翅の表を打ち、粉が霧のように浮く。

レオノールの矢がその隙間を縫い、振動の源を止めにかかる。

アンニが振り下ろした斧が硬い胴体を割り、

アイニェータの二刀が翅の付け根を切り裂く。

カーリナは槍の突きと薙ぎを駆使し、巨体を転がしていく。

二人の動きは無駄がなく、こちらは支援に徹するのが正解だ。


「ヒデキ、こいつらの弱点は土だ!」


アンニの声が飛ぶ。

自分は頷き、ステータス画面を開く。

魔法一覧からそれらしい魔法を選び、ワンドを握り直す。

狙いを定め、呪文を口にした。


「テラ・バレット!」


ワンドの先に魔力が集まり、土塊が成形される。

だが出てきたのは豆粒ほどの小さな塊で、

空中に留まることもなくポトッと石床に落ちてしまった。


思わず眉をひそめる。

仕方なく水魔法に切り替え、アクア・バレットを連続して放つ。


残る魔物たちは次々と金属の光に引き寄せられて落下し、

その衝撃で翅が砕け、胴体も傷んでいる。

アンニの斧が飛び出して来た胴体を叩き切り、

アイニェータの剣が首元を斬り上げる。

カーリナも槍で胴体を貫き、最後の一体も大きな音を立てて床に落ちた。

鱗粉が辺りに舞い、見ているだけで鼻の奥がむず痒くなる。

しかし、すぐに本体も鱗粉もゆっくりと黒煙へと変わった。


「ヒデキ、あんた魔法使えたのか?」


アンニが肩で息をしながらも振り向く。

頷きながら、右手を胸元に近づける。

指輪を示しかけた瞬間、フランクの忠告が頭をよぎった。


人前で指輪を見せるな、指を切られるぞ――


「……いや、あの」


言葉が喉で詰まると、アンニが首をかしげた。

それを見たアイニェータがあきれたように笑った。


「水の指輪でしょ。出会った時からずっと着けてたじゃない。

 アンニはそういうところぬけてるんだから」

「なんだよ! しょうがないだろ。わかんないものはわかんないんだから」


アンニが照れ隠しのように笑い、斧で顔を隠す。

自分は胸元の指輪を服の袖で隠しながら小さく息を吐いた。


その後も壁に張り付いた蛾とも蝶ともつかない魔物を倒しながら迷宮を進んだ。

途中で何度か似たような襲撃を受けたが、

五人での連携は徐々に慣れていき、奥へ向かう足取りは止まらない。


フランクの地図のおかげで道に迷うこともなく、

いつの間にか最奥部に到着。

Sランク魔物に遭遇しないままここまで来てしまった。

ここまで案内がスムーズなのも、良し悪しかもしれない。

【キャラクター設定】

冒険者パーティー:ノーホールズバード

テリー(ジョブ:大剣使いLv.27)

パーティーリーダー(サブリーダーはフランク)

種族:獣人族/虎耳、性別:男、年齢25歳、身長:201cm

瞳:ブルー、髪型:ブロンド、口髭

服装:銀の鎧、武器:大剣

一人称:俺様

家族構成:妻、娘一人、息子一人


【33階層に出現する魔物設定】

系統:虫、種類:イモムシ・チョウ

弱点:土、耐性:風、特殊:誘惑


Cランク

キャタピラー

攻撃:糸攻撃

外観:巨大なイモムシ、夏虫色

特徴:攻撃を受けると身を丸め防御力が上がる、ただしその間攻撃はしない。


Bランク

レピドプテラ(初登場魔物)

攻撃:超音波

外観:人が両手を広げたほどの巨大な蝶。翅は派手な色をしている。

特徴:翅を開いたまま壁に張り付き、胴体が太く、鱗粉が剥げやすいといった、蛾のような特徴を持つ。超音波の他に冒険者の金属製の鎧に反応して、背中から体当たりする。

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