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第75話 眼帯

葡萄染のロングドレスが、通路の冷気を孕んで揺れる。


薄暗い石壁の間から現れたのは細身の女性。

見た目は20代後半といったところである。

右目に革製の眼帯をかけ、左目だけでこちらを射抜いている。


手元で脈動する光に目を凝らすと、刃渡りが短い古びた片手斧。

装飾がない持ち手には滑り止めとして黒い革紐が巻かれ、

柄尻に通された革紐の輪は落下防止のために、

ドレスの裾から覗く右手首に掛けられている。


まるで舞踏会帰りの淑女が、そのまま人を斬り捨てに来たかのようだ。


間違いない、あれはSランクの魔物だ。

ただならぬ気配が、これまでのサイクロプスと桁違いである。

それにあの雰囲気――殺意の塊だ。


カーリナがわずかに前へ踏み出た。


「師匠……」


魔物が醸し出す狂気にカーリナの言葉は途切れるも、

決して槍先を魔物から外さず、やることは理解できているようだ。

自分もワンドを構え、呼吸を浅く整える。


魔物はこちらを見据え、視線を逸らすことなく、

黒く長いウェーブの髪をたなびかせながら、歩調を崩すことなく近づいてくる。

ドレスで隠れた足元からは、靴底が石畳を打つ乾いた音を通路に響かせ、

その一歩ごとに、距離と圧力がじりじりと詰められていく。


やがて、足を止め左目を細めた。

まるで獲物を値踏みする肉食獣の目だ。


ドレスの裾が揺れ、斧の刃がわずかに傾いた。


レオノールが弓を引き絞る。


「お兄ちゃん、いつでもいけるよ」

「動いてからだ」


石畳の冷気が足裏から這い上がってくる感覚の中、魔物が静かに息を吐いた。

そして――

音もなく踏み込み、紫の残光とともに斧が振り上げられた。


轟音が石畳を震わせた。

斧が振り下ろされた地点から床石が粉砕し、鋭い破片が弾丸のように飛び散る。


とっさに腕で顔を庇いながら身を屈めると、

石片が壁に突き刺さり、火花を散らした。

離れた位置からの一撃でこれか。


視界を上げたときには、魔物がもう数歩こちらへ歩を進めていた。

ドレスの裾がひるがえり、石畳を打つ靴音がじりじりと迫ってくる。

一撃目は牽制にすぎない、次は本命だ。


「カーリナ!」


呼びかけと同時に、魔物の斧が再び振り上げられる。


カーリナが槍を構え、攻撃を真正面から受け止めた。

火花が散り、金属音が通路に響き渡る。

だが、次の瞬間――カーリナの肩がわずかに揺らいだ。


「……っ!」


何かがおかしい。

攻撃を受けただけでは説明できない、微細な乱れ。

嫌な予感を覚え、自分は即座に魔法を放った。


「アクア・スパエラ!」


水の奔流が集まり、球状に膨らんで魔物へ飛ぶ。

だが魔物は一歩も退かず、斧を軽く振るった。


――水球が真っ二つに割れ、飛沫だけが通路を濡らした。


慌てる素振りすら見せない。

むしろ、愉悦の笑みを浮かべているように見えた。

ならば……こっちはどうだ!


「アクア・バレット!」


ワンドを突き出し、無数の水弾を連射する。

速射性を重視した小さな弾丸が雨あられのように襲いかかる。

魔物は斧を振り回し、多くを叩き落とした。

それでも何発かは体に命中する。


だが――反応がない。

かすった傷さえ見当たらない。


魔法が効かない……!


いや、まだそうと決まったわけではない。

水弾が数発しか当たっていないのだ、物量で押し切ってやる。

魔物にワンドを構えると、次の攻撃に備えるカーリナが視界に入った。


「カーリナ、攻撃は無理に受け止めるな!

 何か特殊攻撃を仕掛けてきたら厄介だ。なるべく避けるように!」

「師匠……」

「レオノールちゃんは後方から援護を頼む!」

「うん!」

「全員で倒すぞ!」


声を張り上げたその時、カーリナが大きく息を吐いた。


「師匠! 腕が……動きません……」


右腕がだらりと垂れ下がり、槍の重みを支えきれずに石畳を擦る。

先程覚えた違和感はこれだったか。


魔物の斧攻撃を正面から受け止めたからか?

いや、自分のステータス調整によってカーリナは防御力5倍に設定している。

斧の衝撃を受け止めたからといってこんな風になるはずがない。


そうすると、考えられるのは状態異常攻撃。

しかし、いつ、どうやって!?

そんな素振りを魔物は見せなかったぞ?


「カーリナ! 腕以外に異常はあるか?」

「いえ、右腕だけです。左腕は動くのでまだ戦えます」

「攻撃はいつ受けたかわかるか?」

「わかりません」

「少し下がれ! 距離を取るんだ」


カーリナが立っていられる以上、

受けた攻撃は毒や睡眠といったものではない。

まして見た目も変わっていないことから、石化の類でもない。

となると――おそらく麻痺だろう。


耐状態異常のステータスを2倍に設定してあるのに、

それでも麻痺を防げなかったということか。

いや、そのおかげで麻痺が片腕で済んだのかもしれない。


ぞわりと背筋を冷たいものが這い上がる。

ただでさえ有効打が見つけられていないというのに、状態異常まで加わるとは。


閃光が走り、石畳を砕く斧の衝撃が通路全体を震わせた。

再び攻撃を受け止めたカーリナが、不意に呻き声を漏らす。


「……っ!」


右腕だけでなく、今度は左腕まで力が抜けたように震え、

槍が指から滑り落ちた。

金属音が乾いた響きを立てて床を転がる。


「カーリナ!」


呼びかける間もなく、魔物がカーリナの頭上に斧を振り下ろす。

カーリナは咄嗟に体を横へ捻り、刃をかろうじて避けた。


だが完全には逃れきれず、

刃の風圧に押し倒されるようにして背中を石畳へ叩きつけられる。

呻き声と共にカーリナは地を転がり横たわった。


「レオノールちゃん、援護を――!」


自分は魔物の注意を引くように前に出ながら叫んだ。

だが、返ってきた矢はまるで狙いが外れ、壁に突き刺さる。


「……どうした!?」


視線を後方にやると、弓を構えたまま、レオノールの腕が小刻みに震えていた。

次の矢も壁に逸れ、さらに放った矢は天井に消える。

そのまま膝をつき、体が硬直したように動かなくなる。


「レオノールちゃん……!」


魔物の片目がぎらりと光り、真っ直ぐにレオノールを射抜いていた。

……!?

あの目か、睨まれただけで……麻痺したというのか!?


弓を構えたままレオノールがゆっくりと前のめりに倒れた。

カーリナ、そして今度はレオノールまでもが――


ワンドを握り直し、魔物の正面に立ちはだかる。

連射する水弾が次々と叩きつけられ、飛沫が通路を叩く。

斧で弾かれ、壁に弾け、あるいはわずかに命中しても効いた様子はない。

それでも撃ち続けるしかない。


その時――斧の動きが一瞬鈍った。


背中を押さえながら立ち上がったカーリナが、槍を突き込んでいた。

左肩を正確に貫き、魔物の体をわずかにのけ反らせる。


「師匠、お願いします!」

「よくやった、カーリナ!」


自分は魔物の正面からワンドを突き出す。


「アクア・スパエラ!」


轟音と共に水球を魔物へ叩き込む。

ダメージを受けた魔物が後退を見せた。

よし、無防備な魔物になら水球は効きそうだ。


しかし、直ぐに魔物が再び斧を振り上げた。

その一瞬、弦音が響くと、魔物の右肩に矢が突き刺さった。


「お兄ちゃん!」


レオノールが硬直から解き放たれたのか。

間髪入れず、再び魔物へ水球を叩き込む。


水球の直撃を受けた魔物は後ろへとよろめき、片膝をついた。

カーリナが駆け寄り、倒れ込む寸前の胴へもう一突き。

槍の穂先が確かに肉を裂き、呻き声が通路に響く。


その拍子に、魔物の手から斧が床へ落ちた。


「カーリナ! 蹴り飛ばせ!」

「はいっ!」


乾いた金属音とともに、斧は石畳を転がり遠くへ弾き飛ばされる。


立ち上がる力を失ったのか、魔物はその場でしばらく肩を揺らした後、

ぐったりとうなだれ、黒い煙が立ち上る――


そのはずだった。


だが、待てども煙は現れない。

魔物ならば消滅して然るべきなのに。


魔物がゆっくりと顔を上げる。

そのぎらりと光る片目に、胸の鼓動が早鐘のように響き、

再び全身が凍りつくような圧力を覚えた。


やがて――ゆっくりと立ち上がると、

自らのドレスの胸元を掴み、布地を無造作に引き裂いた。

魔物とはいえ、容姿は人の女性そのもの。

一瞬たじろいだが、ちょっとした期待が沸き起こる。


ドレスが裂け落ち、魔物のあられもない姿が露わに――ならなかった。


そこに立つのは、体の曲線を強調するように密着した革製のキャットスーツ姿。

これはこれで目の保養に良いかと思っていると、

両腿に固定されたホルスターに、先程と同じ片手斧が二振り差し込まれていた。


まだ隠し持っていやがったのか、それも二刀流。

舞踏会帰りの淑女から、血を求める暗殺者へ――

その姿はさきほどとはまるで別物だ。


両の手に斧を握る女。

通路の冷気が一段と濃くなり、背筋に悪寒が走る。


すでに限界まで追い込まれていたのに、戦いはまだ続くらしい。

魔物設定

コリアー/collier

系統:魔獣、種類:サイクロプス、ランク:C

弱点:-、耐性:雷、特殊:C

攻撃:突進

特徴:浮遊した船(石炭輸送船)、大きさはボート程度

ドロップアイテム:素材/材木、素材レア/石材、アイテム/薪、

         アイテムレア/石炭


サイクロプス/cyclops

系統:魔獣、種類:サイクロプス、ランク:B

弱点:-、耐性:雷、特殊:B

攻撃:木のこん棒

特徴:薄鈍色の巨人。腰巻(焦茶の毛皮)で原始的な服装。

ドロップアイテム:素材レア/サイクロプスの牙、アイテム/石英、

         武器/こん棒、ラベル/麻痺のラベル


アーマードサイクロプス/armored cyclops

系統:魔獣、種類:サイクロプス、ランク:A

弱点:-、耐性:雷、特殊:A

攻撃:鉄のこん棒

特徴:盾、鉄のこん棒、鎧を付けた杏色の巨人戦士

ドロップアイテム:素材/サイクロプスの皮、

         素材レア/サイクロプスの眼、武器/鉄のこん棒、

         鍵/動作の鍵


カーネイジアイ/Carnage Eye

系統:魔獣、種類:サイクロプス、ランク:S

弱点:-、耐性:雷、特殊:S

攻撃:片手斧(全長約40cm)

特徴:葡萄染のロングドレス。右目は革製の眼帯で覆われている。

   ドレスの下は葡萄色のキャットスーツ。

   両腿にレッグホルスターを装備、各ホルスターに片手斧を収納

ドロップアイテム:アイテム/眼帯、アイテムレア/魔法のランプ、

         武器レア/サイクロプスの斧、宝石/天眼石、

         指輪/サイクロプスの指輪

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