第77話 アイテム
「では師匠、ボクは昨日の事をギルドへ報告してきます」
「義務ではないんだよね。別に報告する必要はないんじゃない?」
「はい、あくまでも討伐結果報告は任意です」
「それなら――」
「でもこういった情報がギルドに集まることで冒険者に役立つんですよ。
ついでに何か良い方法がないかも聞いてきます」
「わかった。よろしく頼む」
相互扶助の精神ってやつか。
スライムガールとカーネイジアイ討伐を報告に、
カーリナが小走りに受付へ向かっていく。
受付でマチルダが笑顔で迎えているのが見えたが、やり取りまでは聞こえない。
「レオノールちゃん、あっちで待ってようか」
「うん」
レオノールと壁際に設置されている円卓に腰掛けた。
木の床に響く靴音、出入りの風でわずかに揺れる掲示板の紙、
依頼を受けて外へ出ていく冒険者たちの笑い声、
朝のギルドはもう回り始めている。
朝から騒がしいギルドへ来たのは他でもない、情報を集めるためだ。
既に手に入れた指輪が三つ――ゴーレム、トロール、そしてスライム。
入手できていない指輪が三つ――ゴブリン、オーガ、そしてサイクロプス。
どれもSランクの魔物からドロップするレアアイテムだ。
問題は、Sランクは一度倒されると復活までに三十日前後かかるということだ。
別の迷宮へ足を運ぶのもあるが、
そこで必ず指輪が手に入る保証はどこにもない。
レオノールが持つラビットフット――あれでドロップ率を引き上げても、
結局はオーガとサイクロプスから指輪を得られなかった。
「お兄ちゃん、今日は迷宮に入んないの?」
「ああ、まず情報と考えてね。むやみに入っても無駄に終わっちゃうから」
トロールとスライムは手に入ったのだから、十分効果はあるのだろう。
でも、もっと効率を上げられる手立てがあるなら、それに越したことはない。
しかし、そもそもそんな手段があるのだろうか。
ガド騎士団御用達商人のエルンストが指輪は出現率が低いと言っていた。
また取引実績も数えるほどとも言っていた。
効率よく入手できるなら、レアアイテムにはならないだろう。
仮にそんな方法があったとしても、冒険者ギルドで情報が手に入るだろうか。
これに関しては相互扶助の精神はなさそうだけど……
「おっ、いたいた。ノーラ、おはよう!」
ギルドの雑踏を掻き消す声が響いた。
振り向くと、銀色の鎧が視界に入り、
大振りの戦斧を背にしたアンニが、こちらに歩み寄って来る。
彼女は相変わらずの豪胆な笑顔で、レオノールを見ると片手を軽く上げた。
「おはようございます、アンニさん」「おはよう、アンニさん」
「ヒデキ、どうだったんだ? 昨日も迷宮に入ったんだろ?」
「ええ、まあ。倒せはしたんですけど……」
「それで、指輪は落ちなかったと。そう易々とは落ちないからな」
「一つしか――」
「まあ、次に期待ってことで……えっ!」
「ですから、スライムの指輪は手に入ったんです」
「なら、なんでそんな落ち込んでんだよ」
「サイクロプスの指輪が手に入らなくて」
レオノールがマジックバッグからスライムの指輪を取り出し、
アンニに見せる。
「へぇー初めて見た。こんな感じなんだ」
「アンニさん、指輪を集めるのはどうしたらいいと思いますか?」
アンニが少し腕を組み考える素振りを見せたが、すぐに答えを出した。
「そんなの簡単」
「えっ、どうするんですか!?」
「魔物が復活するのを待って再戦するだけ」
「いや、三十日かかるって聞きましたよ」
「だから、それまでノルデに滞在すればいいんだよ。
毎日迷宮に入ってれば、復活もすぐにわかるだろうし、
なにより、ウチがノーラに毎日会えるし。
あっ、そう言えば、なんで昨日ギルドに顔出さなかったんだよ!
待ってたんだぞ!」
「ごめんね、アンニさん」
レオノールがアンニに微笑み返すと、アンニの怒りが収まった。
アンニの扱いを十分に理解しているようだ。
「それにしても、また無茶なことをするなー。
昨日だけでスライムガールとカーネイジアイと戦ったってことだろ?」
「でもね、セシルさんたちが一緒に戦ってくれたよ」
「ん? ノーラ、セシルって誰だよ」
「ああ、ロジャーさんたちのパーティーです」
「ロジャー!!」
ギルド内にアンニの大声が響く。
「ちょっと、アンニ。朝から何を騒がしくしてるのよ。
まったく、こっちが恥ずかしいじゃない」
柔らかい声が横から差し込まれた。
ブロンドの髪を揺らしながら現れたのはアイニェータだ。
「アイニェータ、いい所に来た。ちょっと聞いてくれよ――」
アンニは自分が話した内容をアイニェータへ説明する。
どうやら、このノルデでロジャーたちは一目置かれているようだ。
アイニェータは髪を耳にかけ直しながら口を開いた。
「アイテムを使えば何とかなるんじゃないかしら」
「是非、詳しく聞かせてください」
「いいわよ。そうね……考えられるのは三つかしら。
いのちの蝋燭、ウロボロス、そして砂時計ってところね」
初めて聞くアイテム名に、レオノールの兎耳がぴくんと動いた。
興味津々といった様子でアイニェータを見つめている。
「いのちの蝋燭は、灯をともすと周囲の死者がよみがえるアイテムよ。
本来は、迷宮で倒れた仲間を復活させるために使うものだけれど、
魔物にも効果があるわ。お目当てのアイテムがドロップしなかったら、
再戦できるのよ。ただし、一度使うと消えてしまうけど」
「なるほど、それは便利ですね。それは火をつければ何回も使えるんですか?」
「いいえ。少しわかりにくかったわね。蝋燭は一度使ってしまうと、
火が消えるんじゃなくて、それ自体が消滅してしまうのよ」
再戦のチャンスは一回か、それでも三十日待つよりかは断然よい。
「じゃあ、ウロボロスは?」
「輪っか上の蛇を模したアイテムよ。単体では使えないけれど、
他のアイテムと組み合わせれば使用回数を五回から六回に増やせるの。
これも最後には消えてなくなるわ」
再戦のチャンスが格段に上がるのか。
いい情報だ、相互扶助の精神、万々歳だな。
待ちきれないといった様子のレオノールが言葉を発した。
「じゃあ、じゃあ、アイニェータさん、砂時計はどんなの?」
「魔力を注いで起動するものよ。砂が落ち切る前に魔物を倒すと、
砂時計がひっくり返った瞬間に魔物が復活するの。
砂時計が消滅するまで、何度も繰り返し戦えて、
最大で六十回まで使用可能よ」
「六十回も!?」
思わず声が漏れ出た。
レオノールが砂時計って何?とアイニェータに聞いている。
三十日の六十回だと……約五年分の再戦が可能だ、
これは、圧倒的に効率が良い。
「でもね、砂時計には大・中・小の三つ種類があって、
使用回数は大は十二回、中は二十回、小は六十回なの。
それも、全部連続でしか使用できなくて、途中で止めることはできないわ」
仮に砂時計大でも十二回も挑めるなら十分だ。
アイニェータがさらに言葉を重ねる。
「肝心なのは砂が落ち切る時間よ」
「時間はどれくらいなんですか?」
「ええ、中だとお茶を淹れるくらいの時間だと聞いたことあるわ」
「お茶……ですか?」
「小は三つで中と同じくらい。大は中の二つより少し短いくらいかしら。
迷宮でお茶を淹れる人なんていないから、感覚でしか伝えられないけれど」
お茶の時間……果たしてどれくらいなのだろう?
まさか、湯沸かしの時間を含めてではないだろうし、
おそらく、蒸し時間だとは思うが。
仮にそうすると…………いや、わからないな。
しばらく黙っていたアンニが笑い出した。
「ウチが前にいたパーティーで砂時計を一度だけ使ったことがあったな」
「アンニさん、それ詳しく聞かせてください。何分ぐらいでしたか?」
「何分? それが何か知らないけど、このアンニ様の武勇を聞かせてやろう。
ヒデキ、ノーラよく聞くんだぞ。
後衛のやつが準備してたからよく覚えてないけど、確か使ったのは大だった。
まず初めにすぐに、魔物を倒さなければならない。これが大変だったな。
そのあとも連続で戦闘が続く、これがまた大変だ。
あの時は、結局六回か七回目で倒せなくなって、全員で撤退した。
もう、全員必死で逃げて、あれは大変だったな」
結局、時間はよくわからないし、何が大変なのかよくわからない。
しかし、砂時計大であれば、討伐可能な時間だということだけはわかった。
あとは砂時計をどこで入手できるかだな。
アイニェータが髪をなでながらアンニに疑問をぶつけた。
「よくそんな高価なもの使おうってなったわね。
アンニならこっそり盗んで売却してもおかしくないのに」
「偶然、砂時計をドロップしたからな、っておい! 盗むわけないだろ!
確かに、ウチも売っちゃおうってメンバーに言ったんだけど、
そん時のリーダーの方針だったから仕方ない」
「あのー、それって。砂時計って買うとなるとどれくらいなんですか?」
「値段は十万から十五万ラルが相場よ。蝋燭もウロボロスも同じくらいかしら」
ということは、日本円にすると……二百から三百万か。
手には入れたいが、高級腕時計並みの消耗品、購入の線はないな。
となれば――買うより倒して手に入れる。
頭の中で方針が固まっていくのを感じた。
帳簿を抱えた受付のマチルダに頭を下げ、
カーリナが軽やかな足取りでこちらへ近づいてくる。
「師匠、ギルドへの討伐報告が完了しました」
「ご苦労さま」
「指輪について少し聞いてみましたが……有用な情報は得られませんでした」
「そうか。ありがとう、カーリナ。それなんだが――」
手に入れるべきは砂時計だとカーリナに伝える。
実際にどこでどうやって手に入れるのかは依然として不透明だ。
そんな思考を巡らせていると、アンニが思い出したように声を上げた。
「そういや――ケイリーの復活ってそろそろじゃないかな。
カーリナ、受付で何か聞いたか?」
「そろそろだとマチルダさんも言ってました」
「ついてたなヒデキ。ノルデの最深層33階層に出るSランク魔物。
こいつが砂時計をドロップする相手だ」
砂時計が手に入るのか。
アンニの言葉に、ロビーのざわめきが妙に遠くなる。
「確かケイリーを倒したのはノーホールズバードだから――
おっ、ちょうど本人がいるじゃないか」
アンニが視線を送った先に、
壁に背を預け、腕を組んだまま目を閉じた長身の男がいた。
背丈は二メートル近く、黒髪に口髭と顎鬚を整えている。
粗野さはなく、むしろ落ち着き払った雰囲気が漂っている。
アンニが大声で呼びかける。
「フランク、ちょっといいか? あんたに聞きたいことがある!」
男はゆっくりと瞼を開き、低い声で答えた。
「……どうした?」
「ケイリーを倒したのは、あんたらのパーティーだろ。
いつのことだったか覚えてる?」
「二十八日前だ」
短く言い切る声に揺らぎはない。
すでに数えた上で、即答したのだろう。
「どうかしたのか?」
フランクの目がこちらを向く。
アンニは顎で自分を示しながら笑う。
「このヒデキが砂時計を手に入れたいって言うからな。
これから33階層へ案内するつもりなんだ」
「……そうか」
フランクはそれだけ答えると、壁を離れ、静かに窓口の方へ歩いて行った。
「よし、決まりだ。これから33階層に行くぞ。
ほらヒデキ、受付に行って早く手続きしてこい。
ウチらが案内してやる。アイニェータいいよな」
豪快に笑うアンニの横で、アイニェータが小さく肩をすくめる。
窓口に向かうと、マチルダがいつもの柔らかな笑顔で迎えてくれた。
「おはようございます、ヒデキ様。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「同行契約で33階層への案内をお願いします」
そう告げると、マチルダは頷き、手元の帳簿をめくり始める。
「それでは紹介料として、百五十ラルを頂戴いたします」
「はい」
自分は財布を取り出し、銀貨一枚と大銅貨五枚をカウンターに差し出した。
礼を述べたマチルダが帳簿に名前を記しながら続ける。
「今回のご案内担当は――パーティー名”ノーホールズバード”の方々です」
そう告げられた瞬間、横で控えていた長身の男がこちらに視線を向けた。
腕を組み、窓口脇に立ったまま、淡々と成り行きを見守っていたらしい。
「えっ!」
背後からアンニの大きな声が上がった。
振り返ると、アンニが悔しそうに顔をしかめている。
「ちょっと待て、マチルダ! なんで案内がフランクになるんだよ?
ウチらのパーティーが連れて行くって!」
「申し訳ありません、アンニ様。
護征契約以外はお受けにならないとアンニ様から伺いましたので――」
「じゃあ、今からでも同行契約の受付に変えてよ!」
「承知いたしました。依頼受付内容の更新を行います」
「これで、ヒデキたちを連れていけるんだよな」
「いえ、今回のご担当はフランク様です」
マチルダが静かに言葉を返すと、アンニはぐっと詰まった。
横でアイニェータが肩をすくめ、諭すように笑う。
「仕方ないじゃない。順番よ、順番。
それにアンニが護征契約しかやらないって言ったんだから、
どのみち案内はフランクに決まってたわ」
「ぐぬぬ……」
アンニは悔しそうにしばらく唇を尖らせてみせたが、
大きく息を吐くと、肩を落としたままギルドから出て行った。
静けさが戻り、マチルダが帳簿を閉じて微笑む。
「契約手続きは以上となります。どうぞご武運を」
――砂時計を落とすというSランク魔物、ケイリー。
いよいよ、その舞台へ足を踏み入れる時が来た。
キャラクター設定
フランク(ジョブ冒険者Lv.30)
種族:獣人族/猿耳
性別:男
年齢32歳
身長:198cm
瞳:ブラウン
髪型:ウェーブがかかった肩までの黒髪、口髭、顎髭
服装:冒険者の服
一人称:ワタシ
家族構成:妻




